過去を殺す魔法   作:ぽぶきち

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人間もどき

 

 

 なんというか、最近ユーベルの距離が近い。

 

 いままではずっと、どれだけお喋りをしていても、『大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)』の有効射程範囲に俺を入れていた。

 それが解けた。

 

大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)』が弱体化したから、というだけではないだろう。

 

 心を開いた、といえば聞こえはいいが、別にそのために『死者と話す魔法』を渡したわけじゃない。

 

 野営の薪集めが終わり、テントに戻る。

 馬車はすでに街に預けており、明日にでも行商人が馬車を使って俺達が来た方角へ向かうのだろう。

 そういう手筈になっている。

 

 俺はとりあえず拾ってきた果実などを保管するため、テント内の魔道具を探した。

 

 テントの中では、ユーベルが静かに寝ている。

 薄着だから風邪を引かないか心配だ。

 ただでさえいつもの服装も防寒性があるとはいえないのに、いまはさらに部屋着でシャツ一枚ほどになっているので、常人なら体が冷え切ってしまうだろう。

 ブランケットなどは使っていいと言っているのだが、忘れたようだ。

 

 いろいろあって心労も溜まっているようだから、できればちゃんと休んでほしい。

 

「風邪引くぞ」

 

 小声でつぶやいて、俺は毛布を取り出してかけた。

 近くにおいてあったランタンの光を弱める。

 

 魔道具に果物を保管して、テントの外に出る。

 寝ずの番をしないといけない。

 このあたりは比較的安全だが、それでも時折魔物の被害が発生する。

 

 手元で魔術制御の特訓をしつつ、周囲に魔法探知を張り巡らせておく。

 フラーゼの魔術制御は、ものにするまで莫大な時間を要した。

 だが魔力量が上がり一日の試行回数を増やせたことで、ある程度はものになった。

 

 この森全域で、一毫でも魔力が起これば、俺は気づく。

 

 ぱちぱちと鳴る焚き木に身を寄せて魔術制御を行っていると、テントが開いた。

 

 上着を来たユーベルが、なぜか俺の背中をげしげしと蹴る。

 その後、隣に腰を下ろした。

 

 ぼうっとする瞳が、揺らめく炎をとらえている。

 

 ユーベルが炎に指を伸ばして、止めた。

 

「私、やっぱ弱くなってるね」

「魔法は手数だ。気にすることじゃない」

「違うって。魔法じゃなくて戦闘スタイル。

 死ぬのが、怖くなっちゃった」

 

 膝を抱えるユーベル。

 悲嘆というよりは、事実の確認のような声色だ。

 

「君は死を恐れていないよね」

「どうしてそう思う」

「同種だから鼻が効くんだよ。たぶん、これは私にしかわからない」

 

 死を恐れていないわけではない。

 俺も人並みに死と痛みは怖い。

 人間の本能か、いつまで経っても慣れることはなかった。

 俺が死ねるのは、もっと怖いものを知っているからだ。

 

過去を殺す魔法(ロスト・スタシス)』は魔力と技量と魂を持ち越して過去の自分に"憑依"する魔法。

 もし過去の自分が抵抗すれば、もともと肉体の主導権をもっていない憑依側は排除される。

 そのため、この魔法を活かすためには「憑依されたら大人しく主導権をあけわたす」という合意が必要になる。

 

 もし俺がいまここで未来の自分に憑依されれば、抵抗はしないだろう。

 

「君にも弱くなってもらうよ」

「どういうことだ?」

「君が私の知らないことをどれだけ知っているのかはわからないけど、この感覚に関しては、私のほうがわかっている」

 

 ユーベルの言葉はひどく抽象的で、ぴんとこない。

 

「よくわからないが、番は俺がやるから、貴様は休んでいろ」

「了解」

 

 ユーベルはそのままごろんと横になり、俺の膝のうえに頭をおいた。

 

「テントで寝たほうがいい」

「いつも使わないような寝床だと安心できないんだよね」

「いつも人の膝で寝ているのか?」

 

 膝をまとめ、焚き火からそらすように伸ばして、ユーベルが眠りやすいようにする。

 防虫魔法をあたりにかけて、清潔性を失わないようにする。

 

 冗談かと思っていたが、ユーベルはそのままかわいらしい寝息をたてて眠りに落ちた。

 しばらくの間、俺はここから動けなさそうだ。

 

《ゼーリエ、そっちはどうだ?》

 

 念話を使って、空に魔力波を飛ばす。

 匿名性が高く、少なくとも現行の魔族・人族の干渉力では盗聴されることはない。

 

《いきなりだな。どう、とは?》

《以前、帝国来賓の時期より前に影の戦士から襲撃にあった。何がトリガーなのかはわからないから、今回はどうなのか気になった。それだけだ》

《なにもない。普通なら、お前が私に現状を伝えるべきじゃないのか?》

《それもそうだ》

 

 俺は五感情報をゼーリエに送る。

 これが一番てっとり早い。

 

《喧嘩を売っているのか?》

《何がだ》

《お前の視覚には写っていなかったが、小娘は優雅に膝枕でさぞかし良い夢をみているんだろう。お前は私にただ惚気話をしたいのか?》

 

 瞬間、意趣返しのように、五感に情報が挿入される。

 

「ッッ!!」

 

 水の音。

 清涼感。

 湯気のかおり。

 そして、浴室の鏡に映るゼーリエの裸体。

 

 反射的に目を閉じたが、問答無用で送られてきた視覚情報は脳裏に残り続ける。

 

《いい反応だな。お前のすまし顔が崩れる瞬間は気分が良い。できればその場で見たいくらいだ》

《もっと……自分を大事にしろ》

《私を封印しようとした人間の言葉ではないな》

《それは、悪かった》

《……そういう意味じゃない。私にその記憶はないし、経験もない。私が知っているお前は、ただ強さと性根が見合っていないトンチキな若造だ》

 

 動揺で魔力探知が揺らいだ。

 気を取り直して、魔力を薄く森全体に引き伸ばす。

 

 同じ轍を踏まないよう、アンデラー式結界の応用でトラス型に魔力軸を接合した。

 これで感情によって探知範囲が揺らがないだろう。

 

《あの魔族は、お前のいる方向とは真逆に向かって魔族を誘導させているらしい》

《アウラが? わざわざそんなことを?》

《よほど好かれたようだな? 馬鹿な女だ。あれで罪が雪がれるわけでもないだろうに》

《アウラは、お前の弟子を殺したことがあったのか?》

《いいや? だがやつは魔族だ。それだけで十分だろう。

 もし、なにか攻撃的な動きを見せたら、お前が止めるまえにあいつを殺す。それが嫌なら、早めに説得しろ》

《ああ……》

 

 一通り連絡を終えて、俺は通信を切ろうとしたが、なんとなく名残惜しくなって切るのをやめた。

 向こうが切るのを待ったが、なにとない思念の息遣いが聞こえるだけで、ゼーリエも切ろうとしない。

 結局、互いに合図とともに魔力通信を切る。そんな変なやり取りがあった。

 

 時計を戻してから1年。

 ユーベルと出会ってから2ヶ月。

 

 回収した魔導書は10冊。

 残すところあと35冊。

 

 1年以内には終わるだろうか。

 そうなったら、アウラに、そしてゼーリエにも、もう一度会いに行きたい。

 

 でも、ユーベルを置いていくわけにもいかない。

 

 どうしたものか。

 

 

 

 ---------------------

 

 

 

 九か月後。

 

 俺たちは、とある迷宮に来ていた。

 

 花月の神殿。

 賢者エーヴィヒが残した遺産の一つ。

 --------

 ただし、あまりにも強力な魔物が存在するため、誰も近づけないと言われている。

 まぁそれでも、零落の王墓ほどの難易度ではない。

 

「特殊な魔物がでるって噂だよね」

「人間もどき、だな」

「どんな魔物なの?」

 

 遺跡のなかをユーベルと俺が並んで歩く。

 いくら物音をたてようと、生物の息遣い一つしない。

 暗がりがどこまでも続いていて、まるで無限回廊のようだ。

 

「人間もどきは、賢者エーヴィヒが作り上げた仮初の命を持つ人形の魔物だ」

「仮初の命ねー」

「心も体も、精巧に人間を模すことができる。だが欠点として」

 

 カツン、と音がして、歩みを止める。

 

「ひどく固く、脆い」

 

 だが、安全というわけでもないというのが、流石は賢者の産物といったところだろう。

 

 俺はユーベルの手をひいた。

 

「ちょっと、何?」

「少しだけ早めに歩け」

 

 後ろから迫ってきている音は、そこまで速くはない。

 十分に逃げ切れる。

 

「なんで急いでるの? 私たち攻略に来たんだよね?」

「ああ」

「君が怖がるって、そんなになの?」

 

 足音が少しだけ速まった。

 まるで子どもか駆けるような、遊びじみた速度だ。

 

 俺はユーベルを抱きかかえた。

 

「ちょ、ちょっと」

 

 魔力は温存しておきたい。

 だがそうも言ってられない。

 

 対物身体強化魔法をかける。

 

 できるだけ、遠く、遠く────

 

 あいつらから、逃げなければ。

 

 

 あいつらから、

 

 

 

 がきん、

 

 

 

 音がした。

 

 後ろからではない。

 

 下からだ。

 

「ちょっと、待ってよ」

 

 ユーベルが青ざめた顔をする。

 そんな表情を見るのは、初めて、いや、久しぶりだった。

 

「君、足が……」

「ああ……」

 

 俺の足は半ばから折れていた。

 やはり身体強化魔法を使ってもこの程度か。

 

「血が、青いね」

「ああ」

「まえ虫に刺されてたときは、赤かった」

「ああ」

「君が、いや私たちが、"人間もどき" なの?」

「……」

 

 視界が滲んだ。

 自分が死ぬのはいい、だが、隣のこの子が死ぬのは、それだけは……

 

 足音が、追いついた。

 

 そこにいるのは、

 "俺"だ。

 オリジナルの"俺"と、オリジナルのユーベルだ。

 

「今回も、迷宮は俺を真似たか」

「そうみたいだ。俺はお前と違って、賭けに負けた」

 

 偽物になるのは怖くはない。

過去を殺す魔法(ロスト・スタシス)』を最初に使ったときから、その覚悟はできている。

 

 だがまさか、こんなことになるとは思わなかった。

 

「仮に魔物だとしても、お前は彼女を殺せるのか?」

「死闘になるほど、いまのお前と俺の力量は近くはない」

 

 そうだ。

 俺の体は泥クズも同然。

 まともに戦おうとした瞬間、崩れ落ちるだろう。

 

 だが、だが、それでも。

 

 俺は自分の命を対価に、魔法を使おうとした。

 

 繰り返す、呪いの魔法を。

 

「『過去を殺s(ロスト・スタ)────────」

 

 喋れなくなった。

 心臓が、喉が、感覚がない。

 

「それは、それだけは駄目だ……」

 

 向こうにいる俺から放たれた一般攻撃魔法が、俺の体を引き裂いていた。

 そうだ、そうだよな。

 俺がループの連鎖に混ざれば、何が起こるかわからない。

 

 俺でも止める。

 俺だから止める。

 

 追撃を放とうとする俺のまえに、横にいたユーベルが立ちふさがった。

 

「やめてよ」

「……」

「彼には、君には、抵抗はさせない。だから見逃して」

 

 それに対し、オリジナルのユーベルが睨むように言う。

 

「私がやるよ」

「弱虫になった私に、人が殺せるの?」

「殺せるよ。わかってるでしょ?」

 

 だめだ、と叫びたかった。

 斬撃魔法の打ち合いでは、必ず体力差で押し負ける。

 

 俺は、立ち上がった。

 崩れた足に構わず、片足で立って、俺を守るように立つユーベルの肩に手をおいた。

 

 そしてもう片方の手で、球体を作る。

 

 俺が手を伸ばすと、向こうの"俺"がその手を取った。

 

 球体を、受け取った。

 

「助かる」

「利害の一致だ。その魔力の結晶に大半の存在魔力を込めた」

「ああ、あの魔法は、存在魔力(最大魔力量)が一割以上残存していないと放てない。今のお前は完全に無害だ」

 

 存在魔力。魔力とは異なる、有限の存在証明エネルギー。

 魔力がガラス玉に表面張力でまとわりつく水だとしたら、存在魔力はガラス玉そのもの。

 魔力を使えば使うほどそれがまとわりつき存在魔力となる、だからこそ長寿であればあるほど魔力量が増大する。

 その魔力の核たるものを消費して起こす弱者の魔法が、『過去を殺す魔法(ロスト・スタシス)』だ。

 

「頼んだぞ」

「ああ、お前はもう休め」

 

 オリジナルの俺と、オリジナルのユーベルは、少しの逡巡ののち、回廊の奥へと進んだ。

 

 人間もどきの俺と、人間もどきのユーベルは、互いに見合って、壁の近くに座り込んだ。

 

「今だったら、全部教えてくれる?」

「……『人生を本にする魔法(マイニュート)』」

 

 俺は初めて、自分の人生をユーベルに明かすことにした。

 その本を受け取ったユーベルは、読むことなく、そのままそばに優しく置いた。

 

「私、君より先に死にたかったんだよね」

「そうか」

 

 ユーベルは変わった。

 俺と関わって、魔法と行動力が、弱まった。

 そしてさらに、変わった。

 

 これはきっと、オリジナルの俺は気づいていないだろう。

 

「自分が死ぬときなんてずっと考えてきたけど、私が死んだとき、君が泣いてくれるなら、なんていうか、すごくいいなって思ったんだ」

「そんなこと言わないでくれ」

「──────っふ、そんなだから、私は君がいいんだよ」

 

 ユーベルが、頭を俺の肩に乗せた。

 こつんと音がした。硬かった。

 

「お疲れ様、ヴィレ」

 

 ユーベルが、俺の名前を呼んだ。

 

 ああ、俺は、

 こんなに幸せでいいのだろうか。

 

 

 

 ---------------------

 

 

 

「随分と悪趣味な遺跡なんだね」

「そうだな」

 

 精神的な疲労を感じる。

 人間もどきの俺が場を収めてくれて助かった。

 

 俺はユーベルを殺せないし、ユーベルに自分を殺させたくもない。

 

 遺跡の奥、突きあたり、

 曲がると、そこには杖を構えた二人目の人間もどきのユーベルがいた。

 

「ッ!」

 

 その人間もどきのユーベルは、杖を構え、冷静でない様子で問う。

 

「君たちは、どっち?」

 

 俺は、自分の手のひらを切って見せる。

 赤い血が手首つたって滴り落ちた。

 

「本物……」

 

 人間もどきのユーベルが杖を下げた。

 その肩は少し欠けている。

 

「この奥の人間もどきはほぼほぼ片付けたよ。私じゃなくて、君が」

「……ありがとう」

「行ってよ、早く」

 

 俺は、ユーベルをコートで包むようにして、その場をあとにした。

 

 後ろからキン、という音と、何かが崩れる音がした。

 

 振り向くことはできなかった。

 

 そのまま、歩いて、進んだ。

 

「ねぇ、大丈夫?」

「大丈夫だ……」

「大丈夫じゃないでしょ」

 

 ユーベルが前に回り込み、俺の頭を手で掴んだ。

 そのまま壁に押され、俺の額と、ユーベルの額がぶつかる。

 体温が伝わってくる。

 

 長い睫毛が、眼の前にあった。

 

「わかる? 私はここにいる」

「……」

「私のために、私みたいなやつは無視して。私だけを守ってよ」

 

 初めてだ。

 いつもは婉曲的な言い回しを好む彼女が、ここまで、何かを伝えようとするのは。

 

「姉がさ、よく物語を聞かせてくれたんだ」

「……どんな」

「よくある、騎士がお姫様を迎えに来る話だよ。悪い貴族からお姫様をさらって、馬車に乗せて王城に行くの」

「勇者では……ないんだな」

「私にとっての憧れは勇者じゃなくて騎士だったよ。でもずっと思ってたんだ。お姫様は何もしていないのに、なんで騎士にそこまでしてもらう権利があるんだろうって」

「……」

「お姫様は何もしていないのに、なんで報われたんだろう。生まれがよかったから? 見た目がよかったから? わからないよね」

「……」

「でも、違った。お姫様はきっと自分で気づいていなくても何かを誰かにしてあげていたんだ。それが返ってきた。本人の善意とか、悪意にかかわらず」

「……」

「騎士にはね、さらわれていいんだ。それを、君が教えてくれたんだよ?」

 

 まるで諭すような、それこそ物語を聞かせるような声色で、ユーベルが語る。

 耳に染み渡るような声に、惚れ直した。

 

「だからさ、ちゃんとさらってよ。わたしの、わたしのナ……騎士(ナイト)……ぉ……」

 

 尻すぼみになる言葉に、俺は笑ってしまった。

 

「決まらないな」

「うるさい」

「行こう」

「うん」

 

 俺たちは、前人未到の遺跡を攻略した。

 

 人間もどきに比べれば、それ以外のギミックは児戯に等しかった。

 

 そうして、俺たちは最後の魔導書、『群れをなす魔法(ベイト・ボール)』の魔導書を手に入れた。

 

 

 賢者エーヴィヒの手記、第三章一節。

『きっと、私はあいつの隣に立ちたかっただけだったのだ』

 

 

挿絵、いる?

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