Like Yourself   作:心愛さん

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第1話 トリガー

『キミは、自分のこと好きかい?』

 

 そう聞かれて、「もちろん!」と答えることのできる人間はどれほどいるだろうか。

 少なくとも俺は、自分が嫌いだった。

 勉強はまったくダメで、学校じゃいつもバカにされていた。

 だから学校が全然楽しくなくて、サボってバイトを始めてみたら、1週間でクビになった。

 客とケンカしたのがマズかったらしい。

 ケンカ吹っかけてきたのは客の方だってのに、店長は俺の話なんか聞こうともしなかった。

 

 勉強もできず、金を稼ぐこともできないバカな俺は、盗みに手を出した。

 カッコいいバイクが、キーを差したまま店先に停まっていたからだ。

 もちろん、俺だってちゃんと働いて堂々と買いたいよ。

 髪とか染めてオシャレもしたいよ。

 けどしょーがないじゃん。働かせてくれないんだから。

 

 ………。

 

「そこの二輪車、止まりなさい! ただちに路肩に駐車しなさい!」

 

 やなこった。

 追ってくる警官に対して、べーっと舌をだす。

 止めてみせろよ。それがテメーらの仕事だろ。

 あーあ、仕事のあるやつはいいよな。

 俺だってヒーローになりたかったぜ。

 悪人を追っかけ回して、こらしめて、それでいっぱい給料もらって、その金で酒を飲むんだ。

 サイコーじゃねえか。テメーらばっかりズルいんだよ。クソ警官ども。

 ひとっ走り付き合えよ。楽しいレースを始めようじゃねえか。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「……きな。おい、起きなってば。いつまで寝てるのさ」

 

 ……ん。朝か。

 ずいぶん昔の夢を見ていた気がする。

 昔といってもまあ、3年ほど前だけど。

 

「んー、いま何時?」

「8時だよ。朝飯作ってあげるから、早く着替えておいで」

「おっ、やったね! 目玉焼きがいいなー」

 

 朝飯、という単語で一気に頭が覚醒し、布団を蹴り飛ばして跳ね起きる。

 姐さんが朝飯を作ってくれるんだ、寝てる場合じゃねえ。

 はいよー、と答えてキッチンに消える姐さんを見送ってから、俺もクローゼットから服を取り出す。

 身につけるのはもちろん、姐さんから貰った特攻服だ。

 真っ白なロング丈のコートに、難しい漢字で『夜露死苦』『愛死天流』などと書かれている。

 『よろしく』『あいしてる』って読むんだぜ、この漢字。

 カッコいいだろー、俺の正装だ。

 金髪に染めた髪をツンツンにセットして、姐さんの待つ食卓に急ぐ。

 

「おはようございますっ、姐さん!」

「うん、おはよう。今日もバッチリ決まってるねー」

 

 食卓では姐さんが、目玉焼きとトースト、それに小皿にサラダを用意して待っていてくれた。

 俺がくるまで食事に手をつけずに待っていてくれたことに、小さな感動を覚える。

 姐さん。本名は(ひいらぎ) 鈴華(すずか)

 ログデナシだった俺を拾ってくれた恩人だ。

 赤いシャツの上にレザージャケットを羽織り、レザーパンツを履いたスタイルが姐さんの正装。

 可愛いよりもカッコいいという印象が先にくる、そんな女性。

 

「いやいや、姐さんの方がバッチリですって。いっただきまーす!」

 

 心からの賛辞を送りつつ、朝食に箸を伸ばす。

 これくらい誰だって作れる、と姐さんは言うけど、少なくとも俺には作れない。

 マジで美味しい。

 

「ねえたっくん。今でも、自分のこと嫌い?」

 

 たっくん。達也という俺の名前の愛称だ。

 

「いや。今は昔ほど嫌いじゃねえっすよ。なんせ姐さんに拾われてから、マジで世界変わったんです。もう一生ついていくっすよ」

「おー、それは頼もしいねえ。あたしも嬉しいよ」

 

 ニコニコとご満悦の姐さん。

 

「それじゃ、そろそろたっくんにも新しい仕事、してもらおっかなー」

「ん、新しい仕事っすか。なんでも言ってくださいよ。俺めっちゃ頑張りますんで!」

 

 姐さんの役に立てる。

 それが純粋に嬉しかった。

 俺なんかのことを必要としてくれた、初めての人。

 バカな俺のことを、決してバカにしなかった人。

 それが姐さんだ。

 姐さんのためなら、どんな事だって喜んでやらせてもらうに決まってる。

 

「張り切ってるねー。じゃーお願いしちゃおう! 次の仕事、『殺し』なんだけどね。期待してるよ、たっくん」

「………………え。え、ころ、し?」

 

 殺し。殺人。

 口の中が乾く。

 盗みも暴力も平気でやってきた俺だけど、そんな俺でもまだ人を殺したことはなかった。

 

「そ、『殺し』。もちろん武器は用意するよ、めっちゃ強力なやつ! あたしもちゃんとサポートするからさ、まずは挑戦してみない?」

「…………」

 

 やります、と言えなかった。

 なぜなのか、自分でも分からない。

 今まで姐さんからの頼みを断ったことなんて、1度もないのに。

 そもそも赤の他人の命なんて興味もない。

 俺のことをクスクスとバカにして、ゴミを見るような目で見てきた連中なんて、どうでもいい。

 どうでもいいはずなのに……俺は一体、何を迷っている?

 俺のことをちゃんと見てくれてるのは、姐さんだけだ。

 その姐さんが、期待してくれてるんだ。

 だったらやるしかないだろう。

 そのハズなのに……なんで、俺は。

 

 

「……もしかして、いや? やりたくないのかな?」

「そ、そそそんな! そんなことないですって! ただその、誰、を……?』

 

 誰を、殺すのか。

 他人なんかに興味なんてないはずなのに、俺の口はそんなことを尋ねていた。

 

「ああ。まだ言ってなかったね。殺すのは、指名手配中の犯人。行政機関から依頼されてる、合法のお仕事だよ。安心した?」

「え、ああ。そ、そうなんすね。凶悪犯なんですか、そいつ?」

 

 合法の仕事。

 そう聞かされて、少しホッとした。

 いや、今更法律なんて気にする訳じゃねーけどさ。

 

「うん。ステーションに麻薬を密輸したみたい。大した武装は持ってないらしいけど、数が多くてさ。5人ほど始末して欲しいんだってさ」

 

 5人。1人じゃないのか。

 5人も、殺すのか。

 そう思うとまた、緊張してくる。

 ホッとできたのは一瞬だった。だが。

 

「たっくん。こいつらやっつけたらヒーローだよ。一緒にワルモノ退治しよ?」

「え、あ……はい!」

 

 トースト片手に微笑む姐さんの言葉に、俺は反射的に頷いていた。

 そうだ、そうだよ。

 俺は昔、ヒーローになりたかったんだ。

 悪人を追っかけ回してこらしめて、ヒーローになれるんだ。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

「じゃあこっち来て。めっちゃ強力な武器、渡してあげるから!」

 

 そういって姐さんに連れてこられたのは、ガレージだった。

 ドックとも呼ばれるそこでは、何人もの整備士が忙しそうに行き来して、無数の戦闘機や輸送機などが離着陸を繰り返している。

 

「姐さん。あの。めっちゃ強力な武器ってもしかして」

「そ。戦闘機だよ。艦種名『ディスカバラー ヴァンガード』。正式な区分は偵察機なんだけど、ちゃんと武装もついてる。ほら乗って、遠慮しなくていいんだよ」

 

 姐さんに促されるままその搭乗口に向かうのだけど、俺はその戦闘機の威容に圧倒されていた。

 小型機とはいえ、その辺の自動車なんかより何十倍も大きなその船体は、全体的にカクカクとしていて、無骨だ。

 そんな中で唯一丸みを帯びたフォルムを主張するコクピットが、大きく両翼を広げている。

 翼の下に鎮座する砲塔は、2門。左右の翼の下に1つずつ。

 偵察機でありながら武装を2門備えている機体は、実はかなり珍しいそうだ。

 搭乗口にかけられた梯子を登って、コクピットに体を滑り込ませる。

 パイロット席に、座席が1つ。

 

「さ。座って、たっくん。今日からこれが、君の船になるんだから」

「お、俺の、ですか」

「うん。もし断られたら他の人にあげなきゃなーって思ってたんだけどね。やっぱたっくんが1番信頼できるから。引き受けてくれて嬉しいよ」

「は、はいっ! 頑張りますっ!」

 

 たっくんが1番信頼できる。

 その言葉に、胸が熱くなる。

 他の人になんて渡すもんか。

 俺が、姐さんの期待に応えるんだ。

 

「操縦の仕方は分かるね? シミュレーションで何度もやった通りだよ。まずエンジンをかけて」

「はいっ!」

 

 エンジン、点火。

 鋼鉄の排熱機構に、うっすらと明かりが灯る。

 ……離陸。前進。

 俺のディスカバラーは、ドックからゆっくりと飛び立った。

 

「うん、カンペキ! 基本操作はバッチリだね! それじゃ、早速ヤっちゃおうよ」

 

 姐さんの言葉に、武装の発射装置を握る掌がじわっと汗ばむ。

 そうだ。今日の仕事は船に乗ることじゃない。

 『殺し』が、今日の仕事なんだ。

 

『鈴華、応答せよ。聞こえてますか。鈴華』

 

 突然、コクピット内に響き渡る通信音声。

 姐さんを呼び捨てにするなんて、どこのどいつだと思い通信元を確認すると、ステーションの管理者だった。

 ステーション、つまり俺たちが暮らしている町の行政官。

 

「こちら鈴華、どうぞ」

『依頼していた犯人が、たった今ステーションを脱出しました。情報を転送します。決して逃がさず、仕留めてください。通信終わります』

 

 通信が切れる。

 そして、何も操作していないのにコクピットにモニターが浮かび上がり、ポーンという音と共に1つの民間船をマークする。

 船の大きさは家庭用の自動車くらいだろうか。

 生身で向かい合えばそれなりに大きいはずだが、戦闘機と比べたらまるで豆粒のような小ささだ。

 武装も積んでいない。

 ひょっとしたらハンドガンくらいは持っているのかもしれないが、戦闘機の相手にはならないだろう。

 つまり、丸腰も同然。

 ポーン、ポーン、ポーン、ポーン。

 続けて2隻目、3隻目、4隻目、5隻目と、指名手配犯の乗る民間船がマークされる。

 どれも似たような船。どの船にも武装はない。

 

「…………」

 

 発射装置を握る手が、震える。

 

「ほら、あれがワルモノだよ。やっつけよう」

 

 ……敵船、ロックオン。

 主武装、発射。

 

 シミュレーションで習った通りの動作を、そのままなぞる。

 悪いやつをこらしめるんだ。

 何も間違ってない。

 手応えはなかった。

 発射トリガーにかけた指を、軽く曲げる。

 ただそれだけで。指1本だけで、眩く輝くエネルギー弾が発射され、ターゲットされた敵船に命中する。

 

『ひっ、やめてくれ! どうか、どうか慈悲を……!』

 

 コクピット内にまた響く、通信。

 

「あっ、惜しかったなー。2門の武装のうち、片方外れちゃったみたい。仕留めきれなかったね」

 

 姐さんの言葉に、目を凝らしてよく見てみると、確かに敵船はまだ動いていた。煙を吹きながら、ふらふらと右へ左へと蛇行している。

 

「どんまい。最初は誰でもこんなもんだって。気にせずもう1発お見舞いしちゃおう」

 

 姐さんの言葉。

 姐さんは、失敗しても怒ったりしない。

 いつでもポジティブに、俺のことを認めてくれる。

 

『よ、よせ! やめてくれ!!』

 

 コクピットに響く、名も知らない密輸犯の声。

 

「うーん。うるさいなあ。これがあるから、あんまりこの依頼受ける人いないんだよね。気にしなくていいよ、たっくん。ヒーローは悪を見逃したりしないでしょ?」

 

 名も知らない犯罪者の声と、姐さんの声。

 どちらが正しいかなんて、考えるまでもなく分かりきっている。

 ……次弾、発射。

 

 トリガーを引く。 

 ただそれだけで、うるさかった通信が、嘘のように静まり返った。

 目の前を漂う、船だったもの。

 

 ターゲットは、残り4つ。

 

 

 

【挿絵表示】

 




 第1話、読んでいただきありがとうございます。
 広大な宇宙を舞台としたEGOSOFTのゲーム『 X4:Foundations』の世界を舞台とした新たな物語、幕開けです。
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