Re-Otogibanashi   作:溺死体

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これは祈りなんだ

 本格的に料理をしてみたいという少女の希望で、スーパーに寄ってから彩葉の家へ戻ってきた。

 

 ちゃぶ台に座って窓際の鏡を見やる。私服に着替えた自分が映っている。

フリルのついた白いブラウスに、濃紺のデニムオーバーオール。ラフにお団子でまとめた髪を指で整える。

 今度はなるべく自分でやりたいらしい。事故だけないよう、横目で見守る。

 キッチンから、響く包丁の音。フライパンの音。ときどき聞こえる楽しそうな鼻歌をBGMに、さぼった分の勉強を少しでも取り戻すべく教科書を広げていた。

 

 

 料理を完成させ、洗い物をあらかた終えるころには、下校時間が近づいていた。ちょうどいいので彩葉の迎え、もとい冷やかしに行くため、二人でもう一度家を出る。

 

 学校へ向かう道すがら。

「ぬおぉ~、こういうのほしいな」

 少女が道端の猫を撫で回している。

家猫なのか、少女の遠慮のない手つきにも気にする様子もなく、鷹揚に撫でられている。

 暫くそうしてから、少女も満足したのか、またぶらぶらと学校へ向かう。

 

 校門のあたりで、まさに今下校するところらしき彩葉、芦花、真実の三人を見つけた。

少し距離を置いて、後をつける。

 

「かわいい子たちだね~」

「尾行してるのかな」

 

 通りすがりの女子学生たちの声が耳に入る。

 気分はさながら探偵だ。一定の距離を保っているおかげか、楽しげにおしゃべりしながら前を歩く三人は、こちらに気づく様子もない。

 

 やがて三人は、「空と大地と人がつながる」がコンセプトの複合施設内の一角に店を構えるカフェへ入っていった。

 

 手でひさしを作るようにして、店の外から店内の様子を伺う。

少しして、ガラス越しにパンケーキが運ばれてくるのが見える。クリームいっぱいのふわふわ三段重ねパンケーキ。見ているだけで甘い香りが外まで流れてきそうだ。

 

「美味しそう」

 ぽつりと少女が呟く。

 

 さて、どうしたものかと考えていたところで、つい先ほどまで隣にいた少女が三人のいる席へ歩き出しているのが目に入る。

 慌てて後を追い、私も店内に入る。誰何を尋ねる店員に「待ち合わせです。今入っていった子と一緒です」と告げ、足早に向かう。

 

 

 

 彩葉がフォークを入れようとしたとき、横からすっと手が伸び、ひょいとパンケーキをさらっていく。彩葉が止める間もなく、少女は奪ったひと切れをぱくりと口に放り込んだ。

 

「いただきまーす!うんまー!」

 

 ふわふわの生地とたっぷりのクリームを味わうと、元気いっぱいの弾ける笑顔が咲いた。

 そのまま、完璧なウインクを決めてみせる少女。

「よっ、彩葉!」

 

「えー。かわいい。 誰この子」

「彩葉の服着てる。 彩葉の友達?」

 

 興味津々といった芦花と真実の声が、次々に飛ぶ。

 

「パンケーキ好き? はい、これもど~ぞ」

「パンケーキ? これが? 彩葉のと全然違~う」

 芦花に差し出され、口にしたパンケーキの美味しさに少女が相好を崩す。

 

「やあやあ、諸君」

「あれ、朱結じゃん。体調不良じゃなかったの」

「さぼりか〜、不良だ~」

 

 ひとしきり茶化され場が笑いに包まれる。

 それで、と視線がもう一度、彩葉へ集まる。

 

「友達っていうか……えっと、あのー、そのー」

 彩葉が口ごもっていると、

 

「月から来たの!」

一瞬、空気が止まる。

 

  ここで本当のこと言うやつがあるか。思わず吹き出しかける。

 

「月島。 彩葉の従妹なんだって。ね、彩葉?」

 

 すかさずフォローを入れて、パチリとウインク。……あんまり決まらなかったな。要練習だ。

 

「月島か~美味しいお好み焼きのお店教えて~~?」

「可愛いね、お名前は?」

「名前、名前は、え────っと……」

 

 彩葉はたっぷり数秒考えて、

「かぐや」

 

「そうだよねっ、かぐや」と念を押すように視線を飛ばす彩葉にも気が付かず、

 

「かぐや? かぐや……かぐや……そっかぁ。かぐやかあ~!」

 

 少女──あらため、かぐやは嬉しそうに声を弾ませる。

 かぐや、ね。お姫様っぽくて、なかなかいい名前なんじゃないだろうか。愛称もそのまま使えるし。

 

「ごめん、帰る! ありがとね、ごちそうさま! あとで埋め合わせするから!」

 

 パンケーキの残りをかきこむように食べきると、かぐやの手をつかんで彩葉はそのままばたばたと店を飛び出していった。

……と思ったら、戻ってきた。

 

 忘れ物だろうか。

 

「朱結は今度話があるから!」

 

 入口から顔だけ覗かせてそれだけ言うと、またすごい勢いで駆けていった。

 嵐のように去っていった二人のあと、席は急に静かになった。

 彩葉がいなくなったことで空いた席に座りつつ、通りかかった店員に注文をする。

 

「パンケーキ、ひとつ」

 

 私もパンケーキの口だった。

 

 

 芦花と真実の追及を冗談でのらりくらりとかわしながら、しばらく会話を楽しんだ。

店を出て二人と別れる頃には、すっかり夕方と言ってよい時間になっていた。

 

それからしばらく時間を潰し、夜になるころ──

 

──半分くらい飛び入りだったけど、許可してもらえてよかったね。抽選で当たった人たちには少し悪い気もするけど。

 

 コネがあってラッキー、半分仕事だしいいでしょ。

 そう思っている私と違って、カノンは少し心苦しそうだった。

 私は周囲の手が届く範囲の人間関係以外に意識を割いていないし、カノンは無関係の多数に対しても気を使っている。

 カノンに言わせれば「ツクヨミに関わる人たちは手の届く範囲だよぅ」といったところなのだろうか。

 この辺、私たちの間には埋めようのない意識の差があった。

 

 本日やらなければならないことを一通り終え、部屋着に着替えて寝室へ。

 スマコンを装着してベッドの縁に腰掛ける。空調の冷たい風が、肌をかすめる。

 

──行こうか。

 

 

目を閉じると、暗い海中のトンネルを進んでいた。

光の届かない水底の深い水の中を、ただ一つ遠くに見える光源に向かって、引き寄せられるように進んでいく。

 

 

やがてその光を抜けると、目の前に巨大な朱の鳥居が現れ、見渡す限り広がる静かな水面が足を支えていた。

水面に浮かぶ灯籠の光が、波紋とともにゆらゆらと広がっている。

しゃなり、と鈴の音が鳴る。

気がつけばそこに、月見ヤチヨが立っていた。

「──太陽が沈み、夜がやってきます」

 

その宣言が契機となり、空に星が現れ、星々はゆっくりと円を描きながら巡り、夕焼けの空が静かに夜へと塗り替わっていく。

 

「いつ見ても、このログイン演出は美しいね。ヤチヨが可愛い!尊い!最推し!」

 

 白から淡い水色へと溶ける髪。肩口で揃えたミディアムヘアは、毛先にかけてやわらかなウェーブがかかり、動くたび水の流れのように揺れる。片側には小さな蓮の髪飾り。目の下には水滴を模したペイント。

 衣装は水をモチーフにした和装アレンジで、肩を出した軽やかな着物に透ける長袖。頭にはクラゲを模した唐笠を被り、そこから伸びる触手の飾りが尾を引いている。

 足元の厚底下駄では鼻緒の部分に真珠の飾りが淡く輝いている。

 

 私の横に並ぶカノンが、如何にも清楚系アイドルでござい、といったアバター姿を台無しにして、うっとりとこぼした。

 

 毎回それ言うよね。

 ちなみに、私のアバターは黒を基調にした和装パンク。着物をベースにベルトや金具で崩した格好だ。

 黒から煤けた灰色にグラデーションするロングヘアが裾のように広がって流れ、その髪の間から小さな角が覗く。腰の後ろには細い龍の尾。

 足元は編み上げの厚底ブーツで、いつもより少し視点が高い。目の下には菱形のペイント。カノンの水滴とお揃いで、わりと気に入っている。

 

 全部カノンが作った。

 

 初心者なら、ここでチュートリアルが始まる。ヤチヨが現れて、こう言うのだ。

 

「その格好じゃあ、つまらない!」

 

 それからキャラクタークリエイトを──

 そうそう、こんな風に笑顔で駆け寄ってきて──

……え?

 

 気づけば目の前まで迫っていたヤチヨが、

 

「ふったりとも〜。とおっ☆」

 

 そのまま笑顔で飛びついてきた。

 横並びに立っていた私とカノンは「ぶべっ」と間抜けな声をあげながら、質量に負けてそのまま盛大に水面に押し倒される。

 

「ひっさしぶり~元気してた~?」

「たった今元気じゃなくなったかも」

「はい!元気です!たった今元気になりました!」

 

ヤチヨの問いかけに、正反対の答えが二つ返る。

 

「久しぶりヤチヨ、お互い忙しかったからね」

「はいな☆、それはもう踊るてんてこ舞いというか~~、古池シンクロナイズドスイミングというか~~、二人に会えなくてヤチヨは寂しい日々を過ごしていたのです」

「そうなんだ。私はそんなでもなかったけど」

 

 ヤチヨがわざとらしく肩を落とす。ついでに袖口を目元に当てて、いかにも悲しんでいますという顔をする。

 

「え~ん、シュユがいじわるする~。カノンは~私に会えて嬉しいよね?」

「はい!嬉しいです!」

「おい、全肯定BOT」

 

 あざとく小首をかしげるヤチヨに、カノンが即頷く。私はため息をついて話題を変えた。

 

「というかヤチヨ。そろそろ本番前でしょ、こんな所で油売ってていいの?」

「それはもう、今は本番前のリラックスタイムなのです♪」

 

 ヤチヨが立ち上がり、こちらへ両手を差し出す。

 

「ほらほら立って♪」

「ヤチヨのせいで、しょ!」

 

 その勢いのまま立ち上がる。隣ではカノンが「おててきれい」と両手を包むように握りながら立ち上がる。

 

 私たちを起こしたヤチヨは、いつもの笑顔で独り言を言うように呟いた。

 

「ライブ前はね、いっつもガクブルなの。今回はちょっと特に」

 

 ヤチヨは鳥居の向こうを眺める。遠くを見ているようで、どこか柔らかい目だった。

 へぇ、意外。ヤチヨでもそういうこと思うんだ。てっきり私と同じでライブでも緊張しないタイプだと思ってた。

 

「ヤチヨなら大丈夫。きっと、全部上手くいく」

 

 先ほどまでとは別人のように真剣な顔で、カノンがヤチヨの手を両手で握る。

根拠のない言葉。

 けれど、不思議と信じられる力強さをがあった。

 

「そっか……」

 

 ヤチヨは両手を重ね、胸に当てる。

 宝物をそっとしまい込むみたいな仕草だった。

 

「元気も出たし、もう行くね。シュユもヤッチョのこと、好きになっちゃってもいいからね~?」

「いや、別にもう好きだけど。友達でしょ?」

 

 からかうようにおどけて見せるヤチヨに言葉を返すと、珍しくポカンとした顔で固まった。

 配信でコラボもしたし、一緒に曲だって出した。さすがに友達カウントでいいんじゃなかろうか。

 え?友達だよね?

 

「あはっ、両想いだ」

 

 花咲く少女のようにヤチヨは笑う。

 今日はとことん珍しい表情が見れる日だ。

 

「ライブ、楽しんでいってね?ではでは~☆」

 

ヤチヨはそのままご機嫌にUターンしてこの場を去っていった。

 

 

 

 

 ライブ会場に着いたのは時間ギリギリだった。

 今回、枠をねじ込んでもらった空を進む屋形船に、出航直前で飛び乗る。途中、こちらに気付いた様子のファンらしきユーザーに、カノンが人差し指を唇に当てて100点のウインクを決め、見事にノックアウトしていたこと以外は、特に問題もなく。

 私たちは、もうすぐ始まる開演の時を待っていた。

 

 

「キタキタキター!これがないとツクヨミの夜は始まらない。本日もヤチヨミニライブの開演だあああ──っっ!」

 MC担当ライバー、忠犬オタ公の声が会場に響く。

 会場が一気に沸き上がる。

 屋形船の甲板が、わずかに震える。空中に光が集まりはじめていた。光の粒は、会場の中央へ引き寄せられていく。

 5……4……

 それらはまだ形を持たないまま、静かに渦を巻く。会場中が一斉に「0」と叫び──

 集まった光が形を結び、巨大な鳥居になる。その横木の上に、ヤチヨが現れた。

 

「ヤオヨロー!神々のみんな~、今日も最高だったー?」

 

 歓声が爆発する。

 

「よーし、今宵も皆を誘っちゃうよ☆Let’s go on a trip!」

 

 

歌が始まる。

「幾千の時を巡って今、僕ら出会えたの──ほら、見失わないように──手を離さないで──」

 

 鳥居の足元から、水の光が溢れ出す。それが空中へ流れ、会場の上を渡っていく。透明な水が、橋になる。

 ヤチヨは赤い和傘を取り出し、それを差して橋へ踏み出した。散歩でもするみたいな気軽さで、空の橋を歩いていく。

 

 鬱屈した悩み。声を枯らして叫ぶような憤り。決意や覚悟。

 それから、弾けるような楽しさ。

 音には感情が乗る。そういうものだ。

 ヤチヨの歌から伝わってくるのは、抑えきれない喜びだ。

 

 光の粒が、流れるように会場を漂っている。

 甲板の縁にもたれかかっていると、その一つが指先に触れた。その光がくるりと回り、手のひらサイズの小さなヤチヨになる。

 伸ばした指先に小さな手でハイタッチして、バイバイと手を振ると、また空へ泳いでいく。

 

 屋形船の上から会場を見渡す。

 ペンライトを振り、法被を着た気合の入ったファン。友人グループで来たらしい、四人ほどの集団。初めて来たらしい子が、目を丸くしてステージを見上げている。彼女らしき女性の付き添いで来たみたいな男性もいる。

 

 彩葉の姿も見つけた。隣の子は誰だろう。今は、いいか。

 

 色んな理由で、この場所に集まっている。それでも、みんな楽しそうだ。

 

 歌うことが楽しいのか。この場所が楽しいのか。

 きっと、どちらも正解だ。

 でも、足りない。

 ほとんど埋まったパズルのピースが一欠けらだけ抜け落ちているような。龍の眼だけ描き足されていない絵を見たような。

 何かが足りないことはわかっているのに、肝心のその何かが霞のように掴めない。そんな物足りなさと違和感が、胸に残る。

 

 曲がサビへ入る。

 ヤチヨが両手を広げる。

 夜空へ手を伸ばす。高らかに──

 

……これは祈りなんだ。

 理屈より先に、理解した。そしてこれはきっと、私がわかっていない感情だ。何故だか負けた気分になる。言語化できない敗北感が胸に残る。

 

カノンなら、わかるのかな、と横を見る。

……顔中の穴から液体をまき散らしながら、カノンが全力でペンライトを振っていた。

……馬鹿らしい。

 何と戦っているんだ、私は。

 ふっと、肩の力が抜けた。

 

 

 曲が終わっても、会場の熱気は冷める様子もない。いつまでも歓声が続いている。ペンライトの海が揺れ、ヤチヨの名前が何度も叫ばれている。

 

ファンの声援にヤチヨが手を振って応える。

「イェーイ、感謝感激雨アラモード! ヤチヨは果報者なのです。あ、ここでお知らせ! ヤチヨカップっていうイベントを開催しま~~す☆ FUSHI、詳細よろしくぅ」

 

 ヤチヨの呼びかけを受けて、マスコットのFUSHIがイベントの概要を説明してくれる。

 ヤチヨカップはツクヨミの全ライバーを対象に一か月の期間の中で最も多く新規ファンを獲得した人が優勝のイベントだ。

 そして、優勝者へはヤチヨとのコラボライブの権利が与えられる、と。

 

 FUSHIの説明を小耳に挟みながら、私は今も空を行く屋形船とヤチヨのいる鳥居の距離を目測する。

 うん。いけそう。

 確信が持てたところで、懐から小型のグラップリングガンを取り出す。

それから、未だビスビス泣いているカノンの襟首を空いた手で掴み、甲板から勢いよく飛び出した。

 仮想世界でも働く重力演算に従って私たちの身体が急速に地面に近づいていく。

 

「いぃぃやぁぁああああ!!」

 

 カノンの悲鳴を聞き流し、片手のグラップリングガンでヤチヨのいる鳥居の横木の部分に狙いを定める。

 照準、着弾。はい、成功。

 狙い違わず着弾したアンカーをすぐに巻き取りにかかる。あわや地面に激突というところでピンと張ったワイヤーが私たちの身体を引っ張り、今度は急速に持ち上げて行く。

 

 リアルでやったら骨も腱も爆発するだろうな、と確信できる負荷を片手で支えながら、そのまま振り子の要領で鳥居の上まで飛び上がる。

 後は適当に姿勢制御で微調整して華麗に着地を決めた。

 

「やっほ、ヤチヨ。さっきぶり」

「やっほ☆ というわけでみんな!今回のヤチヨカップ開催にあたって協力してくれる『お祭り運営委員会』の二人だよー!」

 

 みんな拍手!というヤチヨの締めによって、突然の侵入にざわめいていた観客から拍手と歓声で迎えられる。

 

「ほら、カノン後よろしく」

「……カノンちゃんの扱いについて、後でお話があります」

 

 四つん這いのまま、カノンが恨みがましい視線を向けてくる。

 だが、一人称も変わって、スイッチは入っているようだし問題ないだろう。

 

 

「みんな!こんにちは!」 

 

 開口一番、がらりと空気が変わる。すぐ隣に太陽が現れたと錯覚する巨大な熱量。

 声一つ、身振り一つでもって、会場中の衆目を自分一人に集めきる。空気を掌握し、意識を掌握し、観衆に「今日はこの人を見に来たんだっけ」という錯覚にすら陥らせる。

 

 常に間近で見ているが、何をどうしたらそうなるのかさっぱりなカノンのテクニックで、一気に場の主役となったカノンが私たちが登場した訳を説明する。

 

「カノンたち『お祭り運営委員会』は、今回のヤチヨカップ開催にあたって、参加者としてではなく、サポーターとして全面的にバックアップするよ! ヤチヨはああ言ったけど、今回のイベントを裏方として手伝ってくれる人も大歓迎! オタ公ちゃん以外の有志のライバーさんの参加もどしどし待ってるよ!」

 

 突然話を向けられ狼狽えるオタ公に会場の空気が和らぐ。

 そして、私たちの実質的なイベントの辞退を惜しむ声も同時に感じる。

 

「大丈夫、安心して!このイベントはみ~んなにとって、すっっごく、楽しいイベントなるよ、私が約束しちゃう!」

 

 根拠のない言葉。

 しかし、その言葉にすら説得力を持たせるのがカノンの熱量だ。彼女にこれほど自信満々で言われると、みなが「そうかも?」と頷いてしまいたくなる。

 

 誰に自慢するでもないが、鼻を高くする。

 大観衆を前にしても臆さず、むしろそれを味方につけてしまう立ち振る舞い。まさに愛されるために生まれてきたような存在だ。

 カノンは絶対に謙遜するが、私ではこうはいかない。

どうだ、これが登録者1830万人を誇る、うちのチャンネル『お祭り運営委員会』のカノンだぞ。えっへん。

 

「それにこのイベントを盛り上げてくれるのは私たちだけじゃないから、」

 

「ね?」というカノンの語りに示し合わせたように、爆発音が響いて観客の注目がそちらに映る。

 

 虎に引かせた牛車──ならぬ虎車を切り裂いて、三人の人影が現れる。

 黄色い悲鳴が混じった歓声が会場中に広がる。

 ツクヨミでカノンに迫る人気を誇るプロゲーマーユニット、ブラックオニキス。通称、黒鬼。

 

 鬼をイメージしたスキンのリーダー、帝アキラがカノンに向かって手を振る。

「カノンちゃん、アシストありがと」

 

 その場で彼が指を鳴らすと、彼らの経歴をまとめたPVが空中に映し出される。

 それに合わせて、寡黙な男の雷と、地雷系モチーフのツインテールにスカートの男性アバター・乃依がファンサを行う。

 映像も終わり、帝が決めポーズで締めると再度歓声が響いた。

 

「というわけで、俺たち優勝するから。ヤチヨちゃんコラボよろしくね」

「そういう運命ならヤチヨは従うよー」

 

 ヤチヨカップの優勝は彼らだ。黒鬼が優勝する、してほしいといった確信が会場に漂う。

 つまらないな。これでは既定路線じゃないか。

 別に誰が優勝したってよいが、彼らのファンではない私にとって、開始前に結果がわかってしまっているようでは気分が下がるばかりだ。あんまり退屈なようだったらカノンに任せて、期間中は自由に遊んでようかな。

 

 そんな私の退屈な空気を蹴とばすように、一人の少女が声を張り上げる。

 

「ヤぁぁぁぁぁ────チぃぃぃぃぃ───ヨぉぉぉぉぉ───!」

 

 会場のすべての視線が少女に集まる。

 それらすべてを気にしない風に、況や気づいてもいない少女は、仮想世界へ向けて宣言する。

 

「かぐやがヤチヨカップ優勝する!そんで絶対コラボライブする!いろh……むぐっ」

 直ぐそばに立っていた彩葉に口をふさがれ少女──かぐやは引きずられるように後ろに下がっていく。

 

 顔が緩み、気分が上がる。

 

「ふはっ、ヒメちゃんさいこー」

 

 今すぐこの場で笑い転げたい衝動に駆られるが、なけなしの理性でどうにか堪える。

 

 退屈な空気なんてものは、すっかり吹き飛んでしまっていた。

 彼女がいれば、きっと楽しい一ヶ月になる。

 




ツクヨミのログイン演出は毎年少しずつ変わっている。
アップデートのたびに、カノンとヤチヨによる喧々諤々の会議が行われる。

普段はヤチヨ全肯定BOTのカノンも、このときばかりは普通に反論や異論を出す。
なお現在の鳥居演出は、三年前の大型アップデートから。




ここまでで1章になります。
とりあえずストックはここまでになりますので、今週中を目処に番外編を一話挟んでから、書き溜めに入ります。
また章が出来上がったタイミングで投稿しようと思ってるので、期間空くかと思います。
ラストまでのプロットはできてるいるので気長にお待ちいただければ嬉しいです。

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