機動戦士ガンダム Hollows' Warfare 作:怨是
頬に鈍い衝撃を受ける。
オニールは今、エリオット・ノークス大尉からの叱責を受けていた。
尻餅を突いた直後に胸倉を掴まれ、体勢を無理矢理直される。
視界はジムの足下の整備員から、大尉の顔へと移った。
「目を見ろ。初の出撃で生き延びたのはいい。よくやったと思う。
だがよ、お前の経験は無駄にするものじゃないだろう!」
「申し訳ありません。大尉」
「謝っただけじゃ話は終わらねえぞ!
お前は冷静さというもんを、あの61式戦車の中に置いてきちまったのか?!
ええ、どうなんだ! アーヴィン!」
両肩を掴まれ、思わず顔を逸らす。
実際のところ、返す言葉も無かった。
あの時、取り乱すことなく通信に応じていれば、損害はもう少し減らすこともできた筈だ。
ノークス大尉が伝えたいこと、その真意は理解しているつもりだ。
肩を揺らされ、視線を戻した。
薄いスカイブルーの双眸からは、必死さが伝わってくる。立場上であるとか、激昂してとかでないことは明らかだ。
「しょぼくれるだけなら士官学校のガキ共でもできる。
でもな、八年……八年なんだよ! 勿体ないだろ? 伊達じゃないってことを、俺達に見せてみろ! いいな!」
「は! ご指導、ありがとうございます。大尉!」
大尉が両肩から手を離すと、オニールはすぐさま敬礼した。
かつてブートキャンプで鬼軍曹にこってり絞られた癖が、まだ残っていたのだ。
身体というものはなかなかどうして物覚えが良いらしい。
「頭で理解できたなら、お説教はここまでだな。二日で直して、同僚の連中に舐められないようにしとけよ」
ノークス大尉はオニールの右肩を二回ほど軽く叩くと、整備員のたむろする方角へと去って行った。
オニールは報告書を作成すべく自室に向かう。
道中、痛みの引いた頬を撫でながら、己の無策と慢心を呪った。
戦車に乗っていた頃は、直接相手にするのは戦車と歩兵、それから建築物くらいのものだった。
ヘリや戦闘機と戦うのは同じ航空戦力の役目で、万一モビルスーツが相手なら複数かつ待ち伏せなどの搦め手が基本だ。
いささか過信しすぎた結果、今回のようにジムを鉄屑同然に変えてしまったのだ。
本来は訓練機として使われるべきジムは、大規模な修理が行なわれるだろう。
いや、新品が届くのを待たねばならないかもしれない。
眉間に指を当てながら、上への申し開きを思案する。
程なくして、右肩に衝撃。
「ああ、すみません」
オニールは反射的に向き直り、謝罪した。
が、すぐさまその必要がないことに気付かされた。
右肩がぶつかっていたのは、相手が差し出した右手。つまり、呼び止められたのだ。
訓練生の一人、ミゼール伍長。
カールした前髪、貼り付いたような笑顔、それが彼の特徴だ。
例に漏れず、今回も碌でもない会合に呼ぶつもりだろう。
「なあ伍長殿。お茶、しようや。報告書の提出は明日までだろ?」
いくらかの愉悦を含んだ声が、それを殊更に裏付けた。
彼の経歴には興味がない。
深入りする必要もないし、知って仕事の足しにもならない。
彼らは三人から四人ほどのグループを作り、日々なにがしかの事物に難癖を付けながら生きている。
踏み台が居ることで初めて、彼らは人生の充足を取り戻せるらしいのだ。
一秒、いや一日でもいいから何かを見下さずには居られないものだろうかと苦言を呈してみたい。
が、どうせ余計こじれるだけだ。
「なんだったら、手伝ってやるよ。反省点を洗い出すのは、一人だと難しいもんな!」
そこにもう一人、更に二人と、彼の同類が加わる。
「それともお部屋でめそめそしたいのかい? 格納庫で殴られちゃったし!」
彼らは、げらげらと笑い出す。
仮にも成人しているのだから、そういう大人気ない行為をするのはいかがなものだろうか。
かといって断っても、こういう手合いは上官に先回りして「あいつ報告書サボってましたよ」などと告げ口しかねない。
実際、基地に到着した当日も彼らは何かにつけて告げ口して、教官達を困らせていた。
最初は相手にされないだろうが、何事も積み重ねだ。
オニールの悪評が真実味を帯びて広められたら、基地で過ごしにくくなる。
命が掛かっている以上、好きでもない相手であろうと仕事はしっかりこなさねばならない。
「で? ホラ、どうすんの? 断って、お部屋でめそめそするのかなあ?」
「ではお言葉に甘えて、ご一緒するよ……」
「歓迎するよ、オニール伍長くん!」
正直、今すぐ彼らをノークス大尉の所に連れ出して、根性を叩き直させたい。
こうして連れて行かれた後の“会合”というものも、まさしく不愉快そのものだった。
「だいたい出来るやつってのはジャブローで訓練してるから、俺達みたいなのは余り物なんだよ。エリート気取りしちゃいけねえのさ」
「でも肝心の実機訓練用ジムもあんなザマだもんな。
あーあ、どっかの阿呆が無茶しなけりゃ、俺達が明日使ってたのに。な? どう思う?」
「俺があの場に居たらもっとやれたよ。見た? アレさ、焦りすぎじゃねえか。俺だったらもっとこう――」
などといった、的外れな揶揄ばかりが飛んでくる環境下でどうやって反省点の洗い出しをしろと?
そも、シミュレーターの成績に関しては微塵も差が開いていなかっただろうに。
何故彼らは初めから自分達が優秀であることを前提としているのか。
オニールは野次を聞き流した。
その上で窓の外の雪を眺めながら悲嘆に暮れた。
自分は第三者にとって、こんな卑俗で悪辣な輩と同列に数えられているのだろうか、と。
騒ぎ立てる彼らの一人から飛来した、微細な唾液の粒がオニールの頬にかかる。
オニールはそれを素知らぬ顔をして袖で拭いながら、この制服に除菌スプレーを使う計画を立てた。
「有意義だったよ。そろそろ失礼する」
オニールは、これ見よがしに溜め息を吐きながら立ち上がった。
それから代用紅茶を飲み干したカップと、そのトレイをカウンターに運ぶ。
「それじゃあ、ヴェロニカさん。今度は一人で来ます」
老齢の女性が「確かに、そのほうがいいわね」と苦笑しながら、トレイを受け取った。
彼女の耳に鉛筆が挟まれているのを、オニールは見なかったふりをした。
食堂を背にしていると、またしてもミゼール達から声が飛ぶ。
「たっぷり泣いておいで! 慰めてくれるママはここには居ないぜ!」
他にも何か色々と言われたが、内容は頭に残らなかった。
醜悪な怪物共――たとえるならギズモをいじめるアレ――の鳴き声として、脳が処理していたためだ。
*
連邦軍の追撃を振り切って命からがら『エスパダ・ヴェルデ』に帰還したジャンゴ・セスは、不穏な空気を感じ取り、ロビーの出入り口で立ち尽くしていた。
眼前では金髪の男と、銀髪の女が口喧嘩をしている。
銀髪女は背こそ低いものの顔の中心に十字傷。
獰猛な三白眼や細い眉、ぼさぼさの髪。
それらが、ひどく荒んだ雰囲気を出していた。
「あのさぁ……臭ェんだよ。口からクソ垂れるならもっとマシなもんにしてくれねェかな? フリードリヒ・ファルサー大尉ちゃん」
銀髪女が傷だらけの顔をより一層に歪め、金髪男を口汚く罵る。
「貴様のような輩がオデッサ作戦の妨げとなったのだッ!! 実力主義を笠に着て、何たる不実か! 嘆かわしいッ!!」
金髪男もといファルサー大尉の反論は言葉こそ選んでいるが、その内容をよくよく分析すれば聞くに堪えない罵詈雑言。
そして銀髪女がファルサーの胸を、拳で軽く小突く。
「あァ? どいつもこいつも、この世の終わりをかたっぱしから詰め込んだフルコース料理を喰って吐き出したゲロみたいなこと抜かしやがって。地獄に落ちろ」
銀髪女はそう言ってファルサーの顔との間に拳を突き上げ、中指を立てた。
「目と口と鼻を綺麗さっぱり削ぎ落として、ついでにそのおめでてェ頭を消毒して出直してこい。お解り頂けたかな、マザーファッカー大尉ッ」
ジャンゴは耳を塞ぎたくなった。
このギャロップ級陸上艇は、いつから動物園になってしまったのか。
「やはり私は、君を教育してやらねばならない立場にあるらしい」
「だからなんべん言わせる? 頭湧いてんのか。オレはテメーの飼い犬じゃねェ。オレは野良犬、狂犬だ」
「……斯くなる上は」
ファルサーが拳を握り、格闘の構えを見せる。
「へェ? やんのかヨ?」
銀髪女はそれを面白がって、カンフー映画のような演武を見せた。
挑発だろう。いよいよファルサーの顔の赤みが耳まで達した。
その両目は血走っており。目尻には涙。
「女性に手を挙げることの罪深さは、私は理解しているつもりだが……貴様は、許さん!!!」
「オレを女扱いしやがんのか。さっすが、大尉は紳士的ですなあ。ふざけんなボケ。
戦争してんだぜオレ達は。男とか女とか気にするかよ? スマートアスが調子こきやがってよォ!!」
銀髪女の声が、彼の両腕を降ろさせる。
だが彼の指先は怒りの矛先を探して、絶え間なく痙攣していた。
隙を見た銀髪女は手頃な設備――使われなくなった自動販売機を殴り、それから再びファルサーの胸を小突く。
彼の耳を引っ掴み、大声でがなりたてる。
「ハッ、返す言葉も無ェってか! 骨のある奴だと思ってたが、とんだ期待はずれだ。
くたばっちまえ、不能! チキン野郎! 子宮に戻ってやりなおせッ!!」
「言わせておけば、貴様という奴は~~ッ!!」
とうとう金髪男が銀髪女の胸倉を掴んだ。
胸元まで軍服を開けているから、さぞかし掴みやすいだろう。
しかし根は純朴なのだろう金髪男は、少しだけ躊躇してから掴んだ。
「そら来た。やっぱそう来なくちゃな。ほらどうしたァ。宣戦布告したんだ。
最後までやりきれよ。オレをファックしてみろ!」
「叩き直す!!」
現状をようやく理解して、ジャンゴは卒倒しかけた。
これが末端の軍隊の実情だというのなら、ジオン独立など夢のまた夢だ。
ジャンゴは内心では他の若者達ほど熱心に独立を信奉してなどいなかったが、人並み程度には熱意があった。
可能ならばスペースノイドの独立の、その立役者となって本国に凱旋してみたかった。
だが。
これが、現実……っ!
下らない小競り合いに心血を注ぎ、己の異名を振りかざしている。
そう。銀髪女は確かに “狂犬”と自称した。
“オデッサの狂犬”といえば、知る人ぞ知るという程度ではあるが、エースの一人。
もしも彼女が本当にオデッサの狂犬ならば、こんな野生児寸前の者がエースとして戦場を闊歩していたことになる。
掴み合い、殴り合いの喧嘩が収まる気配は今のところはない。
下手に止めに入って、怪我を増やすのは面倒だ。
ジャンゴは入り口付近に座り込んで、彼の苦悩を余所に仲良くじゃれあう二匹の狂犬達を見物した。
それから、ふと五年ほど前に見たトーク番組にて、とあるコメディアンが発したブラックジョークを思い出して、口元に薄ら笑いが浮かんでいた。
その内容とは
「スペースノイドは我々アースノイドに比べ、はるかに原始的な生活をしているらしい。何と彼らはシラミを食べ、草原に酒を注ぐのだ」
という、LとRの発音を茶化したものだ。
こうして眼前にて惨事が繰り広げられていると、彼の言葉もあながち見当違いではないと思えた。
同時に、無性に虚しくなった。こいつらの口に、シラミというやつをたらふく放り込んでやりたい。
スペースコロニーには、少なくともサイド3にはシラミという生物が生息していた話を聞いたことがない。
米粒と同程度の大きさで、白い虫に違いない。もしかして、ハエの幼虫の別名だろうか?
地球から輸入されてきた作物にはハエが混入していたこともあったから、その説は違うかもしれない。
などと物思いに耽っていると、ジャンゴの居る場所とは反対側のドアが開いた。
「てめえら……ケツの刺激が足りてねえみてえだな」
我等がボスであり、ヴァイパー小隊の隊長であり。
毒蛇でも何でもないコールサイン『アナコンダ』であり。
このエスパダ・ヴェルデの艦長でもあるテルシオ・テルマルト中佐。
テルマルト中佐の口角は上がっているが、こめかみには青筋。
袖のない軍服から伸びる両腕は筋骨隆々で、至るところに刺青が彫られている。
テルマルト中佐はその腕で二匹の狂犬を引き剥がし、床に叩き付けた。
老齢とは思えぬ強さ。
あれで腰を痛めたりしそうにはとうてい思えないのだから、恐ろしい。
「動物園は今日限りで閉園だ。檻にブチ込んでやる」
そう言って、両者の襟首を掴み上げる。
「おいハゲ。クソジジイ。こっちはお楽しみ中なんだヨ。横から邪魔して下さりやがって、何様だコラ」
「このクソッタレな無法地帯の王様だよ。
ケダモノは保健所に送るのが法治国家のやり方なんだろうが、あいにく俺の艦はご覧の有様でよ。銃殺というのは、どうだね?」
テルマルトはこちらに顎をしゃくる。ジャンゴはその意図を理解して、腰のホルスターから拳銃を取り出し、構えた。
「……」
「賢いワンちゃんは所構わず吠えたりはしないもんだ。
実際、俺が昔飼ってた奴は図体こそでかかったが、俺が許可するまで吠えなかった。
荒れてるのは解るがよ? いつまでもスネにションベンかけられて知らんぷりはできねえのよ……」
オデッサの狂犬、イース中尉の登場です。
いわゆるガンダム動物園お姉さん(おばさんでは断じてなry)です。
ジオン側は基本的にネジが飛び気味なキャラクターが多めなのは、いわゆるヒールレスラーとしての側面を重点した為です。
連邦側はミゼールみたいなクソ野郎はいますが、それを除くと少なめかな……?
次回もご笑覧頂ければ幸いです。それでは、また。