『キミは、自分のこと好きかい?』
そう聞かれて、「もちろん!」と答えることのできる人間はどれほどいるだろうか。
少なくとも俺は、自分が嫌いだった。
勉強はまったくダメで、学校じゃいつもバカにされていた。
だから学校が全然楽しくなくて、サボってバイトを始めてみたら、1週間でクビになった。
客とケンカしたのがマズかったらしい。
ケンカ吹っかけてきたのは客の方だってのに、店長は俺の話なんか聞こうともしなかった。
勉強もできず、金を稼ぐこともできないバカな俺は、盗みに手を出した。
カッコいいバイクが、キーを差したまま店先に停まっていたからだ。
もちろん、俺だってちゃんと働いて堂々と買いたいよ。
髪とか染めてオシャレもしたいよ。
けどしょーがないじゃん。働かせてくれないんだから。
………。
「そこの二輪車、止まりなさい! ただちに路肩に駐車しなさい!」
やなこった。
追ってくる警官に対して、べーっと舌をだす。
止めてみせろよ。それがテメーらの仕事だろ。
あーあ、仕事のあるやつはいいよな。
俺だってヒーローになりたかったぜ。
悪人を追っかけ回して、こらしめて、それでいっぱい給料もらって、その金で酒を飲むんだ。
サイコーじゃねえか。テメーらばっかりズルいんだよ。クソ警官ども。
ひとっ走り付き合えよ。楽しいレースを始めようじゃねえか。
「……きな。おい、起きなってば。いつまで寝てるのさ」
……ん。朝か。
ずいぶん昔の夢を見ていた気がする。
昔といってもまあ、3年ほど前だけど。
「んー、いま何時?」
「8時だよ。朝飯作ってあげるから、早く着替えておいで」
「おっ、やったね! 目玉焼きがいいなー」
朝飯、という単語で一気に頭が覚醒し、布団を蹴り飛ばして跳ね起きる。
姐さんが朝飯を作ってくれるんだ、寝てる場合じゃねえ。
はいよー、と答えてキッチンに消える姐さんを見送ってから、俺もクローゼットから服を取り出す。
身につけるのはもちろん、姐さんから貰った特攻服だ。
真っ白なロング丈のコートに、難しい漢字で『夜露死苦』『愛死天流』などと書かれている。
『よろしく』『あいしてる』って読むんだぜ、この漢字。
カッコいいだろー、俺の正装だ。
金髪に染めた髪をツンツンにセットして、姐さんの待つ食卓に急ぐ。
「おはようございますっ、姐さん!」
「うん、おはよう。今日もバッチリ決まってるねー」
食卓では姐さんが、目玉焼きとトースト、それに小皿にサラダを用意して待っていてくれた。
俺がくるまで食事に手をつけずに待っていてくれたことに、小さな感動を覚える。
姐さん。本名は
ログデナシだった俺を拾ってくれた恩人だ。
赤いシャツの上にレザージャケットを羽織り、レザーパンツを履いたスタイルが姐さんの正装。
可愛いよりもカッコいいという印象が先にくる、そんな女性。
「いやいや、姐さんの方がバッチリですって。いっただきまーす!」
心からの賛辞を送りつつ、朝食に箸を伸ばす。
これくらい誰だって作れる、と姐さんは言うけど、少なくとも俺には作れない。
マジで美味しい。
「ねえたっくん。今でも、自分のこと嫌い?」
たっくん。達也という俺の名前の愛称だ。
「いや。今は昔ほど嫌いじゃねえっすよ。なんせ姐さんに拾われてから、マジで世界変わったんです。もう一生ついていくっすよ」
「おー、それは頼もしいねえ。あたしも嬉しいよ」
ニコニコとご満悦の姐さん。
「それじゃ、そろそろたっくんにも新しい仕事、してもらおっかなー」
「ん、新しい仕事っすか。なんでも言ってくださいよ。俺めっちゃ頑張りますんで!」
姐さんの役に立てる。
それが純粋に嬉しかった。
俺なんかのことを必要としてくれた、初めての人。
バカな俺のことを、決してバカにしなかった人。
それが姐さんだ。
姐さんのためなら、どんな事だって喜んでやらせてもらうに決まってる。
「張り切ってるねー。じゃーお願いしちゃおう! 次の仕事、『殺し』なんだけどね。期待してるよ、たっくん」
「………………え。え、ころ、し?」
殺し。殺人。
口の中が乾く。
盗みも暴力も平気でやってきた俺だけど、そんな俺でもまだ人を殺したことはなかった。
「そ、『殺し』。もちろん武器は用意するよ、めっちゃ強力なやつ! あたしもちゃんとサポートするからさ、まずは挑戦してみない?」
「…………」
やります、と言えなかった。
なぜなのか、自分でも分からない。
今まで姐さんからの頼みを断ったことなんて、1度もないのに。
そもそも赤の他人の命なんて興味もない。
俺のことをクスクスとバカにして、ゴミを見るような目で見てきた連中なんて、どうでもいい。
どうでもいいはずなのに……俺は一体、何を迷っている?
俺のことをちゃんと見てくれてるのは、姐さんだけだ。
その姐さんが、期待してくれてるんだ。
だったらやるしかないだろう。
そのハズなのに……なんで、俺は。
「……もしかして、いや? やりたくないのかな?」
「そ、そそそんな! そんなことないですって! ただその、誰、を……?』
誰を、殺すのか。
他人なんかに興味なんてないはずなのに、俺の口はそんなことを尋ねていた。
「ああ。まだ言ってなかったね。殺すのは、指名手配中の犯人。行政機関から依頼されてる、合法のお仕事だよ。安心した?」
「え、ああ。そ、そうなんすね。凶悪犯なんですか、そいつ?」
合法の仕事。
そう聞かされて、少しホッとした。
いや、今更法律なんて気にする訳じゃねーけどさ。
「うん。ステーションに麻薬を密輸したみたい。大した武装は持ってないらしいけど、数が多くてさ。5人ほど始末して欲しいんだってさ」
5人。1人じゃないのか。
5人も、殺すのか。
そう思うとまた、緊張してくる。
ホッとできたのは一瞬だった。だが。
「たっくん。こいつらやっつけたらヒーローだよ。一緒にワルモノ退治しよ?」
「え、あ……はい!」
トースト片手に微笑む姐さんの言葉に、俺は反射的に頷いていた。
そうだ、そうだよ。
俺は昔、ヒーローになりたかったんだ。
悪人を追っかけ回してこらしめて、ヒーローになれるんだ。
「じゃあこっち来て。めっちゃ強力な武器、渡してあげるから!」
そういって姐さんに連れてこられたのは、ガレージだった。
ドックとも呼ばれるそこでは、何人もの整備士が忙しそうに行き来して、無数の戦闘機や輸送機などが離着陸を繰り返している。
「姐さん。あの。めっちゃ強力な武器ってもしかして」
「そ。戦闘機だよ。艦種名『ディスカバラー ヴァンガード』。正式な区分は偵察機なんだけど、ちゃんと武装もついてる。ほら乗って、遠慮しなくていいんだよ」
姐さんに促されるままその搭乗口に向かうのだけど、俺はその戦闘機の威容に圧倒されていた。
小型機とはいえ、その辺の自動車なんかより何十倍も大きなその船体は、全体的にカクカクとしていて、無骨だ。
そんな中で唯一丸みを帯びたフォルムを主張するコクピットが、大きく両翼を広げている。
翼の下に鎮座する砲塔は、2門。左右の翼の下に1つずつ。
偵察機でありながら武装を2門備えている機体は、実はかなり珍しいそうだ。
搭乗口にかけられた梯子を登って、コクピットに体を滑り込ませる。
パイロット席に、座席が1つ。
「さ。座って、たっくん。今日からこれが、君の船になるんだから」
「お、俺の、ですか」
「うん。もし断られたら他の人にあげなきゃなーって思ってたんだけどね。やっぱたっくんが1番信頼できるから。引き受けてくれて嬉しいよ」
「は、はいっ! 頑張りますっ!」
たっくんが1番信頼できる。
その言葉に、胸が熱くなる。
他の人になんて渡すもんか。
俺が、姐さんの期待に応えるんだ。
「操縦の仕方は分かるね? シミュレーションで何度もやった通りだよ。まずエンジンをかけて」
「はいっ!」
エンジン、点火。
鋼鉄の排熱機構に、うっすらと明かりが灯る。
……離陸。前進。
俺のディスカバラーは、ドックからゆっくりと飛び立った。
「うん、カンペキ! 基本操作はバッチリだね! それじゃ、早速ヤっちゃおうよ」
姐さんの言葉に、武装の発射装置を握る掌がじわっと汗ばむ。
そうだ。今日の仕事は船に乗ることじゃない。
『殺し』が、今日の仕事なんだ。
『鈴華、応答せよ。聞こえてますか。鈴華』
突然、コクピット内に響き渡る通信音声。
姐さんを呼び捨てにするなんて、どこのどいつだと思い通信元を確認すると、ステーションの管理者だった。
ステーション、つまり俺たちが暮らしている町の行政官。
「こちら鈴華、どうぞ」
『依頼していた犯人が、たった今ステーションを脱出しました。情報を転送します。決して逃がさず、仕留めてください。通信終わります』
通信が切れる。
そして、何も操作していないのにコクピットにモニターが浮かび上がり、ポーンという音と共に1つの民間船をマークする。
船の大きさは家庭用の自動車くらいだろうか。
生身で向かい合えばそれなりに大きいはずだが、戦闘機と比べたらまるで豆粒のような小ささだ。
武装も積んでいない。
ひょっとしたらハンドガンくらいは持っているのかもしれないが、戦闘機の相手にはならないだろう。
つまり、丸腰も同然。
ポーン、ポーン、ポーン、ポーン。
続けて2隻目、3隻目、4隻目、5隻目と、指名手配犯の乗る民間船がマークされる。
どれも似たような船。どの船にも武装はない。
「…………」
発射装置を握る手が、震える。
「ほら、あれがワルモノだよ。やっつけよう」
……敵船、ロックオン。
主武装、発射。
シミュレーションで習った通りの動作を、そのままなぞる。
悪いやつをこらしめるんだ。
何も間違ってない。
手応えはなかった。
発射トリガーにかけた指を、軽く曲げる。
ただそれだけで。指1本だけで、眩く輝くエネルギー弾が発射され、ターゲットされた敵船に命中する。
『ひっ、やめてくれ! どうか、どうか慈悲を……!』
コクピット内にまた響く、通信。
「あっ、惜しかったなー。2門の武装のうち、片方外れちゃったみたい。仕留めきれなかったね」
姐さんの言葉に、目を凝らしてよく見てみると、確かに敵船はまだ動いていた。煙を吹きながら、ふらふらと右へ左へと蛇行している。
「どんまい。最初は誰でもこんなもんだって。気にせずもう1発お見舞いしちゃおう」
姐さんの言葉。
姐さんは、失敗しても怒ったりしない。
いつでもポジティブに、俺のことを認めてくれる。
『よ、よせ! やめてくれ!!』
コクピットに響く、名も知らない密輸犯の声。
「うーん。うるさいなあ。これがあるから、あんまりこの依頼受ける人いないんだよね。気にしなくていいよ、たっくん。ヒーローは悪を見逃したりしないでしょ?」
名も知らない犯罪者の声と、姐さんの声。
どちらが正しいかなんて、考えるまでもなく分かりきっている。
……次弾、発射。
トリガーを引く。
ただそれだけで、うるさかった通信が、嘘のように静まり返った。
目の前を漂う、船だったもの。
ターゲットは、残り4つ。
第1話、読んでいただきありがとうございます。
広大な宇宙を舞台としたEGOSOFTのゲーム『 X4:Foundations』の世界を舞台とした新たな物語、幕開けです。