ゲーム世界転生〜現代ダンジョン世界かつ1900年開始で生き残るには〜 作:星野林(旧ゆっくり霊沙)
「日本の戦艦は化け物か?」
ドイツ海軍の将校は日本海軍によって重巡洋艦2隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦6隻を沈められ、こちらの攻撃は命中弾があれど、効かなかったと報告があり、酷く頭を悩ませていた。
「奴を仕留める為には戦艦を出さなければならない……か。敵討ちと行きたいが、ティルピッツ元帥は出撃指示を出さないんだろうな」
この頃ドイツ海軍の全権を握っていたのはティルピッツ海軍大臣であり、長年ドイツ海軍の整備に尽力し、世界2位の海軍力を付ける事に成功したものの、大戦勃発以後は艦隊保全を優先し、戦果の殆どが潜水艦によるものであった。
お陰でドイツ海軍は陸軍から白い目で見られており、今回の一方的な敗戦で、報復するべしと叫ぶ将校と、ティルピッツ元帥の意思を汲み取り艦隊を残すことでイギリスに圧力をかけるべきだ……という派閥に真っ二つに割れていた。
「それもそうだが、陸軍もフランス軍の新兵器に苦戦しているらしい」
「フランス軍ではなく日本からの贈り物だろ」
ドイツ海軍将校が言った日本からの贈り物とは自走砲のホイ車の事であり、戦場でも軽快に移動し、砲撃後素早く陣地転換することができるホイ車は戦場の女神というくらい大活躍であった。
更に補給線をドイツ軍の攻撃によってズタズタにされたフランスでは、車両による補給が始まり、その車両も国産車より安価で壊れにくい新興の日本車が多く導入され、兵站の維持に使われていた。
勿論フランスとしても日本の製品に負けていられるかと技術解析とコピーを行おうとしたが、エンジンの材質と車体の素材がどうしても真似できず、エンジンに至っては複製不可能、車体は重量が2倍以上になるとお世辞にも良い結果とはならず、フランス自動車メーカーは苦々しい思いをしているのだが……。
そんなフランスメーカーの苦悩を知らないドイツ軍からしたら、結局は敵の新兵器であり、対処法が考案され続けていた。
ホイ車も車両数がそこまで多くないのと、射程が短い事を利用し、重砲の数を多くすることで戦線全体を耕せば問題は無い。
また航空機による爆弾を落下させる、対車両用手榴弾を車内に投擲する、対装甲目標用ライフルで射撃するなど様々な方法で撃破し、一部は鹵獲されたりもしていた。
もっともドイツの工業力をもってしてもエンジンは劣化コピー品しか作れず、軍から叱責されることになるのであるが……。
「一番元気なのは航空隊の方か」
ドイツ海軍将校が言うように、ドイツ軍で一番元気なのは航空隊であり、イギリス軍やフランス軍より高性能な航空機を用いて航空優位を取り続けていた。
航空優位があるおかげでホイ車を何とかできていたりもするが……。
それに参謀総長も初戦を勝ちきれなかった責任を取って別の人物へと替わり、総力戦へ国家体制の構築も完了。
より戦時における統制が強まっていっていた。
ドイツ軍全体での第二攻勢の時も近い。
「これがホイ車とハーフトラックか」
イギリス軍もフランス軍が日本から輸入したホイ車とハーフトラックが大活躍なのを見て、新兵器の開発に着手していた。
開発コードネームはタンク。
戦車の事であり、ハーフトラックのキャタピラ、ホイ車の様に大砲を持ち、そして分厚い装甲で敵の塹壕を突破できる車両の開発が急がれた。
なお当の陸軍はホイ車には興味を示したものの、新兵器には興味を示さず、それを戦争大好きお兄さんことチャーチル海軍大臣が陸上戦艦計画と称して戦車開発に予算を付け、政府主導で戦車開発を推し進めていた。
参考になる物が目の前にあるので、開発は急ピッチで進み、1915年中には実用たり得る試作型戦車が完成。
各種パーツを改善し、信頼性を向上させ、壊れにくくしたマークⅠ戦車が同年中に完成し、量産が開始。
1916年の春には戦線に投入されドイツ軍に衝撃を与えたものの、ホイ車で痛い目を見ていたドイツ軍は直ぐに対抗戦術を考案し、戦車に搭載されている大砲は射程距離が短い事を発見し、射程が長く、軽量で、装甲目標の破壊を目的とした対戦車砲が既に量産されていたことで、イギリスの戦車戦は一部戦線を食い破る程度の衝撃で留まった。
それよりもドイツ軍が本格的に毒ガス攻撃を行うようになったので、それの対応に尽力しており、戦車開発速度は低下。
その間にホイ車で痛い目を見たフランス自動車メーカー達が次々に戦車開発に乗り出し、ホイ車のエンジンから学び、開発した新型エンジンにより、史実以上の重装甲と出力をもった戦車が次々に開発され、フランスという陸軍大国の底力を見せつけることとなる。
フランス軍の戦車や武器開発情報は観戦武官で戦地に赴いていた日本軍士官の転生者により直ぐに日本の企業勢転生者達にもたらされ、日本国内でも開発は加速していた。
戦車ニキも史実よりも性能の良い戦車が出てきた事に驚きつつも、日本が強くなれば海外も強くなるよなと納得し、次の戦車開発に取り組む。
まず求められたのはホイ車の改善であり、ホイ車は優秀な自走砲であるが、射程距離が短いので、より強力な大砲を用いたいと要望が多く入っていた。
フランス軍では大砲は自国の物に置き換えて使いたいから、車体だけ送ってくれという要望すら届いていた。
大砲の開発も急がせると共に、新型の250馬力エンジンに換装し、車体をやや大型化したホイ車改が直ちに完成し、直ちにフランスに輸出されることになる。
そして戦車開発の方でも本格的に開発が進み、ゲームや史実ではソ連快速戦車などと評される履帯を外しても転輪(履帯を支える円形の歯車)だけで走行可能な軽戦車(10トン以下の戦車)が開発された。
見た目はBT-SV(BTシリーズと呼ばれる戦車の最終形態)に近かった。
武装は戦車搭載用に開発された57mm砲にM2ブローニングもどきの機関銃1丁。
装甲が45度に傾斜した装甲を持っていて、前面が特殊カーボンを用いて20mm(実質装甲厚は120mm相当)、側面も45度の傾斜が付いていて15mm(実質装甲厚90mm相当)の厚さで、重量が8トンというとんでもなく軽い戦車に仕上がっていた。
1つBTシリーズの戦車と違うのは大きな砲塔(大砲を乗っけて回転する部分 だいたい戦車の頭とも呼ばれる場所)が付いており、アメリカのシャーマン戦車の様な砲塔になっていた。
エンジンは250馬力ながら、時速50キロで動く事が可能だし、なんなら浮力が発生する仕組みを活かして流れがゆるやかな川なら渡河することができる水陸両用の戦車に仕上がっていた。
ちなみにエンジンの馬力が上がれば更に速度が出る模様。
お値段はホイ車の1.2倍とそこそこするものの、性能は素晴らしいため、探索者の転生者達から注文が殺到し、軍に納入する前に1000台が売れるという珍事が発生することになる。
そんな車両の名前は本当の意味で戦車になったという事で1型戦車亜細亜(アジア)号と名付けられる事になるのだった。