ステップ、広すぎて何をしたら良いのか分からない
とりあえず、『ソーモン』より海路を通って、『マイルズ』より手前にある港に降りた俺たちは、陸路を通って『マイルズ』へと向かう。
陸路とは言っても、あまり使われていない道だから、モンスターとはけっこう遭遇する。
かなり暖かい地方だからなのかモンスターの種類も数も多く、初見モンスターと幾度となく遭遇し、戦う事となった。
事前に話を聞いていたので、新鮮な気持ちにはなりつつも、特に驚くことはなく、俺たちは着々と『マイルズ』へと歩を進めていた。
……それとは別に、だ。
道中のことだが、一つばかり問題が生じた。
それは、暖かい地方に来たことで、虫の種類や数が増えたこと。特に、夜間の虫対策が必須になったということだ。
モンスターは『影』にしまってある強いモンスターの尿や、なんなら俺が適当に小便でもしておけば、勝手に怖がって近寄らなくなるが……虫は、そうではない。
俺もロックブーケもいまさら虫なんかにビクビクするような性質ではないが、だからといって、まったく気にならないというほど図太くはない。
日中はともかく、寝ようとしている時に耳元に虫がぷ~んと飛んだら、気になって目が覚めてしまうだろう?
まさしく、ソレである。
さすがに命が掛かっているような危険地帯の時は、そんなの気にしていられないが……良くも悪くも、俺たちがこれまで遭遇してきたこの世界のモンスターは、そこまで強くはない。
少なくとも、『影』に仕舞ってある、野営時に使用する対モンスター用の装置で一晩安全が保てる時点で、恐れるような相手ではない。
まあ、『影』の中のそれはかなり強力なモノもあり、異世界にて金に糸目を付けず(どうせ、他の世界では使えないから)に制作した逸品ではあるのだけど。
それ以前に、ぶっちゃけてしまえば、気にするだけの余裕があるからこその話なのだけど……とにかく、安眠への大問題である。
愛用している、『テント』のことだ。
いちおう、精度を上げれば虫も通さないことは可能だが……それをすると残存エネルギーの減りがとんでもないことになるので、そこまではしない。
じゃあどうするかと言えば、単純に虫よけの香を焚くだけである。
原始的ではあるが、効果はある。
独特な臭いはするが、気になるほどではない……が、しかし、だ。
「……うるさいわねえ」
照明が落とされた『テント』の中で、ロックブーケのぼやきが聞こえる──が、その声も、ギャーギャーと響く奇声によってかき消された。
なお、照明を許可なく点けてはいけない。
寝る時のロックブーケは薄着であり、緊急事態でもないのに照明なんて点けたら、意識がグラッとくるレベルのビンタが飛んでくるからだ。
それなのに、シャワーを浴びている時などでシャンプーとか無くなれば普通に顔を覗かせて持ってこいと命令してくる……話を戻そう。
とにかく、虫は大丈夫なのだ。
けれども、鳥避け(あるいは、鳥系モンスター)ほどの効果はなく、『テント』そのものは無事でも、そこまでの防音性能はなかった。
これはまあ、仕方がない面はある。
完全に防音にしてしまうと、外部から得られる情報が一つ途絶えてしまう。
万が一を想定すれば、防音はむしろしない方が良いぐらいで、気になるなら個人で耳栓でもしろという話だ。
まあ、その代わり、風呂付トイレ付で自由に水が使えて空調も効いているという利点があるわけだけれども……で、だ。
そんな感じで時々我慢をしつつも、えっちらおっちら『マイルズ』へと向かっていた俺たちだったが……ここで、またもや問題が一つ。
それは──どうやら途中で道を間違えたっぽくて、『マイルズ』ではなく目的地の『ステップ』へと到着してしまった、という点だ。
それに気づいた時、俺たちは『マイルズ』から東へ300km、『ステップ』より西へ100km、そんな微妙な位置に居た。
街へと向かって、合計700kmを移動するか。
とりあえず、『ステップ』を調べてからにするか……別に、物資の面では十二分に余裕があるので、俺としてはどちらでも良かった。
「……今戻ると、下手したらスービエと鉢合わせするかもな」
「思い立ったが吉日、大事よね」
念のためロックブーケに聞いてみたら、即座に返された言葉がそれであった。
いちおう言っておくが、別にロックブーケはスービエを嫌っているわけではない、むしろ頼りにしている方だ。
だが、自由人気質を開放している時のスービエは、もう色々と面倒くさいのだ。
悪いやつではないし、むしろ良いやつなのだけど、その時ばかりは面倒くさくて、ロックブーケもその時はそっと距離を取るのだ。
実際、海上を進む船に限らず、『船』に乗っている時のスービエって基本テンション高いし。
噂でしか聞いていないけど、まだまだ自由人モードで居る状態なのは明白……変に巻き込まれて大海原に出航とかされては堪らないので、俺たちは『ステップ』へと向かった。
……。
……。
…………そして、ここでもまた問題が生じた。
なんか今回はやけにトラブルが起こるなあ、と思った俺は悪くない。たまにはそういう時はあるけど、こういうのはだいたい良くない事の前触れだ。
で、だ。
今回のトラブルは、『ステップ』があまりにも広大過ぎて、『七英雄ボクオーン』の手掛かりがまったく見つからない……いや、少し違う。
まったく見つかっていないわけではない。
『巨大な船』と思わしきモノが、なにやら地上を走っているのが見える。意味が分からなかったが、本当にそう見えた。
しかし、それだけ。
対象があまりにも遠すぎて、巨大なはずのソレが豆粒のように見える。おかげで、近付くだけでも労力を想像させた。
いかんせん、遠すぎた。しかも、なんか動いているっぽいのだ。
広大とは聞いていたが、想定していたモノよりもはるかに『ステップ』は広大であった……一瞬でやる気を削ぐぐらいには。
そのうえ、草原とは言っても、点在する木々が視界を邪魔したり、長く伸びた雑草によって視界が遮られたり、そういう場所が多い。
結果、ひとまず、『ステップ』にて生活している遊牧民と接触し、あの『巨大な船』の情報を仕入れようと俺たちは動いたのだが。
案の定というか、遊牧民たちを俺たちは見つけられなかった。
まあ、そりゃあ、そうだ。
土地勘が無いうえに、そもそも遊牧民たちの移動ルートすら知らない俺たちが、そう簡単に見つけられるわけがない。
結局、あっちでもない、こっちでもない、と。
グルグルと『ステップ』の中を移動しているうちに、痺れを切らした俺たちは……いっそのこと『ステップ』を離れて、仕切り直しをしようとした。
……もう、お分かりだろう。
再びトラブルが起こった……それは、『マイルズ』ではなく、その反対側の……うっそうと木々が茂り始めている森林地帯の方へ到着してしまった、というトラブルだ。
俺たちの身長より高い雑草が生えている場所があまりにも点在していて、それをかき分けながら進んだからだろう。
いつの間にか方向感覚を見失っていたらしく、気付いた時にはもうジャングルとしか言いようがない森の前で……ぽかん、と呆気に取られるしかなくなっていた。
なにせ、振り返れば……俺たちより高い身長の雑草が壁のように広がっていて、その先にはまた、あの広大な『ステップ』をさ迷い歩くわけで。
視線を別の方向へと向ければ、地平線の彼方にはうっすらと黄色い……たぶんアレが、ワグナスが話していた『砂漠』なのだろう。
つまり、俺たちは気付けば『ステップ』どころか、『サバンナ』の方にまで来ていたわけで……しかも、その端っこに居るわけだ。
……当然、また逆戻りなんてのはやる気が出ない。
せめて、行けるところまで行かねば……ここまで来たのだからと、俺たちはそのままジャングルの中へと突入したわけなのだ。
……。
……。
…………が、しかし。
ここにきて俺は、おそらく今回では最大級のトラブルというか、予期せぬ大問題に直面したのであった。
──それは別に、ジャングルの諸々がうっとうしくなったとか、そういうのではない。
俺もロックブーケも、その程度の環境はすっかり慣れている。ちょっと気合を入れるだけで、猛獣程度は近付く前に逃げ出す。
そんな中での始まりは、やはりトラブルからだった。
俺たちは、ジャングルの中で村を見つけた。
それ自体は、特に驚くような話じゃない。
人間というのは強いモノで、こんな場所に住むのかって思うような場所にすら村が出来るぐらいだ。
そう、トラブルはそこではなく……村の中を覗いた俺たち……というより、ロックブーケに対して起こった。
「あ、ああ、女王様……!!!」
「え?」
「女王様だ! あああ、女王様ぁ!!!」
「な、なによ?」
「おお、なんて美しい……!!」
「本当に、なんなの?」
どういうわけか、初対面であるはずのロックブーケを見た村の男たちが、一斉にロックブーケへと膝を着いて称え始めたのだ。
その顔は例外なく恍惚に染まっていて、なんと推定年齢一桁の男の子ですら、顔を真っ赤にしてロックブーケへ崇拝の言葉を投げかける始末。
これには、さすがのロックブーケも面食らった。
それどころか、普通に気持ち悪がった。
そりゃあ、そうだ。
ロックブーケは『テンプテーション』という魅了の術を使えるが、使っていない相手から一方的に、それはもう言葉一つで自殺すらしてしまうのではないかってぐらいに崇拝の眼差しを向けられて、平気な顔が出来るような女ではない。
不快感を通り越した薄気味悪さに顔色を悪くし、俺の背後にこそっと隠れたぐらいで……うっすらと、怯えからくる震えが伝わってきた。
それなのに、当の男たちは気にした様子もなく、女王様女王様と……あ~、うん、これは気持ち悪い。
「いちおう聞いておくけど、初対面なんだよな?」
「当たり前でしょ! 本当に何よ、こいつら……早く出ましょう、こんな村……」
『七英雄ダンターグたち』を目撃した時以上にやる気を失っているロックブーケ……だが、そう簡単に事は運べそうにない。
何故なら、男たちの視線というか、態度がもう狂人のソレ。
仮にここで村を出たとしても、こいつらはゾロゾロとゾンビのように後を付いてくる気配がしてならない。
それこそ、途中でモンスターに食われようが、命を落とそうが、お構いなく恍惚の笑みを浮かべたまま……ていうか、俺が止めなかったら二人ほど食われているところだった。
さすがに、このまま放置というのは後味が悪いにも程がある。
無関係で初対面な相手だが、放置するにも少々気が引ける。
ロックブーケも薄気味悪さは覚えつつも、付いてくる者の中に子供が紛れている点が特に強く思うようで、どうしたものか……と、考えているようであった。
「率直に、どう思う?」
「そうね……こいつらから、魅了術の気配が感じ取れるわ。おそらく、誰かから魅了術を受けたのだと思う」
「治せそうか?」
「無理ね、かなり強力な魅了術のようだし……術者を殺すか、それ以上の魅了術で上書きするしかないわね」
「つまり?」
「面倒だけど、私がやるしかないってことよ」
一つ頷いたロックブーケは、俺の背中から前に出て……途端、その身体より膨大な魔力が立ちのぼったかと思えば、ふわりと宙に浮いた。
「抵抗しても無駄ですわ」
合わせて、練り上げた魔力が淡く光を放ち……輝く花々となって、ロックブーケを彩れば。
「私の魔力で、貴方達はもっと虜になる」
その意思に従って放たれた魅了の風が、吹き荒れた。
「『テンプテーション』」
そして、それは新たな女王様が生まれた瞬間でもあった。
……。
……。
…………そうして、だ。
下手に元の術者にバレると危ないので、『私がこの場に居ない時は、前に自分たちを魅了した者の指示や命令に従いなさい』という命令を下してから。
新たに、魅了した彼らからの話をまとめると、だ。
この村の名は、『エイルネップ』。
かなり昔からある村らしく、村の周辺には様々な遺跡が残されていて、自分たちすらも由来が分からなくなっているモノがあるのだとか。
そして、彼らが話していた『女王様』だが、どうやらこのエイルネップの近くにある塔の奥深くに居るらしい。
……確かに、村の近くに塔がある。さしずめ、『エイルネップの塔』、か。
なんの目的で『女王様』とやらが塔に入っているのかは、誰も知らないらしい。
ただ、『女王様』にとっては、塔にモンスターを配備してでも他者を入れないようにするぐらい、重要なナニカが……あ、たしかに、モンスターの影がチラホラと。
……とりあえず、『エイルネップの塔』へと向かう。
おそらく、魅了術で支配下に置いたモンスターなのだろう。
うじゃうじゃ居るモンスターを片っ端から倒しつつ、先へと進む。
塔内部が狭かったら俺も剣を使うしかないが、意外と広いおかげで、俺の弓矢が火を噴いた。
特に、直線通路で遮る物が無いような場所では、俺の独壇場だ。
俺の視界に入った瞬間、放った弓矢が脳天を貫く。
魔力を具現化させて矢に変えているので、誤差を的確に修正しながら急所を狙い撃つ。
時々、「少しは私にもやらせなさいよ」とロックブーケから文句を言われたので流してやれば、例外なく瞬殺して終わる。
まあ、それも当然だ。
単純なパワーこそ俺たちの中では下だが、小剣の腕前は引けを取らないし、数千年という月日を経て研鑽し続けた経験は伊達ではない。
奥義や剣技を使うまでもなく、撫でるように刃先を滑らせて、スパッと一閃。
悲鳴一つ上げる間もなく絶命させてゆく鮮やかな動きは、見た目の良さも相まって、美しいという言葉以外当てはめられないと俺は思った。
「……なによ、ジロジロと」
「ん? いや、やっぱおまえって綺麗だよなって」
「あら、今頃気付いたの?」
「前から知っていたけど、改めて知った気分だ」
「そうそう、そうやって素直なのは良いことだわ」
ふふふん、と。
鼻高々に胸を張るロックブーケの足取りが、軽くなる。
こいつ、男から褒められるなんて日常みたいなものなのに、それでもこうやって喜ぶのは可愛いところだよな……っと。
ふと、俺たち以外……そこらのモンスターとはけた違いの気配の強さに、足を止める。
なんとも表現し難い甘い香りが、ふわりと鼻孔をくすぐった。香りは、通路の先……曲がり角の奥から来ている。
ロックブーケも気付いたようで、スッと表情を引き締め、小剣を構え……それを見やった俺は、弓を構えつつ……角を曲がって──
「は?」
──思わず、言葉を失った。
何故ならば、奥に居たのは座り込んで俯いている一人の女であり。
俺たちの気配に気付いて、上げた顔は……俺の背後でまん丸に目を見開いているであろう、ロックブーケと同じであった。
向こうも、俺と同じくまん丸に目を見開き、ポカンと呆けた様子で……パチパチと、瞬きをしていた。
「クジンシー? あんた、その姿……」
「……ロック、ブーケ?」
思わず、そう呼んでしまえば、だ。
「……ああ、ちょうど良かった。あんたでも、少しは役に立つかしら」
同じ顔をした……そう、『七英雄ロックブーケ』は、途端にこちらを小馬鹿にするかのような視線を向けたかと思ったら。
「来なさい、あのデカ物を何とかしてもらうわ、それぐらいはやれますわよね?」
まるで、それが当たり前かのように一方的に告げると、俺たちに背を向け──
「は? これが私? こんなプライドだけ高くて、今の一瞬で甘ったれた根性と性格の悪さが透けて見える女が、私?」
──たけれども、俺の背後に居るロックブーケの言葉に、ピタッと足を止めた。
「──っ? その顔は、私……どういうこと?」
「酷いわ、あまりにも酷過ぎますわ。こんなやつが私と同じ名を名乗ることにすら、虫唾が走りますの」
振り返った『七英雄ロックブーケ』が、困惑しているが……構わず、ロックブーケは小剣を構えた。
「クジンシー……貴方も貴方よ! こんなのをロックブーケと呼んだこと、後でたっぷりとお仕置きでしてよ!」
「え、それ理不尽……」
「お黙り!」
そう、最大のトラブル。
それは、思いもよらぬ方向から向かってきた、ロックブーケのお仕置き宣言であった。
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性格の違いの一例、もしもの話(ラストダンジョンの門番)
七英雄ロックブーケ:ノエルお兄様、ワグナス様、ロックブーケが皇帝と戦います……見守っていてね
→ 酷い、酷いわ……
とてもつおくてけだかいロックブーケ:許しませんわよ、貴方……このロックブーケを最後に残したのが運の尽きですわよ!!
→ クジンシー……ごめんなさい……
スーファミプレイヤーが一度は通る道
ネームドキャラかと思って話しかけたら七英雄戦(ロックブーケ)スタート