機動戦士ガンダム Hollows' Warfare   作:怨是

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第5話: 零下の檻の中で

 

「じゃ、しっかり頭を冷やしてきな」

 

「痛え!」

 

「うぐっ」

 

 フリードリヒ・ファルサー大尉は、イース・バローネ中尉と共に懲罰房へ放り込まれた。

 といっても、モビルスーツ輸送用のコンテナだったものを流用しただけの粗末なもの。

 

 揃って尻から地面に落下する形となり、フリードリヒは尻のアザの心配をするはめになった。

 テルマルト中佐が、作業員が出入りするためのドアに寄り掛りながらこちらを見下ろした。

 

「てめえらの幸運は主に二つ。ここがカタギの部隊じゃないこと、そして俺の機嫌がたまたま良かったことだ」

 

「カタギの部隊だったらどーなんだよ?」

 

 イースが挑発めいた声音でテルマルト中佐に問うた。

 フリードリヒはそれを咎めようとしたが、そんな暇もなくテルマルトが返答する。

 

「降格させられたか、顔にアザを増やしたかもな。

 あと、本来は三日ぐらい出れないところを、ここじゃあ俺の機嫌次第ですぐ出られるかもしれん」

 

 フリードリヒもイースに倣って質問する。

 

「その。機嫌が悪かったら……?」

 

「てめえらを素っ裸にひんむいて、フックに縛り付けて外に吊す!

 なあに、たがいに抱き合えば寒さも薄らぐだろ? 俺は外にそういう悪趣味なオブジェが付いてても気にしねえよ。

 戦局はとうに傾いて、堅物連中も素行不良を正す暇なんざねえって話だ」

 

 テルマルトは仁王立ちしたまま片方の眉を吊り上げ、にやりと笑う。

 サングラスの奥から表情は窺えないが、怒気と狂気の入り交じったような目付きであることは想像にかたくない。

 フリードリヒは己の両肩を抱え、身震いした。寒さだけではない。

 この得体の知れない新たなる上官に対してまず抱いたのは、畏怖や尊敬ではなく恐怖。

 常識のレールには乗らない、無秩序で残忍な暴力の意志。

 軍隊に内包される暴力的側面よりも、更に奥深くのもっとおぞましい何か……。

 テルシオ・テルマルト中佐はそれを中核に人生を歩んでいるに違いない。

 

 懲罰房とは名ばかりの、隙間風の吹くコンテナのドアが閉ざされる。

 フリードリヒは重圧からようやく解放され、安堵した。

 隣に狂犬が居なければ、もっと気が楽だったが、贅沢は言えまい。

 先に攻撃を仕掛けたのはあちらとはいえ、挑発に乗って喧嘩を始めてしまった責任は自分にある。

 

「で? まだオレに説教かまそうってクチじゃねェだろうな。

 第二ラウンドをおっぱじめたいってえんなら、付き合ってやらなくもねェぜ! アハハッ!」

 

 これを教育しようという、ジオン本国より与えられた試練を乗り越えねば。

 しかるに、これに勝利することこそがジオン公国を勝利に導く礎の一つとなりうるのでは!

 フリードリヒは、そのように己を鼓舞し、納得させようと試みた。

 さあ戦え、フリードリヒ!

 悲しみを怒りに変えて、立てよ、フリードリヒ!

 

「君を更生させるまで、諦めるつもりはない」

 

「じゃあ力でねじ伏せてみろや。戦争ってのはそういうもんだよ。強い奴だけが、ものを言えるんだ」

 

 イースが立ち上がり、ファイティングポーズを取る。

 すると備え付けのスピーカーがギギギと雑音交じりに艦内放送を流す。

 

《……ああ、そうそう。運動不足でお悩みなら近くで熊でも捕まえてきてやるよ。

 てめえらなら、素手でも何とかできるだろ? 仲良く遊んでやってくれ》

 

「BEAR? おいおい、ビール風味で有名な栄養ドリンクでもくれるのか?」

 

《熊にブッ殺されるスナッフムービーのネタにされたくなけりゃ、大人しくしとけってことだよ、カンフーマニアのお嬢ちゃん》

 

 イースはその場にあぐらをかき、手だけで力無く敬礼してみせた。

 

「お見通しかよ。降参だ」

 

《わんぱく盛りのお嬢ちゃん、新しいオモチャは整備中だ。いい子にして待っとけよ。

 さもなきゃ熊の餌か、反ジオンのゲリラ連中に売り払って慰み者にしてやる》

 

「了解したよ、旦那。ただ“お嬢ちゃん”はやめてくれ。吐きそうだ。もしかしたら仕事に差し支えるかも……」

 

《じゃあクソガキと呼ぼう。これで満足か?》

 

「さっきよりゃマシだ。ありがとう、クソジジイ。今後も、それで頼むわ」

 

 フリードリヒは、泣きそうになった。

 こんな暴れ牛も同然の輩が、あのマ・クベ大佐の所属だったというのか。オデッサ制圧に貢献したというのか。

 しかも、今後しばらくは彼女を従えねばならないというのか。

 まったくもって嘆かわしいと言うほかなかった。

 

 ――ガルマ様、祖国の英霊の皆様がた。どうか我等の行く末を見守って下さいますよう。

 フリードリヒは、かつてはガルマ・ザビ麾下の地球制圧軍に所属していた。

 それより以前はドズル・ザビ麾下だったが、地球制圧軍新設を機に転属。

 決して楽な道程ではなく、むしろ苦難を極めるものだった。

 何度も砂をかじり、凶弾に斃れた同胞を前に慟哭したことは数え切れない。

 士官学校時代は模範的な軍人として教官達の誉れとされ。

 ブリティッシュ作戦でもルウム戦役でも、数多のエースパイロット達の足下にも及ばぬとはいえ相応の戦果は残した。

 お荷物などでは断じてないと自負している。

 この部隊に転がり落ちるまでに付いてきた部下は皆、フリードリヒをよく慕ってくれていた。

 共同戦線を張る友軍の士気が落ちていれば、部隊総出で激励に向かった。

 ギレン・ザビ総帥の真似事で、格納庫にて演説などもした。

 あのオデッサ防衛戦でも、絶望的な状況から抜け出すべく奮戦した。

 フリードリヒを視界に入れる者すべてに、戦場に於ける模範解答というものを示したつもりだ。

 すなわち、勝利の運命は自ら掴み取るということを。

 

『フリードリヒ隊長はいつか必ず、後世に名を遺す偉人となる筈です! 自分にはその確信があります!』

 

 部下の一人が、両手を握り締めてそう言ってくれた。

 オズワルド・パーキー。それが彼の名だ。今はもう、この青くて重たい星の片隅に眠っている。

 骨すら残されていないが、その魂は。

 何と不憫なことだろう。せめて宇宙で死なせてやりたかった。

 栄光には届かずとも、満ち足りたあの日々は、もう二度と戻って来ない。

 部下達と一緒に、ジャブローに散ってしまった。

 矜持の炎は風に消え、燃えかすだけが此処に残っている。

 

 気が付けば、フリードリヒの頬を涙が伝っていた。

 傍らに女が居ても、お構いなしに鼻をすすり上げた。

 どうしてこうなった……。悔恨と憎悪が涙腺を加熱する。

 イースは無言だ。

 悪行を棚上げして慰め「ならば今すぐ改めろ」と言われるのを恐れたのだろうか。

 

「メソメソしやがる。そんなにママが恋しいかよ? マザーファッカー大尉」

 

 ――少しでも彼女に反省を期待した私が愚かだったよ。

 フリードリヒは嗚咽がよりいっそう激しくなったのを自覚した。

 

 

 

 

 オニールはベイカー軍曹に謝罪を述べると同時に報告書を提出し、付近を散策することにした。

 自室の空気は暫く御免だと思ったためだ。

 窓の無い、コンクリートが剥き出しの壁。簡易ベッドと申し訳程度の机と椅子。

 天井はパイプ類が乱雑に走り。そこから吊されて金属の細い棒で固定されただけの蛍光灯。

 あんな部屋に、長居すべきではないのだ。故郷で兄が勾留されていた留置所ですら、もう少し明るかった。

 

 オニールはかぶりを振った。

 地球で仕事をしている間に、兄は宇宙の塵と化した。

 彼を収容していた囚人移送用の船が、一般的な輸送船と酷似していたことによる誤認だった。

 元より素行不良の兄は、ほとんど家を空けていた。特別な思い入れはない。

 さっさと頭の片隅に戻しておくべきだ。

 

 ――だが、どこへ行くべきだ?

 当てもなくうろつけば、周囲から白眼視されるだろう。

 食堂は駄目だ。まだ夕食の時間ではなく、ミゼール達が居座っている。

 カリキュラムの消化がまだ途中だった従来とは異なり、極めて深刻な状況だ。

 復習をしようにも、シミュレーターの貸し出しは前日に申請する方式。

 予約は次の候補生の名前で埋まっており、実機演習の見通しが崩れてしまった以上、シミュレーターによる仮想訓練が主軸になって行くに違いない。

 そう考えると「基地司令官には謝罪しなくてよい」という処分は常識的に考えて不自然に軽い。

 訓練機を実戦に持ち込んだのが上官命令によるものだとはいえ、大破寸前にまでさせてしまったのだ。

 何らかの形で責任を取るのが、道理というものではないのか。

 否、不要であるとされた上でなおも謝罪に向かうのは、却って己の処遇を悪化させてしまうリスクがある。

 他の候補生に比べて能力的に劣っていると自ら宣言するようなものだ。

 

「失礼、伍長? どこか具合が悪いのか?」

 

 女性の呼び止める声に、振り向く。

 前髪を切りそろえ、肩口まで伸ばした黒髪。平坦な顔立ち、そして低い身長。東洋人だろう。

 確か、先刻ノークス大尉の傍らに立っていた、ユイ・イサカ少尉だったか。

 

「実は……」

 

 オニールはここまでの経緯を、あくまで大尉からの叱責は理解していると前置きしてから話した。

 彼女は顔色一つ変えず、時折「そうだな」と相槌を打ちながら聞いていたが、得心したような面持ちで踵を返す。

 

「格納庫に行こう。多分、その悩みは必要ない」

 

 ――先刻、俺が殴られた場所だ。何を見せたいのだろうか。

 表情が今一つ読めないイサカ少尉だが、第一声がこちらを気遣う言葉だったことから、オニールは彼に対して悪印象を抱かなかった。

 しかし、あの場所で何か面白い催し事をするなどといった噂話は聞かなかった。

 ここに初めてやってきた折、食堂でヴェロニカ女史が色々と話してくれた行事の中に、格納庫で行なわれるものは無かった筈だ。

 

 いや、たった一つ。

 格納庫で起こりうる行事はある。まさかそれをと思った途端、オニールの黒革手袋の内側が汗ばむ。

 

 途中、見目麗しい女性士官達が横並びに歩いて和気藹々と談笑していた。

 その中には先程のオペレーター、赤毛の女性――確かコールサインはホイッスル――がいた。

 多少は目の保養になったが、士官学校気分が抜けていないのか、その歩調は緩慢だ。

 この瞬間にサイレンが鳴り響かなかったのは、互いにとって幸いであろう。

 結局数十秒ほど足止めされたのち、堪えかねたオニールが話し掛けて道を譲って貰った。

 イサカ少尉はといえば、赤毛の女性に「先程は、どうも」と涼しい顔で挨拶しただけだ。

 オニールはそれについて彼女らは親しい間柄なのだろうと推測しつつ、以降は無言を貫いた。

 目的地に辿り着き、イサカ少尉が通用口のゲートを開く。

 同時に、格納庫全体を覆い尽くすかのような怒声。

 

 案の定、ノークス大尉だ。ノークス大尉が整備班と不仲であるという話を、ヴェロニカから聞いたことがあった。

 

「だから! 実戦に配備したら壊れるのは当たり前だろうが! それを修理するのがお前らの仕事だろ!

 なんでお互いの役割というもんを無視して、ケチを付けやがる!」

 

 ノークス大尉は大袈裟な身振り手振りを交えつつ、整備員に檄を飛ばしていた。

 如何なる不都合があって、このような口論に発展したのかは判然としない。

 が、噂が真実だとしたら整備士の一人がノークス大尉に突っかかったのだろう。

 

「あのクソッタレ――いや何でもない……。お上の皆様がたも“訓練生によるモビルスーツの実戦データが取れた”とご満悦だ!

 幹部会議で意見が纏まり次第、あの新入りが俺の部隊に加わるとも聞いた!」

 

 最初に突っかかったと思しき整備士が、ノークス大尉の前に出た。見覚えがある。

 ライナー・メルツ技術大尉だ。腕も弁も立つが、とにかく毒舌で誰も関わろうとしない。

 理路整然と相手を言いくるめ、容赦なく追い打ちまでかける彼と、誰が茶を片手に和やかな対話をしようというのか。

 三十路も半ばになるノークス大尉をして、遠目からも判るほどに顔を紅潮させるような相手だ。

 そのメルツ大尉は、腫れぼったいまぶたをしばたかせながら、自分の眼鏡を拭いている。唾でも掛かったか。

 

「じゃあその新入り君を連れて来て、破損箇所を一緒に調べさせたらどう?

 どういう動かし方をしたら、こうなるかっていうのがよく解るじゃないか」

 

「映像ファイルを再生すれば、そういうのは解るようになってるんだよ! その間に、お前らがこれを修理する、完璧な役割分担だ!

 お前は整備が出来るからって、モビルスーツに乗るのか? 乗らないだろ!

 俺達も同じだ。お互いの領域に、無闇に首突っ込んで、情けないでしょうが!」

 

「だったら途中で様子見なんてしなきゃいい。次の日にでも見に来ればいいだろう。君の言葉には矛盾がある」

 

「馬鹿野郎! こういうのは理屈じゃねえって、何度言ったら解るんだ!」

 

 ドスッと、鈍い音が響く。

 あれをオニールも間近で聞いたばかりだが、あれよりも強く殴打されたに違いない。

 メルツ大尉の眼鏡が、よく冷えた床に転がって行く。

 

「逐一殴らないと正当性を証明できない、幼稚で野蛮な奴。

 君は自分が出来のいい大人だと錯覚しているだけで、その実、頭の中身は中世で止まってるのさ。

 コールドスリープから目覚めたのか? 現代というものを勉強し直したらいいよ」

 

 眼鏡を拾いながら放った言葉は、やはり床と同じく熱を感じさせないものだった。

 怒っているそぶりを全く見せていない。

 メルツ大尉のその態度は――恐らく彼の目論見通りに――ノークス大尉の逆鱗に触れたらしい。 

メルツ大尉が立ち上がるのを待たず、ノークス大尉はその襟首を引っ掴み、何度も揺らす。

 

「殴らなきゃ伝えられない言葉だって、沢山あるんだ。ここは軍隊なのよ、命が掛かってるんだ! 一人一人の!」

 

「君はそう思っているんだろうが、他人を巻き込むのは辞めて貰える?

 少なくとも僕はそうは思わない。自分の言葉が正論で一般的だと勘違いするな。バカ。

 それと論点がすり替わってる。

 僕の修理に対する態度が気に入らないという言い掛かりから、何をどう考えたら君の教育理論の話になるんだ?

 僕を教育するだって? 上官でもない奴が?」

 

 オニールは遠巻きにそれらをひとしきり眺め、傍らのイサカ少尉に助けを求めた。

 彼女は苦々しげに口元を噤んだまま、何も言わなかった。

 

「……すまない。あれは、私には止められない」

 

「少尉は、あの口論を見せに私を呼んだのですか?」

 

「違う。彼が動くとは思わなかった」

 

 そう言って、イサカ少尉は上を指差した。イサカ少尉はポケットから拳大の、紙の箱を取り出す。

 

「一本あげるよ。これは謝罪だ」

 

「申し訳ありません。煙草は苦手でして」

 

「わかった、すまない。じゃあ飲み物にしよう」

 

 再び視線を下に戻すと、ブロンドの女性が「まぁまぁ落ち着いて!」と両者を引き剥がしていた。

 戦争というものは、やはりそのようにして終止符が打たれるのだろうか。

 などとオニールは漠然と考えながら、格納庫を後にした。

 

 

 




 ドーモ、読者=サン。怨是です。
 数日ぶりです。
 GW中の連日投稿は訳あって達成できませんでした。
 今後もマイペースながら簡易版と通常版を並行して投稿していきますので、よろしくお願い申し上げます。
 今回はちょっとした遊びをしてみました。
 通常版との展開の違いはありません。(意味深
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