機動戦士ガンダム Hollows' Warfare   作:怨是

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 人類の大部分が宇宙に居を移してから数十年……時は宇宙世紀0079年12月3日。
 スペースノイドの独立を巡って、スペースコロニー・サイド3がジオン公国を名乗り、地球連邦に宣戦布告したこの戦争は、既に人類の半数を死に至らしめながらも、未だ終わりを見せない。両軍の戦力の大半が宇宙へと移行する最中に於いても、地球での戦いは散発的ながらも続いていた。



▼通常版
File 00: Welcome to Warfare


 

「……視界が高すぎて落ち着かないな。まるで地面に足が付いていないみたいだ」

 アーヴィン・オニール伍長は暖房の効いたコックピット内で軍服の襟を正し、両手の黒革手袋の裾を引きながら呟く。

 この18メートルの巨大な人型兵器のモニタ越しに見える外は、うっすら雪化粧の施された森林地帯と、廃墟ばかりが広がっていた。どうにも寂寥感が溢れる情景だ。吹雪いていないのが幾らか気休めになってくれるものの、曇り空は夕日を吸い込んで赤く染まり、それがまた不吉な予感を胸中に生み出してくる。視界の高さに比例して空が重くのし掛かってくるようで、オニールはよりいっそう鬱屈した気分にさせられた。オニールの故郷であるスペースコロニーは天候が管理され、円筒状の内側を底面としていたために空には分厚い雲もなかった。上が何も見えないというのは、地球に来て八年が経過した今もなお、慣れない感覚だった。

 彼は今、連邦軍がジオン公国の『ザク』に対抗すべく新たに量産を推し進めている、モビルスーツ『ジム』の実機演習に参加している。オニールは入隊してから八年もの間61式戦車を駆っていたが、このたびジムの本格的な量産開始に伴い、モビルスーツパイロットとして志願したのだ。低くはない倍率を見事にくぐり抜けて適性試験に合格し、この海に面した、ユーラシア大陸東端の基地へとやってきた。旧暦ではロシアという大国が領土としていた場所らしい。

 付近のエリアはジオン公国が未だに幾つもの前線基地を構えているらしく、この演習はジオンに対する示威行為も兼ねているということは、想像に難くなかった。

 教官の到着を待ちながら、この基地に到着した当日の出来事を、オニールは思い返す。

 

 

 

 

 同年11月30日。この日の夜、オニールはハバロフスク基地に到着するや、基地司令の個室へと通された。案内してくれた士官は席を外し、無味乾燥な壁には不釣り合いな木造のデスクやアラベスク模様の絨毯に彩られたこの部屋で、オニールは初老の基地司令官と二人きりになった。

「私はハゾット・オスパル名誉技術大佐。このハバロフスク基地の司令官だ」

 オスパル司令がそう言って右手を差し出したのを、オニールは硬直した面持ちで握りかえした。

「アーヴィン・オニール伍長であります」

「よろしく。早速だが、これから面接をしたい。いいね?」

 司令は長机に向かいながら、こちらに振り向く。

「面接……でありますか」

 オニールは自身のプロファイルデータのコピーを、前日に手渡されたことを思い出す。

『アーヴィン・オニール伍長。29歳、男性。サイド5コロニー、ワトホート出身。父子家庭。母、兄は死別。軍に志願したのは宇宙世紀0071年、経済的な理由によるもの。大学在学中に母親が他界、稼ぎ手である父親もまた定年退職を迎え、当時存命だった兄は服役中であったことから、地球連邦軍に志願した。モビルスーツパイロット転換訓練を受けた理由は、乗機であった61戦車の性能に限界を感じたため』

 確か、そう書かれてあった。書類の内容と、オニールの自身に対する認識との齟齬は見られなかった。ああいった書類だけでは表層を窺い知ることしかできないだろうから、こうして直に会話を交わすことで人間性を確かめるつもりなのだろう。滅多なことを答えれば、また戦車兵に逆戻りさせられるに違いない。オニールの表情は自然と強ばった。

 オスパル司令はその様子を見て苦笑しながら、姿勢を崩す。

「いやいや。面接とは銘打っているが、そうだな、簡単な取材みたいなものだと思ってくれて構わない」

 そうは言っても、これから世話になる基地の司令官だ。硬くなるのは無理からぬ話というものだろう。オニールに出来ることといえば、せいぜい口角をぎこちなく吊り上げる程度だった。

「まずはモビルスーツについて聞かせてくれ」

 正しい知識が頭に入っているかどうかを調べるための質問だろう。扱うのは兵器なのだから理解していなければ問題外だ。オニールは即座に、返答を構築した。

「“戦術汎用宇宙機器”の略称。我々、地球連邦に対して独立戦争を宣言したコロニー、サイド3のジオン公国が初めて実用化した、人型の機動兵器で、それはミノフスキー粒子影響下におけるレーダー無効化との相乗効果により――」

「――ああ、すまない。すまない。そういう意味ではなくて」

 オスパル司令は両手を振り、オニールを制止した。

「君がモビルスーツの概要を理解してくれているのは私としては非常に嬉しいことではあるが、私が聞きたいのは君個人の所見だよ」

「所見……ですか」

 虚を突かれるかたちとなった。兵士とは常に平均化された知識と、統一化された認識を持っている必要があると教えられてきたオニールは、今までそういったものを表に出した経験がなかった。幾つかのリベラル誌がその風潮を事なかれだの全体主義だのと揶揄していた――ちなみにそのリベラル誌の殆どがサイド3、現在のジオン公国で発刊されたものだ――が、オニールは気にしないようにしてきた。ゆえに、眉間に皺が寄るほど考え込まねばならなかった。

「どんなことでも構わない。君の持論を披露してくれ。一切の遠慮なく」

「手足の付いた戦車、だと思いました」

 咄嗟に思い付いた一言がそれだったが、存外にオスパル司令の気を引く――それが面接官特有の、その気にさせるための演技だったとしても――単語だったらしい。

「ほう。続けたまえ」

 司令は長机に身を乗り上げ、目を輝かせた。

「先に述べた通り、ミノフスキー粒子が戦場に現れて以来、戦争におけるレーダー技術は無意味となり、有視界戦闘が主たるものとなりました」

「書類には目を通したが、君はもともと、戦車兵だったそうだね」

 司令は手元の書類を手に取り、指で叩く。オニールが事前に手渡されたコピーより幾分か分厚く、士官以上の者が閲覧する内容なのだと推測できた。

「はい。上海駐留軍の所属でした」

「不便だったろう? 61式は何から何まで電装品頼みで、ハイテクを過信するきらいがあった」

 辺境基地の司令にそれが解るのかとも思ったが、名誉技術大佐という肩書きである以上、兵器には精通していてもおかしくはあるまい。オニールはひとまずその疑問を胸にしまいつつ、話を続けることにした。

「ええ。旧来ならば三名ないしは四名だった乗員を二名に減らしたこと、および歩兵の随伴を光学機器など最新のアヴィオニクスで補ったのが仇となり、ミノフスキー粒子影響下では機能不全に陥っています」

「続けて」

「はい。しかし、モビルスーツは戦車とは異なり、バーニアによるジャンプ……つまり陸戦兵器としての側面を持ちながら、立体的な機動が行なえます。今やジオン公国のザクと呼ばれるモビルスーツにとって大半の61式戦車は、もはや単なる的にしかなりません。上海防衛網でも、それで友軍が……」

 上海防衛網での作戦では、それが原因で友軍の援護が出来なかった。高架下で戦闘していた為に、ハイウェイに展開していた友軍は、後方から迫ってきたザクに対応できなかったのだ。もしも即座に段差を上れていたら、挟撃も出来ただろうに。

 あの戦場での友軍戦力は、61式戦車と戦闘機のセイバーフィッシュだけだった。モビルスーツは恐るべき兵器だ。ミノフスキー粒子の影響下に於いてセイバーフィッシュの空対地ミサイルは単なる無誘導の単発発射式ロケット砲に成り下がり、レーダーによる敵機の感知も不可能となってしまった。戦闘機の最大の特徴たる超音速飛行はレーダー管制が失われた為に、特例を除き禁止事項となった。おかげで対地攻撃に慣れているパイロットが重宝されていた。

 連邦軍に『ガンダム』と呼ばれるモビルスーツが生まれるまで、ジオン公国の一ツ目連中はモビルスーツの王者として各地の戦場を闊歩していたし、それは今に至っても変わらぬ事実だ。

 東南アジア方面をはじめとする激戦区では『陸戦型ガンダム』と呼ばれる先行モデルと、その廉価版である『陸戦型ジム』が配備されていたらしいが、あくまで少数の配備だ。

「だからこそ、私もその土俵に立ちたいと思ったのであります」

 オニールがそう締め括ると、オスパル司令は深々と頷き、それから神妙な面持ちでこちらを見据えた。

「より強い兵器を扱いたい、そうすることで友軍を救いたいと考えたがゆえの、パイロット志願ということだね?」

「はい。私にそれを扱えることが可能なら、一人でもモビルスーツを扱える人間が増えるのなら、この戦争を早く終わらせることもできるのではと思ったのです」

――俺の力量不足や、兵器の特性による枷に起因する、あの悲しい思いをしないで済む。

 オニールは胸中で、そっと付け足した。オスパル司令は、いささか大袈裟に頷いていた。

「そうだろう、そうだろう。今月初頭に行なわれたオデッサ作戦は記憶に新しい。レビル将軍はモビルスーツを温存するために、敢えて戦車などの既存の兵器を前線に出した。周囲に鬼と誹られることも恐れずにね」

 戦略的見地からその決断に至ったのは疑いようのない事実だろうが、それでも感情は別だ。実際、反レビル派の将校達はこれをタネにゆさぶりをかけようと画策しているという噂を、オニールは聞いたことがあった。

「将軍のご決断は、それはもう立派なものだよ」

 感じ入ったように言うオスパル司令は、どうやら親レビル派らしい。ジオンを公国制に改めて戦争を指揮しているザビ家は、兄弟同士の派閥争いが絶えないと捕虜の話にはあった。その捕虜はザビ家の兄弟喧嘩に巻き込まれ、孤立無援になったことが原因で投降したと語っていた。対する連邦軍内部も一枚岩ではないが、ジオンほど露骨であってほしくはないというのが、オニールの正直な願望だった。組織人というものは個人に帰した途端に脆弱化する。オニールも例外ではなく、組織ぐるみの派閥争いなどに巻き込まれた日には抗える自信が無かった。

 奥歯を噛むオニールを差し置いて、オスパル司令は続ける。

「連邦に蔓延する厭戦気分を覆したジオンに兵無しの演説、大量破壊兵器の使用を禁止した南極条約締結、我が軍にモビルスーツをもたらしたV作戦……数々の英断は、まさに将軍のご慧眼があってこそ成功したと言える」

 オスパル司令はそこで一旦区切り、溜め息をつく。

「そうだ。だからこそだよ……」

 僅かに震える声のトーンは低く、それが憤怒を表すものだとオニールは理解した。

「旧態依然な連中の、足の引っ張り合いさえ無ければ、たった一ヶ月だけでも計画を早めてさえいれば、未来ある若者達が、命を落とすこともなかった。オデッサ作戦など、まさにその好例だ。あの時点では外縁に並べ立てる程度しか先行量産型ジムが生産されていなかったから、艦上から花束を落とさねばならぬほどの戦死者が出た。しかし、あの61式戦車がすべてモビルスーツのガンキャノンであったなら? 或いは君は、生き延びることができたと思わんかね?」

 司令の質問は極論だ。現実的ではない。しかしながらオニールは反論せず、顎に手を当てて考える仕草をしてみせつつ、この場における最良の返答を組み立てることにした。

「少なくとも、現実の戦死者に比べてその数は大きく軽減できていたかと思います。同時に、生き残った人の感情も」

 これについては本心だ。実際、オニールは生き残った側の人間で、兵器の不自由ゆえに歯痒い思いをした。オスパル司令はそれを薄々ながら察していて、わざとこんな質問をしたのだろうか。

「だからこそ、ジオンがジャブローに攻め込んでくるまでの間に、ジムの大量生産に踏み切ったのだと思います。当初の設計より性能を落としたとの声もありますが、それでも戦車でザクに立ち向かうよりは希望が持てるのではないかというのが、私の見解です」

 司令の口元が少しだけほころんだ。やはり、こういった場では上官の望みに沿った返答するのが正解らしい。幸い、そういった上官を立てる言動は得意だ。伊達に八年間も僻地で伍長をやってきたわけではない。能力の優劣よりも都合の良いイエスマンを求める者は数え切れないほど居た。僻地の基地司令など左遷された者が大半であろうから、彼も大方そういう手合いだろう。

「君もそう思ってくれるか。ああ、そうとも。“全部をガンダムにしろ”などという非現実的な妄言は吐かない。しかし、ガンキャノンの走破性と両肩に搭載された240ミリ無反動砲、堅牢な装甲……あれは実に魅力的だ。量産体制がととのっていたならば、オデッサ作戦など一日で終わった筈だし、事実、私はそれを上申したものだよ。何度も、何度も」

 オニールはここまでの遣り取りで、ハゾット・オスパル司令の態度に演技特有の矛盾を全く見付けられなかったことから、この男は何から何まで本気であると断定した。でなければ初対面の相手に、いきなり身の上話をすることもあるまい。

「レビル将軍の反対派をのさばらせる結果にもならなかった。エルラン中将の内通も、マ・クベの水爆も、隙を与えず、すぐに対処できたかもしれない。まったく、ジャブローの石頭どもは何も解っていない! 私の進言に耳を貸すどころか“ならば君がやってみたまえ”などとのたまい、こんな僻地に追い遣り……」

 今にも立ち上がらんばかりの勢いで捲し立てたオスパルは、オニールの気圧された顔を見て我に返ったのか、ミネラルウォーターに口を付ける。

「いや、歳を取ると愚痴っぽくなっていかんな。すまない。続けよう。話は変わるが、我々連邦軍は今日というこの日、ジャブロー防衛に成功し、オーストラリアでも反攻作戦が順調に進行している。その件について、所見を聞かせてくれ」

「ジャブロー防衛の要は、ホワイトベース隊のガンダムによる活躍が大きいかと」

 実際にどうだったかは、移動中に通信を聞いただけなので定かではない。司令の先刻の発言と、ホワイトベースがジャブローに到着したという話を統合し、このように推論……もとい希望的観測を並べ立てたほうが喜ばれると思ったのだ。

「やはり、君もそう思うかね。そうとも。ガンダムは我等が連邦軍の救世主、切り札、起死回生の一手だ。既に陸戦型や、様々なガンダムの開発計画が動いている。君が乗るモビルスーツは、既に頭に入っているだろう?」

「RGM-79、ジム……ガンダムの量産型だと存じ上げております」

「その通り。そして、オーストラリア反攻作戦、およびキャリフォルニアベース奪還作戦の要でもある」

 司令はミネラルウォーターを一気に飲み干し、それから席を立った。彼は部屋を歩き回りながら、演説じみた話を続ける。

「これからの時代はモビルスーツだ。宇宙世紀はモビルスーツが動かす。私には、その確信がある。ギレン・ザビの言葉を引用するのは憚られるが、我が連邦はジオンの三十倍もの国力を有する。連邦の兵士全員がモビルスーツパイロットなら、ジオンなど物の数ではあるまい?」

「同感であります」

 ――技術屋のジョークであることを祈りたいな。些か極端に過ぎる。

 反論は差し挟まず、オニールは表面上の同意だけで取り繕った。極論であることに目を瞑れば、司令の理屈はあながち夢物語でもあるまい。それに一介の兵士よりは見聞きする情報も多いだろうから、司令には司令の考えが何かしらある筈だ。オニールは己にそう言い聞かせた。

 司令はオニールの眼前に立ち、入室したときと同じように右手を差し出した。

「ようこそ、ハバロフスク基地へ。理解ある若者に巡り会えたことを、私は嬉しく思う」

 皺の刻まれた顔に浮かんだ司令の笑みは、ともすれば子供じみていると表現しても過言ではないほどに、若々しさに満ち溢れていた。この男にどこまで取り入ることができるかで、進退が決まるというのなら。オニールは手を握りかえしながら、決意を固めた。

 

 

 

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