過去を殺す魔法   作:ぽぶきち

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泣いた赤鬼

 

 

 

 春の薫風が額を撫でる。

 

 中央諸国から北欧諸国までの道程にある一戸建てを借りていた。

 

《アウラと連絡がつかない》

《あいつ、まだお前から逃げているのか》

《何か、心境の変化があったんだろうか。いくら他の魔族を従えたからと言って、アウラが権力欲に歪むとは思えない》

 

 数年経ったが、まるでアウラは俺から逃げるように拠点を変えている。

 思えば、俺がアウラから距離をとるのは今回のループが初めてだった。

 ずっと二人で旅をしていたからな。

 

《とにかく移動しているのは北部だ。それ以上うえには帝国がある。そう逃げ回り続けることもできない。お前が『服従の魔法』で行動を制限できないのか?》

《面と向かって相対しないと無理だ。それにできたとしても、したくない》

《お前はそういうだろうなと思ったよ》

 

 ゼーリエの嘆息する思念が伝わる。

 きっと実際にも嘆息しているのだろう。

 

《とりあえず、もうすぐ魔法使い試験だ。オイサーストに来るのだろう?》

《ユーベル次第だ》

《黙れうるさい来い。レルネンに話は通してあるから本部は顔パスできるはずだ》

 

 ユーベルは、『死者と話す魔法』を使ってからあまり魔法使いの特権に執着が無いように見える。

 

「ヴィレ、ご飯できたよ」

「ああ、少し待ってくれ」

「また念話してる? ゼーリエさんも諦めが悪いね」

《おい。お前だれと話してる。小娘か?》

「ゼーリエさんに伝えてよ。空き巣泥棒はこの国だと重罪だって」

「言えるわけないだろう」

《言えるわけないだろう。まてミスった》

《どういうことだ》

「誤解がある」

《誤解がある》

「引くぐらい焦ってるじゃん」

 

 なんとかして場をおさめ、ゼーリエとの通信切る。これはおそらく今夜もかかってくる流れだ。

 

 食卓につくと、食指をそそる手料理が並んでいる。

 この国に卵類の料理は少ないが、豊富な野菜資源と畜産で食卓に並ぶ彩りは周辺国よりもカラフルだ。

 

 そしてなにより、ユーベルの手料理というのが、この品目の価値を値千金、というよりもプライスレスに押し上げている。

 最初は俺が料理を作っていたが、あるときから彼女が率先するようになった。

 

「美味しい?」

「世界一」

「結婚はしてくれる?」

「考えさせてくれ」

 

 危うく頷くところだった。

 

「まだ、ラント(あの人)のこと気にしてるんだ?」

「ああ」

「私は君の見てきた未来を知らないけど、こうした方が幸せ、みたいな押し付け嫌なんだよね」

 

 俺はいまだに、俺がユーベルを幸せにする未来がイメージできない。

 いままでのループで見てきた彼女の笑顔はほとんどが横顔で、隣には金髪の青年がいた。

 

「ユーベルじゃなくて、私を好きになって欲しいなー」

「意味が、よくわからない。君はユーベルだ」

「私ひねくれ者だから、親切な仲人にいい縁談をすすめられたらその仲人を指名するタイプなんだよね」

 

 もぐもぐと謎肉を食べる。

 美味しい。

 

「君は今を生きていないね」

「ほうはもひれない」

「私、嫌だよ。君のこと忘れるの」

「……」

「私のこと、だいすきなくせに」

 

 肉を食みながら、ユーベルの顔を見る。

 会話の内容に反して、仕方ないものをみるような、微笑ましいようなものを見るような表情をしていた。

 

「次の依頼、君にぴったりなんじゃない?」

「ひらひ?」

 

 ユーベルは、一枚の紙を机に置いた。

 

「魔王の芽を摘む。『群れをなす魔法』が使えるし、報酬も北の商人連合が依頼元だよ」

 

 俺は、踊る依頼名を読んで、そして気づき、驚いた。

 

「すごいでしょ。50年くらいはいっしょに遊んで暮らせるよ」

「アウラ……」

「ん?」

「アウラが……討伐目標……?」

 

 [元七崩賢、断頭台のアウラ。]

 [北部に駐留。]

 [巨大な魔族のコミュニティを作っている。]

 [恐れにより販路が制限され、物流に大きな悪影響を与えている。]

 [そのため、腕がたつものは来歴不問で受注可能とする。]

 [達成すれば巨万の富と、北部商人からの覚えを得られる。]

 

「知り合いなの?」

「ああ、『人生を本にする魔法(マイニュート)』で書いていたとおりだ」

「読んでないよ。私が本当に読むと思ったの?」

 

 依頼には、2枚目があった。

 いや、厳密には別の依頼といえる。

 

 1枚目の依頼を達成するために、仲間を募っているものだ。

 報酬は商人同盟から支払われる分に追加をあわせて参加者で等分。

 

 依頼主は、連名。

 

 北部にある城塞都市ヴァイゼの領主と……

 

「……葬送のフリーレン」

 

 フリーレン。

 平和の大魔法使いにして、魔族を葬ることに特化したエルフ。

 

「勇者一行の魔法使いか。そのアウラとかいう人が危ないんだね。助けにいくの?」

「だが……」

「君なら助けられるでしょ」

 

 アウラの討伐依頼を阻止したとして、その間ユーベルはどうなる。

 戦場には連れて行けない。

 ここに残す? それも心配だ。

 俺は遠く離れた場所にいるユーベルの安寧を確信できるほど世界を信じてはいない。

 

「私も行くからね」

「待て、それは受け入れられない」

 

 俺の眼前にフォークが突きつけられる。

 

「助けに行かないのも認めない。私を連れて行かないのも認めないよ。君は強いけど、万能じゃない。私は弱いけど、這ってでも君についていく。粘着質な女なんだよ、私は」

 

 変わったな、と思った。

 昔は、こういうことはニヤリと笑って言っていた。

 

 今では、どこか穏やかな笑みで言っている。

 

「わかった。だが、それなら最初から武力行使はしない」

 

 

 

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 オイサーストの東にある街。

 工芸が盛んなその都市の少し安い宿屋。

 

 フリーレンはそこにいた。

 お茶くみをしようとしてあわあわしている少年のシュタルク。フリーレンの隣に座る少女のフェルン。

 

「参加したいわけではないんだね」

「ああ。むしろ逆だ」

 

 俺は、できるかぎり警戒をさせないように注意する。

 だがむしろ、その魔力操作がフリーレンの疑心を生み出したのか、少しだけ目が細まった。

 

「アウラの討伐依頼を取り下げてほしい」

「どうして?」

「理由は言えない」

 

 荷物から魔導書を取り出し、フリーレンに渡した。

 

「これは、『死者と話す魔法』の魔導書だ。これを渡す。だから取り下げてくれ」

 

 雰囲気が変わる。

 フリーレンの横に座る少女、フェルンの瞳が大きく開かれた。

 

「二つ勘違いをしているよ」

 

 フリーレンの表情は変わらない。

 ただ眦を伏せて机をじっと見ている。

 

「私は過去を大事にしているけど執着しているわけじゃない。そして、価値のある魔導書だからといって依頼を受けることもなければ、価値のない魔導書だからといって依頼を受けないこともない」

「……なるほど」

「この魔導書は君なりの交渉の姿勢だから、それなりの効力は持っている。少なくとも、いま私は魔法を撃つのをやめた」

「フリーレン様」

 

 フェルンがフリーレンをたしなめるように呼ぶ。

 それでもフリーレンは態度を改めることはなかった。

 

 そうだ。

 いつも俺とフリーレンは対立することになる。

 

「ヒンメル様に、もう一度会えるかもしれないんですよ」

「フェルンはこの人が人間に見える?」

「人間でしょう」

「そう。私は昔、魔族の将軍とあったことがあるんだ。だから今、この人に角が生えていない理由を、ずっと考えている」

 

 バン、

 

 俺の横にいたユーベルが、飛び跳ねた。

 机の上に立って、杖をフリーレンに向けている。

 そして、ユーベルの首元に、フェルン少女の杖が向けられている。

 

 フリーレンは、変わらない。

 

「ずっとシュタルクのほうに注意しているよね。そんなに戦士が怖い?」

「ユーベル、やめてくれ」

「いまここで殺せば、丸く収まるんじゃないの?」

「君は魔族じゃないよね。どうしてこの男の味方をしているの?」

 

 やはり交渉はうまく行かない。

 駄目で元々だった。

 

「フリーレン、どうしても、ダメか?」

「ダメだね」

「俺が、やっぱり経緯をすべて話すといっても?」

「鳴き声」

 

 魔族はフリーレンの故郷を滅ぼした。

 そして、フリーレンは魔族が人間性を持たないことを知っている。

 専門家ほど新しい可能性に気づけなくなるように、フリーレンは魔族に詳しすぎるからこそ、きっと俺の言葉を信じない。

 さらにいえば、それは正しいのだ。この世界の定法においては。

 

「ユーベル、帰ろう」

「……」

 

 ちゃきんと杖をおさめて、ユーベルが俺の隣に降り立つ。

 そのまま宿屋を出る前、俺は詫びとして一冊、『机を綺麗にする魔法』を置いた。

 

「決起は五日後だよ。もう人は集まっている」

「フリーレン様、なぜ情報を────」

「そこで会おう」

 

 俺は答えなかった。

 

 宿屋を出ると、風が強かった。

 

 手に持った『死者と話す魔法』の魔導書から、風でめくれる。

 制作者の死の香りが、風化せず漂った。

 

「駄目だったね」

「そうだな」

「魔導書重かったのにな」

 

 ずしりとした重みのあるバッグ。

 そのなかに交渉に使えそうな魔導書を大量に持ってきていた。

 

 だが、フリーレンは魔導書の数や質を考えるタイプではない。

 それはわかっていた。

 

 魔導書をユーベルに渡し、バッグにおさめる。

 ユーベルがバッグをふいに掲げると、ひときわ強い風が吹いた。

 

 そして、一匹の鳥が、そのバッグをひったくって飛んでいった。

 

「あっ、」

 

 ぴぃという鳴き声がこだまする。

 俺たちの魔導書が、鳥の影ともに空の向こうへ消えていった。

 

 このあたりに鳥の魔物が生息するとは聞いていたが、街にもいるのか。

 

「ごめん……」

「気にしてない。俺が魔導書を集めていたのは、お前と旅する口実だ」

「たまには厳しくしてよ」

 

 本当に気にしていなかった。

 すでにユーベルは魔導書のいくつかを読了して魔法が使えるようになっているし、俺のほうはいわずもがなだ。

 

 交渉決裂した時点で、あの魔導書たちは無用の長物だった。

 

「帰ったら備えよう」

「そうだね、五日後か」

 

 違うだろうな。

 きっと三日か、四日後だ。

 早めるだろう。討伐隊全員の情報を伏せることは不可能だから盗聴は可能だ。

 

 そしておそらく、討伐隊も分割させるだろう。

 

 俺とフリーレンたちが戦えば余波で周りも少なからず損耗する。

 だからあえて適正の高い魔法使いたちを組ませて別働隊をいくつか作るはずだ。

 

 かつての国々の勇者乱立戦略がそうであったように。

 

挿絵、いる?

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