機動戦士ガンダム Hollows' Warfare 作:怨是
《動く前に情報を整理しませんか?》
アルバ中尉から、遠慮がちながらも確信めいた声音の通信が飛ぶ。アーヴィン・オニールはその様子を、少しだけ頼もしいと感じた。
《こちらゴート1、賛成だ。俺は少し、焦ってたかもしれん。ホイッスル、続けろ》
《はい。ミノフスキー粒子濃度15%をキープ。なお通信の逆探知は中継装置のせいで敵部隊の全容が掴めず。また熱源センサー反応も、各地のフレア散布により拡散しています》
《ですな。加えて各所にトラップがあり、効果のほどは不明と。オマケにあのフック付きと、隠れんぼをしなきゃいかんと来た》
――八方塞がりか。よくもここまで手間を掛けたものだ。
オニールは嘆息する。
電波、音波、熱源、それらが潰された。ミノフスキー粒子濃度は15%であるから、従来の事例から判断するに、ミサイルの誘導性能低下はモビルスーツを捉えられる程度だ。にもかかわらず戦闘機が一機も飛び交っていないのは、やはり海軍基地が壊滅しているためなのか。
《手の空いている基地から増援を呼ぶというのは?》
《馬鹿言え。日が暮れちまう》
《ですが、この気温です! 何か打開策を考えないと、人は銃弾だけで死ぬわけではないのですから》
《焦るな。だからこそ俺達だけでできることを考えろ。闇雲に動けば、それこそ水の泡だ》
《ですが……なあ、ゴート4》
不意に、ベイカー軍曹が声を掛けてきた。音質が途端にクリアになったことから察するに、また軍曹お得意の内緒話のたぐいだろう。
「問題が発生しましたか?」
オニールは身構えながらも応じる。
《敵のモビルスーツか、それとも何か別のものでフレアを飛ばすことは、できると思うか?》
「不可能ではないと思います」
フレアを飛ばしたならば、そのように操作する人間がいる筈だ。流石に、通信の中継機と同じような小細工はできまい。それに、レーザー通信で遠隔操作してフレアを飛ばす装置など――わざわざそうさせる必要性が無いからか――聞いたことがない。何より不可解なのは、あの爆撃機を除く敵航空戦力の不在だ。先程から一機も、ドップやホバーバイク『ワッパ』を見掛けないのだ。たった一機の爆撃機だけでは、戦闘エリア全体をカバーできるだけのフレアを撒くことはできない。
「ゴート1、提案が」
《言ってみろ》
そう促すノークス大尉からは、特に怒った様子は見られない。格納庫で殴られた時のことを思い返し、オニールは少しだけ遠慮がちに発言を続けた。
「ビルを昇ってみるというのは? フレアの発信源を突き止めて、彼らがどうやって連携を取っているか調べるというのは、いかがでしょうか」
《なるほど。了解だ。ゴート4、やってみろ。立体戦闘の訓練も兼ねれば丁度いいだろう。ただ、敵機には気を付けろよ》
「は、ありがとうございます」
意外なほどあっさりした返答に、オニールは些か肩透かしを食らった。てっきりノークス大尉の叱責は、この手の独断専行を咎めたものかと思っていたのだ。呆気に取られるオニールを余所に、ノークス大尉は次々と指示を飛ばす。
《ゴート3は地上からバックアップしてやれ。俺とゴート2は索敵に専念する。ホイッスルは上空から頼んだぞ》
《了解です》
《ゴート3、了解……ゴート4、くれぐれも民間人を踏み潰したりはしないでくれよ》
軍隊とは元来、民間人の盾になるべくして生まれた、ある種の外交手段のための対外的暴力装置だ。市民を守らずして何が軍隊か。だがオニールは下手に「言われずとも解っています」などと生意気な口を叩くつもりは毛頭なかった。理解していても実行できるかは別だ。現に連邦軍の硬直した体制が招いた種々の悲劇を、オニールは幾度となく目の当たりにしてきた。
「……了解、呼び掛けますので、周辺の警戒をお願いします」
思い付く限り、これがベイカー軍曹にとって最も誠実な返答の筈だ。
「付近の住民に告ぐ。我々は地球連邦軍モビルスーツ部隊である。これより付近のビル屋上を用い索敵を行なう。速やかにビルから退避されたし。繰り返す。速やかに退避されたし。三分以内に返答が認められない場合、調査を強行する」
腕時計を眺めながら、淡々と呼び掛ける。現在時刻の0804から、三分後に動く。それまでにストレッチをしておくなり、出来ることはやっておくのが賢い戦い方だ。
「大丈夫、でしょうか?」
《……センサーに頼れない以上、俺達にできることはここまでだ》
相変わらず、ベイカー軍曹の表情は暗い。不安や焦燥感、それに悲しみが彼の胸中に渦巻いていることは、もはや疑いようのない事実だ。“民間人”が彼にとって最重要キーワードなのだろう。
「よかったら、お聞かせ願えますか?」
《街の様子を間近に見て、もしかして、みんなもう死んでしまったんじゃないかと、不安に思ってな》
「それは……」
オニールに、それを否定することはできなかった。オニールは口を開けたまま、返答に窮していた。自分ごときにベイカー軍曹を慰められるだろうか。無理だ。オニールの故郷ワトホートは、連邦側の大きな犠牲と引き替えに、辛うじて壊滅を免れられた“らしい”。というのも、コロニー内部が無事かどうかは、暗礁宙域と化したサイド5の調査が碌に行なわれていないために判然としないのだ。
しかし、それすらも家族との断絶が長かったオニールにとっては、単なる他人事だった。父サリデンも兄セドックも、次男坊アーヴィン・オニールが稼いだ安月給にたかるだけの碌でなしだった。そうとでも思わねば、押し潰されそうになる。
《ゴート3! 無駄かもしれないなんて考えるな!》
失語に陥ったオニールに代わり、ノークス大尉の檄が飛ぶ。
《了解……》
《何て顔してやがる! 助けた民間人を、誰が支えてやるんだ! ブリーフィングのときの勢いを忘れたとは言わせねえぞ! しっかりしろ、馬鹿野郎!》
ノークス大尉の激励は、果たして功を為すのか。いかんせん、デリケートな問題だ。下手に横から口を出すよりは、任せたほうがいい。オニールは仕事に集中することにした。
「さて……時間だ」
屋上を上手く使う必要がある。この付近だと十階建てから十五階建てが隣接しているので、オニールはそれらを計算しながらバーニアによるジャンプを行なった。どのビルも比較的古いせいか、着地すると屋上が陥没する。最上階に足裏がめり込み『基底部バーニア浸水:微細』という警告表示がたびたびモニタの端でちらついた。貯水タンクか何かだろう。中に人が隠れていたとは考えたくなかった。飛び移るたびに不安定な姿勢からジャンプせねばならないため、自ずとバーニアの噴射効率は落ちる。
「推進剤、持ってくれよ」
装甲や弾薬に同じく、常に気を使わねばならない要素の一つが、推進剤だ。モビルスーツの動力に核融合炉が用いられているとはいえ、推進剤を切らせば、バーニアは使えなくなってしまう。
オニールが悪戦苦闘していると、見覚えのある残骸が確認できた。他のビルの陰になるようにして、吹き抜けに連邦の戦闘機の残骸が放置されている。メインカメラの画像を拡大すると、オニールはすぐさまこれがフレアを撒いていたと確信した。
「吹き抜けに、セイバーフィッシュの残骸がケーブルに繋がれています」
《人は乗ってるか?》
ノークス大尉も、オニールと同様にそれを期待していたのだろうが、残念ながら無人だ。
「いえ……ですが、時計みたいなものが中に」
《昨夜のうちに、それを作り上げたとでもいうのか……》
《資源の有効活用にしては、手間が掛かりすぎるよな》
息を呑むベイカー軍曹に、ノークス大尉が呆れた様子で応じた。
幾らジオンにはモビルスーツを真上に乗せて輸送できる航空機があるとはいえ、モビルスーツが作業機械としての側面――コロニー落としの際に核パルスエンジンを取り付けたように――を多分に持ち合わせているとはいえ、この沿海地方の都市に施された数々の仕掛けは常軌を逸している。
「これじゃあ、まるで……」
《――伍長、後ろだ!》
ベイカー軍曹の声に反応する間もなく、オニールのジムは背中から蹴落とされた。極大の震動が脳を揺らし、地面に真っ逆さまになるのを、オニールは歯を食い縛って耐えた。バーニアの噴射口がオーバーヒートの警告を出しているが、構わずペダルを踏む。途中で推進剤が切れ、背中から着地した。
「畜生、どうやって!」
自機の上半身を起き上がらせて見上げれば、アッガイは爆撃機のワイヤーにフックを引っ掛けながら、ジェットの推力に牽引される形で、向かいのビルの“壁”を走っていた。合間をバーニアでジャンプしている。何と馬鹿げた戦い方だろう。まるで雑伎団だ。
ノークス大尉の陸戦型ジムがアッガイの背中へ向けてマシンガンを掃射する。アッガイは着弾直前でフックを離し、隣のビルへと飛び移る。それから腕をバネのごとく伸ばし、フックをビルに突き刺す。敵の援軍はザクが一機のみだ。
ザクが体勢を立て直そうとするオニールへとバズーカを放ち、間にノークス機が立ち塞がってシールドで受ける。ほどなくして、上空から飛来したロケットがノークス機の左腕を抉った。同時にザクへと接近していたベイカー機が、ビームサーベルを振り下ろす。ザクは頭部が胸にめり込み、そのまま膝を突いて動かなくなった。
その隙を突いてイサカ少尉のマシンガンがアッガイへ向けて弾幕を構築するが、またしても着弾寸前にあの『尻尾付き』の爆撃機がアッガイを引き連れ、銃弾は壁面に小さな穴を幾つか開けただけだった。アッガイはターザンの如くワイヤーに掴まりながら、イサカ機のコックピットを蹴飛ばす。
《この野郎!》
仰向けに倒されたイサカ機は仕返しとばかりにマシンガンを虚空に撃ち放ち、四機の弾幕がアッガイへと向けられる。しかし、そのどれもがかすりもしなかった。対するアッガイはロケットを一発だけビル目掛けて発射し、破片でこちらの狙いを妨害する。あのアッガイが逃げた方角は湾岸だ。海に飛び込まれれば、追撃できなくなる。
《凌いだか。ゴート2、手を貸すぞ》
《すみません》
ノークス機がイサカ機のマニピュレーターを掴み、起こす。腰アーマーの隙間から煤や瓦礫が、ぼろぼろとこぼれ落ちた。
《沿岸部を探すぞ。とにかく敵を洗い出さないことには、救助もできん。――それと、ホイッスル! ゴート4の真後ろから出て来たフック付きを、捕捉できなかったのか!》
《申し訳ありません。丁度、死角からでしたので》
《言い訳で助かる命があるかよ! ポーターという片目が潰されてる以上、お前があいつの分まで見なきゃいけない。お前の力が必要なんだ》
《はい、気を付けます》
「いえ、隊長……背後を疎かにした私の落ち度です」
ノークス大尉の怒りの矛先がアルバ少尉に向いていたのを、オニールは思わず横槍を入れた。一瞬、脳裏に居座る邪な己が「よせばいいのに」と囁いた。階級が上の者が責任を負うのは当然なのだから、黙っていればアルバ少尉が叱責を受けるだけだったろうに。しかし……。
――いつまでも甘ったれるな! そんな意気地の無い真似をして、お前はそれでも男なのか? アーヴィン・オニール伍長! 八年も軍に居たなら、自分の不始末は自分で片付けるべきだ!
オニールは胸中にてそう言い聞かせ、臆病風を退けた。
「ですから、私が責任を負います」
ノークス大尉が目を見開き、黙り込む。アルバ少尉は目尻に涙を溜めながら、オニールに恨めしげな視線を送ってきた。
《そういう問題じゃないんだが……まあ、切り替えろ。次は無いからな》
オニールは未だ終わらぬ葛藤に胸が痛むのを忌々しく思いつつ、再度ベイカー軍曹に追従する。
想定外の事態というものは、得てして何度も重なる。特に、心を掻き乱されているときに限って――。
不意に、足下を薄汚れた直方体の車両が横切ったのだ。
民間用のバスだった。地球に住まう上流階級であっても、公共の交通手段を用いる者達が居ないわけでもないらしい。所々にへこみや傷があり、窓ガラスも幾つかは割れているところを見るに、相当の無理をしたようだった。ほどなくして急停車したバスの車窓からは、乗客と運転手が不安げにこちらを見上げていた。
《民間人なのか……!》
ベイカー軍曹が、打ち震えた声で呟く。問い掛けではなかった。歓喜と驚嘆をない交ぜにしたような、複雑な感情が籠もっていた。ベイカー軍曹はジムを屈み込ませ、そのまま武器をゆっくりと地面に置き、代わりにバスを両手で抱え込む。
「軍曹、何を?!」
《危なっかしいから運ぶんだ、ミデアまで! こんなところを走らせたら、流れ弾にやられちまう!》
「了解。そういうことでしたら」
オニールは自機をベイカー機の傍らまで動かし、左マニピュレーターにベイカー機が放置した100mmマシンガンを持たせた。兵装残弾表示が追加される。
「隊長、自分はゴート3の援護に専念します」
《よし! 何としてでも敵機を食い止め、ゴート3のバスを、一号機ミデアまで送り届けさせろ》
「了解!」
《ホイッスル、やれるな?》
《座標確認しました! 着陸準備良し! いつでも行けます!》
《その意気だ。今度は俺が見ていてやるからな》
幸い、敵は潜伏状態であるから、すぐには動けまい。さっさとバスを収容すれば、民間人に被害は出ないだろう。
《しっかり掴まってろよ。走り回るよりは安全な筈だ》
ベイカー軍曹が外部音声でバスに話し掛ける。バスはベイカー機の陰に隠れているので、中の様子は見えない。ただ、そこまで悪い反応ではなかったらしい。ベイカー軍曹が両目を潤ませながらも、口元を緩めて頷いたところを見れば解った。
*
ジェフ・ベイカー軍曹はコックピットハッチを閉じながら、両目から止め処なく流れ落ちる涙を、何度も拭った。
「良かった……本当に良かった」
生存者は居なくなってしまったのではないかと絶望しかけていたところに、やっと彼らが現れてくれた。バスにはおよそ三十名程度が乗っている。彼らいわく、全員で協力し合って町中をくまなく探した結果、これだけしか集まらなかったという。街にはジオンの歩兵も居なかったのか、誰も撃たれなかったらしい。彼らの顔には疲弊、悲観、様々な負の感情が交じり合っていた。それでも、生きているのだ。ベイカーは鼻をすすり、呼吸を整えた。
「隊長。いい話と悪い話、どちらから聞きますか?」
《当然、こういうのは悪い話からと相場が決まってる》
「では悪い話から。生存者はさっきのバスで全員です。彼らだけが生き残りました……」
ほんの数秒、通信機は沈黙した。
《オーケー。いい話は、あいつらをフラウンダーまで送り届けさえすれば、俺達モビルスーツ部隊は作戦終了ってことだな》
「ええ、そうなります」
《前向きに考えろ。誰も居なくなったよりは、マシだろ》
「そうですな……」
皆の表情は苦い。胸中に渦巻く思いは罪悪感か、認めたくない後ろめたさか。
ベイカーは出撃前、ブリーフィングを執り行っていたフラウンダーの艦長エイムズ・ブレンテン中佐に食って掛かった。「レスキュー隊の派遣を後回しですって? 間に合わなくなります!」というベイカーの発言は、ブレンテン艦長の「だが敵戦力の規模を鑑みて、一定数を掃討しないと民間人が危険に晒される」との一言で棄却された。
一理ある。だが、市街地を占拠されている時点で民間人は既に危機的状況に置かれていることは、ブレンテン艦長は無視していた。納得行かないベイカーは、どうにか矛を収めるために軽口を叩くなりして、騙し騙し今この瞬間まで仕事に集中してきたつもりだった。ここまでの苦労も、いよいよケリが付く。
「レスキューが到着すれば、少しはどうにかなるのかな……」
空が少し暗くなる。頭上を、大型の輸送機が横切ったためだ。
《ハロー! こちらポーター! 満を持して作戦領域に戻ります》
補給を済ませたらしいカペック少尉のミデアが戻ってきていた。
《馬鹿野郎、遅え!》
ノークス大尉が凄まじい剣幕で怒鳴るが、カペック少尉は何処吹く風といった様子だ。
《言い訳代わりのお土産話なんですが、作戦領域での双方の航空戦力は相打ちになったらしいです。拾ってきたハルビンの生き残り連中から聞きました。フェーズ2は彼らも合流します。レスキューも手伝ってくれるそうです》
フェーズ2とは敵モビルスーツおよび各種機動兵器を掃討した次の段階で、敵のゲリラ兵が隠れていないかを友軍の歩兵部隊と共にクリアリングするというものだ。
《……そうだったのか。怒鳴って悪かったな》
《気にしないでくださいよ。で、それ以外のフェーズ2人員は付近の基地への補填として、そのまま着任ついでにジャブローから直送されるんですと》
《了解だ。ポーターは上空からの警戒に専念しろ。特に、ゴート3とミデア一号機の付近は狙い撃ちにされるリスクが高い》
《了解、遅刻した分は働いて返しますよ! ただし積み荷が多いので、ちょっと遅くなります》
カペック少尉の発言が終わるが早いか、どこからか飛来したロケットが炸裂し、辺り一面に煙幕が立ち込めた。ほどなくして、アルバ少尉の一号機ミデアが、海に面した空き地へと舞い降りた。煙が少しずつ、風で流されて行く。
ベイカーは、海面から迫り上がる赤い光を三つほど視界に収めたのを皮切りに、アルバ少尉のミデアへ向けて反転させる。バスを揺らさないように気を付けながらも、なるべく足早に向かった。
《ハムレット野郎だ。仲間も連れてやがるな。ホイッスル、収容急げ!》
《了解!》
《ポーターも気を付けろよ。対空砲火だって、あれっきりとも限らん》
《もちろんですとも!》
間もなく山場を超える。せっかく生き残った民間人を、殺されてたまるものか。ベイカーは奥歯を軋ませながら、一歩ずつ踏み締めた。
*
エリオットは、煙が立ち込めている間に一発も弾が飛んでこないことを怪訝に思った。反面、撃たれていない理由についての確信めいたものはあった。それでも、油断をすべきではない。すぐに指示を飛ばす。
「各機、遮蔽物に隠れろ」
《了解!》
わざわざ棒立ちして、相手の接近を許す道理はない。こちらもこちらで隠れつつ、様々な状況に対処できるように準備を進める。ただし、エリオットだけはその場でシールド――先程のザク・バズーカによって、多少へこんでいる――を構えた。万一、敵がミデアやベイカー機を狙っても、ここで食い止めながら挟み撃ちにしてやれば、彼らが撃たれる危険性は少ないだろう。
――あと少し、そのまま“紳士的”で居てくれよ。ジオン野郎共。
レーダーには、友軍の航空機を示す三角形が二つ。うち一つが、着陸しているアルバ少尉の一号機だ。そこへ向かって、青い丸形が緩慢に進んでいる。これは、ベイカー機と……たった三十名、されどしっかり生き残った三十名の民間人だ。
赤い光が尾を引いて、急激に接近してくる。その数は一機のみで、残りは何もしてこない。
「邪魔してくれるなよ!」
エリオットは、自機の歪んだシールドを敵機に投げ付けた。頭部に上手く当たってくれたのか、赤い光が明滅すると同時に、重金属がアスファルトを跳ね回る音が鳴り響いた。エリオットはすかさず、敵機に蹴りを入れる。これはある種の賭けだった。自重を支えるだけの腕力がアッガイにはある。敵機がアッガイで、この蹴りを受け止められたらエリオットはアスファルトにバックパックを打ち付けていたかもしれなかった。
しかし、存外に上手く行った。このアッガイは、フック付きのような手練れが乗っていない。先走ったのか自暴自棄になったのかは判然としないが、真正面からの掴み合いになった。
《こちらゴート3、民間人の収容を完了しました》
「ホイッスルはすぐに離陸! ポーター! 一号機を守れ!」
部下を動揺させないよう、エリオットは声を張り上げつつも冷静に指示を飛ばした。
《了解!》
《引き受けました!》
煙幕で視界不良になっていたのも幸いしたのだろう。てきぱきと動いてくれていた。
エリオットがビームサーベルを取り出すと、アッガイは慌てて後退を始める。両軍ともに援護射撃が無かったのは、誤射を防ぐためだ。お陰で、損害はほぼ皆無だった。
これで、こちらの条件は格段に良くなった。
「ホイッスル。オープンチャンネルを」
《了解! ――繋ぎました》
エリオットは息を軽く吸い込む。このまま、フック付きの“ハムレット野郎”に啖呵を切ってやろうという腹積もりだった。煙が晴れて行くと、フック付きを中心にして、三機のアッガイが静かに佇んでいた。
「聞こえるかよ、ラインバック少佐。人質は全員、間もなくこの戦闘区域を離脱する。今から陸上艇のメガ粒子砲で街ごとあんたらジオン兵を焼いてもいいんだぞ」
《……正気か? 民間人がそれを知れば、怨まれるのは貴様等だ》
「どの口が抜かしやがる」
そう言い掛けて、エリオットはベイカー軍曹の視線に気付いた。ブラフであることをベイカーは理解してくれているだろうが、それでも腹の底が煮えているらしかった。
北米……ベイカー軍曹の出身地はコロニーの破片により大打撃を受けた北米だということを、彼の口から何度か聞いていたのだ。皆殺しではなかったにせよ、ベイカーの家族はすんでの所で助かったにせよ――いや、だからこそ一層、彼らの恨み辛みが大きくなる。その事実を知っていながら、エリオットが口走ったのは彼らの感情を逆撫でしかねない内容だった。
まずったなと、エリオットは背中に浮かぶ脂汗を自覚しながら、次の言葉を取り繕った。
「……いや、当然、俺はそういう下品な真似はしたくないがな。あくまで最終手段だよ。品格にこだわるジオン軍のあんたならわかるだろ? この街から手を引け。いいな?」
ラインバックは激昂したのか、オープンチャンネルの向こうで何かを殴る音が聞こえてきた。
《黙れ、黙れ! 誇りも命も踏みにじってきた、肥大化した自己愛の塊である、地球連邦の貴様等などに、何が解る! 同胞を殺める愚を犯してまで、独立を渇望した我々の何が――》
「――わかるさ」
ノークスは遮った。
「俺の故郷な。オーストラリアのど真ん中に刺さってる、アレだよ」
アイランド・イフィッシュの方角――ここから東南東を、自機のマニピュレーターで指し示させた。大きく弧を描いた腕の動きで、遠く離れた場所であることを伝えられただろうか。心なしか、アッガイのモノアイは僅かに翳りを帯びた。
誰もが武器を構えたまま、立ち尽くしていた。長い沈黙を経て、アッガイ達はようやく海に飛び込んだ。
《……この街を、頼む》
それきり、オープンチャンネルは無言になった。数分と経たずに、そのウィンドウは通信途絶を示す『Disconnected』という表示に切り替わった。それはつまり、敵機が中継機の範囲外へと撤退したことを示す。追い縋ることも可能かもしれないが、水中ではアッガイに軍配が上がる。それに、今回の任務はあくまで都市の解放であり、殲滅ではない。
「拍子抜け、とか暢気なことは言えねえな」
気掛かりなことが多すぎる。特に違和感を生じさせたのは、ジオンが人質の筈である民間人を野放しにしていたことだ。付近の基地と交渉するならば、一箇所に纏めておいたほうが好都合だろう。
結局、彼らの目的が見えてこなかった。
――十中八九、時間稼ぎだよな。
それを除いて、何一つ。
「ホイッスル、迎えに来るがてらにフラウンダーと繋げるか?」
《報告ですか?》
「あのハト野郎に豆鉄砲ぶつけて、さっさと基地に戻らせるのさ」
《ハト野郎って……ああ、艦長のことですか》
「そういうことだ」
《距離が遠いので、届き次第、報せます》
「オーケー」
民間人が取り残されていることが事実であるからこそ、エリオットはこの街を見捨てず、馬鹿正直にジオンの茶番に付き合ったのだ。冷たい考え方だと詰られようとも、エリオットにとって――いや、一小隊の隊長にとってこの作戦は「完遂した」も同然だ。たとえ早い段階で陽動の可能性を指摘したとしても、
「各機へ。ツェーザルやらウルリヒやらはブラフだった可能性が極めて高い。連戦を想定し、腹を括っとけ。ホイッスル、もしもの時は民間人を連れて逃げることになる。いいな」
《……了解。でも、そうさせないようにしなきゃいけませんよね》
「そりゃあそうさ。ただ、最悪の事態は常に想定しとけってことだよ」
《わかってますよ》
アルバ少尉が口を尖らせる。24歳にしては子供じみている彼女の仕草に、エリオットは苦笑した。
《ポーターから隊長へ。敵モビルスーツ部隊の撤退が確認されたので、自分はフェーズ2に移行。乗せてきたハルビンの連中を地上に展開します》
待ち侘びたとばかりに、カペック少尉が口を開く。
「ハト野郎からは、ジャブローからの合流は待たなくていいと言われたか?」
《言われたというより、言わせました。艦長殿に、司令に掛け合って貰うように話を通しましたよ。一発オーケーです》
「了解だ。よくやってくれた。くれぐれも気を付けろよ」
《ええ、隊長も》
帰りの便はアルバ少尉の操縦する一号機のみだ。エリオットはベイカー軍曹と相談しながら四機のモビルスーツをどうにかミデアの格納庫内に収納させた。
フラウンダーへと帰還する道中、悪い予感が確信へと変わるにつれ、エリオットの胸中は暗く沈んでいった。
――基地の連中が総出で戦うことになるかもしれない……。
イサカ少尉が駆け寄ってくる。
「……隊長、大丈夫ですか?」
「少し疲れただけだ。お前等も休んどけ」
「了解。他の隊員にも伝達しておきます」
イサカ少尉はそれ以上、深く詮索することもなく、民間人と談笑するベイカー軍曹のほうへと去って行く。
「もっと、上手い遣り方があった筈だ……」
エリオットは不意に呟いた己の一言が、イサカ少尉の細い背中に届いていないことを祈った。