過去を殺す魔法   作:ぽぶきち

8 / 10
全八話と書いていましたが、全九話になりました


私は君と、同じ時代に生きたかった

 

 魔族たちは戦慄していた。

 

 現在、要塞の客間に、

 圧倒的強者の二人が、相対しているからだ。

 

 一人は、断頭台のアウラ。

 元七崩賢の一人にして、この要塞を束ねる女王である。

 

 そしてもう一人が、

 

「久しぶりね、マハト」

「お前も変わったなアウラ」

 

 魔族というにはあまりにも人間的な礼儀作法で、元七崩賢の一人、黄金郷のマハトが紅茶を飲んだ。

 

「わかっていると思うが、お前は私に勝てない」

「どうかしら」

「お前が七崩賢の末席にいたのは、人海戦術が重宝されたからだ。個と個の戦闘において、お前はさほど脅威ではない」

「ならなぜ、わざわざ会話を選んだの?」

 

 マハトは、机のうえに本を置いた。

 

「これは、」

「『群れをなす魔法(ベイトボール)』の魔導書。魔族を人間にする魔法だ。これは写本で、本体はソリテールが持っている」

「……」

「お前はこれを使われたんだな」

 

 なぜそれを持っている。

 アウラは疑問を口にしかけて、やめた。

 

「鳥が運んできた」

「あら、冗談も言えるようになったのね」

「諧謔ではない。お前は知らないようだから、少し昔話をしよう」

 

 マハトは、魔法を発動させた。

 アウラが反応するまもなく、脳裏に情報が送られる。

 

 

 

 

 

 ---------------------

 

 

 

 

『シュラハト、その鳥はなんだ?』

 

『これは、隕鉄鳥(シュティレ)だ。音速での飛行を可能とする。本当は臆病な鳥だが、品種改良を施して家畜化した。私の命令を遵守する上に魔法に耐性がある。マハト、お前の万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)すらも効かない』

 

『なんのためにそんなものを』

 

『未来の魔族のためだ』

 

『お前はいつもそれだ』

 

『未来視の話をしよう。未来視持ちはどんな機序であれど、同程度に高等な場合、基本的には「両者の利害が一致する形」で最終的な実行が行われる』

 

『お前と、南の勇者のことか?』

 

『それもある。南の勇者は短期的人類の繁栄、私は長期的魔族の存続でお互いに合意して、あるべき結果を迎える』

 

『その鳥となんの関係が?』

 

『一人だけ厄介な未来視がいるんだ。それは、人類の平和をおびやかし、そこから魔族の絶滅さえも引き起こす』

 

『南の系譜か?』

 

『違う。一人のただの少年だ。だが、諦めがすこぶる悪い。こちらが根性負けするほどまでにサイコロを振り直して、たった一人の少女のために動く。私のもっとも苦手とするタイプだ』

 

『合意ができないのか』

 

『ああ、だから相手の願いに譲歩することにした。その少年が願いを叶えても、魔族が絶滅しないように』

 

『そうか。あまり興味がわかないな』

 

『ソリテールは熱心に聞きたがっていたが……。やはりお前はそう答えるのだな。だがまぁ聞け。お前だけじゃない、お前以外にも伝える必要がある』

 

『何をするつもりだ。俺は南の勇者の討伐のために呼ばれたんじゃなかったのか』

 

『無論その予定だ。お前はただ、聞くだけで、そして理解しておくだけでいい』

 

『私の目的は、とあるエルフの大魔法使いが死なないようにすること。魔族が増えすぎると、人間の怒りを買い、抑止力がなければ、人類が破滅する』

 

『勝つ気がない、ということか』

 

『そういうことだ。マハト。これから時間がたって、とあるとき、お前は街を黄金に変えようとするだろう。しかしそれを止めて少し待てば、お前のそのとき必要な "答え" が得られる』

 

『どの街の話だ。これまでも黄金にしてきた国は山ほどある』

 

『時が来ればわかる。そのとき、少し待った結果、お前は一冊の本を拾うだろう。この鳥が、それを運んできてくれる』

 

『魔導書か』

 

『そうだ。そして────フリーレン、お前のもとにも別の魔導書が送られるはずだ。それを有効に使って、事態に対処しろ。どうせお前は、あの勇者に使うのだろうが』

 

『何を言っているんだ。フリーレンとは誰だ?』

 

『アウラ、お前も、必要な知識を既に持っている。

 それと、少年に伝えてくれ。私は君と、同じ時代に生きたかったと』

 

 

 

 ---------------------

 

 

 

「私は数週間前、お前の討伐に際し、ヴァイゼ領主の契約のもと、フリーレンの精神魔法を受け入れた。それでも信頼はされなかったが」

「それで、この記憶もフリーレンに伝わったわけね」

 

 アウラは額を抑えた。

 魔王軍における七崩賢の統率者、全知のシュラハト。

 まさか、ここまで読んでいたとは。

 

「私のもとにも、つい昨日、本が届いたわ」

「どんな本だ」

「秘密よ」

 

 沈黙が続く。

 強烈な記憶の残滓が、アウラの脳裏で反響し続けていた。

 

「お前は、なぜ魔族を集めている」

「なぜって?」

「あの男に気があるのだろう? 見ていればわかる。それが、なぜこの行動につながるのかが謎だ」

 

 アウラは何も言わなかった。

 言うようなことではないと考えていた。

 

「いや、まて、そうか。お前はあの男の重荷になりたくないんだな」

「知ったふうな口を聞かないで」

「そして死にたがっている。それが、そう、罪悪感だ」

 

 マハトが初めて、アウラを正面から見た。

 昔の同僚から、好奇心の対象に変わった。

 

「私はお前のもつその感情が知りたい」

「『一般攻撃魔法・改二(ゾルトラーク)』」

 

 マハトは驚いた。

 見事な早撃ちだったからだ。

 対処はしていた。

 近年の人族の魔法研究への調査も抜かりはないはずだった。

 

 だがこの魔法は、数世代先を行っている。

 

 判断は一瞬。

 

「『万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)』」

 

 マハトの足元から、黄金が広がる。

 それは部屋を飲み込み、そしてアウラさえも問答無用で黄金へと変えた。

 

「できれば肉弾戦で対処したかったが、仕方ない」

 

 外套を羽織り直す。

 マハトは落胆していた。

 

「シュラハトはただ私にアウラを殺させたかっただけだったのか。どうやら騙されたようだ」

 

 踵を返す。

 

 その背中が──────爆発した。

 

 焦げ付く匂いがあたりに充満する。

 マハトの外套は焼け付き、その背中には人間なら致命的なレベルの爆裂痕があった。

 

「なぜ、生きている」

 

 アウラを見やる。

 その頬には、銀閃が広がっていた。

 

「なるほど、それが拾った魔法というわけか。シュラハトとの記憶を見て、有効であると判断したわけだな」

 

肉体を銀にする魔法(メタリア)

 自己の肉体を強制的に銀に変えることができる。

 これは銀が高い魔力伝導率を誇ることから生まれた需要によって作られた魔法だ。

 銀に変えることで、指先や腕を杖として兌換することができるようになる。

 そして、この魔法の特性として、当たり前の話だが「銀になった自分の身体を元の状態にもどすことができる」────

 

「黄金になっていく自分の肉体を銀に変え、そして戻した」

「あなたの負けよ」

「普通ならこうはならない。銀が黄金に戻るだけ、だが、定義的な干渉が起こり、このような形に。なるほど、これが人間の魔法か。無骨で、野蛮で、恐ろしい」

 

 攻撃魔法が走る。

 マハトの胸に、穴が空いた。

 

領主(グリュック)様に申し訳が立たないな」

 

 壁にもたれかかる。

 そして、今際の際と悟りながら、特に感傷などは抱けなかった。

 

「少年は、お前に会いに来て、戦っている」

「……ッ!」

「お前なら、魔力感知を広げればわかるはずだ。迎えに行くといい」

 

 キキン、と。

 

 扉が切れて、割れる。

 

 廊下から、一人の少女が乗り込んできた。

 

「魔族同士のいざこざ? にしてはどっちも強そうだけど」

「あなたは?」

「ヴィレの妻」

「そう、ユーベルね」

 

 怒るかと思っていたがただ淡々とするアウラの様子に、ユーベルは少しだけ毒気を抜かれた。

 皮肉のひとつやふたつぶつけてやろう思っていた気が削がれたのだ。

 

「さぁ、()()()

「私は、」

「知らないよ。何も。知る必要もないし。会いたいんでしょ?」

「……会いたいにッ、決まってるじゃない」

「じゃあほら」

 

 ユーベルは手を差し出した。

 恐る恐る、触れるか触れまいかのアウラの手を、強引に握る。

 

「よし。騎士(ナイト)になるのもたまにはいいね」

 

 二人の姿が、要塞から消える。

 少しだけ、魔族の叫び声が聞こえる。

 

 マハトはそれをぼうっと聞いていた。

 

「貴方も負けたのね」

「ソリテール……」

 

 肉体を魔力の粒子に変えながら、一人の魔族がマハトのそばに近づいた。

 

「結局私は、何もわからなかった」

「私もよ。人間ってすごく不思議で、複雑ね」

「なぜ我々は、理解できない生き物にここまで心を惹かれるのだろうか」

「そうね。私たちは人間が好きなのかしら、嫌いなのかしら」

 

 机から、一冊の本が落ちた。

 一般攻撃魔法の余波だろう。

 アウラが放ったのは一般攻撃魔法・暗ではないから、それなりの物理的影響も与える。

 

 二人は落ちた本を見て、同じ考えに至った。

 

 

「ふっ」

「あはっ」

 

 

 

「「『群れをなす魔法(ベイト・ボール)』」」

 

 

 

 互いの頬に触れ、互いに対して魔法を使った。

 

 群れをなす魔法(ベイト・ボール)は存在を削る。いくら歴戦の魔族でも使えば死ぬ。

 だが、どうせこの命はもうすぐ散るのだ。

 二人はそれがわかっていた。

 

 脳裏にさめざめと記憶が巡る。

 それらが、人として、解釈されていく。

 

「ふふっ、はは、はははははっ」

「あはは、あはははは!」

 

 二人の魔族が笑った。

 涙を流して笑っていた。

 

「こんな簡単なことだったのね」

「そうか、人間とは、こんなにも弱い生き物なのだな」

 

 我々に足りなかったものは、不安だ。

 それがやっと、二人はわかった。

 

「不安だから秀でようとし、不安だから人にやさしくする。排除されないように。弱い、馬鹿げている。だが────」

「いいものね」

「ああ、悪くない」

 

 思い出を語り合う親友のように、二人の魔族だったものたちは、寄り添った。

 

「ありがとう、ソリテール」

「……」

「死んだのか、そうか、寂しいな」

 

 もう少しだけ、記憶に浸りたかった。

 だが自分も、もう長くはない。

 

「グリュック様、貴方に仕えられたのが、私の人生の、一番の幸せでございました」

 

 ソリテールが魔力として霧散する前に、黄金に変えた。

 彼女の亡骸が残らないのは、少し悲しかったから。

 

「罪悪感とは、斯様なものだったのですね。地獄があれば、お会いしましょう」

 

 マハトの目から、光が消える。

 肉体が霧散した。

 

 残ったのは、何かに肩を預けるように眠るソリテールの黄金像だけだった。

 

挿絵、いる?

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