『ドッキング許可を受諾しました』
コクピットに、ドッキングの許可を知らせる音声案内が響き渡る。
ドッキング申請。
よそのステーションに船を停める際に必ず必要になる手続きだ。
そもそもステーションとは、この広い宇宙空間に建造された人工施設。
ほとんどの人間は、このステーションで暮らしている。
ステーションの建造理由は、防衛、もしくは商売。あるいはその両方。
宇宙の脅威から人々を守るための要塞として。
宇宙に溢れる天然資源を加工して利用するため。
そんな目的のために莫大な予算を投じて建設されたステーションに船を停めるなら、まず申請して許可をもらう必要があるわけだ。
例えていうなら、インターホンのベルを鳴らしてドアを開けてもらう感覚に近い。
ステーションから転送された誘導データに従い、船をドックに移動させる。
前後、左右の位置調整をして、ゆっくり降下。
……いつもこの操作の時は緊張する。なんなら飛び立つ時よりも緊張するくらいだ。
船は離陸するより、着陸する方がずっと難しい。
それはシミュレーションで分かっていたはずだが、実際の機体だとその緊張感が何倍にもなる。
なにせ、ドックでは何人もの整備士が生身で働いているのだ。
うっかりひいてしまいました、で済まされるわけがない。
『ドッキングに成功しました』
無事にドッキングが成功したことを知らせる音声案内。
ふう、と息をつく。
「お疲れ様です! 荷物、運び出してよろしいですか?」
「え、あ。ああ。頼むよ」
こちらが声をかけるより先に、整備士から声をかけられ、積んできた食料品を運び出してもらう。
こういったやりとりは、まだ慣れないな。
「運び出し完了しました! クレジットは鈴華さんの口座に振り込んでおきますね。こちらが明細です」
整備士の人から渡された明細書に目を通すと、確かにクレジットが振り込まれたことが記されていた。
買取価格から元のステーションの販売価格を差し引いて、しめて30クレジット。
それが鈴華さんの口座に振り込まれたと。
「30クレジットかあ。そっかー……」
昨日の6万クレジットを見た後だと、やっぱりちょっと少ないな、と感じてしまう。
いや決してこのステーションがケチというわけじゃない、昨日がおかしかったのだ。
行政機関から直々に依頼された殺しの報酬と、食料品の輸送ではこれくらいの差があって当然だ。
ましてこのディスカバラーは輸送機ではなく、偵察機。
速度に特化するため、装甲も貨物容量も限界まで削減されている。
30クレジットは、まあまあ妥当な金額だ。
「あ、あのさ。この辺りで、何か他に仕事ない? 例えばこのステーションで余ってる在庫の輸送とか」
まあまああ妥当とはいえ、今日の稼ぎはこれだけでした、じゃちょっとカッコ悪すぎる。
合流時間の夕方まで、しっかり仕事を探さないとな。
「え、うーん。そうですね」
言いながら、手元のタブレットを操作する整備士。
ポチポチと操作すること、数秒の後。
「……3つほど紹介できます。1つは輸送依頼。ただし運んでもらうのは人です。乗客を乗せて指定の場所まで運んでください。2つ目は観測衛星の設置依頼。定点観測用の人工衛星を、指定した場所に投下してください。3つ目は殺し。組織的犯罪グループが潜入したステーションがありますので、それの始末です。どれがいいです?」
「そんなにあるの!? じゃ、じゃあ全部……いややっぱり2つだけ、輸送と衛星のを受けようかな」
べ、別にビビッてねーけど!?
ただ、欲張って集合時間に間に合わないとマズいじゃん!?
まずは練習って言ってたし、今はできることを確実に増やしていくターンだから!
だから別にビビッてねーし!
誰に対してか分からない言い訳を、内心でペラペラと並べておく。
「ありがとうございます。報酬の振込はどうなさいますか? 鈴華さんの口座か、あるいは直接あなたへのお支払いもできますが」
「ああ、そりゃもちろん姐さん……いやえっと、鈴華さんのとこに振り込みでいいよ。分前は直接姐さんと話すからさ」
「そうですか。こちらとしてもその方が、手続きが楽で助かります。はい、手続き終わりました。詳細情報をディスカバラーに転送しましたので、後はよろしくお願いします」
ポーン。という電子音と共にモニターにターゲットが表示され、思わずびくりと体が硬直する。
え、いや。
殺しは受けてないよな。
断ったよな、俺。
恐る恐るモニターを確認すると、そこには。
『ターゲット:輸送依頼人 ジェフ 通話が可能です』
との表示。
び、ビビらせんじゃねえよ、まったくよ。
そんなことを思いながら通信を繋ぐと、モニターにスキンヘッドのイカつい兄ちゃんが映し出される。
いやまあ、イカつさだったら俺も負けねえ自信あるけど。
……負けてねえ、よな?
「おお! あんたが依頼受けてくれたやつか! そのディスカバラーがあんたの船か? ああサンキューな、すぐに向かうよ。いやー助かったぜ、すぐに行く!」
通信終了。
こちらがほとんど話さないうちに、向こうから通話を切られた。
……ええと、ここで待ってりゃいいのか、俺?
それとも船の外に出て、営業スマイルの1つでも浮かべた方がいいのだろうか。
ビジネスマナーってのがどうにもよく分からない。
とりあえず客とケンカしてはいけないことだけは学んだ。
ヘラヘラ笑ってナメられたら、姐さんの顔に泥を塗ることにもなりかねないし、どっしりと構えてた方がいいだろうか。
何せスキンヘッドだし、こーいうヤツにナメられたらマズいよな。
けど挨拶もできないなんて評判が立ったら、やっぱり姐さんの仕事に支障が出たりしないか?
どうすりゃいい、どうするのが正解なんだ!?
その時、外部からの通信がディスカバラーに繋がる。
発信元は……姐さん!!
『や。お仕事は順調かい、たっくん』
「は、はい! 無事、輸送終わりました!」
『うん。こっちでも入金、確認したよ。やるじゃん、仕事が早いねえ』
「いえそんな、当然ですよこれくらい!」
事故りそうになったことは、言わないでおく。
もうさっきのような失敗はしないし、心配かけたくないからな。
『うんうん。頼もしい限りだねえ。それで、何か他に仕事はありそう?』
「あ、はい。今、人を送り届ける仕事を受けて……あ、来ました! あの人です!」
『あの人って言われてもあたしからは見えないけど……まあ、頑張ってるみたいで何よりだ。お客さんとは仲良くしとくんだよ。愛想よくしてたらチップがもらえることもあるから』
「はいっ! それじゃ、失礼します!」
通信終了。
それと同時に、ジェフが乗り込んでくる。
「待たせたな、兄ちゃん。今話してたのは、あんたの恋人か?」
「えっ! こ、恋……!? 違います、違いますって! そんなんじゃ……!」
「あっはっは、隠すな隠すな! その反応でもうバレバレだっての。いいじゃねーか、仕事の合間に恋人と電話。いいねえ、青春だねえ」
「うっ、本当にそんなんじゃ……もうっ、出発しますよっ!」
離陸、発進。
「ええと、それで、目的地は……」
ナビゲーションを確認してみる。
必要な情報は全て転送されているから、目的地も自動で表示される。
『目的地:駆逐艦 ベヒーモス E級』
「駆逐艦まで……って、ええ!? 駆逐艦!? あんた、駆逐艦の船員なのか!?」
駆逐艦。
それは大型の主力戦闘艦となる艦種だ。
艦船には大きさによって4つの区分があり、それぞれ小型、中型、大型、特大型となる。
このディスカバラーは小型偵察機。
民間船と比べたら相当大きなこれも、区分としては小型だ。
それに対して駆逐艦ベヒーモスは大型。
甲板にこのディスカバラーを4隻ほど露天駐機できるスペースがあるといえば、その大きさが想像できるだろうか。
その主砲はまさに大砲。
偵察機の100倍を超える装甲と圧倒的な火力で戦場の主役を務める、正真正銘の戦闘艦だ。
「そうそう。けど昨日はちーとばかし酔っ払っちまって、寝過ごしちまってな。気づいたら出撃時間過ぎてやんの。いやー、送ってくれて助かったぜ」
「……え、ああ。そうなんですね」
……あれ、なんだろう。
この人、急に全然すごくない人に見えてきたぞ。
駆逐艦の船員って、案外誰でもなれたりする?
俺でもなれるんじゃねえの?
そんなことを考えている間に、目的のベヒーモスが見えてきた。
神話の怪物の名をもつその巨体が放つオーラには、さすがに圧倒される。
近づくのがちょっと怖いくらいだ。
十分に距離をとって減速、刺激しないようにゆっくりと接近して、ドッキング申請を送る。
『ドッキング許可を受諾しました』
誘導に従って位置調整、露天駐機スペースにドッキング。
ふう。これで一仕事終わりだ。
「おう、ありがとよ! 艦長っ、こちらジェフ、ただいま着任しました!」
「おせーよ! いつまで寝てんだ大馬鹿野郎! この方への報酬は、テメーの給料から引いとくからな!」
「そんなっ!?」
当たり前だバカ、と捨て台詞を残してこちらに歩いてくる駆逐艦の艦長。
銀髪を短く刈り揃えた、精悍な顔立ちの青年だった。
俺より少し年上だろうか。
でも『艦長』の言葉のイメージよりは若い。
「あんたも、こんなバカのためにありがとな。これが明細だ」
手渡された明細を確認すると、2万5千クレジットが入金されていた。
「ありがとうございます!」
すごく大金なんだけど、昨日1度6万クレジットを見ていると耐性がつくな。
焦ってつっかえることもなく、冷静に対応できるぜ。
「じゃあな、兄ちゃん」
艦長はそう言ってヒラヒラと手を振るのだが……せっかくの駆逐艦。
もう少し堪能したいという欲が湧いてくる。
「あ、あのー。もし良かったらなんですけど、少し船の中、見て回ってもいいですか? 俺、こんなデカい船初めてで。中がどうなってるか、見てみたいんです」
「あん? あー、やめとけ。すぐに離れた方がいいぜ。この船は5分後に戦闘区域に突入予定だ。生きて帰れる保証がなくていいってんなら、好きなだけゆっくりしてていいけどよ」
「!! おおおおお先にししし失礼しますっ!!」
輸送依頼、やっぱりこええ。
第4話、お読みいただきありがとうございます。
ようやく世界観が広がってきましたね。次回もどうぞお楽しみに。