過去を殺す魔法   作:ぽぶきち

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最終話

「さっきから僕を攻撃してこないね」

 

 魔法を避ける。

 リヒターの地形を変質させる攻撃が、段々と連携になれて変則的になっている。

見た者を拘束する魔法(ソルガニール)』にはすでに適応したが、それも抜きにしてもヴィアベルの実戦経験は馬鹿にできない。

 

 カンネは遠くにいる。

 おそらくラヴィーネが守護についているのだろう。

 遠隔で操作した水に、ラントが電流を流す。

 

 だが、

 

「もう慣れた」

 

 俺は膜のように張られた水流を突っ切って、その奥にいるリヒターに触れた。

 ラントの魔法は合理的だ。だからこそ俺でも真似できる。

 リヒターを気絶させる。

 

 それによって動揺した一瞬の隙をついて、シュタルクを殴り飛ばした。

 

 あの少年はそのうち起き上がってくるだろう。そういうタイプだ。

 

「劣勢になった」

「元から劣勢だよ。あいつが殺そうと思えば、この戦いなんて一瞬で終わる」

 

 フリーレンは冷静だ。

 いつだってそうだった。

 そのポーカーフェイスに何度敗北を喫したことか。

 

 浮遊魔法を使用して、場所を変える。

 

 相手は俺を動かしたくないのが目的だ。

 俺は魔法使いたちを倒すことが目的じゃない。

 だから戦場の選択権は俺が持っている。

 

 そして、俺が先程までいた地面が陥没した。

 

 やはりだ。

 フェルン少女の攻撃は、事前に設置した魔法を破壊し、支えを失わせて道を倒壊させることにあったのだろう。

 

 それはもう、ずっと昔に()()()()()()

 

 あと数名。

 そして良い距離だ。

 

 これなら、押し切れる。

 

 魔力波を放った。

 

 一瞬だけ、全員をすくませる。

 

 それだけでいい。

 

 デンケンに近づく。

 そして触れようとして、

 

「────待っておったぞ」

 

 デンケンが、杖から剣を抜き放った。

 居合、仕込み杖。

 

 これは予想外だ。

 なぜこうなる。

 

 そうか、マハトから、学んだのか。

 戦い方を。

 俺との。未来予知能力者との戦い方を。

 

 鼻先を、剣がかすめる。

 

「これも反応するか」

「いや、十分だよ、デンケン」

 

 振り向けば、そこにはフリーレンがいた。

 

 かざした手のひらと、フリーレンの杖が接触する。

 

 お互いに魔法が発動した。

 

 

 

 

 

 

 把握していた空間が変化した。

 

 強制的な転移魔法だ。

 

 ここは、森だ。

 

 同時に、俺の視界も回復する。

 どうやらあれは範囲設置型の魔術だったようだ。

 

 だとしても、視界が悪い。

 

 フリーレンがいるであろう霧の向こう側が何も見えない。

 薄い懺悔の霧が立ち込めている。

 

 良い判断だ。

 そのような場所なら、人もやってこない。商人も通行を避けるだろう。

 

「魔力の扱いがうまいけど、魔力自体が圧倒的というわけじゃないね。ただ、核への理解が深いんだ」

 

 フリーレンは、分析能力に長ける。

 一般攻撃魔法の普及に貢献したのも、彼女の分析能力だ。

 放っておけば、何も効かなくなる。

適応する魔法(アロ・スタシス)』を使ってもなお、その対応力に伍することはできない。

 

 空中を飛ぶ。

 

 俺とフリーレンは、高速なドッグファイトを繰り広げることになった。

 

 魔法同士がぶつかり、その余波で霧が薄らぐ。

 

 お互い保護魔法をかけているから、影響は薄いが、それでも思念どうしが多少伝播する。

 

 フリーレンの心は凪いでいた。

 俺のような焦燥とか、策謀の気配がない。

 

 予測とかそういった、細やかなものではなく、淡々と対抗措置を講じている。

 

 だから、勝てないのか。

 

 

 

 魔力光が辺りを照らす。

 

 霧のなかを滑空して、俺とフリーレンがぶつかり、互いにジャリジャリと防御魔法を削りあった。

 

 

 

 ────俺とお前は、似ていたはずだ。

 

 

 一般攻撃魔法を連射する。

 霧がなくなるほどに。

 

 

 ────過去に執着するフリーレンと、未来に執着する俺。

 

 

 歪曲させた魔法を、曲射の要領でフリーレンにぶつける。

 が、予測されて躱される。

 

 

 ────でも、違ったんだよな

 

 

 魔力反応におびき寄せられた魔物が、大口を開けて迫ってきた。

 殴って消し飛ばす。

 

 

 ────どこまでいっても、俺たちが生きているのは "今" なんだ。

 

 

 攻撃魔法に、攻撃魔法をぶつけて相殺された。

 近づこうとしても、瞬間転移で逃げられる。

 

 

 ────それに気づくのに、ひどく時間がかかった。

 

 

 転移に適応した。

 転移を模倣するのではない、転移の瞬間に俺も高速で移動して見失わせる。

 

 

 ────お前はどうやって、知ったんだ?

 

 

 フリーレンが魔力を固まりにして放ってきた。

 同じく魔力で相殺する。

 

 

 ────いや、お前も俺と同じで、誰かに教えてもらったんだな

 

 

 フリーレンの背後に、青髪の勇者を幻視した。

 

 

 俺の胸を、魔法が貫いた。

 

 

 地面に落下する。

 強化された身体が、大地を割った。

 

「勝ちだね」

 

 そうだ、俺はまた、負けた。

 

 

 防御魔法は完璧だったはずだ。

 威力が、高すぎる。

 それに、どこから撃った。

 

 

「シュラハトの言うとおりになるのは癪だったからね。私は、『死者と話す魔法』でヒンメルじゃなく────

 ────クヴァールを呼んだ。」

 

 何の話をしているのか、一瞬わからなかった。

 死者と会話する魔法。

 まさか、鳥に取られた魔導書を、拾ったのか?

 

 クヴァール、腐敗の賢老クヴァール。

 一般攻撃魔法(ゾルトラーク)の生みの親。

 

「君への対抗策を考えてもらった。魔族の知的好奇心は有用だし、あの魔法では死者が他者を害することはできない。1時間しか喋れなかったけど、クヴァールは超遠距離からの射撃が有効だと断言した」

「……ぐ、だとしても、どうやって」

「そこらへんの小石に一般攻撃魔法(ゾルトラーク)を乗せて放ったんだよ。提案されたのはたったそれだけ。やったこともそれだけ」

 

 遠くを見る。

 浮遊したフェルン少女が、杖を構えているのが、ギリギリ視認できた。

 

 距離にして5kmくらいか。

 天賦の才だ。

 

「私は一般攻撃魔法はそれほど得意じゃないから」

 

 フリーレンは、俺に杖を向けた。

 

「俺を殺すか」

「もちろん」

「アウラも?」

「そうだね」

 

 俺は、『過去を殺す魔法(ロスト・スタシス)』の準備を進めた。

 魔力はもう切れた。

 もしまだ戦うなら、存在魔力を消費するしかない。

 

 魂の再構築の際にそのループでの最大存在魔力は引き継がれるが、そもそもとして必要分の存在魔力がなければ発動はしない。

 

 ここで抵抗するのは、無駄だ。

 

「待ってよ」

 

 聞き慣れた声がした。

 ユーベルだ。

 そして、アウラもいる。

 

 フリーレンの意識が、俺からアウラに移った。

 だからといって、今の俺にできることはない。

 

「まだ私がいる」

「だから? 君が脅威になるの?」

「違うよ。ヴィレ、君に言ってるんだ」

 

 魔力を細かく渦巻かせながら、俺はユーベルを見た。

 

「私はもう、君を忘れたくないよ

 君はどうなの? 私に、忘れて欲しいの?」

 

 目を閉じた。

 

 そうか、

 

 そうだな。

 

 戻るのは、辛い。

 

 その瞬間、何かが俺の肉体を阻んだ。

 

 憑依だ。

 

 この瞬間の俺に、未来の俺が、憑依しようとしている。

 

過去を殺す魔法(ロスト・スタシス)』。過去の自分に憑依する魔法。使用のためには、未来の自分に憑依されたとき、抵抗しないという合意が必要になる。

 

 肉体の主導権が奪われる感覚がある。

 

 いなくなるのか?

 

 忘れるのか?

 

 あのときの感情を。

 

 それは、

 

 それは嫌だ。

 

 初めて、俺は、

 俺は憑依を弾き返した。

 

 視野が開けたような感覚があった。

 

 そして、取り返しのつかないことをした感覚もあった。

 

「まだだ、フリーレン」

「……君はもう魔力切れだよ」

「俺も、今を生きることにした」

 

 ループのための出し惜しみはもうやめだ。

 存在魔力をすべて使って、ここで勝つ。

 

 誰かが、俺の肩に手をおいたような気がした。

 

 

 ────(そうだ。構えろ)

 

 俺に憑依しようとした未来の俺の、残滓だ。

 

 ────(『月に送る魔法(ヘルマン)』は効かなかった。別の方法を探せ。)

 

 そうか、お前は、フリーレンに抗って、負けたんだな。負けて、ループできるギリギリの時間軸に飛んだんだ。

 そして、俺が憑依に抵抗することも知っていた。

 

 ────(出し惜しみしたら負ける。あれを使え)

 

 わかっている。

 俺の存在魔力のほとんどを持って、

 

 今ここで俺は初めてこのエルフに勝利する。

 

 

 フリーレンが、反射的に魔力弾を放とうとした。

 

 だが、その前に魔法が完成した。

 

 

 

 

「『現在を止める魔法(クロノ・スタシス)』」

 

 

 

 世界が停止した。

 

 空気の流れも、惑星の自転も。

 

 俺の体さえも、止まった。

 

 俺の意識と魔法だけが存在する世界。

 

 概念を、単位時間に圧縮する魔法。

 

 俺は、周囲の魔力を貯めた。

 自分の身体に、無理やり魔力を押し込む。

 

 俺の最大魔力量は1/20ほどにまで減っている。

 だから、意図的に魔力を詰め込む。

 だが詰め込める量は、魔力の回復速度よりも遅い。

 

 時間をかけろ、

 時間をかけて、魔力を貯めるんだ。

 

 

 一日ほどが経った。

 

 一般攻撃魔法レベルの魔力しかたまらなかった。

 

 

 

 一週間が経った。

 

 少したまった。

 

 

 一ヶ月が経った。

 

 たぶん、一ヶ月だ。

 精神が少し擦り切れそうだが、慣れている。

 

 

 一年が経った。

 

 自分を保て。

 魔力は圧縮貯蔵しづらくなってきている。だが、それでも増えていることに変わりはない。

 魔力の増大量の変遷は、漸近線ではない。

 ちゃんと増えている。

 

 

 十年が経った。

 

 もういいんじゃないか。

 そう思う。だが、まだだ。

 

 

 二十年が経った。

 

 

 百年が経った。

 

 

 何百年が経った?

 

 

 もう、魔力は増えない。

 

 

 俺は、『現在を止める魔法(クロノ・スタシス)』を解除した。

 世界が再始動する。

 風がよみがえり、雲が動き出した。

 

 フリーレンの攻撃魔法が、莫大な魔力の前にかき消える。

 

「な……」

 

 動揺で、動きが止まった。

 遠距離からフェルンの一般攻撃魔法が届くが、それも魔力に打ち消される。

 

「ゼーリエ」

 

 俺は発散しそうな魔力を抱えたまま、どこかにいるはずの、一級魔法使いを食い止めているのであろう大魔法使いに祈った。

 

「借りるぞ」

 

 腰元に携帯していた杖が、魔法の発動に耐えきれず自壊する。

 

 

空を落とす魔法(バルマ・ザルマ)────

 

 

 ────・改(ズムプフ)

 

 

 世界が潰れた。

 

 そう形容できるほどの圧力が、周囲を襲った。

 

 森一帯が、潰れた。

 霧は地面に押し付けられ染みとなり、

 木々は埋没して機能を失った。

 強い大気圧に、万物がひしゃげる。

 

 俺が意図的に外したユーベルとアウラ以外のすべてが、地に押し付けられる。

 俺自身さえも。

 

「げほっ」

 

 濃い空気で肺がおかしくなりそうだ。

 身体強化魔法を残していなければ、俺は死んでいた。

 

 駆け寄ってきたアウラの肩を借りて、俺は立ち上がる。

 

「中央部に近いほど……影響が強い。遠くにいるお前の弟子は無事なはずだ」

 

 ぞりり、とフリーレンが顔を擦りながらこちらを見た。

 

「なにもの、なの……」

「いまはもう、ただの非才な魔法使いだ」

 

 ユーベルが、フリーレンに近づいた。

 殺すな、そう言いかけたが、その心配は無用だった。

 

「『人生を本にする魔法(マイニュート)』」

 

 生成した本を、傍らに置く。

 初めてユーベルのそれをみた。

 緑の茨のような装丁の、分厚い本。

 

「あげる」

「……」

 

 俺はアウラに支えられて、森の中を進む。

 アウラは、ちらちらとこちらを見つつ、言葉に迷っている様子だった。

 

「……なんで、助けに来たのよ」

「ずっと会いに行けなくて、悪いな」

「それは私が逃げていたからで……」

「俺とユーベルが、魔族とつながりがあると思われるのが嫌だったんだろ? 自分が悪になってあわよくばすべての罪を背負って消えようとした」

 

 わかっていたことだった。

 もっと強引に会いに行けば、今回みたいなことにならずに済んだ。

 

 俺は居心地のいい生活に甘えていたんだ。

 

 やるべきことを先送りにした。

 

「ちょっとさ、妻のまえで別の女口説かないでよ」

「口説いてはいない」

 

 森を抜けると、誰かが待ち構えていた。

 

 いや、デンケンと、ラントだ。

 アウラとユーベルが杖を構える。

 

 二人は、俺たち三人を認めると、そっとそれて道を開けた。

 

「いいのか?」

「ああ、儂はもとからおぬしと戦うのには反対じゃったからな」

「僕も特に戦う理由はないよ」

 

 ラントの言葉に吹き出しそうになる。

 用意周到だ。付近に10人は分身がいるな。

 街に被害が出ないように見張りと情報収集か。

 デンケンはそのお目付け役と、フリーレンたちの救助が目的なのだろう。

 

 通り過ぎる際、ユーベルが少しだけラントを見た。

 

「ふぅん、彼がねぇ」

「……」

「ねぇ嫉妬した?」

「ちょっとやめなさいよ」

「だって気になるじゃん」

 

 戦いが嘘のように、空は青い。

 どことなく救われた気分で、俺は帰路をたどる。

 

 家も、作り直さないといけない。

 

 逃げるみたいで嫌だが、足がつかない場所に別邸を立てるべきだろう。

 

「ユーベル」

「なに?」

「結婚式はどこであげたい」

 

 ユーベルが杖を落としそうになり、慌てて掴んだ。

 そして、俺の肩に回されているアウラの腕に、少し強めに力がこもる。

 

「痛い……」

「アウラちゃーん、嫉妬したの?」

「…………海が見えるところがいいんじゃないかしら」

「たしかにね」

 

 海、海か。

 

 あまり行ったことがなかった。

 

 そうだな。

 

 海の見える家で、みんなで暮らそう。

 

 

 

 

 俺は、あの子の悲劇が許せなかった。

 

 きっと、その悲劇を起こした世界でさえも。

 

 

 

 でもそれは、観客席から見たときの話だった。

 

 何が悲劇なのかは、壇上で踊っている本人が決めるものだった。

 

 幸福を知らないことは、不幸であることとイコールではない。

 

 奢侈を尽くさず花を愛でることは、不幸ではない。

 

 

 それに気づくのに、俺は1700年もかかった。

 

 

 それだけの物語。

 

 

 これを読み終わったら、俺の枕元に置いといてくれ。

 起きたら、『人生を本にする魔法(マイニュート)』を解くから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完

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