Re-Otogibanashi   作:溺死体

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この本を盗む者は、映画観てきました。
超かぐや姫に脳を焼かれた皆さんにもオススメです。

明日も投稿します。


あなたの名前を教えて?

 直近で大型イベントを終えたばかりのため、今週のライブ配信はお休み。

変わらない日常の中で、週末だけがゆっくり近づいてくる。

 

 夕方からぶっ通しでアコースティックギターを弾いていた金曜の夜だった。

ソファーの背もたれに腰を預け、緩やかなコード進行をなぞる。Tシャツは汗で背中に張りつき、左手の指先もじんわりと熱を持っている。強く弾きすぎないように、今は休憩がてら柔らかい音だけを転がしている。

 コードの切れ目に合わせるみたいに、カノンが口を挟む。

 

──それ、さっきと違う進行?

「違わない」

 

 弦を押さえ直す。三秒も黙ると、また声が入る。

 

──今日さ、ニュースで流星群がどうとか言ってなかったっけ。

「見てないし、言ってない」

 

 少しの間。

 

──ねえ、今日星見えるかな。

 

 返事はしない。窓の外をチラチラと伺っているのが、言葉よりも分かりやすい。コードを変える。音がゆっくり減衰する。これで何回目だ。

 それでも「何でもない」と言い張るのだから、もう、処置なしだ。

 

 足元に転がしておいたスポーツ飲料のペットボトルを拾い上げる。もうほとんど空だ。ぬるくなった甘い液体を喉へ流し込む。空になった容器を既に先住している二本の空き容器と同様に、ソファーの上に適当に転がしておく。

 汗ばんだ首筋を、ぬるい夜風が撫でる。

 ソファーの背もたれに腰をかけていると、窓の外が自然と視界に入る。特別な理由はない。少なくとも私には。

 ただ、今日はそこが落ち着いた、ということにしておいてあげている。

 

 雲ひとつない空だった。星がいつもより少しだけ鮮明に瞬いている。

弦をそっと鳴らしていく。

 その途中で、カノンの気配がぴたりと止まった。つられて、顔を上げる。

 

 黒い夜を、白い線が横切った。細く、速く、音もなくまっすぐに。

 指が弦の上で止まる。

「……流れ星?」

──……見えた。

 

 少し遅れて、低く短いカノンの声が返る。

 もう一度空を見上げるが、何事もなかったみたいに星は静かだ。

 

「願い事、間に合わなかったな」

 

 冗談のつもりで言う。そもそも、誰かに頼んでまで叶えてほしい願いなどない。

 

──……うん。

 

 高層階から見下ろす街の灯りも、広がる夜空も、いつもと変わらない。遮るもののない空に、月が淡く浮かび、星が散っている。

 

 重症だな。

 そのあともしばらく、どちらも何も言わなかった。

 

 

 

 

 三連休明けの朝は、連休中ずっと落ち着かなかったカノンの気配に引きずられて、あまり気持ちのいい目覚めではなかった。

 いつもより少しゆっくりと朝の支度を整え、彩葉のアパートへ向かう。

 階段を登り、インターホンを押す。

 数秒の間をおいて、室内からドタドタと走る足音が近づいてきた。

 勢いよく扉が開く。

 

 そこに立っていたのは、見知らぬ少女だった。

 流星をそのまま閉じ込めたみたいな瞳が、こちらを真っすぐ射抜いてくる。

 光を含んだその目は、垂れた目尻のせいでやわらかく見えるのに、奥のきらめきだけがやけに鋭い。腰まで届く長い髪が、玄関から流れ込む朝の空気にふわりと揺れた。

 

 整いすぎている、と素直に思った。人の顔というより、完成された何かみたいだった。

 たっぷり数秒、見つめ合う。片や身体ごと、片や小首を傾げる。

 どちらがどちらともつかないまま、ぴたりと同時に口を開いた。

 

「だれ?」

 

──はわわ

 

……えっと。

 互いに、わずかに相手の出方を待っている空気になる。玄関先という逃げ場のない距離で、意味のない沈黙だけが数秒ぶら下がる。

 埒が明かないので、こちらから口を開いた。

 

「私は朱結、彩葉の友達。あなたは?」

 

 名乗りながら、玄関の奥をちらりと覗き見る。見慣れた靴箱、見慣れた部屋。

 間違いなく彩葉の家だ。一応片隅にあった、寝ぼけた私が見知らぬ人の家を訪問してしまった、という線はないと見ていいだろう。

 

「月から来たの!」

 

 少女は胸を張った。背筋をすっと伸ばし、誇らしげに。

 

……これは手ごわそうだ。

 私の問いに対してどういった解釈が行われたのか、名前や彩葉との関係ではなく、where are you from?の回答を教えてくれたらしい。そんな日本への滞在目的を尋ねる番組じゃないんだからさ。

 というか月から?

 不審者か。不思議ちゃんか。本当に宇宙人か。

 

 目の前の少女は、まっすぐこちらを見つめている。からかってやろうという顔でも、様子をうかがっている顔でもない。ただ、事実を告げただけ、という顔。

 

 一先ずスマホを取り出す。彩葉に確認するのが早い。ディスプレイに通知が一件。私が家を出たくらいの時間に彩葉から、『今日は先に行くから、いつもの集合場所で』というメッセージとともにネコのスタンプが送られていた。

……入れ違いだったか。

 

 タイミングが悪い。

 

 スマホのカメラを起動して、目の前の少女にカメラを向ける。

「はい、チーズ」

 掛け声と同時にシャッターを切る。ぽけっとした表情の、それはそれは可愛らしい少女が写真に収められていた。

 

 撮った写真とともに、『この子、知り合い?』というメッセージを送る。メッセージの吹き出しがポコンと小さく跳ねて、会話欄に落ち着く。すぐには既読にならない。

 

 顔を上げると、少女はまだこちらを見ていた。

 

「ちょっと入れてもらうね」

 

 半ば確認、半ば宣言のつもりで言う。

 

「もしかして遊んでくれるの?彩葉学校行っちゃってヒマなの~」

 

 爛々と期待に目を輝かせて無邪気に私の手を振る少女を見ていると、不審者ではなさそうかなという気持ちにさせられる。

 少なくとも、悪意は感じない。

 

 

 靴を脱いだ流れで自然に部屋へ入り、なぜかお茶まで出している自分に軽く疑問を覚えながら、私は改めて向かい合って座る少女を観察した。

 

「月って、どんなところなの」

 

爛々とした目が、こちらを覗き込む。話の種として半分くらい冗談のつもりで聞いた質問に少女は、あっさり答えた。

 

「つまんないところ」

 

何かを思い出すように虚空を眺めながら、指先で空気をなぞる。

 

「静かで、きれいで、ずっと同じ。ぜんぜん変わらなくてちょ~~退屈なの。だから、楽しいところに逃げよ~~と思って」

 

 退屈、という言葉だけがやけに耳に響く。

 なるほど。抽象的な言葉が多く、実情についてはまったく伝わってこなかったが、息苦しい場所から逃げたくなる、という動機に関しては地球人の私でも共感できる。

 

「で、彩葉の家にいるの?」

「うん!そんで彩葉もハッピーエンドに連れてく!」

うなずきが軽い。Vと指で形作ってこちらへ向ける少女が聞いてないことまで教えてくれた。

 

 少しの間思考を逸らしていると。「あ、そうだ!」と少女がぱっと立ち上がり、キッチンから皿をひとつ抱えて戻ってきた。

 

「彩葉がつくったの、いらないからあげる」

 

 少女が差し出したのは、トッピングも何もされていない素朴すぎるパンケーキ。別にお腹空いてないんだけどな。

 とはいえ出されたものに手も付けないのは悪いかな、と思い一口食べてみる。焼き目が香ばしいのは最初の一瞬だけで、その後は何もない。甘さも塩気もない。

 ただ、空虚な触感だけが口内に広がる。端的に言うと、

 

「……くそまじぃ」

「だよねぇ!」

 

 少女がけらけらと腹を抱えて笑う。おい、分かっててやっただろまったく。

 

 一口でわかった。無理、絶対に無理。これは私には完食できない。ほら、カノン壊れてないで代わって。

 私は未だに脳内ではわわわ、と繰り返すだけの生き物になっているカノンに交代を要求する。

……だめか、しょうがいない。こっちで勝手にやるか。

 

 呼びかけに対して改善が見られないため、私の方で身体の主導権を無理矢理譲り渡す。

 

「はわわ……はっ」

 

 ほら、残り食べてよ。

 正気を取り戻したカノンを促すと、フォークで大きめに切り分ける。迷いなく口へ放る。

 

「まぁ、ぼちぼち悪くない味だね。彩葉ちゃんが作ったことを加味するとおいしいまである」

 とドン引きの感想を述べる。

 

「おー?おー」

 

 何やら不思議がっている少女が、テーブルに両手をつき、身を乗り出す。それから四つん這いになって、ちゃぶ台の縁を回り込むようにこちらへ近づいてくる。

 床に手をつく音が軽い。

 そのまま、飼い主に構って欲しい飼い犬がやるみたいに、顔を傾けながらこちらを覗き込み、ぐるり、ぐるりと周囲を回りはじめた。距離が近い。

 

「た、食べづらいな……」

 

 耳まで赤くなったカノンが視線を逸らす。

 フォークを持つカノンの手が震える。少女は止まらない。さらに一歩。顔と顔がくっつきかねない距離まで迫り、じっと覗き込む。呼吸がかかる。まつ毛の一本一本まで見える。

 

「ヒュッ……チ、チカイ、カオガイイ」

 

 少女の瞳が、妖しく光る。比喩ではなく、物理的に。

 虹彩の奥で、小さな光が揺れる。反射ではない。部屋の照明の角度とも合わない。確実に、自発的な光。

 わあ、宇宙人の方だったかあ。

 彼女は好奇に満ちた視線で問いかける。

 

「ね!それどうやってるの? あなたさっきと違う人でしょ?」

 

「え?」

え?

 

 指先から抜けたフォークが皿に当たり、小さな金属音が鳴った。

 心臓がひとつ、強く打つ。

 

 間を置かず、肉体の主導権を奪い取る。

 

──あぁ、私のパンケーキぃ

 

 と騒いでいる抗議の声は無視する。

 今度はこちらから身を寄せるように前のめりに。少女を真正面から見る。視線がぶつかる。依然、距離は近いまま。

 

「ねぇ」

 

 自然と声色が強くなる。

 

「今のどういう意味?」

 

 手のひらに力が入る。平時と比べて脈拍が早くなっているのが自分でも分かる。

 ぱち、と瞬き。少女は、驚いたように目を丸くする。

 

「わっ、また変わった」

 

 純粋な発見が口から出た、というような声色だった。私の呼吸が一拍止まる。

 

「さっきまではキラキラでぴかぴか、そんでもってジュワーってしてた。今はしてない。」

 

自分で言って満足したのか、にへら、と笑う。

 

「おもしろいね!」

 

 

……長く水も動かなかった寂れた池に、小石を投げ入れたような、そんな感覚がした。

 

 胸の奥で、ひとつ、またひとつと鼓動が重なる。

 祈るみたいに、ただ見つめた。

 

 一度、深く息を吸う。

 彫刻家が息を詰めて整えたような指先に、そっと指を重ねる。細い指先がぴくりと揺れる。

 改めて、ゆっくりと名乗る。

 

「私は朱結。九ノ瀬朱結」

 

 視線を外さないまま、身体の主導権をカノンに渡す。

 呼吸がわずかに乱れる。

 

「わ、私も!?」

 

 ぱち、と瞬きをしてから、慌てて背筋を伸ばす。

 

「えっと、私はカノン。九ノ瀬カノン。……よろしくね?」

 

 語尾が少し上ずる。また体を引き戻す。

 呼吸を整える。

 

「あなたの名前を教えて?」

 

 彼女は「むむ」と唸って、律儀に数秒だけ考える。それから花丸をもらった子どもみたいに得意げに胸を張る。

「ないよ!」

 

ないらしい。

 

 少女は、胸を張ったままこちらを見ている。

 自分が何か大きな正解を出したと信じて疑わない顔だ。

 

「ないって」

 思わず呟く。

 

「名前、ないの?」

「うん!月ではそういうのないんだ~」

 

 月の“みんな”がどれだけいるのかは知らないが、呼ぶ必要がなかったらしい。これが異文化か。

 私は、もう一度少女を見つめた。

 流星みたいな目。

 太陽みたいな明るさ。

 妙に堂々としているのに、昔話から抜け出してきたみたいに浮世離れしている。月から来た、と言っていた。

 いつの間にか、口元が緩んでいる。

 

「……じゃあ、ニックネームね」

 

 少女の瞳が、答えを待つようにきらめいた。

 

「お姫様みたいだから。ヒメちゃん、どう?」

 

 一拍おいて、口の中で転がすみたいに繰り返す。

 

「ヒメちゃん……」

 

 舌先で確かめるように、もう一度。

 

「ヒメちゃんかぁ〜」

 

 嬉しさに弾かれたみたいに立ち上がり、その場でくるりと回る。長い髪がふわりと広がり、朝の光をまとって揺れる。

 

「ヒメちゃんでいいよ!」

 

 満面の笑みで、そう宣言する。

 

 

「ヒメちゃん今日は何して過ごすの?」

「決めてない!でもこの部屋なーんもないんだよね」

 腕を組み、うーんと唸る。世界の重大事項でも考えているみたいな顔だ。

 

 私も腕を組んで、一度だけ視線を巡らせる。

 ちゃぶ台。閉じたノートPC。机の端に並んだ、飲み終わったエナジードリンクの缶。床に直置きの炊飯器。

 

「ぶっちゃけそうだね」

 

 私はスマホを取り出し、時間を確認する。通話画面を開き、目的の番号を押す。

「もしもし、九ノ瀬です。はい。今朝から体調が悪くて。……はい。ありがとうございます。失礼します」

 通話を切る。これでこっちは大丈夫。

 画面を閉じかけたところで、メッセージアプリの通知が目に入った。

 

『酒寄 彩葉 新着メッセージがあります(5)』

 気づかないうちに増えている。さっき送った写真への返信だろう。

 短い文が連なっている。疑問符、それから焦りと困惑がにじんでいる

 少女が横から覗き込む。

 

「だれー? 彩葉ー?」

 

 そ、短く返してそのままカメラを起動する。

 

「記念に撮っとこ」

 

 少女の肩を引き寄せ、インカメに切り替える。

 

「いえーい」

 

 顔の横でピース。

 少女にも同じポーズを取ってもらう。二人ともノリノリで、頬が触れそうな距離まで顔を寄せる。

 

「いえーい!」

 

 シャッター音。撮れた写真を確認もせず、そのまま彩葉のトーク画面に貼り付ける。

 

『今日体調不良で休むね。先生には連絡したから』

 

 送信。既読がつく前に、スマホを伏せた。

 ちゃぶ台に両手をつき、少女が覗き込む。散歩前の犬みたいに、ぴょんぴょん跳ねながら。

 

「終わった?」

 

 スマホをちゃぶ台の端に押しやり、私は立ち上がる。

 

「着替えたら外出よっか?」

「これじゃダメなの?」

 

 オーバーサイズのTシャツ一枚とドルフィンパンツ姿の少女が、自分の服をつまんで見せる。

 

「外に出る格好ではないね」

 

 分かっているのかいないのか、「ふーん」と返す。

 ざっと背丈を見比べる。私よりは少し背が高くて、彩葉と同じくらい。

 クローゼットを開け、いくつかのパターンを取り出す。

「どれがいい?」

 少し迷ってから、一枚を指差す。

「じゃあ、これ」

 

 服を受け取るなり、その場で脱ぎはじめる。特に隠す気もない。

 私は選ばれなかった服に手を伸ばす。ひとつずつ、元の位置へ戻していく。

 

──あ、もしかしてツッコミがいない感じ? 彩葉ちゃん早く帰ってきて〜

 

 脳内でカノンが嘆く。

 

 ハンガーが小さく鳴る。

 やがて、着替え終えた少女が窓際の姿見の前に立ち、裾をつまんでくるりと回る。

 

「よき〜」

 うん。見立ては間違っていなかったな。

 

 少女はもう玄関に向かっている。私もあとを追い、自分のローファーに足を滑り込ませる。

 

「歩きやすいのでいいよ」

 

 少女は迷いなくスニーカーをつかみ、ぱっと足を通す。そのまま先に玄関を飛び出した。

 




朱結の身長は146cm。
靴のサイズは21.5cm。
小柄ではあるが、本人は気にしていないと言う。
ただし身長を申告する場面では、なぜか150cmと言う。
本人いわく「四捨五入」。


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