今朝は、姐さんに起こされる前に目が覚めた。
別に眠れなかったわけじゃない。
たまたま早く目が覚めただけだ。
そう自分に言い聞かせて、いつもの特攻服に着替える。
顔を洗い、金髪に染めた髪をツンツンにセットして。
よし、今日もバッチリだぜ!
「おはようございますっ、姐さん!」
「おー、今日は早いねえ、たっくん」
俺ににこやかな笑顔を向けてくれる姐さん。
いつもの赤いシャツだが、レザージャケットは羽織っていない。
いつもの服装なのにジャケットがないだけで、なんだか新鮮だ。
ちょっと無防備っていうか、カッコいいより可愛いが勝ってるっていうか。
少し得した気分。
早起きは3文の得って、こういうことか。
「じゃあ朝飯作っちゃうかな。今日は何がいい?」
「やった! じゃあご飯がいいなー。昨日はパンだったから、お米系で」
はいなー、と気さくに答えてキッチンへ向かう姐さん。
しばらくの後。
「はい、お待たせ。今日は茶粥でーす」
「待ってました!」
食卓について、もくもくと湯気ののぼる茶碗を覗き込む。
お茶で炊いた粥に、ほうれん草と白身魚の切り身が浮かんでいる。
「すげえ! 美味そう!」
「そーお? そんな風に喜んでもらえると、作った甲斐があるねえ」
ニコニコとご満悦の姐さん。
いただきまーす。
もぐもぐ。
うん、めっちゃ美味しい。
美味しいしか言えない語彙の少なさが悔しいくらいだ。
「そうだ、たっくん。今日の仕事なんだけどさ。輸送と殺し、どっちがいい?」
「あ、えっと。そ、そうっすねー……」
殺し。正直、もう少し慣れておいた方がいいかもしれない。
姐さんはカンペキだと言ってくれたけど、俺なんて全然、まだまだだ。
もっと姐さんの力になりたい。
あれくらいで疲れて倒れてるようじゃ、姐さんにはいつまでたっても追いつけない。
「今日は出来れば、輸送の方を任せたいんだけどねー。どう? やってくれる?」
「え、輸送ですか?」
意外といえば、意外だった。
……まさか、失望された?
自分なりに頑張ったつもりなのに、使えないと思われたのだろうか。
姐さんにまでそんな風に思われたのだとしたら、俺は、俺は。
「うん。やっぱ偵察機の真骨頂は、そのスピードだからね。ディスカバラーの最高速にも慣れておいて欲しいんだ」
「あ、そういう事ですか。わっかりました! バッチリ運んできます!」
良かった。
戦力外とか思われたわけじゃなくて、本当によかった。
そうだよな。
姐さんはそんな人じゃない。
姐さんの優しさは、俺が1番よく知ってるじゃないか。
「あ、でもそれじゃ、殺しの方は? また後日に回すんですか?」
「ううん。こっちはあたしが片付けとくよ。そっちも、今日は1人で大丈夫でしょ?」
「あ、はい。もちろん大丈夫です!」
いつも通りの笑顔で、片付けておく、と軽く言ってのける姐さん。
ディスカバラーとは別に、姐さんにも姐さんの戦闘機があるのだろう。
姐さんはどんな戦闘機に乗るのだろうと、その姿を想像する。
いつか、そう遠くない未来。
俺のディスカバラーと姐さんの戦闘機が並んで宇宙を駆けるような、そんな未来は来るだろうか。
来たらいいな、と思う。
だから今は、もっと頑張らないと。
姐さんに、早く追いつけるように。
「荷物の積み込み、完了しました。いつでも発進できます」
コクピットに座る俺に対して、ドックの整備士が声をかけてくれる。
名前も知らない誰かが、俺のために走り回って仕事をしてくれる。
……なんだか、不思議な気分だ。
ちょっと落ち着かない。
「そ、それじゃ、行ってきます」
「頑張ってね、たっくん。無理はしないで、安全第一だよ」
ドックから手を振ってくれる姐さん。
今日のフライトは、俺1人だ。
任せてもらった以上、失敗はできない。
「はい!」
大きな声で応えて、エンジンをかける。
エンジン、点火。
このディスカバラーに積み込まれた食料品を、在庫が少なくなったステーションまで運ぶのが今日の仕事だ。
運んだ後は、その近くでまた適当な仕事を探して、夕方にこの場所に戻ってくる。
そういう予定だ。
そんなにうまく仕事が見つかるだろうか。
そこが少し心配だったが、「今日は練習のつもりで、やれるだけやってみてよ」と励まされた。
そうだよな。やってみないと分からないものを、やる前から心配してどうするんだ。
ディスカバラー、離陸。そして発進。
俺はたった1人でステーションを離れ、宇宙空間へと飛び立った。
ディスカバラーの操縦桿を握りながら、シミュレーションで習った内容を思い出す。
ええと確か『航行モードには、大きく分けて4つのモードがあります。通常モード、トラベルモード、スキャンモード、そして長距離スキャンモードです』だったな。
よし、予習はバッチリだ。
長距離を移動するときに推奨されるのは、トラベルモード。
これを使うと船の速度が上がるという。
シミュレーションでの疑似体験はしているが、実際の機体で起動するのは初めてだ。
現在の速度計のメーターを確認してみると、230m/sと表示されていた。
つまり1秒間に230メートルの速度が出ている。
これでもめちゃくちゃ早い気がするのだが……
『やっぱ偵察機の真骨頂は、そのスピードだからね。ディスカバラーの最高速にも慣れておいて欲しいんだ』
姐さんの言葉を思い出す。
一体どれほどの速度になるのだろう。
期待半分、不安半分で、モードを切り替える。
……トラベルモード、起動。
コクピットの中が、オレンジの光で照らされる。
現在どのモードで航行しているかをパイロットが把握しやすくするためのシステムだ。
オレンジの光は、無事にトラベルモードに移行した証拠。
速度計のメーターが、みるみる上昇していく。400m/s……700m/s……1000m/s。
まだまだ上がっていく。
一体どこまで上がるのか。
1500m/s……2000m/s……。
すでに近くの景色はほとんど見えず、十数キロ先を見ながら操縦しなければいけない状況だ。
しかも……まだ速度が上がり続けているだと……!!
最高速に慣れておいて欲しいって、こういうことか……!!
2500m/s……3000m/s……!
最終的に、3000m/sを少し超えたところで速度の上昇が止まる。
ここが最高速か。
より正確にいうなら3270m/s。
いや秒速270メートルが誤差に感じるって、だいぶ感覚がマヒしてきてるな。
『目標地点まで、あと20キロ。まもなく到着です』
モニターに映されたナビゲーションが、音声と共に目的地が近いことを教えてくれる。
20キロ。
コーヒーでも飲んでいる間に着くだろうか。
……いや待て。
違う。
何かがおかしい。
3000m/sってことは1秒で3キロ進むってことだから……
……ほんの一瞬目を離しただけで、目標までの距離が15キロに更新されてた。
ヤバイ、あと5秒で衝突する!!!
トラベルモード、解除!
ブレーキ! ブレーキ!! ブレーキ!!!
止まれ、止まれ、止まれえ!!!
急ブレーキにより、全身に圧がかかって吐きそうになる。
いや気にしてる場合か、とにかくブレーキだ!
姐さんが待ってるんだよ!
こんなとこで死んでたまるかあっ!!
…………。
『目標地点まで、あと8キロ。まもなく到着です』
ディスカバラーが完全に停止。
モニターと音声が残りの距離を教えてくれた。
本気で死ぬかと思ったのに、意外と距離があって拍子抜けしたような、ホッとしたような。
「な、なんだよ……全然余裕じゃねーか……ビビらせやがって」
いや、でも8キロってことは……ブレーキがあと3秒遅れてたら、助からなかったってことか……?
ヤバイ、感覚がバグる。
頭で理屈は分かるのに、感覚が追いついてこない。
だって目的地のステーション、ここから見たら結構遠くに見えるんだもん。
8キロもあるように見えて、8キロしかない。
20キロもあるように思えて、20キロしかない。
これが、偵察機の最高速か。
操縦桿を握る掌が、汗でべっとりと濡れている。
ただの輸送だとナメていた。
殺しより楽だと、ハナから決めつけていた。
まだまだ、俺には分からないことだらけだ。
第3話、お読みいただきありがとうございます。広大な宇宙に飛び立つ第3話、楽しんでいただけたなら幸いです。