過去を殺す魔法   作:ぽぶきち

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ユーベルの変化

 俺の使う魔法は、大まかに二種類に分けられる。

 

 魔導書から読み取った魔法。

 他者から模倣した魔法。

 

 基本的に、戦闘に使えない魔法はたいてい魔導書から学んだものだ。

 他者の魔法を模倣する際には、戦いをしかけるのが常だったから。

 

「『人生を本にする魔法(マイニュート)』、『帰還させる魔法(ドレイク)』、『肉体を銀にする魔法(メタリア)』……」

 

 中央諸国東北部。

 揺れる馬車のなかで、ユーベルがページをめくる。

 

「なーんかぱっとしないね」

「ぱっとするものはゼーリエが所蔵してる」

「ん? 写本じゃないんだこれって」

「ああ。この本の存在はゼーリエでさえも知らない」

 

 もっとも、俺の『人生を本にする魔法(マイニュート)』の本を読んだことである程度は勘づいているかもしれないが。

 

 世の魔法使いというものは、みながみな功績を覚えられるわけではない。

群れをなす魔法(ベイト・ボール)』の作成者のように、ただ一つの願いに一生を捧げ、誰にも知られず路傍に亡骸を埋める天才もいるのだ。

 きっと、俺が見つけなければ、このままどこかでこの魔導書すら朽ちて無くなっていた。

 

「それでさ、もう一ヶ月くらい一緒にいるわけだけど、そろそろ君の人生読んじゃだめ?」

「駄目だ」

「私のも読んでいいからさー。君の底を知りたいんだよね」

 

人生を本にする魔法(マイニュート)』の魔導書を手に入れてから、彼女はずっとこの調子だ。

 なんとしてでも俺という人間の本質に触れたいらしい。

 俺でなくとも、本音を隠せない人生の手記を見られるというのは抵抗があるだろうが、それを気にしないところも彼女らしい。

 

 ゴトン、と。

 

 なにかに乗り上げたのか、馬車が止まった。

 牽引する馬の息遣いが薄くなっている。

 

「なんか変だね」

「魔法反応があるな」

 

 俺は魔術を肩口に展開しながら、馬車をそっと降りた。

 後ろにユーベルも続く。

 

「これは」

 

 馬車の車輪が大石に乗り上げている。

 だがそれは問題ではない。

 

 道の先、進行方向。

 靄がかっている。

 5メートル先あたりから、雲が間近にあるかのように道が見えなくなっていた。

 

 言ってしまえば、それは灰色の濃霧だ。

 だが、ただの霧ではない。

 

懺悔の霧(ゲシュテンド)、だな。通り雨で魔樹のアレロパシーが干渉して起こる魔法の霧。意識が薄くなり、思考が魔法的に散逸する」

「へぇ。少し聞いたことはあるけど、見るのは初めてだな」

 

 俺は、馬に保護魔法をかける。

 しかしそれでも魔法に耐性の低い馬は、ほとんど気力を失っている状態だった。

 御者を連れてこず、遠隔での進行操作で馬車を進めてきて正解だった。

 

「馬を引いて、歩いて行こう。霧自体はそんなに深くないはずだ」

「迷ったりしないかな?」

「大丈夫だ」

 

 俺は、一般攻撃魔法を、拡散型にして進行方向に放った。

 

 霧が、ちょうどトンネルのように突き抜ける。

 魔法の微細な干渉によって静電気が各所で弾けていた。

 

「この間を通ろう。だが気をつけておくことがある。ここから先は、意識を強く保たないと倒れる。あと、あまり重要なことは考えるな」

「なんで?」

「自分の思考が近くにいる他人に伝わるんだ。精神の波長を拡散する効果がこの霧にはある」

 

 攻撃魔法をカスタムしてもう一度放つ。

 馬車が十分通れるくらいには、霧のトンネルが広がった。

 

「めっちゃ危険だね」

「俺のコートを着ておけ。防護魔法がかけてある」

 

 少し厚手のコートをユーベルに着せる。

 

 思いの外、よく似合っていた。

 

「もう聞こえてるよ。でもこのコートぶかぶかなんだよね」

 

 トンネルを歩きながら、ユーベルが愚痴る。

 どうやらすでに思考伝達の影響下にあるらしい。

 その割にはユーベルの思考が読み取れない。

 きっと、本音と建前にさほどの差がないことが要因だろう。

 

 当のユーベルは袖が長すぎて、手が出ていない。

 萌え袖みたいになっている。

 正直言って、とてもかわいい。

 

「普段そんなこと考えてるの?」

 

 霧が濃くなってきた。

 林道なので、側を木々に囲まれている。攻撃魔法でトンネルを補強しても焼け石に水だろう。

 

 それに俺の精神も危うい。

 

 ユーベルにコートを貸したのもあって、普段は影響を受けないレベルにまで意識がやられている。

 おそらくこの道を突っ切るにはわけないが、なにか不慮の事態が起これば判断力の低下が危ぶまれる。

 

 馬に強壮魔法をかけて、なるべく自分で歩けるように促す。

 借りるだけでもかなりの値がした馬だ。いくら魔法に耐性がないといえど、保護魔法をうけて軽い荷を運ぶようなタフさはある。

 

(あ、これってチャンスじゃん)

 

 ユーベルの思考が届く。

 

「ね、君ってどこで生まれたの?」

 

 ユーベルの質問は、明らかに俺に人生を想起させるための罠だった。

 無論、そんなものは効かない。

 というより、効くほどの余裕がないといったほうがいい。

 

 素朴な感情しか脳裏に浮かばなくなる程度には、俺の精神はこの環境に影響を受けている。

 

 だから、にやにやとこちらをみつめるユーベルに対しても焦りではなく、かわいいとか、愛らしいとか、そういう感情しか抱かない。

 

 そうだった。

 俺はこいつが、ちゃんと好きだったんだな。

 

 なんで、好きだったんだっけ?

 

 目を伏せたときの少し眠たげな瞳とか、とても、魅力的だ。

 

 実はおしゃれなのもあって、私服はいつも見とれてしまう。

 

 本人は気づいていないかもしれないけど、誰かの優しさに触れると、少し笑顔が柔らかくなる。

 それを見るのが、好きだった。

 

 そうだ、俺はこいつが、好きだったんだな。

 

「……ねぇ、私が悪かったって」

 

 少し顔が赤い。

 コートの防護魔法が足りなかったか?

 俺は女神に嫌われて回復系がからっきしだから、手持ちの保護魔法はあまり持っていない。

 

「そういう意味じゃないよ。でも、ちょっと、まぁ……不調かも。ねぇ、おんぶして」

 

 ユーベルが目を逸らしながら要求する。

 影なる戦士とためはってきた俺だ。女の子一人抱えるくらいわけない。

 

 すっくと彼女を背負い、その軽さに驚く。

 

 とにかく、ユーベルが体調を明確に崩す前に、トンネルを突き抜けなければ。

 

「私の思考、聞こえてるんでしょ? 嘘だってわかってるんじゃない?」

 

 好きな女の嘘には騙されたいのが、男の性分だ。

 

「この霧、私かなり苦手かも」

 

 幻想鬼(アインザーム)しかり、中央諸国の僻地には、対人間用に精神系の魔法を用いる物が多い。

 この霧は仕組みとしてはかなり単純だが、これ以外にも、人間の思考を読むサトリみたいな獣や、対象の殺害にもっとも適する姿に変化する魔物なども存在する。

 

「ねぇ、私と君、やっぱりどこかで出会ったことあるよね」

 

 ぼんやりとした意識が、言葉を拾う。

 

 その言葉を、数回脳内で反芻して、意味を切り取った。

 

 そうだ。

 ユーベルに最初に会ったのは、町だな。

 懐かしい。幼少期だ。

 確か迷子になったところを手を引いてもらって、そしていっしょに迷子になった。

 

 彼女の姉が迎えにくるまで、泣きべそかきながら二人で町を歩き回ってたっけ。

 

「……」

 

 思えば、俺はユーベルの顔を正面から見たことはほとんどないな。

 いつも横顔を遠くから見つめるばかりだった。

 

 そうだ。

 俺が関われば、きっとすべて悪い方向に向かうから。

 いつだって世界はそうだった。

 

 だから俺は世界が憎かったんだ。

 

 なぜ彼女だけ、ユーベルだけが不幸にならなくちゃいけない。

 

 もっと極悪人はいる。

 もっと人殺しをしている人間もいる。

 

 その不条理をくつがえすため、まなんだ。

 まほうを。ぎじゅつを。

 

 きみをせかいがひていするなら、

 おれがせかいをひていしてやる。

 

 ゆーべる、

 おれはきみがいきていけるなら、

 

 

 まおうにでも、せかいのてきにでもなってみせる

 

 しゅだんはえらばない

 

 

 そう、

 

 

 そうおもってたんだけどな

 

 

 

 おれはよわくなった

 

 

 

 ごめんな

 

 

 

「……バカじゃないの」

 

 

 

 

 ----------------------

 

 

 

「今回のことはお互いに忘れよう」

「君だけ忘れれば?」

 

 馬車を引き連れて霧を抜け、しばし休憩するため近くの小屋に入った。

 

 俺とユーベルは、部屋の対角線に座っている。

 彼女は俺と目を合わさずに言う。

 いつもの小悪魔のような調子はなかった。

 

「なんか、共感できるのに、共感できなくなっちゃったな」

「どういうことだ?」

「自分を客観視できたってことだよ」

 

 ユーベルが杖を振る。

 斬撃が走り、納屋の窓を割った。

 

 いつもであれば両断するはずだが、へし折る程度にとどまっている。

 

 まさか。

 

ある程度なんでも切る魔法(レイルザイデン)

『大体なんでも切る魔法』の下位互換。

 俺と関わって、威力が落ちたのだ。

 

 覚悟はしていたはずだ。

 今ループを棒に振る覚悟は。

 

「俺の、せいだな」

「違うよ。もしそうだったとしても、君が私に教えてよ。新しい魔法」

 

 調子を取り戻したのか、ユーベルがニヒルに笑う。

 

「……ああ、ちょうど、貴様のほしかった魔法が手に入ることだしな」

「?」

 

 俺は、そばにある古びた戸棚を押した。

 ずりずりと動かして、その戸棚の下にある床を外す。

 するとそこには地下までの階段があった。

 

『死者と話す魔法』を作成した魔法使いの秘密の研究室だ。

 

 地下室の棚の上に、魔導書が置かれている。

 

「行こう」

 

 手で合図をして、俺は階段を降りる。

 

 カビの匂いと、少しばかりの死臭。

 鉄製の机と、倒れた椅子。

 その椅子の直ぐそばに落ちた骸骨。その上のロープ。

 

 これを作った魔法使いは、自らが会いたかった死者と再会し、何かを話したのだろう。

 その結果、なにかに絶望して、自らの命を絶った。

 

 古典的な首吊りという方法で。

 

 机の上にある、開かれたままの魔導書を見る。

 本を閉じようとすると、経年劣化からかぱりぱりとページが悲鳴を上げた。

 

「ユーベル、貴様でも読めるはずだ」

「ふぅん?」

 

 ユーベルは臆することもなく本を受け取ると、ぱらぱらとページを捲った。

 その視線が活字をなぞり、その後しばし瞑目する。

 

「使えそう。少しだけ、席を外してくれない?」

「わかった」

 

 姉と話をするのだろう。

 

『死者と話す魔法』は、この世界に存在する個人の残滓を汲み取り、人格として再構築する魔法だ。

 そのため、その気になれば生者であろうと呼び寄せることができる。

 とてつもない軍事的優位への転用が可能だとも言える。

 だが、この作成者とユーベルはその使い方をしないだろう。

 だからこそ、『死者と話す魔法』なのだ。

 

 地下室から出る。

 小屋からも出て、音が聞こえないように防音結界を小屋全体にかけた。

 

 なにか危機があれば察知はできる。

 彼女と姉の会話だ。俺が立ち入るべき領域じゃないだろう。

 

 使用者一人につき、一回しか使用できず、持続時間は1時間。

 魔導書を読んでいるのだからユーベルはそれを知っている。

 俺は1時間ここで待つだけだ。

 

 

 

 

 少しして、防音魔法の結界をくぐってユーベルが現れた。

 草木を見つめていた視線をあげる。

 

「怒られちゃった」

「そうか」

「古今随一の愚者らしいよ。私」

 

 俺は、腕を開いてユーベルを抱きしめた。

 必要だと思ったからだ。

 

 野のうえに座って、ユーベルの背中に手を回す。

 ユーベルが俺の胸元に顔を埋める。

 

「草ちくちくする」

 

 俺は『花畑を出す魔法』を強めに使用した。

 ふわりとした花弁が足元を中心に咲き乱れ、緩衝材となる。

 

「顔見ないでね」

「見ない」

 

 彼女の心情に反し、俺はいまのこの状態に幸福を覚えてしまっていた。

 それを少し申し訳なく思う。

 

「背中とんとんしないで、眠くなっちゃうから」

「悪い」

 

 俺は、自分の胸の中におさまる最愛の重みを感じながら、空を見上げた。

 斜陽が空をいろめかす。

 日が暮れるまで、俺とユーベルはずっとそうしていた。

 

 本当であれば、これは俺の役割ではない。

 だがこのループでだけ、許してほしい。

 

 

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