ロックブーケの戦い方は、基本的には的確にダメージを積み重ねて仕留める……といったものである。
これはロックブーケの性格がそうだからというわけではなく、ロックブーケにはダンターグのような一撃必殺系の技や魔術を習得していないからだ。
理由はいくつかあるが、一番大きな理由は、純粋に筋力が足りていないから。
女性の中では背丈があるとはいえ、性別が女である以上は限界がある。それは、ロックブーケも例外ではない。
小剣を武器にしているのも、それ以上の重量の武器を使うのは大変で、俺が使うような剣でも、ロックブーケには少々重すぎるのだ。
もちろん、まったく扱えないわけではない。
ただ、魔力でアシストして無理やり使えるだけで、小剣では出せる繊細な剣技が見る影もなくなってしまう。
やれるとしたら、振り回すのが限度。当然ながら、それなら棍棒を振り回した方がはるかに理に叶っている。
かといって、ロックブーケが使える(というか、使っている)小剣を、大剣と同じように使えば、どうなるか。
考えるまでもなく、あっという間に刃がボロボロになるだけではない。
下手したら刀身が折れるばかりか、手首すら痛めてしまう……だから、確実にトドメを刺せる段階まで削るというのが、ロックブーケの戦い方であった。
……対して、『七英雄ロックブーケ』の戦い方は、よく言えば一撃必殺、悪く言えば雑な大技一辺倒、これに尽きた。
いちおう言っておくが、『七英雄ロックブーケ』は弱くない。
確かに大技に固執しがちだが、その威力は相当なモノで、直撃すれば間違いなく即死するような術をポンポン放ってきた。
例えば、風を操って放つ『ウインドカッター』なんて術がある。
並みの術者なら、せいぜい手傷を与える程度の術なのに、『七英雄ロックブーケ』が扱えば、鋼鉄の柱すら切り裂いてしまう威力になっている。
他にも、広範囲技の『つむじ風』や、相手に毒を与える『ポイゾナスブロウ』といった技や術を、次から次へと。
そのうえ、さすがはパラレルワールドのロックブーケと言うべきか、『召雷』まで放ってくるときたもんだ。
この『召雷』とは、ロックブーケが持つ術の中でも最大級の威力を誇る、二つの属性を掛け合わせた術だ。
ロックブーケのように連発は出来ないようだが、まともに食らえば俺でもタダでは……なるほど、さすがは七英雄というやつか。
だが、しかし。
それだけで、俺が知るロックブーケを倒すには不十分過ぎた。戦いとは、ただ強力な術や技を放てば勝てるというものではない。
「──遅いわよ、のろまな女ね」
それを、俺と同じく、長く辛くも楽しく、悲しくも輝かしい旅路を経たロックブーケが知らないわけがない。
そう、ロックブーケは知っているのだ。
己が操る風などでは太刀打ちできない嵐の力強さを、己の雷など容易く跳ね返す、自分よりも強大な魔術師たちを。
俺たち全員の力を結集してもなお届かず、クリスタルの力を借りてようやく打倒した邪悪な存在を。
「~~!! ちょこまかと、ネズミのように!!」
強力な術だとしても、当たらなければ意味はない。
迫り来る風の刃を、巧みな剣さばきで逸らす。毒性を帯びた攻撃も、魔力を用いた瞬間的な加速で距離を取られてカスリすらしない。
対して、ロックブーケの攻撃は、次から次に『七英雄ロックブーケ』に当たる。
大半は術によるガードがされた上からだが、それでも、受け続ければダメージは蓄積する。
苛立ちで頭に血がのぼっている『七英雄ロックブーケ』は攻撃を避けきれず、見切れなかった『幻惑剣』を受けて、苦悶に顔を歪めた。
「そのネズミに良いようにやられてるあなたは、ミミズか何かかしら!?」
「こ、んの……ブス女がぁ!!」
けれども、それでも、『七英雄ロックブーケ』はタフだった。その理由は……おそらく、『吸収の法』だ。
『──この戦いはわたくしが決着をつけます!!』
そう、ロックブーケが宣言したので、俺は離れた場所から『七英雄ロックブーケ』を見ていたが……だからこそ、気付けた。
『七英雄ロックブーケ』は、おそらく、何千、何万、何十万、数え切れないほどに魂を取り込み続けた……その先の存在なのだ。
だから、タフネスっぷりが常人どころか、モンスターの比ではない。
長き時を経て溜め込み続けた魂の力が瞬く間に傷を塞ぎ、底なしの魔力を生み出し、実体化した幻影を作り出すほどに……が、しかし。
同時にそれは、かつて持っていたロックブーケの中にあったモノを失うということ。
見たところ、本来のロックブーケが習得していたはずの剣技を忘れてしまっている。『吸収の法』のデメリットが、如実に表れている。
もしかしたら、『七英雄クジンシー』もそういった状態だったのだろうか。
モンスターは、持って生まれた肉体の武器を主に使う。武器を使うのは主に人間の得意技……的外れとは、考えにくい。
「怒ると厚化粧が剥げますわよ、貴方と違ってわたくし、若々しいので!!」
「はぁ!? どう見てもわたくしの方が美しくてよ!!」
「身体から獣の臭いが立ち上っているわよ! よほど節操なくモンスターを吸収したのかしら?」
「はん! おあいにくさま、わたくし、美しいモノしか取り込んでいませんの!!」
「あんまり役に立っていないようね! 獣に成り果てたのなら、おとなしく獣の言葉を話しなさいな!」
「うふふ、何を言うかと思えば──私が獣なら、貴方はふしだらな女ね!!」
「はぁ!?」
「だって、そうでしょう! ワグナス様でもなく、あるいは100歩譲ってノエルお兄様でもなく──」
実際、戦っているロックブーケもソレを感じ取ったようで、途中からけして油断してはならぬ相手だと言わんばかりに──。
「クジンシーなんていうゲテモノに尻を振る女なんて──同じ顔をしているのが恥ずかしくなるというものよ」
「あ゛あ゛ん゛!!??!?!?」
──と、思ったら、なんかいきなりロックブーケがブチ切れた。
本当に、瞬間湯沸かし器のごとく、額に青筋が浮き出たと同時に、普段の軽やかな声色からは想像すらつかない、低い濁声が……あ~、うん。
「あ~、ロックブーケ、向こうが何を言ったかは知らんが、挑発に──」
「あんたは黙ってろ!!!!」
「はい、すみません」
思わず、腰が引けるぐらいに怖かった。ていうか、腰が抜けなかったのが不思議なぐらいだ。
こんなにブチ切れたのは何時だったか……そうだ、アレは『破壊する者』を倒すためにアビスとやらに向かった際、四魔貴族の……四魔きぞ……???
「び、びゅう、ねい……??」
ズキッと、何やら脳天より痛みが走る。なんだろう、聞き覚えの無い名前が……ん、これは名前……名前か?
ていうか、四魔貴族にこんな名前のやつなんて居なかった……いや、居たな、居たぞ、あ、いや、どうだったか──。
「ダメよ、思い出しちゃあねえ」
──考えていると、いつの間にか眼前にはロックブーケが居た。
なんだろう、まるで能面のような表情になっているソレを見て、俺は戦いを放り出すという危険を冒したロックブーケを怒鳴ろうと──
「『ちゃんと忘れていないとダメよ、私だけを見ていれば良いの』」
──あれ?
俺って……あ、ロックブーケ?
気付けば、頭痛も治まっていた。「ボーっとして、危ないわよ」その言葉と共に、そっとロックブーケが離れて……俺は、遅れてハッと我に返った。
そうだ、俺は仮にも戦闘中だというのに、何を呆けていたのだろうか……これでは、叱られても致し方ない。
幸いにも、『七英雄ロックブーケ』は俺を警戒していたのか、攻撃はしてこなかったようで、強張った顔をしていた。
「ここは私に任せて、少し休んでなさいな」
「いや、しかし……」
「そんな呆けた頭で参加させられる方が危ないわよ。まったく、あんたは本当に私が居ないとダメなんだから……」
「おい、俺はそこまで子どもじゃねえぞ」
「そうね、子どもじゃないものね」
その言葉と共に軽く頭を撫でられた俺だが、振り払えない。
実際、呆けていた俺が悪いわけだし……万が一は加勢するとして、ひとまず甘えておこうと判断した俺は……室内の壁際へと距離を取った。
もちろん、緊張感を保ったままにして。
……。
……。
…………『七英雄ロックブーケ』は、己の足が震え始めているのを自覚し始めていた。
いったいどうして……それは、眼前の、己と同じ顔を持ち、己と同じ名を持つ女が……あまりにも異常な動きを見せたからだ。
(み、見えなかった……!!)
気付いた時にはもう、放った術の全てが切り払われていた。
それどころか、頬をかすめるように空気の刃が通り過ぎていた。
ピリッと走る頬の痛みがなければ、己が切られたことすら分からないぐらいの刹那の攻撃であった。
だが、しかし。
『七英雄ロックブーケ』の足に震えを生じさせるほどの……背筋に氷を押し当てられたかのような感覚を覚えさせたのは、そこではない。
『あんたは本当に私が居ないとダメなんだから』
その言葉と共に、かつてのクジンシー(?)と同じ顔をした男の頭を撫でている……その時の顔だ。
その目は、とても甘く蕩けていた。
その目は、とても艶やかであった。
その目は、とてもとてもとても……熱を帯びていた。
それなのに、頭を撫でる手の動きは優しく、男に語り掛ける声は優しく、遠目にも愛情が込められているのが分かった。
今にもその額にキスをするのではと思ってしまうばかりに……だが、しかし。
「あんた……そう、あんたよ、別の世界の私」
「──っ!!」
私へと向けられた瞬間、その目に宿っていたのは……私への、殺意であった。
先ほどから続いていた殺意とは根本から異なる……アレは、そうだ、見覚えがある。
仕留めた獲物を前に、ゆっくりと口を開こうとしている……そんな時に浮かべる瞳の色と、同じだ。
「特別よ、あんたの
その言葉と共に、眼前の女から……私にも匹敵、いや、それ以上の魔力が吹き荒れ──違う、そんなの認めない!!
私は、七英雄のロックブーケ!
ただ顔が似ているだけの、ただ同じ名前なだけの、取るに足らないどこぞの女に怖気づくだなんて、あってはならない!
「『抵抗しても、無駄ですわ』」
苛立ちすら覚えるほどに、そんなところまで同じだ。
奇しくも、同じ構え、同じ発動準備。詠唱すらもまた、同じ。
「『私の魔力で、あなたはもっと虜になる』」
負けない、そんなのは、あってはならない。
何故ならば、私は七英雄。
ノエルお兄様の力になるために、ワグナス様の力になるために、その私は、偽物相手に敗北だなんて、そんな事が。
「『テンプテーション』」
あっては、なら──。
……。
……。
…………決着は、一瞬でついた。
互いにぶつけ合った『テンプテーション』、押し勝ったのは『七英雄ロックブーケ』ではなく……俺が良く知るロックブーケだった。
まあ、無理もない。
本来、魅了術は異性に対して強く作用する技だが、ロックブーケの『テンプテーション』は、かつてのソレとは大きく違う。
長き旅を経て、同性に対しても魅了させることが出来るようになった、文字通りの初見殺しの技だ。
耐性を付けたり精神的に身構えていたら従来の技と同様に効きにくくなるが……どうやら、『七英雄ロックブーケ』はそうではなかったようだ。
おそらく、『吸収の法』を多用したことにより、性別的な部分が曖昧になっていたという可能性も……まあ、とにかく、だ。
「さあ、自害しなさい、痛みは感じませんから」
「はい♡ 女王様♡」
恍惚の笑みで、自らの術で自殺した『七英雄ロックブーケ』は、そのまま淡い光を放って爆散し……後には、何も残る事はなく。
「──ふん! わたくしこそがロックブーケよ! 二人も必要ありませんの!!」
うふふふ、と笑うロックブーケが、胸を張って立っていたのであった。