シリアスはプロローグで終わる
後悔こそしていないが、ごみ溜めを這いずり回るような人生だと思っていた。
長命種として生れ落ちはしたものの、その身分は下級。
同種族でありながら、俺を含めて大半は生れ落ちたその時から明確な身分の壁で区切られていた。
別に、そのことに腹を立ててはいない。
ただ、腹を立てたところで何一つ変わらない事を察していたから、そんな気にならなかっただけだ。
それよりも、ごみ溜めをと例えた意味は、そこじゃない。
俺がそう思うようになったのは、俺がまだ幼く、いつも腹を空かせていた頃……フッと、天啓が下りた時からだ。
天啓、そう、それはまさしく神が与えた知識だった。
どうして俺なのか、それは分からない。
この世界には俺なんて足元にも及ばない知恵者が大勢いるし、俺よりもはるかに身分の高いやつらだって掃いて捨てるほどにいる。
そんなやつらを差し置いて、どうして俺なんかに天啓を下ろしたのか……神様の考えることなんて、理解しようとするだけ無駄なのかもしれない。
とにかく、だ。
俺は今でもその知識の大半を理解できないし、うまく言葉には出来なかったが……それでも、幼い俺の心が腐り落ちるには十分過ぎた。
だって、考えてもみろ。
選ばれた民であり、生まれながらに永遠を生きる権利を有しているとすら言われている俺たち長命種が、実はそんな大それた存在ではなく。
むしろ、存在し続けるだけでいずれは『世界』というシステムから排除される、バグみたいな存在だったと知ったら。
大半のやつらは、ひどく己に絶望するだろう。
俺だって、絶望したさ。
でも、俺が本当に絶望したのは、その後……どうして俺たち長命種がバグみたいな存在になったのか……それを知ったからだ。
原因は、『同化の法』だ。
これは俺たち長命種の先人たちが作った秘法の一つなんだが……その内容はいたって単純。
肉体という器が古くなれば乗り捨て、魂という中身を新しい器へと挿げ替える……つまり、入れ物が壊れるたびに新しい器へ中身を入れ替え……いや、乗っ取るという魔法だ。
これにより、俺たち長命種は……寿命という概念が無くなった。
それこそ、他者から物理的に肉体を破壊されない(あるいは、器が手に入らない)限りは死なない、そういう存在になった。
これこそが、俺たち長命種が世界よりバグとして扱われる原因だ。
俺も、詳しくは分からない。
ただ、『世界』からすれば、新陳代謝を起こさず、新しい細胞を乗っ取ってしまうような古い細胞だから、病原菌みたいな扱いをした……そんな感じらしい。
天啓にてそれを知った時の俺は……正直、何もかもが気持ち悪かったし、滑稽に見えて仕方がなかった。
だって、そうだろう?
この世のすべてを支配しているって面をしているやつらが、その実は『世界』から疎まれ続け、いずれは排除されることが確定している存在だなんて……笑い話にもならない。
俺はまだ『同化の法』を使う前に天啓が下りたから、まだマシだったが……なんでマシかって、そりゃあ、アレだよ。
俺の両親も、もう既に数え切れないぐらいに同化の法で身体を乗り換えてきた男女だったからだ。
天啓が下りる前は疑問にすら思わなかったが、天啓が下りてからはとにかく気味が悪くて仕方がなかったよ。
だって、昨日と今日とで、姿形が変わっているんだぞ。
不気味を通り越して、恐怖だったよ……それもまあ、致し方ないのかもしれない。
なにせ、この『同化の法』は、術者の実力によって結果が大きく変わるから。
ある程度の実力がある術師なら、どちらでも選べる。
乗り移った先の姿形で行くか、魂の……乗り移る側の姿形を反映するか……己の容姿に自信があったり、逆に魂が強すぎたりして、変えたくなかったりするやつは反映させるけど、俺の両親はそうじゃなかった。
客観的に見たら、新しい体の方が美形だったから、そのままの形を使ったんだろうけど……俺はとにかく、それが気味悪くて堪らなかった。
もちろん、そんな感覚でいるのは俺だけで、少なくとも、俺が生まれ育った村では。
俺たち長命種はあまりにも長い時を生きてきたから、もう『同化の法』そのものに対する認識が、空気と同じような扱いになっていた。
そればかりは、身分は関係ない。
有って当たり前、使って当たり前、生まれも育ちもスラム育ちのようなやつじゃなければ、俺みたいな田舎者すら、『同化の法』を習得しているぐらいには、ありふれたモノであった。
なんともまあ、おぞましい話だ。
高い身分のやつらなんて、いざという時のために器をストックさせ、使わずに消費期限が過ぎたら速やかに実験材料にする。
それが、日常的な光景だった。
極々稀に、そんな俺たち『人間』の生き方に嫌悪感を覚えて、『同化の法』を使わずにいる者もいるが……はっきり言えば、その扱いは良くない。
言い方は悪いが、健康的に生きられるのに、わざわざ意味もなく自死するような生活を送ると宣言するようなものだ。
いわゆる、『寿命教』ってやつらしい。
生き物は自然の流れのままに寿命を迎えるのが正しく、肉体を移り渡って生き続けるのは邪道……必ずどこかで歪が生じるって考え方だ。
当然ながら、邪教的な扱いだが……それでも、その考え方は、俺にとっては第二の天啓に等しかった。
だから……俺は、ごみ溜めを這いずり回るような人生になろうとも、俺が俺のままに生きるその生き方に、後悔はなかった。
たとえ、周りから狂人扱いされようとも。
それで、村から追い出されようとも。
狂った狂信者扱いされ、石を投げられようとも……スラムの者たちからすらも侮蔑の目で見られようとも……俺には、一片の後悔も抱かなかった。
……。
……。
…………でもまあ、うん。
天啓によって人間の生き様とやらに絶望した俺だが、全てにおいて、絶望したかと言えば……実のところ、少し違う。
神が下した天啓は、確かに俺に絶望を与えたが……同時に、生きる目的、希望ってやつも与えてくれた。
その内の一つが、『知識』だ。
残念ながら、生まれついた俺のバカな頭では、『神の知識』の全容を理解することなんて出来ない。
それをどのように誰かに伝えれば良いのかも分からず、ほとんどを無駄にしているといっても過言ではないだろう。
でも、全てではない。
バカな俺の頭でも、分かってくることがある。
最初は手探りでも、少しずつ、少しずつ。
村から追い出され、社会から追い出された俺は……特にすることも無かったから、俺は一生を掛けて、それを形にしていく道を選んだ。
幸いにも、時間はあった。
というのも、寿命を延ばす方法は『同化の法』だけではない。一番リスクが少なく、かつ、一番リターンを得られるのが、『同化の法』なだけ。
『神の知識』の中には、その方法を使わずに寿命を延ばす方法があった。
もちろん、『同化の法』に比べたら、ものすごく回りくどいし、なんなら苦痛を伴うし、自殺一歩手前の厳しい修行を行う必要があったりしたけど。
それでも、『同化の法』をするよりはマシだった。
あと、『同化の法』を一度でも行うと、使えない技術や技が出てくるってのを『知識』で知っていたってのもあるけど。
……まあ、そんなわけで、だ。
屋根のある場所で寝られるのは稀、時にはゴミ箱をあさって残飯に食らいつき、石を投げられることがあっても、俺は何一つ後悔せず……好き勝手に邁進し続けた。
……。
……。
…………そんな俺だが、ある日、とある話を耳にした。
なんでも、都市の方で、なにやら『ターム』と呼ばれている巨大なアリモンスターを討伐するための作戦が立てられているのだとか。
正直、身から出た錆ってこういう事を言うのだろうな……って、思った。
何故ならば、『ターム』と呼ばれているそのモンスターは、言うなれば俺たち人間へのカウンターとして『世界』が生み出した存在だからだ。
俺も『神の知識』からの断片的な事しか知らないが……とはいえ、俺はその話を耳にした時……少し、思うところがあった。
人類に対する嫌悪感はあったけど、それでも、最後がモンスターに食われてお終いでは……と、思ったわけで。
「……最後くらい、人間の内の一人として足掻いてやるか」
それ以上でも、それ以下でもなく、俺は……都市へと向かったのであった。
……。
……。
…………まあ、その結果、どうなったかと言うと。
「──乞食が、二度と来るな!」
「乞食じゃねえ、これでもクジンシーって名があるんだ」
「そう呼ばれたければ、まともな格好で来い!」
「……あ~、すまなかった」
俺の身なりがあまりにもみすぼらしかったこともあって、門前払いにされてしまったのであった。
現在のクジンシーの装備
腰布・靴
以上