機動戦士ガンダム Hollows' Warfare 作:怨是
今更ですが、キャラクター紹介を目次の最上部に投稿しました。
ちょくちょく挿絵も挟んでいくと思いますので、こまめにご覧頂けると嬉しいです。
宇宙世紀0079、12月6日。
オニールはたった三日で新品のジムが届いたことに驚嘆していた。
かつて戦車が運ばれた際には一週間前後を要していたためだ。
量が少ないからではなく、地球上の制空権を奪還しつつあるという証左に他ならない。
「やっとか。物資を途絶えさせるなんて、ジャブローの連中は僕らを見殺しにする気か……
予備パーツも少ないのに陸戦型ジムだけでどう戦えと……戦争をなめてるとしか思えない」
恰幅の良い男――ライナー・メルツ技術大尉が、納品書を確認しながら愚痴を零していている。
オニールは敢えて聞き流した。認めれば間違いなく彼の長い小言に付き合わされる。
予備パーツが底を突いていたのはオニールの責任ではなく、破損したジムもその日の内に整備されていた筈だ。
が、本部からすれば僻地の戦線など、宇宙に比べれば気に掛けるほどのものでもなかったのだろう。本来ならば。
事実、戦場は少しずつとはいえ宇宙に移行している。
何隻目とも知れぬ宇宙巡洋艦がジャブローから打ち上げられているのを、内報で知らされた。
資源を削減すべく掲示板にピン留めされているそれは、地のスタッフか、或いは当番制で下級兵らが毎日やっているのだろう。
例のニュータイプ部隊とやらの活躍ぶりも、記事にされていた。
特にガンダムの戦果は目覚ましく。ジャブロー防衛戦までのジオン軍エース撃墜記録が仔細にわたって記載され。
あれが全てニュータイプ部隊の戦果だとしたら、ジオン側がガンダム撃破に躍起になるのも道理。
そして連邦軍の兵士達にはエースパイロットになってガンダムに乗るという“ガンダムドリーム”なるものが生まれるのも、また道理。
それだけのエースになれば報奨金をたっぷり受け取って、退役したあとは遊んで暮らせるだけの生活が保証されるに違いないのだ。
何より、男たるもの名誉を求めたい。
世界中から『スゴイ奴=ガンダムに乗った英雄!』として見られれば、この宇宙を巻き込む大戦争に参加しても悪いことばかりではなかったと思える。
……などという風潮が推測では男達の中で15%ほど。
45%は早期終戦への望み。
35%は復讐心。
そして残る10%は戦争に乗じて利益を上げんとする商魂たくましき連中。
女はこれ以上に複雑怪奇な統計になる筈。オニールは考えるのをやめた。
無論、分析を裏付ける証拠が何一つ見付からない以上、単なる憶測だ。
自分がニュータイプとやらだったら心を読み取り、正確な分析も可能だろう。
残念ながらそういった兆候が見られないのは、オニール自身が一番よく理解していた。
――余計なことに頭を使ってしまうのは、戦況が安定しているからだな。
自身の頭の動きがどうであれ、平和が一番だ。
*
フリードリヒは先日、ようやく極寒地獄の懲罰房から出された。
そのことを思い返しながら、ここイルクーツクに置かれた駐屯地の臨時格納庫に足を運んでいた。
元は戦略爆撃機のハンガーだったため、二階建ての高さとはいえモビルスーツは寝かせて搬入するしかない。
しかも建てられたのが随分前なのか、壁はところどころに黒ずみが見られ。
屋根に至っては留め具がいくつか無くなり。
付近でガウを飛ばせば、すぐに崩れ去るだろう。
ビルの隙間にテントを張っただけのケウリ駐屯地や、掘っ立て小屋と揶揄されたマガダン採掘基地に比べればまだマシではあろう。
このイルクーツク駐屯地で整備を受けたフリードリヒのザクは、細かい部分が拾われたときのままだという。
動かす上で文句がないかどうかを調べておけというのが、テルシオ・テルマルト中佐の命令だった。
フリードリヒはフェンスにもたれかかりながら、階下で眠る愛機ザクを見やった。
「まずは全体像を把握しておかねば。それにしても……」
骸骨を思わせる顔立ち。
旧世紀の軍隊を彷彿とさせるオリーブ色の塗装。
頭と腰と脚部に伸びる動力パイプ。
そして何よりモノアイがその存在感を主張している。それがザクというジオン魂だ。
人を模倣した姿でありながら、人ならざる姿でもある。
「見惚れるよ……。やはりザクは力だ」
しかしその恍惚は、愛機の隣で佇む異形のモビルスーツを目の当たりにして消し飛んだ。
卵のような形状の、首の無い上半身は間違いなく『ゴッグ』だ。
しかし腰から下はジオン軍主力戦車の、マゼラアタックの基底部――いわゆる『マゼラベース』と接続されている。
ゴッグは元来、水陸両用モビルスーツとして開発された重装甲タイプだ。
ジャブロー侵攻が失敗した今、その機能は無用の長物とされたのだろうか。
脚部の予備パーツが無くなったというのが理由であっても、幾ら何でも無茶が過ぎる現地改修ではないか。
腰のメガ粒子砲も取り外され、丸形のライトに。
両腕は本来ならば伸縮と胴体格納が可能だが、継ぎ接ぎの装甲で覆われている様子を見るに、どうやらそれも機能しなさそうだ。
「失敬、そこの君。あれは……?」
このフロアを清掃している整備士に、声をかけた。
己の声が震えているのは、このさい気にしないことにした。
「付近で活動するゲリラとの交渉材料です。戦闘には……まあ使えなくもないが、瓦礫の撤去とかが主な利用法ですな。名付けてゴッグタンク。クレイジーでしょ?」
「あのゴッグが……」
フリードリヒ、絶句。
ジオンが没落の一途を辿っていることは重々承知の上だが、まさかここまで落ちぶれているとは。
あのベルファスト基地にて連邦軍の新型戦艦『木馬』や『白い奴』に立ち向かい、輝かしい戦果と勇壮なる散り様を体現したゴッグ。
今こうして眼前に鎮座するゴッグタンクなるものが同じ機体だとは考えたくもない。
斯様な、水陸両用である利点をまるきり投げ捨てて、うらぶれた機体になってしまうとは。
水陸両用モビルスーツはなにも、ジャブローだけが目的ではない。
海底の天然ガス採掘施設を掌握するのも、勘定に含まれていた。
ついでに地球連邦に海洋資源を与えさせず、兵糧攻めにしてやる。
制空権を奪還されても、潜水艦で各種物資を輸送すれば遅延こそ生じるものの多少の安全性は保証される。
長期戦になればそれだけ海中および海上での戦闘も増加、海洋汚染が悪化する。
それを連邦に突き付けてやれば、彼らもジオンの短期決戦に付き合ってくれるだろうというのが当初の目論見だったと聞いている。
何と素晴らしい。良い事ずくめではないか。
伸びきった戦線で補給が追い付かなくなることを早期に予想していた首脳部がメーカーに水陸両用機の開発を指示したのは、きわめて合理的な判断といえよう。
だからこそ偉大なる祖国たるジオンは、人類の母ともいえる海を攻略することにこだわったのだ。
――それが今や足も武器も失って、生ける屍も同然の体たらくとはな。
その転落ぶりに自身の境遇を重ね、フリードリヒはうつろな表情で嘆息した。
整備士はといえば、こちらの不景気な心中を察してか、口元を痛々しげに歪めていた。
「連邦のモビルスーツから部品をかっぱらってくることが出来たら万々歳だったんですがね。
どうやら構造が違うらしくて、それも無理なんだとか。こうするしかなかったんですよ、コイツに関しては」
「構わんよ。模倣された不純物などに頼るのは、我らの矜持にもとる愚行だ」
「ふはは、やだなあ、矜持はメシのタネになりゃしませんって。言い訳にするには、この上なく便利ですがね」
「君もあの狂犬と同じようなことを言うのかね……」
フリードリヒは憤慨した。
イース・バローネ中尉も「誇りなんてもんはコロニーを落としたあの日から、とっくのとうに宇宙の塵になっちまったよ」と。
確かその時は、フランコ・バッシ少尉という陰険な中年に寄越されたバケツに、彼女が用を足していた。
そのバケツの寄越し方も、ひどいものだった。
まずフランコ少尉がバケツを地面に置き、次に助走を付けてそれを蹴飛ばし、寝転がるイースの側頭部に当てたのだ。
バケツから飛び出るトイレットペーパーを余所に、イースは修羅の如く怒り狂ってフランコに掴み掛かった。
あの空間は地獄そのものだった。
「矜持を捨てれば、後は緩慢に堕落を続けるだけだというのに」
当の、イースのように。
「ですが、末端の連中はみんなそう考えてますよ。督戦隊すら、兵士を盾に敵前逃亡するご時世です」
整備士は自らの頭の後ろで両手を組み、ステンレス製の手すりにもたれかかった。
横目でこちらを見やる仕草には、敬意など欠片も見られない。
「“辛いのは今だけだ、これを乗り越えれば何とかなる”って、半年前から毎日それを聞かされてきた」
整備士は続ける。
「ヴォルゴグラード駐屯地なんて悲惨でしたよ。聞きました? 物資ごと自爆したんですよ、あいつら」
徐々に整備士の声は、そのトーンを低く落としていた。不平不満ではない、明らかな憎悪。
「外面ばかり良くて、お人好し、現実を見ないで、やれ独立のために、やれ総帥のためにってお題目を唱えるだけの司令官――ちょうど、あんたみたいな奴のせいでね」
「夢想家呼ばわりするな! 私はただ……」
「いや、いいんですよ。若い兵士なら。上官からすりゃあ扱いやすいでしょうから」
フリードリヒが反論を差し挟もうと息を吸い上げるや、整備士が割り込む。
「だが基地の司令官ですよ? あいつら、驚いたことに、そういう奴がわんさか居た。
大尉も時には自分一人で、上を鵜呑みにしないで、身の振り方を考えて動くべきです。
フランコ・バッシ少尉なんかは参考になりますよ。狂犬のお嬢ちゃんと根っこは一緒ですが、彼のほうが幾らかクールです」
「ご忠告、感謝する」
フリードリヒは踵を返し、頭を冷やすために外へと向かった。
破損箇所の確認は、とりあえず後回しだ。
――しかし、よりにもよって、バケツを人に当てて喜ぶような輩を“クール”であると評価するなど。
あの整備士の感性は、もはや狂っているとしか思えなかった。
ゴッグタンクの件といい、揃いも揃って自暴自棄か。
通用口のドアを開けると、曇り空が視界に入る。
オデッサやジャブローで戦った頃とは打って変わって、この近辺は晴れ間が殆ど見られない。
それに呼応するかの如く漂い来る、すえた臭気。煙草だ。
格納庫の中は火気厳禁であるから、こうして休憩中の作業員達は外で喫煙するのだろう。
煙草は百歩譲って見逃してやるにしても、問題は彼らが口々に放つ悪口雑言だ。
「だいたい、ザビ家の連中は兄弟喧嘩が多すぎなんだよ」
「青い巨星も、ドムを回して貰えなかったのはキシリアの所で差し止められてたからなんだとさ」
「ドムは誰に渡ったんだ?」
「黒い三連星よ。マ・クベの子飼いの連中」
「……やだねぇ。部下まで身内争いに巻き込まれるなんて。で、ウチにドムキャノンが回ってきたのは?」
「大元の部隊が壊滅したからだろ。マ・クベのクソ野郎がオデッサから逃げたんだって、もっぱらの噂だぜ」
「にしても、テルシオのジジイも鼻が利くよな。ただ、三十分で修理しろっていうのは頂けねえ。
結構な無茶をしやがったのか、関節がボロボロになっちまってる」
「老害共は堪え性がないのさ。ションベンが近いのと同じだよ。
戦線が広がりすぎたのも、ザビ家とかいう若作りのジジババ共が早くジャブローを探せって喚き散らしやがったから!」
――ああも悪し様に言うとは……。指導者なのだぞ!
フリードリヒは眉を顰めた。しかも彼らは直属の上司であるテルシオ中佐までをも、後ろ指の獲物とした。
フリードリヒは寒空の中だろうと構わずコートの袖を捲り、乱闘に備えた。
「捨て置けんな。教育してやる」
意気込むフリードリヒの襟首が、後ろから引かれる。
ほどなくして視界が暗くなった。
両耳に何か冷たいものが当たっていることと、奇妙な刺激臭から、何か硬い物を被せられているのだろうということが理解出来た。
フリードリヒは不躾な悪戯に堪えかね、頭に被せられたものを掴み取る。
バケツだ。
視線を上げると、そこには件のフランコ少尉が下卑た笑みを浮かべて佇んでいた。
両手をズボンのポケットに突っ込んでいる。まるで不良だ。
フリードリヒは激昂しつつも、小声で問う。
「貴様、何の権限があって、私に斯様な仕打ちを――」
「――やめときましょうや、大尉殿」
遮られた。明らかに彼のほうが年上とはいえ、階級はこちらが上。
いや、この部隊は曰く『カタギではない』のだから、通常の法則からは外れているのだろうか。
フランコは、軍規もフリードリヒの怒りも構わず続けた。
「陰口を堂々と叩けるのは、言論の自由が保障されてる証拠だ。
どこ行っても誰の口からも褒め称える言葉しか出て来ないより、なんぼか健全でしょう?」
「だからといって! 直属の上司や、指導者達の陰口を叩いて良いという理屈にはなるまい! 我々の敵は連邦軍ではなかったのか!」
フリードリヒが口を尖らせると、フランコは両手の平を胸の前で差し出して制した。
ちょうど、癇癪を起こした子供をあやす親のように、へらへらしながら。
「まあまあ、逸らない。少なくともここに秘密警察のたぐいは居ねえし、テルシオの旦那は地獄耳だが寛大な爺さんです。
陰口なんざとっくに届いてるし、黙認してる」
「それは、何故かね」
到底、解せぬ。困窮した戦況であるならば尚更、組織に属する者は一致団結すべきである。
目上の者を敬い、畏れるのが正道ではないのか。
「そのほうが、まとまりますからね」
……だが、フランコの理屈はフリードリヒとは真逆の、人心は憎むべき存在が身近にあってこそ結束力を生み出すという発想の上に成立している。
それはひとえに、この部隊に属するもの達が、そういった低俗極まる道徳心の持ち主であることに他ならないのでは。
だからこそフリードリヒは彼らに立ち向かわんとした。
「憎まれ役という言葉が辞書に載ってる理由を、少しでも考えたらいいですよ」
「理由くらい解る。人がその言葉の真意を知りたがるから、あらゆる単語は辞書に載っている。憎まれ役という言葉もまた同じだ」
「……これなら狂犬に訊いたほうが、まだマシな答えが返ってきそうだ」
「あんな輩に私が劣るだと? 冗談は、このバケツだけにして頂きたい!」
「俺はいつでも真面目ですよ、大尉殿……。物事はいつも柔軟に考えないと。
大尉殿がお持ちのバケツにだって、クソを垂らすくらいの使い方はできるでしょう?」
フリードリヒは、ぎょっとした。
このバケツは洗ったとはいえど、汚物入れとして使っていたものと、全く同一。道理で異臭が鼻に付いた訳だ。
「返すよ、これは」
バケツを突き返すと、フランコ少尉は片膝を突いてうやうやしく受け取った。
「これに懲りたら、一人で状況をひっくり返そうだなんて、馬鹿な真似は止しておくことですぜ。
オデッサやジャブローの時みたいにね。見ましたよ、作戦記録」
「そんな余裕があるのかね」
「二時間寝れば充分な体質ですから。浮いた時間で倍速再生。あれじゃあ隊が壊滅するワケだ。
スタンドプレーに付き合わされる部下も、こんな上官じゃ浮かばれない」
「……もういい」
思わず、フリードリヒは顔を背けた。
聞くに堪えない陰湿な当てこすりに、これ以上耳を傾ける必要など。
「部下の忠告なんざ聞く耳持たないって事ですかねえ。そんなんじゃ他でやってけませんぜ! ヒャハハ!」
フランコは嘲笑を交えつつ、陰口を叩く作業員達に混ざった。
バケツを逆さに置き、その上に座って煙草をふかす。以降、彼らの視線は少しもフリードリヒに向けられていない。
何やら「この紙屑、捨てといてくれ」だの「またポケットに入れっぱなしですか! 少尉はホント、ズボラだなあ!」だのと騒いでいるだけだ。
標的でないことを幸いとすべきか、初めから眼中にないことを嘆くべきか。
「くそ、どいつもこいつも!」
フリードリヒは奥歯を噛み締めながら、己のザクのコックピットハッチへと向かった。
少なくともあの中なら、不愉快な喧噪とも無縁。
「ハッチ、閉じるんですか?」
近くの整備員が怪訝そうな顔で覗き込んできたのを、フリードリヒは手で追い払う。
「悪いが、しばらく放って置いてくれないか!」
消灯したモニタには、苦渋に歪んだ己の顔が映っていた。
「辛いのは、今だけだ……じきに、まともな友軍と合流できる筈だ」