機動戦士ガンダム Hollows' Warfare 作:怨是
予備機のジムが納品された。
他のパイロット候補生は、ようやく実機訓練ができる。
俺に対する陰口も、少しはなりを潜めてくれるといいが……。
何分、訓練機のジムを壊したのは他ならぬ俺だ。
いくら訓練中に巻き込まれ上官の判断で戦闘に参加したためにお咎め無しとはいえ、
中破したせいで他の候補生達の実機訓練が遅れてしまったのは事実だ。
今後、俺が何らかの成果を出しても、
「アーヴィン・オニールが訓練機のジムを壊したから他と差が付いた」
などというやっかみが付いて回るのだろうか。
今のうちに対応策を考えておかねば。
彼らも戦争に参加しているが、その内の何割かが
「面子と戦っている」という事実は否定できない。
彼らが、ガンダムドリームを追い掛けるのは別に構わない。
ただ、それを実現して増長するようなことは、あってほしくない。
《こちらホイッスル。現在時刻0730、ミノフスキー粒子濃度15%、レーザー通信感度良好》
《ポーター了解。二号機ハッチ異常なし、ゴート3および4、降下準備最終確認よし》
《ホイッスル、一号機同じく》
湾岸都市への緊急出撃命令が下ってから、およそ二時間が経過している。
オニールは大型輸送機『ミデア』の機内に格納されたジムのコックピットに座し、降下までの待機時間を思案に費やしていた。
「……」
ミデアは二機出撃しており、ベイカー軍曹とオニールのジムが前後に並んで搭載された二号機は、ノークス大尉とイサカ少尉、それと彼らの陸戦型ジムが乗る一号機に追従する形で航行している。
モビルスーツを運搬するだけなら一機で事足りるところを、わざわざ二機に分けた理由は二点ある。万一撃墜された場合でも対応できるよう備えることと、今回の任務は難民の救助も兼ねていることだ。その民間人の人数が不確定である以上、余裕を持たせる必要がある。三百人規模ならモビルスーツ収納スペースにジムを寝かせ、その上に皆で寄り合えば何とかなると、出撃前にノークス大尉が言っていた。いわく、少なくともスペースコロニーのシェルターよりは余裕があるらしい。
作戦領域である沿海地方の都市は、ハルビン駐屯地への援軍を向かわせた矢先にジオンの奇襲を受けて壊滅した。しかも、指揮系統が全く機能していないことから、司令部をやられたか、或いは逃げたと推測されている。いずれの場合でも、そのせいで多数の民間人が避難も間に合わず置き去りになった。
ハルビン方面から引き返した沿海地方基地の地上部隊は、そういった状況下でジオンに包囲され、身動きが取れなくなった。彼らからの救難信号をハバロフスク基地が受信、緊急作戦会議が開かれたのが、事のあらましだ。
オニールは薄暗いコックピットの中で、顎に手を当てた。沿海地方基地がハバロフスク基地に救援要請を出さなかったのは、壊滅までが早すぎたためだろうか。ハルビン駐屯地が襲撃されたのが今から二日も前の12月6日だ。全速力で移動すれば当日には着いている。
いや、激戦区でなかったために油断していたのか。それとも、練度の低い民兵に戦車だけを押し付け、将官達は早々に夜逃げしたのか。皆で揃ってドラッグでもやっていたのか。この場で真相を知る術はない。
――せめて、カルロと連絡が取れたらな。
カルロ・サリヴァン伍長はオニールの戦友だ。かつて上海戦線でオニールと共に61式戦車に乗っていた。彼が砲手で、オニールが操縦士だった。オニールがモビルスーツパイロットに転向する折、カルロは「俺はもう少し戦車の可能性を信じてみるよ」と言い残した。ハルビン駐屯地は彼の所属からそう遠くはないから、援軍として駆り出されてもおかしくはない。彼の戦術眼は確かなもので、その慧眼ぶりは上官達からも一目置かれていた。
彼なら、ハルビン駐屯地での出来事について色々と詳しいのではないだろうか。
「いや……見てもいないことを考えるのは、やめたほうがいいな」
……間もなく作戦領域だ。ブリーフィングではジオンの主力戦車『マゼラアタック』と、水陸両用モビルスーツ『アッガイ』、そしてザクが随所に配備されているとのことだった。今回は市街地戦闘を考慮して、四機全ての武装が100mmマシンガンとなっている。ビームスプレーガンなどを市街地、それも民間人がどこに居るかもわからない場所で乱射など出来ようはずもあるまい。碌に当てられなかったオニールなら、尚更だ。
《各機へ。当初の予定通り、俺達だけでやるぞ。海軍の援護は期待できない》
ノークス大尉からの通信に、イサカ少尉、ベイカー軍曹、そしてオニールの順に「了解」と返答がなされる。今回からベイカー軍曹とオニールは正式にゴート小隊へと編入された。それぞれゴート3とゴート4というコールサインが与えられている。
《特にゴート4……お前はクールにやれよ。上のお情けで入ったワケじゃないってことを、同僚達に見せ付けてやれ》
「了解!」
もう少し気の利いた、それこそ打てば響くと思わせるような言葉で返せたなら。しかし、オニールがモビルスーツに乗ったのは二度目だ。いやが上にも緊張で、頭の回転が鈍ってしまう。
《隊長、煽りますなあ。他の候補生連中も、私が教えたんですよ?》
ベイカー軍曹が、笑いながら助け船を出してくれた。
《その中で一番のラッキーボーイがコイツなんだ。少しは肩の力を抜いてもらわねえと。ゴート2みたく、無愛想になっちまうだろ》
その無愛想な筈のイサカ少尉も《それは良くありません。ゴート4、頑張れ》などと合いの手を入れる。
オニールは、何だか自分が情けなくなった。三十路も間近だというのに、どれだけの人間に気遣わせてしまっているのか。せめて着実に、堅実に結果を出すことで恩返しをせねば。
《こちらポーター、座標良し、高度300。降下ポイントまで120秒前、速度計チェック。減速、降下準備開始》
《ホイッスル了解。サブモニタにオートカウンターを表示します》
リタ・アルバ少尉のアナウンスと共に、サブモニタに緑色のデジタル時計のようなカウントダウンが表示される。映画で見掛ける時限爆弾のような、コンマ以下の数字も教えてくれる丁寧なものだ。
オニールがコンソールのスイッチを幾つか叩いている間に、ハッチが開く。
《3……2……1……降下!》
順次降下するジム達に続いて、オニールも自機を発進させた。微弱で断続的な震動を伴って、足を進める。ハッチから広がる景色は、灰色の高層ビルが幾つも立ち並んでいた。
――動け、動け。この程度の高さが、何をするものか。シミュレーションでやった通りに降りればいい。
何度も己を勇気づけ、ベイカー機に続こうとした時、突如としてベイカー機が右へ飛ばされた。
「軍曹?!」
オニールは慌ててフットペダルを踏み込んでしまい、ジムの姿勢が崩れた。このままでは地面に真っ逆さまだ。オーバーヒート直前までバーニアを噴かし、やっとのことで着地シークエンス通りの動きに修正できた。地面に足が付くや、サブモニタにベイカー軍曹の顔が表示される。
《こちらゴート3、立て続けに被弾した! 二号機ミデアは無事か?!》
《こちらポーター、二号機損傷軽微》
《ゴート2、敵対空自走砲を撃破》
対空砲火の大元が、爆発を起こす。イサカ少尉の攻撃が、敵の急所に命中したのだろう。火線は消えていた。
《よし! ゴート3、ポーター、どっちも絶対に墜とされるなよ》
《ゴート3了解!》
《なあに、俺が死んでもホイッスルは死なせませんよ、隊長》
ポーター、もといアンリ・カペック少尉が茶化した調子で応答する。ロビーにて、先日のハバロフスク基地での戦闘に出撃できなかったことをぼやいていたが、ベテランというものは概して強心臓の持ち主なのだろうか。そんなカペック少尉の態度に、ノークス大尉が辟易する。
《バカヤロウ、そういう意味じゃねえ。ポーターは一足先にフラウンダーへ戻り、補給を済ませろ》
《了解、了解。もうちょいビッグトレーが早けりゃいいんですがね》
《ぼやくな。あの大きさじゃ、最大戦速でもあんなもんだ》
かなり遠方ではあるが、ビッグトレー級陸上艇『フラウンダー』も砲撃支援や難民、立ち往生している地上軍残存兵力の受け入れのために作戦領域に来ており、またハバロフスク基地との通信中継も兼ねている。ミデアの発着場を外付けしてはいるものの、搭載武装の多い大型の陸上艇であり、護衛の戦闘機も出ているので襲撃を受けることはそうそう無い筈だ。
《ゴート3、周辺に敵機は確認できるか?》
《妙ですな。さっきの対空砲だけです》
ノークス大尉が忌々しげに歯噛みする。
《極東のジオン共は、隠れんぼの趣味でもあるのかよ……。ホイッスル、見えるか?》
《いえ、ここからでは。熱源、パッシヴ・ソナーも同じく反応がありません》
《おいおい。偵察部隊の情報は確かだったんだよな?》
《隊長も見ましたよね、航空写真。あれが何かの間違いに見えました?》
アルバ少尉が口を尖らせる。確かにブリーフィングでプロジェクターに映し出された航空写真は、ザクとアッガイ、それからマゼラアタックの姿が認められた。あれだけ鮮明な画像なら、見間違いなど有り得ない。
《でもおかしいですよね……その割には降下ポイントで真っ先に対空砲火を受けましたし……》
《確かに、偶然にしちゃあ、出来過ぎているな。まさか偵察部隊にハメられた、なんてことは無いよな? エルラン元中将みたいなスキャンダルは勘弁してくれよ》
《ハハハ、ご冗談を。やめてくださいよ、内通者だなんて縁起でもない》
ノークス大尉の腐すような言葉に、ベイカー軍曹らが苦笑する。
《隊長のジョークは笑えません》
《いずれにせよ、調べたら解ることだ。隊形を崩すな》
各機から「了解」の通信が飛び、オニールもそれに便乗した。民間人が危険に晒されている以上、誰も「これならフラウンダーごと来るべきだった」などという世迷い言は吐かなかった。そもそもフラウンダーの艦砲射撃はメガ粒子砲で、ビームスプレーガンとは比べ物にならない威力を発揮する。そんな物を使えば、街がどうなるかは明白だろう。
四機は廃墟郡の中を歩く。オニールはベイカー機のバックパックを守るようにして、注意深く付近を見回した。損壊の激しい区画は、どこも徹底的に崩壊している。倒れた高層ビルが隣のビルに突き刺さっているという光景まで見られた。ハイウェイに至っては完全に障害物となっており、逃げ遅れた民間人のものであろうトラックが下敷きになっていた。赤く染まったフロントガラスの奥は、想像したくもない。
「コロニーの破片が落ちたわけでもないのに、どうしてこんな……」
《俺達のところより小規模ではあったが基地もあったし、連邦寄りの街だったからな。きっと、精一杯抵抗したんだ。でも結局、勝てなかったんだろう》
不意に呟いたオニールの言葉に、ベイカー軍曹が答える。オニールはベイカー軍曹の沈痛な面持ちを見て、はっとした。破片が落ちて、その後もジオンに抵抗したことで有名な地域といえば、北米だ。
ただ、今の反応だけで軍曹の出身地を断定するのは、いささか早計だ。セントアンジェやオーストラリアかもしれない。それにこれ以上、踏み込んだ話をするのも憚られる。軍人であっても人間だ。できたばかりの傷を抉って良いなどという理屈が、どこにあるというのか。そもそも作戦中なのだから、思い出話に花を咲かせるのは帰還してからだ。オニールは口を噤んだ。
《敵部隊から通信です。繋ぎますか?》
アルバ少尉の言葉で、オニールは我に返る。
《頼む。濃度は15%前後だったな》
《ええ。ですので、多少のノイズが。通信、繋がりました》
通信機が砂嵐のような音を発し始める。ミノフスキー粒子影響下で、受信側がオープンチャンネルを中継しているためだ。この場合は混線を避けるため、指揮官機――ここではノークス大尉の陸戦型ジム――およびオペレーターのアルバ少尉の搭乗するミデアが受信し、統合した上で各機に再送信するという仕組みになっている。
《連邦軍……尻尾を巻いて逃げた奴が、今更ノコノコと》
《肥え太ったブタ共め!》
《スペースノイドに対する搾取の代償を払わせてやる!》
《沈めてやるよ、海の底に》
《俺達からこれ以上、何を奪おうと――》
敵兵達から口々に発せられる呪詛めいた言葉に、誰もが唖然とした。それを遮るように、ノークス大尉が《おい、話せる奴は居るか。誰でもいいが》と、苛立たしげに問う。
《……解放部隊、総隊長のヴィクター・ラインバック少佐だ》
低いが、よく通る声だった。齢にしてノークス大尉より少し上ぐらいだろうか。
《あんたらはゲリラ兵か。オープンチャンネルでわざわざ話し掛けてきたってことは、取引でもするつもりか》
《どちらも違う。宣戦布告だよ、これは》
ノークス大尉の沈黙が、ラインバック少佐に二の句を促す。
《連邦は我々を嘲るように、緩慢な死を我々に与えようとしている》
《ああ。それで?》
《貴様等も同じだ。地上のジオンは、一掃されはしない!》
何かを叩く音が聞こえてきた。コンソールを殴りでもしたのだろうか。オープンチャンネルのウィンドウにはSOUND ONLYとだけ表示され、一切の映像が流れてこない。彼らの怒気をたたえた表情も、唾が飛ぶほど開かれた口も見ることは叶わなかった。
《ウルリヒ小隊、ツェーザル小隊、総攻撃を開始! 彼奴等に劫罰を下してやれ!》
ゴート小隊一同は三者三様の表情で、互いに顔を見合わせた。それでも画像認識タイプの照準器を動かすことによる索敵は続けているので、相手を侮っているわけではない。
《単なる恨み言かよ。用が無いなら話し掛けんじゃねえ》
《……えっと、じゃあ切りますか?》
おずおずと、アルバ少尉が問い掛ける。
《頼む――いや待て。逆探知して、連中の位置を割り出せるか? もう少し話を続けてみる》
通信機のノイズが消えたが、これはオープンチャンネルの機能を受信のみに切り替えたのだろう。隊長機の構造を調べていないので詳しくは解らないが、恐らく今は隊長機とミデアだけで受信している筈だ。
《実は、やってあるんです。各機に通達。敵機の推定位置情報と接敵最短ルートを、マップに表示しました》
《ありがとう。流石に仕事が早いな》
《生き残るためですからねっ》
アルバ少尉はそう言って鼻を鳴らす。サブモニタ越しに、ノークス大尉の微笑む顔が見えた。
《よし、ツーマンセルで一機ずつ潰す。前回に同じくゴート2は俺とだ。沿岸部を探すぞ。ゴート3は新入りと、内陸部を当たれ》
《ゴート2了解》
《ゴート3同じく。ゴート4、陣形の組み方は訓練と実戦で習ったから大丈夫だな?》
「覚えの早さには自信があります」
《その意気だ。ちゃんと出来ているか、見てあげよう》
「お手柔らかに願いますよ」
マニュアルを七回も読み返していた時点で、自身の発言は一笑に付されるものだということは知っていた。この場で訓練中の遣り取りを詳しく知っているのは、ベイカー軍曹だけだろう。だからこそ、これはオニールなりのジョークを交えた、暗に「過信はしないでほしい」という不安の表現でもあった。
恐らくだが、ベイカー軍曹なら察してくれる。オニールが彼から感じた『正道から足を踏み外した雰囲気』の正体は、彼の言動――奥底から滲ませる慈悲深さだ。悪く言ってしまえば、軍人にしては甘すぎるのだ。教え子を過信した結果、死なせたとあれば、彼は自分を責めるに違いない。だからこそ、この作戦中にオニールが戦死しても、それを引き摺ったりしないようにという願いも込めてジョークを言ったのだ。
――いや、俺の自惚れた偏見なら、それでもいいが。
他人の心を覗き込むことができないのだから、オニールの判断も正解とは限らない。
オニールはベイカー機に追従しながら、自機を反転、後ろ歩きで周辺を警戒する。
「……ゴート4、敵影確認できず」
十数分ほど経過した頃には、市街地の北側半分をクリアリングしていた。オープンチャンネルで拾い上げた位置データに基づいて、一つ一つをなぞるようにして動いてきたが、潜伏する歩兵すらも見掛けない。断熱素材か何かで熱源を掻き消しているのか、そもそも居ないのか。
《ゴート3同じく。いや……こいつは、何だ?》
ベイカーのいぶかしむ声につられ、オニールも視線を追う。路地の隙間に、黒い立方体が鎮座していた。ワイヤーのようなアンテナがせわしなく動いている様子は、さながら昆虫の触角だ。特に、イナゴの仲間が近い。
《ホイッスル、画像解析を》
《了解です》
ベイカーがコンソールのスイッチを操作し、画像を送信する。タッチパネル式でないのは、破損や震動による誤操作を防ぐためだ。しばらくして、サブモニタにデータが表示される。
《データベースと照合しました。ミノフスキー粒子散布状況下で、特定のチャンネルのみを中継可能な通信装置ですね。有線制御式で、しかも逆探知されやすいので野戦では使われない筈でしたが、つまりこれは……》
《ああ。その特性を逆手に取った、デコイだろうな。連中、ナメた真似しやがって》
ノークス大尉は引きつった顔で、吐き捨てるように言った。
《各機、隊形を維持。位置情報はアテにせず、くまなく探索するぞ》
*
ダン・イサカ少尉は沿岸部のジャンクションに向けて、陸戦型ジム――イサカがオーストラリアで乗った当時の通称は『先行量産型ジム』だった――を少しずつ歩かせながら、周辺のトラップを警戒していた。迂闊に歩き回れば、何が飛び出てくるか判ったものではない。戦局の緊迫化によって士官学校を半ばで卒業させられたイサカでも、兵法に対する多少の心得はある。
――伏兵は居る。地雷、ワイヤートラップは? これだけ崩落が激しいならば、形跡を隠蔽することは容易だ。隊長もそれを知っている。
だからなのか、先行していたノークス機が足を止めても何かあるという確信ゆえに、自然体で動くことができた。
《ゴート2》
ノークス大尉より発せられた、近距離通信によるものだ。
「どうぞ」
《トラップを解除する。周辺を警戒しろ》
「了解」
イサカが応答するや、ノークス機はビームサーベルを脚部から取り出し、振り下ろした。一見すると何もない空間だが、よくよく目を凝らせば細い線が何本も走っていた。ワイヤートラップらしい。二人の読みは当たっていたが、イサカが先行していれば間違いなく見落としていたほどの細さだ。
《解除が完了した。索敵に戻る》
「了解」
《……もしかしたら、何度か引っ掛けてたかもしれねえ》
「次に発見したら、私が試します」
《やめようぜ。飛び越えるには量が多すぎたから切っただけだが、今し方ビームサーベルで切った奴だって、もしかしたら電流が止まると反応するタイプだったかもしれねえぞ》
「しかし、隊長は今……」
《これで何かしらの面倒が舞い込んできたら、トラップが作動していたってことだ。これでも用心してるんだよ、俺だって。ホイッスル、上空から変化は見えたか?》
《いえ、何もありませんでした。怖いくらいに……》
《ビビるのが正解さ。ブラフもあるだろう》
――やることが大胆な割には、考え方が繊細だよな。隊長は。
ノークス大尉とはオーストラリアで訓練していた頃からの仲だが、彼に対する印象は当初から一寸もぶれなかった。万事がこれだ。慎重に行動し、細やかに指示を飛ばす割には、大きく前に出ることもある。それは部下のイサカやアルバに対する信頼の現れであることは、疑いようもない。
しかし、そんなイサカでも理解しかねたのは、ハバロフスク基地が“モビルスーツの小隊規模は三機ずつまで”という原則を敢えて崩し、ノークス大尉がそれに異を唱えなかった理由だ。通常よりも指示系統や運用は煩雑化し、結果として作戦実行の確実性が落ちる。人員や物資の不足で二個小隊にできなかったと仮定しても、それなら新入りのアーヴィン・オニール伍長を初めから迎え入れなければ良いだけのことだ。
いや、それも隊長には隊長の考え方があってのことだから、口出しすべきではないのだろう。イサカは胸中にて結論付けて、次の指示を意識した。
――俺に出来ることは、与えられた指示を完璧にこなすこと。それだけだ。
これまで、そうしてきたからこそ信頼を勝ち取ってきた。
《こちらゴート3、何かに足を引っ掛けた!》
沈黙を破ったのは、ベイカー軍曹だった。どうやら都市全域にワイヤートラップが巡らされているようで、それは内陸部も同様らしい。
《大丈夫か? トラップは作動したか!》
《いえ、それが……何も》
ベイカー軍曹も、ノークス大尉に同じく腑に落ちない様子だ。
《まさか歩兵が、ワイヤー切断の電気信号で連絡を? ホイッスル、ミデアの装置じゃ流石に見えないよな》
《ミノフスキー粒子影響下で大気中の微弱な電気信号を感知する装置……そんなものが発明できたらノーベル賞が受賞できますよ》
《戦争もすぐに終わるな》
軽口を叩くノークス大尉だったが、急に機体をこちらに寄せてきた。接触通信の合図だった。
《……ジェフとアーヴィンが敵と遭遇したら、俺達で対処するぞ》
「了解」
イサカは何となく、ノークス大尉が四機編成に反対しなかった理由を理解できた気がした。思えば彼は、隊員の生存率を可能な限り考慮する性格だ。ベイカー軍曹とオニール伍長の編入も、多少セオリーを無視してでも、自分の手元に置いたほうが長生きすると考えたのだろう。
この人の下に付くことができて、本当に良かった。イサカは充足感を認めながら、自機を前へと進めた。
*
オニールとベイカー軍曹は、内陸部の市街地、その南半分を調べ回っていた。
ワイヤーの仕掛けについて調べることもできたかもしれないが、どれも同じ内容とは限らない。時間の無駄だ。
人手が多ければ歩兵部隊を派遣し、一気に調べ尽くすこともできただろう。このハバロフスク近辺の戦場など、東南アジアに比べれば所詮は児戯、小競り合いだ。地球全土が戦場となっている上に、更には宇宙が忙しくなりつつある今、歩兵大隊を辺境の戦地にくれてやるほど連邦軍は潤沢ではないのだ。生きているかも判らない民間人の救助より、地球が脅かされるほどの戦争を終結させることのほうが優先されるのは道理だ。
――現場の俺達からすれば、たまったものじゃないがね。
敵は連邦軍が人員を出し渋っていることを知っているかもしれない。恐らくワイヤートラップは、それを考慮した足止めだ。
しかし、オニールはそれでも突然のことに対処が遅れた。
「――!」
轟音と共に、目の前で湾曲した金属が振り抜かれる。
――何だ?!
右の路地から瓦礫を吹き飛ばし、寸胴で頭部の大きいモビルスーツが現れた。アッガイだ。廃墟に紛れるような、鈍色の市街地迷彩が施されていた。
「フック……!」
そのアッガイは右腕にクローが付いておらず、代わりにクレーンに使われるような牽引フックが取り付けられていた。アッガイの頭部パーツの右半分は破損しており、装甲板を継ぎ足しただけの粗末な修理がされている。
フック付きのアッガイは横を向き、こちらに左腕のロケットを放つ。オニールはシールドでそれを防ぐも、反動で身動きが取れなくなった。
《伍長――!》
アッガイのモノアイが左右に往復し、ベイカー機が振り向くより僅かに早く右腕を向けてメガ粒子砲を放つ。が、出力不足なのか、ベイカー機のシールドに焦げ目を付ける程度だった。アッガイはすぐさま瓦礫のあった路地まで身を退き、首を振りながら四門の頭部バルカンを掃射する。
《くそ、偵察用モビルスーツのくせに!》
オニールもベイカーも、絶え間ない弾幕を前に防御だけで精一杯だった。アッガイはそのまま後ろへと腕を伸ばし、瞬く間に視界から消えた。ミノフスキー粒子のせいで、障害物越しではセンサーが機能しない。
アッガイは本来ならばジオンの水陸両用機の中でも飛び抜けて性能が低い筈なのに、あの機体から放たれる異様な威圧感は機体性能の優劣を掻き消していた。エースの風格というものをオニールは今まで知らなかったが、あれがとどのつまり、そうなのだろう。手汗で湿る革手袋の裏側と反比例するように、口の中が乾く。
《ゴート1よりゴート4へ。フック付きを確認した。この前みたいに無視するなよ?》
「了解。ゴート3、指示願います」
《挟撃しよう。敵の隊長機はこいつで間違いない!》
駆け抜けるベイカー機に追い縋るようにして、オニールは自機を走らせた。
《お前等、足を止めるなよ! 歩兵が潜んでいたらヤられるぞ!》
「了解!」
ノークス大尉とイサカ少尉が足止めをしてくれていたお陰で、アッガイはすぐに見付かった。イサカ機の100mmマシンガンより放たれる弾幕がアスファルトを抉り、アッガイの動きを阻害する。ノークス機が隙を突いて、アッガイに接近しながらマシンガンの狙いを定める。二人とも、手動照準だろうか。シミュレーター訓練で候補生達がしていた動きとは、明らかに違って見えた。万一、自動照準で狙いを外してしまった際の被害を鑑みたのか。
ノークス機が突撃、脚部から取り出したビームサーベルで斬り掛かった。しかし、アッガイはビームサーベルの根元を器用にフックで引っ掛け、地面に下げさせる。打ち捨てられていた散水車にサーベルが突き刺さり、瞬く間に水蒸気が吹き荒れる。周囲は一気に白む。オニール機の照準レティクルがエラーを吐き出し、狙いが定まらなくなった。
粉塵と蒸気の中で、アッガイのモノアイが赤く光る。その直後、視界を黒い何かが横切った。付近の建築物が大きく揺れる。そのエンジン音は爆撃機のものだ。すぐさま我に返ったオニールは、他がそうしているようにジムの首を動かして索敵する。
《どこに隠れやがった》
《敵機の反応、消失しました! 領域全体で熱源が拡散して、探知できません!》
オニールと同じくカメラを上向きにしていたらしいベイカー軍曹が、何かに気付いたかのように声を上げた。
《フレアをバラ撒いたのか……隊長! 奴等、フレアを使ったんです!》
ミノフスキー粒子によって電子戦が殆ど無力化された現在に於いて、ミサイルの熱量誘導を欺瞞する金属粉は無用の長物と化していたが、先刻の中継装置に同じく逆手に取ったのだろう。
《ホイッスル、拡散した熱源は!》
《数十箇所に及んでいます。カメラ映像、観測できず! 階層別熱源識別も機能していません》
《振り出しか……各機、警戒を怠るなよ!》
隠れんぼの続きだ。オニールはベイカー軍曹と共に、再びツーマンセルの陣形へと戻った。