三日後。
魔力は満タン。
武器も揃えた。
角なしの魔王だったときとは比べるべくもないが、通常より数段高位の魔道具で身を固めた。
「私は先にいく。多分だけど、ヴァイゼ側とフリーレン側で戦力は二分してるはずだよ」
「気をつけろ。何が起こるかわからない」
「そーだね」
玄関を出ていくユーベルを、俺は止めようと声をかけ──ようとしてやめた。
「何?」
その気配を感じ取ったのか、ユーベルが振り向く。
「その、だな」
視線を彷徨わせ、言葉の手がかりを探すが、見つからない。
ユーベルはじっと俺の言葉を待った。
意を決して、口を開く。
「これが終わったら、結婚しよう」
ユーベルが、ゆっくり、ゆっくりと目を見開いた。
「本当に?」
「ああ」
「なんか私死んじゃいそう」
「やめてくれ」
「冷静になる魔法の魔導書ってある?」
「鳥が咥えていった」
俺は少し考えて、
ユーベルの額に手を当てた。
「『
俺にとっての最初の奇跡。
それを唱えた。
「うん、行ってきます」
「向こうで合流しよう、絶対に」
ユーベルが、出ていく。
浮遊魔法で遠くに飛んでいくのがわかった。
それを見送って、
俺は息を一つ吸った。
「出てこい」
勝手口から入ってきたのだろう。
戸から、一人の老人が現れた。
「すまんの、邪魔する気はなかったんじゃが」
「デンケンだな」
「おぬし、投降する気はないか」
「無理だ」
「魔族に惚れたものがどうなっているか、知っておろう」
「惚れていない。ただ、久しぶりに会いに行きたいだけだ」
デンケンは、困った顔でこちらを見上げた。
「そうか、そうだな、大事なことだ」
杖を鷹揚に掲げる。
「言っても聞くまい、それが男の子であるから」
天井が、割れた。
瓦礫に紛れて、白いコートを来た魔法使いが現れる。
体に拘束がかかるが、魔力量の差でこれくらいは押し切れる。
『
「ヴィアベル」
「おう知ってんのか、光栄だな」
一般攻撃魔法を避ける。
防御魔術を使わなくても、ある程度の距離があれば避けることは可能だ。
魔力の残滓を固めて、魔力探知を騙せばいい。
そうすればオートエイム型の魔法は簡単に避けることができる。
「妙な真似しやがってよ」
俺は跳んだ。
地面から岩が隆起する。
これはリヒターだな。
瓦礫に飛び乗って、家屋から脱出した。
「おいおいおい、聞いてないぞ。なんだこいつは」
「確かに魔族と言われても信じてしまう。だが、フリーレンは少し盲目だな」
「勝てる戦いじゃあねぇな」
「降りるか?」
「馬鹿野郎。ここで分裂したらそれこそ終いだ」
首を曲げる。
肩口を、一般攻撃魔法が通過した。
遠距離制度、早撃ちの速度、純粋な練度。
これができるのは、魔法使いのなかでも、フェルン少女だけだ。
ある意味、俺の天敵だ。
だが、もっと離れたほうが良かった。
半径1km以内は俺の魔力探知範囲内だ。
君の "目" なら、最大3kmは外から撃つことができたはずだ。
まっすぐ、何かがやってくる。
この気配はシュタルクだ。
俺は、盾の魔法で攻撃を防ぐ。
だが、あまりの膂力に、盾ごと吹き飛んだ。
吹き飛ばされた宙で、空を仰ぐ。
結界が消えていた。
なるほど、ここら一帯を更地にしても俺を止めるのか。
「『
『
『
『
横合いから襲いかかってきた少女、ラオフェンの手を掴む。
高速移動する魔法に対策されたことはあっても、高速移動中に対応されたのは初めてだろう。
そのまま、遠くまで投げ飛ばす。
瞬間、俺の視界が使えなくなった。
何も見えなくなった。
この魔法は、知らない。
「驚いたよ」
フリーレンの声がして、そして死の気配を感じ取った。
体が歪むような感覚。
肉体がひしゃげる。
俺は魔力を多少消費して、
適応した。
「『
これは、呪い返しの魔法などとは違う。
例えば、剣で刺されないように鎧を着るのが呪い返しの魔法だとすれば、剣で刺されても死なないようになるのが『
だから魔力効率もそこまで悪くない。
俺は以前として目は見えない。
だが、感じ取ることはできるようになった。
「やっぱり、お前はアウラの百倍危険だ」
フリーレンの声。
シュタルクの攻撃をひらりと躱し、鳩尾に拳を叩き込む。
そのまま寝かせ、デンケンの攻撃魔法をそらし、リヒターの『
ふと、なにか嫌な予感がした。
俺のほうが優勢なはずなのに、魔法使いたちになにか、計画性を感じたからだ。
思わず、一旦退こうとする。
しかし、遅かった。
頭上から何かが降ってくる。
液体?
いや、ただの水だ。
その水に触れた瞬間、
全身に電流が走った。
「ぐ……」
電撃。
耐性無効、回避無効。
俺は、神経回路伝達を、魔力回路に切り替える。
自分の身体を遠隔操作のゴーレムのようにして、無理やりその場から動き、離脱した。
「この魔法は……」
水はきっとカンネ。
そして、電撃は、
「ラントか」
「情報開示の魔法を持っているのか? 厄介だね」
俺に回復魔法は使えない。
受けた攻撃が、そのままハンデとなっていく。
「私たちと一級レベルの魔法使いを同時に相手にして、まだ立ってる。七崩賢でも殺せたはずなのにね」
「封印するしかないぞ」
「生かしたいだけでしょ。彼はここで殺さないといけないよ。たとえ私たちが死んでも。でないと、次代の魔王になる。個人としての実力は、すでに超えているし」
俺は、笑った。
「楽しそうだね」
「いや、安心した。俺にこれだけの戦力を注いだなら、きっとあいつは無事だ」
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「不思議な精神構造ね。まったく論理的じゃないのに、成立している」
第二討伐隊。
彼らは魔法使いと戦士で構成されていたが、いましがた壊滅した。
弱かったわけではない。現に、彼らの亡骸を囲むように、魔族の亡骸があり、空気に溶け始めている。
その死骸を、一人の角の生えた少女が踏み歩いていた。
その先にいるのは、緑髪の少女、ユーベル。
「アウラ、ではなさそうだね」
「自己紹介が遅れたわね、私の名前はソリテール。でも無名で、大したことないわ」
ユーベルはソリテールの言葉が嘘であると見抜いた。
濃厚な血の匂い。
無名なのは、出会ったものを生きて帰さないから。
間違いなく大魔族だ。
「おしゃべりが好きなんだね、私と気が合いそう」
「そうね。仲良くなれそうでよかった」
「なんでここにいるの?」
「わからないわ」
ユーベルが首をかしげる。
試しに『
無数に浮遊する、鋼鉄の剣。
これが彼女が磨いてきた魔法なのだろう。
「ここにくれば、人間への理解が進むらしいの」
ふわりと浮いた剣を、ソリテールの細い手が掴む。
「とある人にね、言われたのよ」
とある人、と聞いて、少し逡巡する。
アウラでもない。しかし人間が彼女と会話を試みるとは思えない。
「もしかして、ヴァイゼの領主?」
「ふふ、違うわ」
「じゃあ領主の守り人の魔族かな?」
「マハトね。それも違うわ。でも惜しい。マハトと私が、同じ人物にそそのかされてここに来たの」
剣が飛来する。
ユーベルは避けた。
が、頬に血の線が走った。
その血を、ぺろりと舐める。
「魔族なら、遠慮せずに殺せるかな」
「そうなの? 殺されるなら無様に泣き叫ぼうと思うのだけれど、それでも?」
「情けをもらいたいなら、人選ミスだね」
ユーベルが駆ける。
迫る大剣に『
身をかがめ大剣を避ける。
さらに右から迫る大剣を後ろ足で蹴り上げるようにして前進した。
宙にとどまれば必ず負ける。
地をかけ、ユーベルはただ接近する。
『
「『
魔導書を読んで教わった、身体強化魔法をその身に付与する。
体が羽のように軽い。
だが、それでも相手は高位の魔族だ。
「不思議ね。その斬撃の魔法は強くはない。実体もリーチもないから私の完全下位互換なのに。もしかして他に隠し玉があるのかしら」
「ないよッ」
杖を振りかぶる。
こちらに向かう大剣に、身を捩る。
太ももを、ざっくりと切られた。
だが、届いた。
ユーベルが、じろりと、ソリテールを視界に入れた。
「『
ソリテールの肩口が、裂けた。
右手が、飛んだ。
足が、切れ落ちた。
「素敵。」
ソリテールは、多重に張り巡らせた防御魔法の中で薄く微笑んだ。
口の端から血を流し、魔力が傷口から霧散していく。
「私も考えたんだよね。悩める年頃だからさ。どうやら私の魔法って、過程にあるものを傷つけずすり抜けられるみたい。彼が言うには、結果としての斬撃、らしいんだけど」
くるりと杖を回して、斬撃を放つ。
迫りくる大剣が、半ばから破損した。
ユーベルの杖の先、そこに、一つの結晶がはめられている。
存在魔力の結晶。
花月の神殿で、人間もどきからもらったものだ。
過保護なヴィレに渡されていた。
「防御も、外部の装甲も、すべてをすり抜けて切りたい場所だけを切る。魔力は消費するけど」
「素敵、素敵よ。到底人間の精神構造ではないわ。あなたは信じているのね、形あるものは壊れることを」
死を感じ取りながらも、ソリテールは笑った。
知的好奇心が弾け、目はどこか輝いているようにも見える。
「さて、と」
ユーベルは背後に注意を向けた。
黒い要塞がある。
それは、アウラの本拠地だ。
「ちょっと一言いいたいからね」
その要塞に、斬撃の魔術師は乗り込んだ。
挿絵、いる?
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いる!
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あるならみたい
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いらないですよ!