終焉行きの奇跡列車   作:神凪 湊斗

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第4話

魅惑のワイン

「…え?」

 

ゆっくりと風に揺れる髪。蜂蜜の様な温かみのあるゴールド。光の加減で少し白金に見える。

薄いアイボリーのトップスに、軽く羽織られたコート。片方はズレ落ちていて、少し色気という物を感じる。

高貴さを帯びたワインレッドの瞳が、ゆっくりと此方に目線を向ける。

「あ、いた。」

持っていた本を軽く閉じ、机に置いて、スタスタと俺たちの方に向かってくるリア。 

「随分と長い事話してたよねぇ。何を話してたの?」

にこり、と相変わらず読めない笑顔を浮かべて、俺にそう問いかけるリア。何処か此方の考えを見透かしているような、それでいて弄んでいるような、そんな声。こいつは気づいているんだろうか。俺達の計画に。考えに。

「…もしかして、僕の事?」

どくっ、と心臓が嫌な音をたてて鳴った。額からは冷や汗が滲む。バレてはいけない。今、バレる訳には…っ。

内心慌てている俺の様子に気づいているのか、愉しむ様にリアは目を細めた。

「あは、君、冷静ぶってるけど、結構分かりやすいよね。」

弧をえがく様に、ゆるりと口角を上げた後、リアは琥珀に目線を向ける。

「ね、琥珀。欄君と何話してたの?」

わざとらしく小首を傾げ、俺に向けたのとは少し違う、粘着するような視線を向けるリア。獲物を観察するようであり、その瞳は琥珀の一挙一動を見逃すまいと怪しく輝いている。

「最近、良い紅茶が手に入りましてね。」

「欄さんも紅茶が好きと風の噂で聞いた事があるので、一緒にどうか、と誘ったまでですよ。」

そんなリアの視線に臆する事も、動揺する事もせずに自然な表情で返答する琥珀。  

「良い紅茶?」 

「ええ。ロシアン・キャラバンです。」

「ロシアン・キャラバン!?」

はぁ!?と目を更に丸くさせ、思わず声が大きくなったリア。

しまった…と言わないばかりに1度咳払いをし、あまりにもストレートに疑問をリアはぶつけた。 

「嗜好品どころか、日常品にも輸入規制かかってるのに、そんなのどうやって手に入れたの…?」

「……ふふ。」 

「…いや、別に君の楽しみを否定する気はないけどさ…。」

「バレたら君、逮捕されるか、最悪首が飛ぶから、程々にした方が良いよ?本当に。」

「善処します。」

「善処しますじゃ駄目なんだけど…。」

はは、っと琥珀の発言に対し、苦笑いを浮かべるリア。流石のリアでも、琥珀の紅茶への執着には引いているようである。

まぁこの状況でも、琥珀は1日に3杯は絶対に紅茶を飲んでいる為、あいつにとっては紅茶はもはや生きがいなのかもしれない。   

「…で、何でリアはこの食堂に居るんだ?」

「何か用事でもあんの?」

話の流れを意図的に変え、もうこれ以上深堀れない雰囲気へと変化させる。

またこいつに問い詰められでもしたら、今度こそバレてしまいそうだからだ。

まぁ今の流れでこの話題は普通だろ。自然だろう。多分。

「そうそう、僕、君達に用があって探してたんだよね。」

思い出したかのように、ゴソゴソと自分のポケットの中を探るリア。まず用が無いと探しに来ないと思うが、そのツッコミは置いておこう。

「はい、これ。 」

乱雑に入れられた書類を取り出し、俺達に差し出したリア。

書類はぐちゃぐちゃになっており、「悲惨」という文字が良く似合う。

「…訓練?」

「うん。何か明日からアルカディア騎士団全体で訓練があるんだって〜」

めんどくさいよね〜と不満気に口を尖らせながら、訓練の概要の説明を始めた。

「任務想定の模擬戦闘訓練で、実践時と同じ6人体制のチーム対 団長だって〜」

「しかも、団長は武器使用禁止だってさ。」

「…それ、想真がめちゃくちゃ不利じゃね?」

ああいう態度をしているが、一応あいつはこのアルカディア騎士団の団長だ。

だとしても、6人対1人、それでいて想真は武器使用禁止となると、中々不利…というか無理になると思うんだが…。  

「団長が言い出したんだよ、『俺は武器無しで良い』って。」

「それほど余裕があるって事じゃない〜?」

リアはこの概要をさほど気にしていないようだった。琥珀は「まぁ想真ですし…」と納得した様子を見せている。

想真への期待が高すぎないだろうが。いくらあいつが団長だからといって。   

だが想真自身が決めた事に対して、反対する気にはなれず、その日はそのまま寮へと戻った。

―――――― 

 

寒風が身体をくすぐる。1日の中で朝は1番憂鬱な時間だ。

寒いし、寒いし、寒いし。

身震いする身体を気合いで押し込め、食堂へと足を踏み入れる。

朝だ、というのに食堂は多くの男達の活気溢れた声が広がっている。 

辺りを見回す。想真、琥珀、虎次郎が居る事は確認出来た。だが、凛々が居ない。

「あれ、凛々は?」

「ん?凛ちゃんなら、食堂の仕事手伝ってたぞ。」

やっぱり頑張り屋の子って可愛いよな〜と、さぞかし凛々に惚れ込んでいる様子を見せる想真。

まぁ凛々はアルカディア騎士団の食を担当する部隊の責任者である為、当たり前といえば当たり前共言えるが、そんな事言って現場を手伝いもしない責任者等山ほどいる為、素直に尊敬に値する。 

といっても、想真から凛々への惚れっぷりは凄まじいものではあるが。

「凛々が可愛いのは当たり前ある。なんたって、我の可愛い妹あるからね!」

どや!と自信満々な笑みを見せる虎次郎。想真の惚れっぷりは凄まじいとは言ったが、虎次郎のシスコンっぷりも凄いかもしれない。思わず呆れるくらいに。 

「みんな〜!食事の準備が出来たよ〜!」

凛々の声が食堂中に響くと、屈強な男達の歓喜の声がこの空間に広がっていく。

砂埃が舞う勢いで、皆、食堂の食券の受付に律儀に並び、金を払う。

ゴリラのような体格をしている男達がこうも礼儀正しくしているのを見ていると、何ともシュールで笑ってしまいそうだ。

まぁ俺も人の事は言えないが。    

行列が収まってきたのを確認すると、俺も列に並び、食券を購入する。 

窓口に渡すと、熱々の食事が提供された。

(…美味そ…。)

訓練だから、といつもより野菜が多めに入れられた味噌汁。炊きたての麦飯。少量の大豆。

輸入規制が入ってから、麦飯と具なしの味噌汁で我慢してきた日々が報われたような高揚感だ。

食欲を我慢しきれず、早足で席へと着く。

野太い合唱の声と同時にかき込むようにして、食事を味わった。

 

――――――

「これからアルカディア騎士団、第25回、全体訓練を始める。」

「各自全力を出し切るように。」

豪華な食事の余韻を噛み締めながら、虎次郎の挨拶を隣で聞く。

眠気に襲われそうになるが、団員達の鼓膜を破るかのような掛け声に眠気が飛んでいった。

良く食後にそんな元気があるものである。

「……。」

壇上から降りる虎次郎。その足取りは少し危なっかしいように思えるが、大丈夫だろうか。

「…っ!?」

足を踏み外した。前傾姿勢でそのまま虎次郎の顔が地面に叩きつけられそうになる。

(虎次郎っ!?) 

珍しく虎次郎自身の判断が送れ、受け身を取ろうとするも、既に遅く…はなかった。 

「…よっ…っと。大丈夫か?」

とてつもない早さで虎次郎の身体を支えた想真。その表情は涼しげで、余裕というものが感じられる。ゆっくりと、虎次郎を支えたまま、地面まで付き添っている。

「…いや、大丈夫ある…。」

「ただ少し…眠い…だけある。」

申し訳なさそうに、下を向いた後、バチンッと自分の頬を虎次郎は叩いた。おそらく自分を律する為だろうが、とても痛々しい音である。

「…良し。」

「訓練、始めるある。」

キリ、っと鋭い副団長としての威厳がその顔に宿った。

そんな虎次郎を想真は何処か心配そうな瞳で見つめていたが、止めるような事はしなかった。

ここからだったのかもしれない。異変は。 

 

 

――――――  

          

「開始!!」

威勢の良い開始の合図と共に、訓練場に静寂が訪れる。支配するのは緊張感。

訓練の安全確認の為に離れて見ている俺でさえ、それをビリビリと感じる為、対峙している想真と団員は相当な物だろう。 

「……。」

団員達が構えの姿勢を取る。対して想真は…立っているだけだ。

(…構えとらねぇのか…?)

その姿勢のまま、戦う事は可能なのだろうか。   

「…っ!!」

団員達がそれぞれ目配せし、一斉に想真に襲いかかる。  

ようやく始まった…と思いきや、瞬きの間にもう終わっていた。

6人は全員気絶し、想真はそれを見下ろしている。動いていない。想真の立っている場所は変わっていない。

(何が起こった…?)

わからなかった。わかったのは、想真が6人を一瞬で制圧したという事のみ。 

「虎次郎!!」

会場中に響くような張り上げた声。その想真の声に虎次郎はハッとしたように、「交代!」と団員達に指示を出した。虎次郎の指示がワンテンポ遅れていると思ったが、気の所為だろうか。

 

それから30分、どの対戦も初めと同じパターンだった。どのチームも想真に一撃を入れる事は出来なかった。 

(次は俺の番か…。)

5分の休憩の後、俺は想真と対戦する事になっている。  

「…なんか緊張すんな…。」

はぁ…と深く息を吐き出し、早くなる動悸を落ち着けようと試みるも、効果はなかった。

緊張する時は深呼吸しろと言い出した奴は誰だろうか。 

「……向かっとくか…。」

足枷が付いたかのような足を持ち上げ、訓練所に向かう、その最中だった。

それは起こった。起こってしまった。

「…は?虎次郎…?」

床に乱れた黒髪。隊服のポケットの象徴的なマーク。間違いなく、虎次郎だった。

間違いないはずだ。間違い…ない。

「虎次郎、聞こえるか!?虎次郎!?」

周りの音が遠ざかる。いや、遠ざかるというより、自分の心臓の音がデカすぎて聞こえない。

頭が真っ白になる。何をすれば良い?何を?何を?何を?

「脈…っ!」

手首の橈骨動脈に指を押し当てる。脈、脈…。

――聞こえない。

「治療班!!治療班いるか!!!」

建物内に響くような、出せるだけの声を腹から出し、そう呼びかける。

居てくれ、誰か、治療班!!!

「…欄君?どうしたの…っ!?」

俺の声に気づいたのか、凛々がひょこっと顔を出したかと思えば、倒れた虎次郎が視界に入った様子の凛々。

少しパニックではあるものの、凛々によって虎次郎は医療室に運び込まれた。

 

   

それから30分後。    

 

 治療班の淡々とした声が響く。

 

「治療班から失礼します。先程、龍叶虎次郎殿の死亡が確認されました。」            




平和かと思いきや、まさかの不穏が続きましたね…。
次回は虎次郎の死の詳細について迫っていきます。
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