Re-Otogibanashi   作:溺死体

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全国公開なので初投稿です。
とりあえず、きりのいいところまで隔日投稿します。


一章
夜行性の動物みたいだな


 

 

「シュユちゃん、さっきから誰と話してるの?」

 

  そう聞かれて、私は首をかしげた。

 

「え?」

「え?」

 

  どうしてみんなには、カノンちゃんの声が聞こえないんだろう。

  そのとき何を思ったのかは、もう覚えていない。

 

 

 

 

「みんなー!最後まで!盛り上がってくよー!」

『うおおおおおお!』

 その声で、ぼんやりしていた意識がステージへ引き戻される。

 私の前に立つカノンの開幕の挨拶と共にイントロが流れ始める。

 

 

 一日続いた熱狂のすべてをぶつけるように、ライブ会場は大盛り上がり。

 私たち「お祭り運営委員会」主催の音楽イベント『TUKUYOMI SUMMER FES 2030』のクライマックスを飾るステージということもあり、日本中から集まった観客のアバターが会場を埋め尽くし、熱気はすでに限界まで高まっていた。

 

 カノンの煽りに応えて客席のコールが重なり、曲は一気に加速する。

 次の瞬間、ステージから放たれた光が空へと弾け、無数の魚を模した色とりどりのホログラムが宙を泳ぎ始めた。

 さらに足元から光の奔流が噴き上がり、魚の群れが客席を包み込むように空へと駆け上がる。

 

 

 そしてその魚群を突き破るように、人の十数倍はある光の鯛が躍り出ると、私たちの立つステージを軽々と持ち上げた。

 持ち上げられたステージが夜空を滑り出した瞬間、ツクヨミの空間そのものが書き換えられ、世界は光きらめく海へと姿を変えていた。

 その中でカノンが大きく手を掲げ、サビのフレーズを響かせる。

 

 やっぱり、この人はアイドルになるために生まれてきたんだと思う。

 

 いつも見ているはずなのに、ワンフレーズの間だけ、思わず目を奪われてしまう。

 私は慌ててギターの弦をかき鳴らし、音を重ねた。

 割れんばかりの歓声が空間を震わせ、会場は一気に熱狂の海となった。

 

 

 

 

 目を開けると、部屋はすっかり暗くなっていた。ライブが始まったときは、まだ外は夕方の色をしていたはずだ。先ほどまで広がっていた仮想の海が消え、現実の天井が視界に戻る。

 瞬きをひとつ。

 コンタクト型のデバイスが現実モードに切り替わり、部屋の輪郭がくっきりと浮かび上がった。

 冷房を入れているのに、額にはじわりと汗が滲み、顎まで伝っている。窓に映る自分の目が、暗闇の中でやけに光って見えた。

 夜行性の動物みたいだな、とぼんやり思う。

 カノンだったら──

 

──ねぇ、これ夜に目が光るの、猫みたいで可愛くない?

……言うと思った。

 

 頭の重さに耐えながら、喉の渇きに従ってキッチンへ向かった。

 冷蔵庫から取り出したペットボトルの蓋を開け水を一気に呷った。喉を通る冷たい感触が、ようやく体を現実へ引き戻す。

 指先にはまだ、さっきまで弦を弾いていた感覚が残っていた。

 

──いやぁ、今日も優勝だったね。優勝。あれはもう歴史に残るやつだよ!

 

 脳内で、熱が冷めやらない様子のカノンが勝手に総括を始める。

 出演者への連絡、SNSへの投稿、アーカイブの公開設定。スマコンのAR表示を視界の端に浮かべながら、カノンの指示に従って最低限の後処理だけを済ませる。指先を軽く動かすだけでウィンドウが閉じ、通知が整理されていく。

 作業に一区切りつけたところで、そのまま浴室へ向かった。シャワーが汗を洗い流していく。

 ライブの熱が、ゆっくりと体から抜けていくのがわかる。

 

──正直、セトリの時点で優勝なんだけど、ライブアレンジが良すぎた。イントロでピアノ一本の入り~からの~、原曲よりかなりスローテンポで語り掛けるみたいに歌ってて、「届ける」っていう曲の本質を噛みしめさせてからサビで一気に跳ね上がるから感情が追い付かん。あの瞬間会場の空気ごと昇天した。 やっちょ、あなたが現代の静御前だ。サビ前の一瞬の静寂で息を吸う音まで聞こえたのはライブならではの特権すぎる。あの0.5秒は確実に世界が止まってた。音源より少し強めに張った声でラスサビに入ったところで涙流れたよね。嘘、ずっと泣いてた。目から水分全部持っていかれた。 あと、配信コメントが背後に流れてひとつのまとまりになって空に昇っていく演出。超エモエモだった。 あれ実装したの誰?私だ!我ながらGJ過ぎる。 今日のライブもヤチヨ史上最高を更新してきた。毎回更新してくるの何?バグ? 余韻であと三ヶ月は戦える。いや半年いける。

 

 ふやけた頭には単語だけが、右から左へ通り過ぎていく。

 イントロ、静御前、神アレンジ、優勝。意味は半分も入ってこない。

 

 ヤチヨのことは、もちろん私も好きだ。

 でも今だけは、この心地よい感覚に浸っていたい。脳内で尚もしゃべり続けるカノンの声を、意識的にシャットアウトする。

 

 シャワーを止め、浴室を出る。ろくに髪も乾かさないまま寝室に向かい、そのままベッドに飛び込んだ。

 眠るまでの間くらい、カノンの話を聞いてあげるか。そう思い、遮断していた声に耳を傾けようとする。けれど意思とは裏腹に、瞼はゆっくりと下がっていった。

  意識が、水の底へ沈むみたいに遠ざかる。

 

──おやすみ、朱結。

……おやすみ。

 

 

 

 

 翌朝。

 彩葉の住むアパートの前で立ち止まる。外壁はくすんだクリーム色で、ところどころ塗装が剥げている。

──毎度のことながら、うら若き女子高生の一人暮らしの家じゃないね。

 

 階段を、カン、カン、と気持ち軽く跳ねて上る。

 でも正直、この階段を鳴らしながら登る感じ、嫌いじゃない。

 

──やめなやめな。高ければいいってものじゃないけど、安い方が危険な確率は高いよ。今住んでるとこですら渋々なんだから、そんな感想漏らしたら強制連行コースだよ。

 

 両親の、特に母の顔を思い浮かべる。

これまでの過保護ぶりを思い返せば、カノンの言葉は脅しでも何でもない。それは、十分に起こり得る未来予測だ。

 下手をすれば、その日のうちに引っ越し業者を手配され、私は気づけば実家の自室に逆戻り

──なんて展開もあり得る。

 

……うん、やめとく。

 

──そうしな~。

 

 ややげんなりとした気持ちになりながら、二階に登ってすぐの部屋の前に立ち、インターホンを押す。さして間を置かず、内側から鍵の外れる音がした。

 

「お待たせ、朱結」

 

 扉を開けるとすでに制服姿の彩葉が立っている。

 昨日はライブで休んだから、会うのは土日を挟んで三日ぶりか。

 いつも通り、白いシャツに紺のスカートをピシッと着こなして、背中、肩甲骨のあたりまで伸びた髪を低めの位置でひとつにまとめている。

 どこから見ても、彩葉が努めて見せようとしている“隙のない完璧女子高生”だった。

 

「おはよう、彩葉。……また、寝不足?」

 

 下から覗き込むように顔を近づける。

 頬に手を添え、目の下を軽くなぞった。

 

「ちょっとだけ。ちゃんと寝たって〜」

 

 あっさりした声で、軽く惚ける表情を作る。

 

「彩葉の寝たはどうせ三時間とかでしょ。もう、そんなんじゃお昼のおかず譲ってあげないよ」

「そ、そんな~お慈悲~」

 

 わざとらしく両手を合わせる彩葉に、思わずお互いに吹き出す。行こっか、と声をかけて、どちらともなく歩き始めた。

 

「おはー!」

「お待たせ二人とも」

 

 いつもの通学路、今日はいつもより少し早く家を出たせいで、集合場所にも早めに着いた。ほどなくして芦花と真実が姿を見せた。

 

「朱結、昨日のライブ良かったよー!」

「演奏ちょーよかった!」

 

 小走りで寄ってきた二人が出会いがしらに興奮気味に詰め寄って来る。

 

「ありがと、個人的にも中々の出来栄えだったからうれしい」

 

二人の褒め言葉に私も得意になって、両手でVと指で形作る。

 

「褒めてしんぜよ~」

「ちょっ、やめ、やめい」

 

「うりうり」と頭のてっぺんを上からぐいっと押される。つむじをぐりぐりされて、視界がぶれる。

 私を弄ってひとしきり満足したのか、芦花は彩葉にも矛先を向ける。

 

「彩葉も映ってたよー。ほら、ヤチヨの番のときのライブカメラ」

 

「ほら」と言って真実が見せたスマホの画面を覗いた彩葉が足を止める。

 

「やっば……はずいはずい。よりによってこのタイミングで切り抜かれての私ぃ」

 

 茹だこのように真っ赤になった彩葉が両手で顔を覆い、両手で隠れていない耳まで赤いのが見えた。どれどれ、と私も真実の肩越しにスマホを覗く。

 

「おお、涙と鼻水でぐずぐずだ」

「言わないで!」

 

 彩葉は顔を隠したまま、早足で歩き出す。視界、どうなってるのそれ。

 私たちは顔を見合わせ笑った後、小走りで追った。

 

 

 黒板の上に張り付いた時計を確認する。授業時間はまだ半分も過ぎていないが、体育終わりの六限という事で教室の空気もお疲れムードが漂っている。

 社会と違い古典はまだましな教科だが、理系科目と違い文系科目はカノンに頼れないのだ。少し疲労を感じる意識に活を入れて先生の解説に耳を傾ける。

 

──いやいやいや、違うんだよ。まさか、小学生で出てくるイベントの年号が違ってるなんて思わなくてさ。理由はわかっているんだけど、年月の積み重ねを侮っていたというか、そもそもスマコンなんてものが普及する世界だということをすっかり失念していたというかでして……。

 

 はいはい。別に今はもう責めてないから。責めてないというか、面倒だからといって テストの回答をすべて埋めてもらっておいて、間違っていた時に責めるのはおかしいと省みれるようになったと言えばいいのか。

 あと、歴史事件をイベントっていうの止めな。

 

 カノンは別に”完璧人間”ではないのだ。間違えることもあるし、不得意なことも多い。具体的には運動全般は苦手で、同じ身体を使っていても私の方が圧倒的に得意だ。

 カノンはパッドでゲームやるようなもの、と言っていたけどレトロゲームをやったことがない私にはいまいち理解できなかった。とりあえず、細かいことは苦手だということを主張したかったようだ。

 

 彩葉に聞いたらわかるかな。確か、前に一度だけ実家では昔よくお兄さんとTVゲームをやっていたと聞いたことがある。

 隣に座る彩葉を横目に見る。あれ、よく見たら目は開いてるけど寝てる……?

随分器用なことをするな、と感心する。

 

「では、ここわかりますか? 今日は六日だから……酒寄さん」

「はい!」

 

 先生の指名に彩葉はすっと立ち上がって、先ほどまで授業の内容など半分も入ってなかったろうに淀みなく回答を読み上げる。

 

「おー」

──よくやるね~

 

 今度こそ心の底から感心して、思わず拍手を送る。それに続くように教室から拍手と賞賛の声が沸いた。

 




スマートコンタクト。略してスマコン。
本作では、ツクヨミにログインする他、AR操作によるSNS、ネットサーフィン、動画視聴なども可能、ということにしている。
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