過去を殺す魔法   作:ぽぶきち

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過去を殺す魔法

 

 人は死ぬ。

 

 

 

 データで考えればそうだ。

 

 自分のように異世界に転生するような逃げ口がすべての悲劇に用意されている訳では無い。

 

 戦争で死ぬ雑兵も、真冬に震える乞食も、絶望に打ちひしがれた彼女も。

 

 いつだってどこかで誰かが不幸にあうという事実で見れば、そのとおりだ。

 

 しかし、当人の目線に立って、

 流された実家の瓦礫や、医療の確率的失敗で死んだ最愛の人を見て、

 そのように納得できるだろうか。

 

 俯瞰で見れば世の理のような色彩、

 当事者となり凝視すれば粗悪な落書き。

 

 

 俺は、あの子の悲劇が許せなかった。

 

 きっと、その悲劇を起こした世界でさえも。

 

 

 

 

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 ワンドを振って、魔族の腕を消し飛ばした。

 

 無表情。虚無の顔をしたその生物が、巻き角の下にある無機質な目でこちらを視る。

 

「魔法使いでも冒険者でもないな、なぜ我々を追跡してきた」

 

 長寿な魔族だったのだろう。その魔力量、魔力濃度はここに来るまでに殺した数多の魔族とは比べるべくもない。

 

「義憤か?」

 

 狩りはトドメの時間がもっとも危険。

 魔法使い同士の戦い、特に対魔族において、相手の肉体的武器である腕を飛ばしたことは、それほど大きなアドバンテージにはならない。

 

「義憤なら知っているぞ。自分と似ている生物が害されたとき、次は自分だと察知して先んじて攻撃するための本能だ。あの()()とお前は似ているのか?」

 

 その言葉は、俺の心を乱すためのものだ。

 もう何回と経験してきた。

 

 魔族の杖先から黒い稲光が放たれる。

 漆黒の雷撃。

 相手を避雷針とする神速の魔法。

 普通なら不可避の一撃だ。

 

 俺はそれを、あえて真正面から受け止めた。

 

 呟く。

「『まったくいつもと変わらない魔法(イデム・スタシス)』」

 

 電撃が弾け、俺の肉体の輪郭を走って、虚空に放電する。

 しかし、俺の体には少々焦げあとがついた程度だった。

 

「おかしい」

 

 俺に心臓を貫かれた魔族。

 口から血とともに疑問を吹き出した。

 

「私は、400年生きた魔族だ」

 

 知っている。

 

 ────俺は5年を343回だ。

 

 

 魔族の首が落ちる。

 

 その疑念と不可解の表情をした首がタイルの床を転がって、俺と目が合うところで止まった。

 じろじろと見てくる魔族の頭部を意に介さず、俺は浮遊を使って飛んだ。

 

 

 

 破砕した建物。

 崩折れた壁。

 

 血と砂埃の匂いが濃い。

 

 たどり着いた場所には、二人の男女がいた。

 

 一人はメガネをかけた金髪の青年。

 俺に背を向けて、膝をついている。

 

 そして、もう一人は、緑髪で黒のドレスを着た、どこか胡乱げな目をした少女。

 

「君はー、敵?」

 

 少女は、青年に目を向けたまま、俺に尋ねた。

 今回はこれが魔法使い同士としての初対面だ。

 

「そいつは、やられたのか」

「うん、私を守ってね。最後まで他人のことばっかりだったよ」

 

 青年は、膝をついたまま、死んでいた。

 それは本当はわかっていた。背中に大きな爪痕があったから。

 

 そばには、首のない魔族の死体がある。

 

「野良の魔法使い? もしよかったら、いまから言う場所に彼の体を送り届けてほしいんだけど」

 

 そう言ってくる彼女の腹部は、致命的な出血量で滲んでいた。

 

「あー泣かないでよ。彼はともかくとして私は因果応報だから」

 

 今回も失敗だ。

 何がいけなかった。

 彼女の動向は掴んでいた。

 帝国の魔導特務隊も壊滅させた。

 

「私もけっこう殺してきたからね、むしろ、こうならないと」

 

 彼女は、諦めたような、そうでもないような顔のまま、眼鏡の青年──ラントの故郷の場所を俺に告げた。

 

 意味がない。

 ラントと、少女──ユーベルは、二人揃わないと駄目だ。

 

 俺がここでもし高位の回復系魔法を習得していたとしても、意味がない。

 ラントが死んでいるのだから。

 

「んー君、どっかで……ま、いっか」

 

 よいしょ、と言って血を吐きながらユーベルはラントの体を抱きしめた。

 

「心中だね。もう一人じゃないよ、メガネ君。」

 

 そのまま、ユーベルは息絶えた。

 

 

 

「認めない」

 

 俺はユーベルに近づいた。

 近づいて、触れようとして、やめた。

 

 そっと二人に保護魔法をかける。

 

 これからする行為によって意味はなくなるのに、せざるを得なかった。

 

「また、失敗だ」

 

 唇を噛んで、杖を構えた。

 

 もう一度。

 

 いや、何度でも。

 

 彼女が、救われる世界線を。

 

 

 取り出したナイフで、自らの心臓を刺す。

 

 

「『過去を殺す魔法(ロスト・スタシス)』」

 

 

 世界が、巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 ----------------

 

 

 

 

 俺は、多少魔法に対して才能があっただけの魔法使いだった。

 

 前世の記憶があるとかそういう些事を除けば、魔力量に少し自信があるだけの、取るに足らぬ魔法使い。

 

 一級魔法使いの試験を受けて、そこで大魔法使いゼーリエに『いつもと変わらない魔法(スタシス)』をもらうまでは、固有の魔法や特化した魔法すら持っていなかった。

 

過去を殺す魔法(ロスト・スタシス)』は、『いつもと変わらない魔法(スタシス)』を基点としている。

 そのため、巻き戻せる最古の時系列が、ゼーリエからこの魔法をもらった瞬間だ。

 ユーベルが受ける三年前の試験。

 俺の運命が変わった日。

 

「どうした、早く出ていけ」

 

 視覚に意識を向けると、エルフ特有の耳と薄い表情をした金髪の少女が立っていた。

 

 ゼーリエ。

 大陸魔法協会本部の最高権力者にして、人類の魔法使いの頂点。

 

「言われた通り、魔法は渡したぞ。

 だから…………

 ────────いや、お前、誰だ?」

 

 低めの声がこちらを訝しむ。

 雰囲気の変化を感じ取ったのだろう。

 

 ループ前の俺はこのとき、「好きな子の隣にいても緊張しない魔法」を要求した。

 そして、平常心を保つ方法として、『いつもと変わらない魔法(スタシス)』をもらったのだ。

 

「隠していたのか? 力を」

 

 俺が変化したのは、雰囲気、魔力の質、そして魔力量。

 

 自分でさえ魔力を隠している世界最高の魔法使いには、多少俺が力を隠しても容易く見破られてしまう。

 戦闘で勝てない訳では無いが、正直魔力隠蔽では敵わない。

 

「『人生を本にする魔法(マイニュート)』」

 

 俺は、手元に一冊の本を顕現させる。

 

「読んでくれ」

 

 手渡したその本は、俺のループを含むこれまで人生すべてを記述した魔導書のようなものだ。

 千と何百年分のそれは、相当な厚みをもっているが、詳細は省かれている部分も多い。

 それでも、この状況での最適解は、ゼーリエに情報を共有することだった。

 

「ふん」

 

 本を受け取ったゼーリエは、ぱらぱらと内容をめくる。

 そして、とあるところでページが止まり、少しして斜め読みを再開する。

 

「これは、事実だな?」

 

 何らかの嘘を探知する魔法を使っていながらだろう、ゼーリエはそう問うた。

 俺は首肯し、その場に座った。

 

「読むより聞いたほうが早いから聞くが、なぜ私を殺さない?」

 

 ゼーリエがいなくなれば、ユーベルは一級魔法使いになることもない。

 そうなれば、高位の魔族と戦闘になることも、帝国潜入などの任務につくこともなくなる。

 だがそうしないのは、いくつか理由がある。

 

「あなたを殺すと、フリーレンが敵に回る」

 

 フリーレン。

 勇者の一味として魔王討伐を成功させた平和の大魔法使い。

 ゼーリエとは、弟子の弟子、師匠の師匠という関係にあたり、フリーレンの師匠であるフランメという人族が、ゼーリエの弟子だった。

 彼女はとても厄介だ。

 

「ほう、あいつがそんなに脅威か」

「彼女自身は最強ではない、だが彼女には人を動かす力がある。勝てたためしはなかった」

 

 さらにフリーレンを倒したところで、平和が崩れる可能性がある。

 ユーベルとラント、二人の生活がいっそう危険になる可能性があるのだ。

 

「面白いものだ。上がり症で恋愛下手な子どもが、執念でここまで化けるか」

 

 魔法で机を引き寄せ、ゼーリエは気分良さげにワインを一口飲んだ。

 

「この文章を見ろ」

 

 "ゼーリエと肉体関係を結び籠絡し、ユーベルの一級魔法使い試験の不合格を求めるが失敗"

 

 突き出した本のページに書かれてある一文。

 確か100回目前後の出来事だ。

 これを知らないゼーリエ本人からしたら仰天ものだろう。

 

「事実だ」

「私を籠絡しようなど、1万年は早いな」

「それは違う。あなたの籠絡には成功したが、ユーベルの不合格は最後まで認めなかった。それに、俺が次の一級魔法使い試験の試験官になるのも認めなかった」

 

 ゼーリエが口を閉じる。

 

 何か、形容しがたい雰囲気が醸されている。

 

 数百年のループのなかで、こういった行間を読む力もだいぶ抜け落ちてしまった。

 

「本気で言っているのか」

 

 気づけば、表情に好戦的でありそれでいて怒りの滲んだものを浮かべているゼーリエが目前にまで来ていた。

 

「本気だ。5回ほどループして、あなたの好みは把握している」

「なら、それを磨けばいつかは不合格を認めるようになるかもしれんぞ」

「それは……あまりしたくない」

「なぜだ」

 

 圧が俺を襲う。

 肉体の防衛本能で、脳裏に迎撃魔法の呪文がちらついている。

 

「あなたが、寂しがるからだ」

「…………は?」

 

 ゼーリエの表情が抜け落ちる。

 どこか不意をつかれたような、それでいて図星をつかれたような、そんなときの顔だ。

 

「人間は100年の間に死ぬ。いままで誰ともそういった契りをしてこなかったあなたは、関係を深めれば深めるほど、いつかやってくる喪失への不安に苛まれていた。もうあんな顔はみたくない」

 

 ゼーリエは、泰然とした雰囲気とは反対に、そういった経験がまったくなかった。

 男に抱きしめられるのも接吻されるのも、頬に手をおかれるのもすべて初めてだった。

 きっとそれまで、無意識下で、入れ込みすぎるのを恐れていたからだ。

 

 弱点を効率的につけるようになってからは、閨に呼ばれる回数が増えた。

 きっと、いつか俺が去りゆく前に、二人の愛の証がほしかったのだと思う。

 

「ははっ、どうやら私もお前を籠絡するのに成功していたようだな。小娘ひとりのためにここまでする男が、そのために必要な路傍の不幸を拒むか」

 

 ふわりとゼーリエが浮いた。

 そして、俺の顎に手をあてて、尋ねた。

 

「では、”今回" はどうする?」

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

「まず、魔王軍を再建する」

 

「正気か?」

 

 ゼーリエの自室。

 丸机に肘をつくゼーリエと、その向かいに座る俺。

 

「魔族を殺し尽くせば、魔導特務隊がその研究結果の残りを漁って魔法を発展させる。魔導特務隊を壊滅させれば、帝国の表向きの魔族に対する抑止力がなくなる。そして、これら二つを同時にやるのは時間が足りない」

 

 人類の敵は、魔族だけではない。

 帝国は、その軍事力を増大させるため、魔法に対して並々ならぬ執着を持っている。

 そして、戦争をする力があるということは、そのまま他国の疑心暗鬼を生む。

 互いに武装を強化し、それがまた互いを疑わせ、さらに武装が強まる。

 

「だから、魔族の研究を奪われないように、一挙に殲滅する必要がある」

「あてはあるのか」

「ある」

 

 とある女魔族の顔が思い浮かんだ。

 

「七崩賢の生き残りを使わせてもらう」

 

 

 

 

 --------------------

 

 

 

 

 とある砦。

 

 いまはもう使われていないが、その防衛機能は損なわれておらず、高い物見から周囲一辺を見渡すことができる。

 

 俺は、そこに隠れているとある魔族に会いに来ていた。

 

 断頭台のアウラ。

 元七崩賢の一人。

 だが、もっとも戦いやすい魔族でもある。

 

 すでに勇者のヒンメルが亡くなってから二十年とすこし。

 傷も癒えたアウラは、この頃から "手下" の収集を開始している。

 

「なぜ人間がこのようなところにいる」

 

 こちらを見下ろした魔族の一人が、よく通る声でそう言った。

 

 リュグナー。

 アウラの配下である、「首切り役人」の一人。

 お前についてはよく知っている。

 生かしておくと、ある意味ではアウラのような元七崩賢より危険だ。

 

 俺は、手首をそらして、暗器を飛ばすように魔法を放った。

 無論、無詠唱だ。

 

「……」

 

 リュグナーは何も言わない。

 いや、言えない。

 ホローポイント弾のように中でグサグサになった『一般攻撃魔法』の魔力が、声帯を含む人間模倣器官を破壊し尽くしているからだ。

 

一般攻撃魔法・暗・改二(ゾルトラーク)

 

 無詠唱、無音、無光にカスタムしたゾルトラークに、さらに致命性を上げたもの。

 そもそも防御させないことを目的としている。

 

 魔族は孤高だ。

 偶然外を見ていたリュグナー以外には、誰も見張りをしていない。

 自分たちが無敵だという自負があるのだろう。

 

 それは正しい。

 一つの魔法を極めるというのは、俺にはできないことだ。

 俺には独創した固有魔法はない。

 できるのは、今あるものをうまく使うことだけ。世の天才たちの足元にも及ばない。

 

 物見の上に飛び乗って、階下へと向かう。

 

 この時間帯であれば、アウラが外に繰り出しているということはない。

 

「あら、人族が迷い込むなんて珍しいわね」

 

 部屋の一室に、アウラはいた。

 意外と庶民的で、玉座でふんぞりかえるということもない。

 魔族はその時間の多くを自己の魔法の練磨に用いるか、自己の知識欲の解消に使う。

 

「この角をみても怯えないなんて不思議ね。目が見えないのかしら」

 

 弧を描く口元は、俺を敵として認識していない。

 当たり前だ。

 英雄のような格好もしていなければ、魔力も一般人に毛が生えた程度しかないのだから。

 

 きっと、手慰みに会話を楽しみつつ、生きたまま喰らおうとでも言うのだろう。

 

一般攻撃魔法・暗・改二(ゾルトラーク)』を、アウラに放つ。

 アウラの顔のすぐ側を、3つの無の弾丸が駆けた。

 

「ッ」

 

 反射的に杖を手に取ったのは、さすが魔王の時代の大幹部といったところだろうか。

 しかしその挙動も、すでに空中に待機させていたゾルトラークが撃ち抜く。

 

「……魔法使いね」

「距離を取るべきだ」

 

 アウラは、撹乱の発光魔法を発動しながら、壁を割るように外へ出た。

 崩れる瓦礫の狭間から、その奥で態勢を立て直すアウラを観察する。

 

「それでいい。近距離は苦手だろう。尖兵もここには駐留させていないのだから、まずは距離を取る」

 

 ここで人間ならば、馬鹿にしやがってと憤るかもしれない。

 魔族も魔法に誇りをかけている以上、それは変わらないが、行動に支障をきたすレベルではない。

 

「いいじゃない、随分効率化した攻撃魔法ね。それで魔力量の低さを補っているとみたわ」

 

 彼女の手元に、豪奢な天秤が現れる。

 それは、彼女の持つ固有の魔法だ。

 生物としての"質"が違う人間には真似できない、奥義にしてアイデンティティ。

 

「あとで詳しく教えてもらうことにしましょう。

服従させる魔法(アゼリューゼ)』」

 

 それは、自分より魔力量の低いものを強制的に服従させる魔法。

 年齢とともに魔力量を増大させる魔族がこれを用いれば、定命の人族は基本的に服従させることができる。

 

 そう、定命。寿命のある人族ならば。

 

「嘘……」

 

 天秤の炎が、傾く。

 アウラの予想とは逆の方に。

 

 俺の魔力隠蔽を、彼女は見抜けなかった。

 

 その目があれば、きっと俺ごときの魔力のゆらぎなんて感知できただろうに。

 

 それは『一般攻撃魔法・暗・改二(ゾルトラーク)』を、魔力操作で魔力量を補う弱者の魔法だと決めつけたこと。

 そして高位魔族であり魔力量を喧伝する生き方が、魔力を隠すという発想を生まなかったこと。

 

「《抵抗するな》」

 

 アウラの頭に触れる。

 

「『適応する魔法(アロ・スタシス)』」

 

 そして、魔力波長を同調させた。

 生物として外側にあるはずのものと同一化する魔法。

 特化性を捨てて汎用性を高め、消費する魔力量によって適応範囲が変わる。

 

 トドメの言葉を放つ。

 

「『群れをなす魔法(ベイト・ボール)』」

「ああっ」

 

 必要魔力量が莫大な魔法。

 俺の今ループの最大魔力量を欠損させてやっと成功する、効率と燃費がすこぶる悪い魔法だ。

 とある魔法使いが自分の生涯をかけて作り上げた、世界一やさしく、かなしい魔法。

 足りない魔力を、存在と魂から徴収する形で成立させる。

 これを行使すると、例え1000年生きたエルフでも死ぬ。

 129周目で乱獲していた魔導書のなかに紛れていた。

 

 アウラが地に伏せる。

 圧倒的不快感と、自分の何かが作り変えられる感覚にむせぶ。

 

 魔族と人間の違いは、感情の有無ではない。

 魔族の人間の心を弄ぶ戦略は、生物としては非常に合理的だ。

 圧倒的個としての強さを持ち、種族というものは仲間ではなく競合で、手を伸ばし支え合う必要性がない生物の行き着く先が、魔族という生き物。

 

群れをなす魔法(ベイト・ボール)』は、その強固な個という存在を、人間という弱き群れの階層にまで押し下げる。

 

「はぁ……はぁっ、ああ……」

 

 アウラが、地面に涙を落とす。

 自己を保つための想起が、かえってその記憶への吟味を推し進めた。

 人間になったその精神に、いままでの罪悪は重すぎた。

 

 魔力枯渇で少し気だるげな体を引きずって、俺はアウラを抱きしめた。

 

「大丈夫だ」

「あぁ……」

「お前は俺のものだ。俺がいっしょに背負う」

 

 いくつか前のループでは、アウラの記憶を消した。

 しかし、それではいけないと言ったのは、その次のループのアウラだった。

 

 だから、記憶は消さない。

 

 震える肩を、強く抱きしめた。

 

 俺は、これからこの子を裏切らないといけない。

 

 アウラを次の魔王に仕立て上げ、そしてその魔王軍を壊滅させるのだから。

 

 

 

 

 

 --------------------

 

 

「ぐっ、がっ」

 

 ゼーリエの小さな手が、アウラの首を締め上げている。

 彼女を連れてきて、事情を説明して、そしてアウラが何か言おうといた瞬間、このような状態になってしまった。

 

「待て」

 

 その手に触れる。

 すると、ゆっくりと力が抜けるのがわかった。

 

「げほっ、ごほっ」

 

 回復魔法を使いたいが、俺にはその才能がない。

 女神に嫌われているのだ。

 

「こいつを旗頭にするのか」

「そうだ」

「それで、本当に平和が訪れるとでも? 前は成功したのか?」

「魔王にするのはこれが初めての試みだ。どうなるかはわからない」

「それにしては、随分と入れ込んでいたようだが」

 

 喉を抑えながら、アウラが呻く。

 

「殺したいなら、殺されてもいいわ。それだけのことをしたと思っているもの」

「そうか。人族に対し、そして魔族に対してもか?」

「……」

 

 アウラにとって、魔族はいまだに同胞だ。

 人族の精神を持った彼女は、これまでの接触から、完全に魔族を敵だとみなせないでいる。

 これまで殺してきた下位の魔族に対する罪悪感がないとはいえないのだろう。

 

「まぁいい。おい、よこせ」

 

 ゼーリエが何かを求めるように手を伸ばす。

 俺はそれに、『人生を本にする魔法(マイニュート)』の本を渡すことで答えた。

 

 情報漏洩回避のため、普段はゼーリエに渡していない。

 意外とズボラなこのエルフは、本を部下の一級魔法使いに見られてしまうことがこれまでのループでも多々あったのだ。

 

 ぱらりとページをめくる。

 

「今になって聞くが、なぜここまで遠回りをする。お前がユーベルとかいう小娘を連れて逃げればいいだけだろう」

「それだと彼女がラントに会えない。ユーベルに干渉しすぎると運命が変わる」

 

「ふん」と面白くなさそうに、ゼーリエがページに目を落とす。

 これまでのループでも、まずゼーリエは俺の作戦を否定してきた。

 そして最後には認めた。

 それはどこか、自分の存在によってよくない方向に運命が曲がることを危惧しているようにも見て取れる。

 

「お前は衆道もいけるのか?」

「違う」

「ならなぜその男に構う」

 

 構ってなどいない。

 ラントのことは悪くない人間だとは思う。それでも嫉妬はする。

 

「彼と一緒にいたほうが、ユーベルが幸せそうだからだ」

「…………」

 

 ユーベルは、これまでその身に余るほどの苦難を受けてきた。

 もとは少し不思議なだけの女の子なのだ。それがあそこまで捻転したのは、世界が悪かったからだ。

 

 そこで、ラントという自分と同じ境遇の青年と出会った。

 

 同じ家族を失っている境遇なのに、考え方は全く違う。

 

 共感できそうなのに、共感できない。

 

 その違和感が、彼女に失われた人間性を取り戻させる契機となる。

 

「ならば、試験合格後にお前が訓練をつけるのも、なしなのか?」

「ああ。俺と関わると、ユーベルの魔法はむしろ弱体化する」

 

 ユーベルの『大体なんでも切る魔法』は奇跡の産物だ。

「布や髪はすべて切られるべきものである」という思考からくる天賦の魔法。

 本人の魔法の性質、気質、経験、すべてが噛み合ってそこに在る。

 ここで俺という不可能を抱えた人間に接触すると、ユーベルは『ある程度なんでも切る魔法』にその魔法を堕し、致命的に戦闘における対応力を失う。

 

「お前は、欲張りだな」

「いや、俺は総当たりで不可能な選択を潰しているだけだ。目的はいつだって一つでしかない」

 

 ゼーリエは、ため息をついた。

 

「いや、お前は欲張りだよ」

 

 

 

 

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