ゼーリエの要望、それは、到底認められないものだ。
「……」
以前より生活感の増した砦、その一室を借りている俺は、日課の高強度魔力制御を行いながら、その魔力が渦巻く手のひらを眺めていた。
ぽすん、と、自分が座っているベッドの横に誰かが腰掛ける。
誰なのかはわかっていた。
「アウラ」
「悩んでるの?」
「……いや、打開を模索してる」
「悩んでるってことじゃない」
アウラの服装は、人族のそれに近しいものとなっていた。
生物としての格を誇示するような露出の多さはなりを潜め、淑やかなミルキーホワイトのセーターと黒いプリーツロングスカートのうえにカーディガンを羽織っている。
「あいつの要求は2つ。魔王軍の収集を見送ること、そして、」
「……?」
「ユーベルと面と向かって話してみること、だった」
注入された魔力密度に耐えかねて、手元の魔力が捻れて霧散する。
「そんなことをすれば、二人が出会えなくなる上に、ユーベルの魔法が弱体化する」
「貴方が守ればいいじゃない」
「無理だ」
「『角なしの魔王』なのに?」
懐かしい二つ名だった。
アウラも俺の過去を知っている。
付き合いが長くなると他の周回のテンションを持ち越してしまうようになるので、ゼーリエとアウラに対しては、『
魔王として本格的に暴れた際、俺を殺したのはとある村の青年だった。
もし戦争が長引けば、勇者と呼ばれていたような人物だっただろう。
この世界は、才能ある人間にあふれる。
そして才能があるものが、必ずしも世にはばかろうとするわけではない。
虎の尾を踏んだ、というやつだ。
「あの時ほど強くはない。装備もない」
「そうね。今のあなたに人は殺せないもの」
アウラの手が、俺の頬を撫でる。
「人に関わるたび、その人に絆され、幸福までも願ってしまうのね。あなたはその度に弱くなる。あなたが救いたいのは、
耳が痛い話だ。
そう、俺は、本当は、ループを重ねるたびに弱くなった。
「あなたは策を弄するような人間じゃないわ」
「アウラ……」
「また失敗したら、戻って、一緒にやり直しましょう」
「そのときはまた魔法をかけてね」とアウラが微笑んだ。
俺がゼーリエとアウラを残して旅立つ、数日前の話だった。
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大陸本部が発行する魔法使いの資格というものは、多様な物事に役立つ。
交渉材料。高い階級の魔法使いは、ギルドなどの依頼発注でも金額に色が付く程度ではすまない割増しがされることがある。
威力。戦わずとも向こうが逃げていくため、無用な戦闘を避けることができる。
だが、それだけではない。
各種方面への通行許可証の役割もあり、1級魔法使いは、特定の危険地域や周遊する万国への切符として有用である。
なにより、どんな罪人でも力量があるなら基本的には試験を受けられる。
いわゆる凶状持ちというものにとって、魔法使いという資格は垂涎の的だ。
無論、そんなものは些事で、ほとんどの参加者は特典目当てだが。
北側諸国の街の横丁。
盗賊たちが根城にしてるバーの一室には、薄い酒の香り、そして濃厚な血の香りが漂っていた。
俺は、壁に走った鮮血を一瞥し、部屋の中央でしゃがみ込む少女を見た。
「指輪、返してほしいんだって」
少女は、倒れたゴロツキの一人にそう告げる。
ゴロツキはわけもわからない様子で、ただ四肢を動かしできるだけその場から逃げようとした。
その四肢の一本、足が、ぷしゃんと音を立てて切れ落ちる。
叫ぶ男の顔に、少女は少しだけ不快そうにしつつ、再度言った。
「指輪みたいなの最近盗まなかった? 青い宝石が嵌ってて、龍みたいな模様があるの」
「し、知らなぃ、たす、助け」
少女が狙いを定めるのがわかった。
できるだけ殺さないようにどこを狙うかを吟味していたのだろう。
その間に近づいて、少女の放つ魔術を、盾魔法を顕現させて弾く。
「誰ー? 君もこの人のお仲間?」
「違う」
ゴロツキが、すがるように足元に擦り寄る。
俺は、振り向いた。
「お前、最近襲った馬車から金品を奪ったな? 貴族の荷運び車だ。そこで、宝石類を拾っただろう。どこにやった」
「あ、ぁあ、それなら、う、売った! もうここにはねぇ!」
盾魔法を発動させる。
背中越しに飛んできた斬撃魔法を弾いた。
「おそらくこいつは本当のことを言っている。俺たちがすべきなのは、質屋を巡ることだ」
「ふーん。でもこの商売が盛んな街でもう残っているのかな?」
「貴族の紋章が入っているのだろう? 領主のお膝元で活動する商売人たちが、それをみすみす売ると思うか?」
「理解はできるけど、君の口車に乗せられているみたいでなんか嫌なんだよね」
ユーベルが、盾に向かって楽しそうに斬撃魔法を放つ。
どうやらどうしてもこのゴロツキを殺したいらしい。
やはり、恨み、なのだろう。
人から何かを奪うものに対する彼女の容赦のなさはよく知っているつもりだ。
「俺と戦うか?」
「でも強そうなんだよなー」
「安心しろ、抵抗はしない」
俺は、手に持っている杖を捨てる。
両腕を開いて、無抵抗をアピールする。
杖を捨てるのはパフォーマンスだが、言っていることは嘘ではない。
彼女が俺を殺すなら、殺されよう。
「なんか、ブラフって感じでもなさそう。自殺主義者?」
「勝てない戦いは避ける主義だ」
「勝てないの?」
「ああ、俺はユ……おまえ……貴様、貴様に攻撃できない」
ユーベルは斜め上を見た。
そして考え込んだ。
「もしかして、口説いてる?」
「違う」
「じゃあなんて攻撃できない?」
「俺がお前を、いや、その、あれだ」
「あれってなに?」
「あれはあれだ」
ユーベルがふふと笑った。
久しぶりにみる笑顔に一瞬だけ見惚れた。
少し悪辣そうな笑みが、彼女らしさを際立たせている。
「なんか、童貞っぽいね」
「ごふぇ」
「でも、その盾の魔法、いいね。欲しいかも」
かまいたちのように、小さな斬撃が飛ぶ。
それを盾魔法で弾き、斬撃の魔力が霧散する。
「魔法を覚えるまでは生かしておこうかな」
「俺の魔法は覚えないほうがいいぞ」
「それは私が決めるよ」
被っていたフードを脱いで、ユーベルはねめつけるように笑った。
俺はそれをみて、しばし固まった。
顔をちゃんと見たのはいつぶりだったろうか。
もう何百年も、その表情を見ていなかった。
「……何?」
「なんでもない」
「あー、もしかして惚れちゃった? 一目惚れしちゃったんだ? 私に」
「していない。お前に一目惚れすることはこれから一切ない」
俺はすでに、お前に惚れているんだから。
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質屋を数件、さきほどの剣呑さとは比べようがないほどの平穏なショッピングの末、商人が戸棚の奥に大事にしまっていた紋をいただくことに成功した。
「私らも少しばかり後ろ暗いところから卸したもんですが、こればっかりは売ってしまっては関税を抑えていただいている領主様に申し訳が立ちませぬから」
買い取ろうとおもったところ、ユーベルの持っていた依頼書を見せると無料で渡してもらうことができた。
「路銀も稼いだし、やっぱり今度は魔法かなー」
額の上にチャリチャリと銅貨を落として遊ぶユーベルの話を、俺は靴を手入れしながら聞く。
靴は必需品だ。手入れを怠れば、いざというところで蹉跌をきたす。
「君の魔法、やっぱり君が作ったものじゃないんだね。なら共感のしようがないんだけど」
ユーベルは三年後の魔法使い試験に向けて、共感できる魔法を集めている。
彼女は、理論を解せずともただ共感さえできてしまえば、その魔法を自らのものとして行使することができる。
彼女の特性のなかでもっとも大きいものの一つだ。
そもそもとして、彼女の固有である『
だからこそ、他者の魔法を模倣することが、根源的な強さにつながるのだろう。
ただ、こと俺に対しては相性がとてつもなく悪い。
俺の魔法はすべて、誰かの模倣だ。
魔力の流れや制御や拡張をしているだけで、0から1を生み出すことはない。
それ故に、俺がどんなに有用な魔法を使おうと、彼女はそれに"共感して模倣"することはできない。
「金はいくらあっても困らないだろう」
俺は、懐から1枚の金貨を落とした。
「ほしいか」
「シュトラール金貨……もしかして金持ち?」
埋蔵金や希少鉱石の所在を知り、確実に伸びる投資も知っている。
そんなループの中で、金銭に困ったのはごく最初の頃だけだ。
「前金だ。貴様には俺の護衛をしてほしい」
「君に護衛いる?」
「いる。例えば俺でも、貴様には負ける。上には上がいるんだ」
「私に負けるのは女の子に耐性ないからでしょ」
俺のことを何だと思っているのだろうか。
「目的は、中央諸国東に点在する数十の魔導書の回収だ」
アウラに提案された旅。
一度読んでからはほとんどそのままにしていた魔導書を回収するという名目で、一度ユーベルと話してみる。
魔導書を別の人間に拾われると色々と情勢が変わるため、どこに配置されているのかは今でもしっかりと記憶している。
「へぇ、魔導書」
「そうだ。三年後の魔法使い試験に向けて、戦力の増強にもなるだろう」
「私活字読むのそんな好きじゃないんだよね」
机上の金貨を指で弾いてぐるぐると回す。
「ちなみにさ、どんな魔法が本に込められているのか、ある程度知ってるの?」
「ああ」
「私が興味持ちそうなのは?」
俺は少し考え、一つだけ、確実に欲しがるだろう魔導書を思い出した。
「『死者と話す魔法』」
金貨が跳ね飛んだ。
机に、『
「いく」
「じゃあ交渉成立だな」
俺は弾けた金貨をキャッチして、手中に金貨をおさめたまま、ユーベルと握手を交わした。
挿絵、いる?
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いる!
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あるならみたい
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いらないですよ!