ストライクウイッチーズ零外伝
扶桑海ノ三羽烏
第5話 異性接近遭遇
元居た基地を出発してから数時間、出発時にはまだ高い位置にあった太陽も既に西の空へと傾き始めている頃…彼女達は目的地へと到着した。
「ほ~…ここがウィザードが居る基地か、私達の居た基地より内地寄りなんだな」
自分達がこれから世話になる基地を見渡しつつ、綾香が呟く。
「この基地は主にウィッチやウィザードの訓練に重きを置いた場所だからな、ウラル方面から来る
その呟きが聞こえたのか、後ろに居た江藤が説明する。ちなみに、智子はここに着いて早々グラウンドを見つけるとそちらに向かって走り出していた。どうやら長時間の移動で動けなかった分ここで発散する気の様だ。その様子を見た武子は溜息を付きながら智子を追っていき、次いで晶も慌てて後を追っていった。
そして、その様子を苦笑しながら見守っていた圭子は、江藤の話に興味を持って話しかける。
「隊長…この基地について詳しいんですね?もしかして、来た事があるんですか?」
「……昔ちょっとな」
圭子の疑問に答える江藤であったが、その表情が一瞬曇ったのを見て圭子はそれ以上その話を聞くのを止める事にした。辺りに重たい空気が流れる。
「…しかし隊長、移動先は目と鼻の先という話では無かったのですか?確かに今日中には着きましたが…もう夕暮れですよ?」
「!…そ…そうですよ隊長!私もちょっとしたドライブぐらいの気持ちだったのにまさか数時間移動する事になるなんて…」
そんな空気を変えようと、綾香は別の話題を切り出した。慌てて圭子も綾香の話乗る。
「ん?いや、目と鼻の先だろう。陸路で行ける範囲を距離とは言わんよ」
あたかも当然だろう?と言いたげな江藤の顔を見て、二人は思わず噴出して笑ってしまう。その様子を見て江藤は眉を潜めたが、その口元は薄っすらとだが笑みを浮かべていた。
「…まあいい、とりあえず飛び出して行った智子達を追うぞ。まだ向こうに挨拶すらしとらんからな」
着いて来い、と二人を促しつつ智子を追っていく江藤。二人も少し後ろから後を着いて行く。
「……ありがとね、綾香」
「気にするなヒガシ、お前はそんな湿気た顔より何時もの笑顔のほうが数倍似合ってるぞ」
珍しく気落ちしている圭子に対して、圭子の肩を叩きつつ「笑え笑え」と促す綾香。そんな言葉に、少し照れた表情をしつつ圭子はニコっと笑って見せた。
「うん、上出来じゃないか。それでこそ何時もの圭子だ」
「そう……かしら?何かこれ…思ったより照れるわね…っ///」
何はともあれ、圭子が元気になったのを確認し綾香も自然と笑みが零れた。しかしを見た圭子が自分の笑顔が笑われたと誤解し少しの間口論になっのだが、後ろの異変に気づいた江藤の一喝により何事も無く収められた事を付け加えておく。
一方その頃武子と晶は、グラウンドの端で何とか猛ダッシュをする智子を捕獲する事に成功していた。
「アナタって子は何時も何時も…少しは落ち着きって物を覚えれないのかしら?」
「うぅ……だって、移動の間退屈だったし…」
「んー…?」
「ヒィッ!?…」
何時もの説教モードに入っている武子。智子はその威圧感に呑まれ、完全に縮こまってしまっていた。正座させられ、反論しようにも武子の一睨みで俯いてしまう。ちなみに晶はと言うと…
「ぜぇ…ぜぇ…お二人とも……それより…早く……戻らないと…」
走り回った所為で完全にグロッキー状態である。何やら二人に言いたいようだが、息が切れている所為で所々聞き取れない。仕方なく武子の説教が続いてる内に近くの木陰で息を整えようと休んでいると、何時の間にやら背後に近づいてきていた一人の少年の存在に気がついた。
「よぅ、随分疲れてるみたいだけど大丈夫か~?」
「ひゃぁっ!?…あっ…あの…わわっ!?」
しゃがみこみ、晶の顔を覗き込む少年。突然の事に狼狽して声が裏返ってしまう晶。よっぱどビックリしたのかそのままバランスを崩して倒れこみそうになるが、少年が間一髪腕を掴み何とか引き戻す。
「っと……おいおい、そこまでビックリする事は無いだろ?」
「あっ…はい、すみません……」
「ん…謝る必要はねーけどよ、まあ怪我も無いみたいだし良かったな!」
晶がどこも怪我してないのを確認し、笑いかける少年。最初は少年に萎縮していた晶だが、少年の屈託の無い笑顔を見ている内にいつの間にか少年と一緒に声を上げて笑っていた。
その声が届いたのか、武子と智子も気づいて晶達に近づいてくる。
「晶が声を上げて笑うなんて珍しいわね…って……コイツ…だれ?」
突然の現れた少年にジト目を送りつつ少年を観察する智子。顔は…まあ世間一般で言う美男子の部類だろう、扶桑海軍の飛行服を着込んでいる事から恐らくウィザードか戦闘機乗りだと思われるが、これだけでは判断しきれない。次に印象だが、引っ込み思案な晶がこれだけ早く打ち解けてる事からそう悪くない…?いやいやまだそう断定するには情報が足りなさ過ぎ等々…
「…おいおい、そう睨まれるとこっちも困るんだが」
智子の視線にポリポリと頭を掻きつつ智子へと声をかける少年。しかし智子からの返答は無い。しばらく見つめあう二人だったが、困った顔をしている少年に武子が助け舟を出す。
「えっ…あっ…ちょっと武子!?」
「はいはい、いきなり初対面の人を睨みつけたら失礼でしょ!と・も・こ?……えっと…海軍の人で良いのかしら?」
未だ少年を睨みつけている智子をその場から無理やり引き剥がし、代わりに少年へと声をかける武子。
「ああ…そういうそちらさんは陸軍だろ?見た所、この嬢ちゃんの連れってとこか」
智子の視線から逃れやっと調子が戻ってきたのか、少年の口調にも元気が戻ってくる。
「えっと…この人とは先程出会ったんですけど、コケそうになったボクを助けてくれて……あっ!自己紹介がまだでしたね、ボクは扶桑陸軍参謀本部第1部編成動員課所属の杉山晶って言います!」
「よろしくお願いしますね」と丁寧にお辞儀をする晶。それに続いて武子も自己紹介を始めた。
「私は扶桑陸軍飛行第一戦隊所属の加藤武子よ、で…こっちのむくれてる子が穴拭智子」
「う~……っ///」
笑顔で「よろしく」と返す武子と頬を引っ張られ上手く声が出せない智子。時折武子の手から抜け出そうと暴れるが、ガッチリとホールドされていて動けない。
「飛行第一戦隊……んじゃアンタ等はウィッチって訳か。ほ~……なるほどな」
何かを納得したようにうんうんと頷く少年。彼が何を納得したのかが分かるはずも無く武子と晶は揃って首をかしげる。と、ここでようやく武子ホールドを抜けた智子がズカズカと少年に近寄り、キッと睨みつける。世に言うガンつけである。
「何よ、私達がウィッチで悪い訳?言いたい事があるならはっきり言いなさいよっ!」
力強い剣幕で捲し立てる智子。それに対して少年は…
「ん?いや、前に噂で聞いてたんだけどやっぱウィッチって美人揃いなんだなってよ」
平然とした顔でそんな事を口にした。
「なっ……ななななななな!?」
見る見る内に真っ赤になっていく智子。先程の剣幕は何処にやら、まるで少年を恐れる様に後ずさりしている所を再び武子に確保されるが、そんな武子も少し顔を赤らめていた。
「あっ……あははは……それより今度は貴方の名前、教えて貰えると嬉しいです」
そんな二人を尻目に、今度は晶が少年に尋ねる。すると少年は待ってましたとばかりに口を開いた。
「おうよ、オレは横須賀海軍航空隊の赤ま―――」
少年が自己紹介をはじめようとした瞬間、その声に被さる様に江藤の声が響き渡る。
―――お前達、いい加減挨拶に向かうぞ!戻って来い!!――――
智子達が声の方に目を向けると、グラウンドの向こうで仁王立ちしている江藤の姿が見えた。その後ろに控えている圭子と綾香は心なしか表情が暗い様に見える。
「ん?どうやらそっちの迎えみたいだな、んじゃオレも用事がある事だしそろそろ行くとするぜ」
「えっ…あっ…ちょっとアンタ名前は!?」
慌てて智子が振り向くと、既に少年は基地の方へと走っていった。江藤が呼んでいる手前今から追いかける訳にもいかず、3人はすぐさま江藤達の元へと駆けていった。
その後合流した江藤達は基地施設内へと足を運んだ。まずは今回の演習相手である独立第十戦隊の隊長、藤井始に挨拶するため彼を探す事になったのだが、江藤の表情は重い。
「やれやれ…ここまで来るのに少々時間が掛かってしまったな、約束の時間を少し過ぎてしまったか」
江藤の呟きに、その遅れた原因を作った張本人、智子の体がビクっと跳ねる。散々武子に説教された後ではあるが、ここから更に江藤からの説教までも入るのかと身構えるが、その前に智子の横に居た晶からフォローに入った。
「まっ…まあでも、そこまで遅れた訳ではないですし!今日は演習の予定がなかったんですから大丈夫ですよっ」
「そっ…そうよね?」
懸命な晶の励ましにより、少し表情の和らぐ智子。前方に居る武子はまだ言いたい事がある様な顔をしているが、こちらはこちらで圭子に「まあまあ」と抑えられている。
そうこうしながら通路を歩いていると、反対方向から男性将校が歩いてきた。何か不機嫌になる出来事があったのか、苦虫を噛み潰した表情をしながらこちらへ向かってくる。
その階級章から陸軍少将と判断した一同は、すぐさま道を開け陸軍式の敬礼の形をとる。
「ん……?貴様等はウィッチか?何でウィッチがこんな所に居る?」
男は敬礼している江藤たちに気づき足を止め、まるで品定めをするような目つきで6人を見る。その下卑た視線を受けて智子が明らかに嫌そうな顔をするが、横の武子が智子の背中を抓り嗜めた。
「我々は陸軍飛行第一戦隊に所属しているウィッチです。こちらの藤井始大佐率いるウィザード部隊と模擬演習するために来ました」
すかさず江藤が智子達と男の間に立ち自分達がここに理由を説明する。男はその説明を聞くと明らかに先程よりも不機嫌になった。
「チッ……貴様等があの青二才の言っていたウィッチ部隊か。フン…いけ好かんな」
吐き捨てる様に呟くと、グチグチと江藤に悪態を付き始めた。見る見る江藤のボルテージが上がっていくのを感じた智子達はその場から数歩後ずさりしつつ、ヒソヒソ話を始めた。
「ちょっと、アレ流石に不味いんじゃない?このままじゃ隊長、あの中年オッサン殴っちゃうんじゃない?」
「だろうな、しかし…私達じゃ止められまい」
「あわわわ…っでも止めないと洒落にならないわよっ!?」
「そう?でもあの人目つきが何かやらしいし、このまま隊長が一発行ってくれた方がスカッと…って武子!さっきはよくもやったわね!!」
ギャーギャーともはやヒソヒソ話の域では無くなって来ているが、ふと綾香が明らかに様子がおかしい晶に気づく。
「どうした杉山、顔色が悪いぞ…?」
晶の顔を覗き込む綾香。しかし晶からの反応は無く、まるでこの世の終わりの様な表情で俯いている。
「なん……つが……こに………」
「?…何を言ってるかよく聞こえないぞ?」
消え入りそうな声で何かを言おうとしている晶を心配そうに見つめる綾香。そこに江藤に悪態を付いていた男が、こちらの騒ぎに気づきやってくる。
「ん?貴様等何を騒いで…?……ほぅ、貴様の顔は何処かで……そうだ、確か杉山晶と言ったなァ?」
男は晶の顔を見るなり下卑た笑みを浮かべて晶に近づいてきた。その顔を見て、晶の身体がビクっと震えた。
「ひっ!?…あっ…あの…」
明らかにその男に怯えている晶。更に男が晶に触れようとした瞬間……その腕は綾香の手によって払われた。
「っ!?…きっ…貴様何をするか!?」
突然の事に狼狽しつつも、綾香を睨みつける男に対し、綾香は凛とした表情で男と対峙する。
「申し訳ありませんが少将、この子は体調が悪いようなので話なら私が伺います」
一応丁寧な口調だが、その目からは男への敵意が見て取れる。一触即発の空気の中、何が起こったのか一部始終を見ていなかった智子達3人は綾香の手を払う音に気づいて此方を見るが、その後ろにあった今にも男に殴りかかりそうな江藤の顔を見て血相を変える。
3人は即座に覚悟を決め、一斉に江藤へと飛び掛った。
「なっ……お前達何をする!?」
突然3人に飛び付かれその場に倒れこむ江藤。その隙を逃すまいと3人は魔法力を発動し江藤の手足を押さえ込み、何とか無力化に成功する。
「ごっ…ごめんなさい隊長!でも流石に暴力は良くないと思いますっ!!」
「今は抑えてくださいっ……」
「あはは…これは後が怖いわねぇ~……」
流石の江藤も現役ウィッチ3人に組み伏せられては為す術もなく、しばらくもがいていたが大人しくなった。突然の横槍に多少面食いつつも、男は再度綾香に向き直る。
「チッ…ウィッチと言うのはどいつもこいつも教育がなっとらんな。オイ、貴様…名前はなんと言う?」
「扶桑皇国陸軍 飛行第1戦隊所属、黒江綾香少尉です。少将殿」
キッと睨み付けてくる男に対して綾香は堂々と自分の所属と階級、そして名前を淡々と伝えていく。男はその態度が気に入らないようだったが、流石にウィッチと殴り合いをする勇気は無いらしく、綾香の言葉を聴くとそのまま横を通り過ぎていった。
「貴様…私に楯突いて唯で済むと思うなよ?…フン、精々楽しみにしておけ」
綾香の横を通りすぎる間際、そんな捨て台詞を残して。すぐ後ろで蹲っている晶に対しても何か一言二言言っていたようだが、流石に遠すぎて綾香達の耳に届くことは無かった。
男が去った後、綾香かはすぐさま晶の下へと近づく。ずっと俯いている所為で晶の表情は読めないが、まだ肩がワナワナと震えているのを確認し、綾香は晶の身体を自分の胸に埋めさせる様に引き寄せ、優しく頭を撫でていく。
「とりあえず落ち着け、アイツとお前の間に何があったかは知らないが絶対に私が守ってやる…」
明の耳元で呟きつつしばらくそうしていると、段々と晶の震えが止まっていくのを綾香は感じた。相変わらず顔は俯いたままだが先ほどの様な怯えは無く、恥ずかしそうに上目遣いで綾香の顔を覗く。
「あっ…あのっ!…ごめんなさいっ……でっでもボクはもう大丈夫…ですから///」
余程今の状況が恥ずかしいのか、まるで茹蛸の様になっていく晶。何とか綾香の胸から逃れようとするが、綾香にガッチリホールドされて一切身動きが取れない。「もう平気ですから」と言う晶に対し、綾香の行為はエスカレートしていく。
「ん?別に減る物でも無いし良いじゃないか、それにしても杉山は中々良い抱き心地だな…丁度こんな抱き枕が欲しいと思ってたんだ♪」
調子に乗った綾香の頭を撫でていた腕が段々と下へ下へと滑っていく毎に晶の身体が小さく跳ねる。
「だっ…抱き枕って…ひゃぁっ!?どっ…何処を触ってるんですか!?やっ…止めてくださ………っ///」
段々と艶を帯びていく晶の声…と、いよいよもって危険な空気が漂うのを感じたのか先ほどまで江藤を抑えていた智子が頬を赤めながら綾香を止めに掛かる。
「ちょっ…ちょっと綾香!!いい加減にしなさいよっ!こんな公衆の面前でっ!」
「んぐっ!?まっ…待て智子!?力任せに引っ張る……っ!?」
「は~や~く~は~な~れ~ろ~~!!」
襟回りを掴んで力任せに引き剥がしに掛かる智子に対して抗議の声をあげる綾香であったが、興奮した智子の耳に届くことは無くそのままズルズルと晶から引き剥がされていく。
「あっ…あの…穴拭さん?黒江さんが…」
「まったく…晶ちゃん大丈夫?その…っ綾香に変な事されていない??」
引き摺られて行く綾香を見て心配そうな声をあげる晶であったが、その声は智子の声でかき消された。
「あっ…はっ…はい…大丈夫…ですけど…///」
「なら良いけど……とっ…とにかく綾香!アンタの趣味がどうかは知らないけど、少しは場所と状況を考えなさいよね!…?ちょっと聞いてるの綾香??」
されど綾香からの返事は無い。妙に思い恐る恐る綾香の顔覗き込む智子。
「―――――」
「あっ…綾香!?しっかりして綾香ーーーっ!?」
そこには智子に本気で襟回りを締め付けられ、完全に気絶している綾香の姿があった。尚智子が抜けた事でパワーバランスが崩れ拘束を振りほどいた江藤は、智子達に当たる事は無かったもの、しばらく不機嫌であった事を付け加えておく。
所変わって基地施設内の一室―― 江藤達が探している人物、藤井始は神妙な面持ちで紙タバコに火を付け一服していた。
「元よりすんなり行くとは思ってなかった、やはり上はあくまで俺達の事を……いや、今はそれより目先の事だな」
フゥーっと煙を吐き、物思いに耽る藤井はふと…部屋の外が騒がしい事に気づく。すぐさま部屋の外に出ると、慌しく走ってきた一人の兵士を捕まえ声を掛ける。
「随分騒がしいが何かあったか?」
「はっ…!あっ…いえ…その……」
声を掛けられた兵士は藤井の顔を見るなり口ごもる。このままではラチがあかないと判断した藤井は、鋭い眼光で兵士を一睨みし一喝する。
「貴様ァ!!応答は一字一句はっきりせんかっ!!」
藤井の覇気に圧倒され、震え上がる兵士。すぐさま姿勢を正し、恐る恐る口を開いた。
「いっ…医務室にその……ウィッチが運び込まれたと噂になっておりまして……じっ…自分も今様子を見に行こうかと…っ」
「ウィッチ…?そういえばもう江藤が来る時間は過ぎているな。……まさか」
「…?あの藤井隊長、どうかなされたのですか?」
「…いや、良い。貴様はすぐに元の持ち場へ戻れ!そしてこの話は他言無用だ、良いな?」
「はっ…はい!失礼します」
すぐさま来た道を戻っていく兵士を尻目に、嫌な予感を感じつつ藤井は医務室へと向かった。
医務室前は案の定既に兵士やウィザード達が群がり人だかりが出来ていた。彼らは皆運び込まれたウィッチに興味があるようで、何とか中を覗こうと四苦八苦している。
「おいおい、ウィッチの子ってどんなんだったんだよ??」
「オレもチラッと見ただけだけど、かなり可愛かったぞ!」
「マジかよ!?オレウィッチの子に近づきたくて軍に入ったんだよな~…これってチャンスじゃね?」
「バ~カ!お前なんかが声掛けた所で無視されんのが関の山だろ~がっ」
「くっ……もう少しで中が見えそうなのに……」
「ちょっ…おい馬鹿止めろ!?これ以上押すんじゃねえっ!?」
等々最早ドアを破って中に入って行きそうな勢いであるが、誰より軍の規律を重んじ「達磨の鬼教官」とまで言われた男、藤井始がこの惨状を放って置く訳も無かった。未だ藤井がここに来た事に気づく様子も無く盛り上がっている彼らに対し、藤井はゆっくりと近づいていき……
「何をやっておるかぁ~…貴様等ァ!!!!」
本日一番の怒声と覇気でその場に居た者をものの一秒も経たずに黙らせた。その怒声に振り向いた彼らは、藤井の顔を見るなりすぐさま血相を変えつつその場に整列し姿勢を正す。その様子を一瞥した藤井は全員に持ち場に戻る様にと指示、全員が移動するのを確認した後で医務室の扉を開け中へと入っていった。
藤井が中に入るとそこには見知った顔が二人、そしてはじめて見る顔のウィッチが4人居た。見知った顔はかつて自分の部下だった江藤敏子、もう一人は新型ユニットの運用等で何度かこの基地を出入りしている杉山晶、藤井が今まで到着を待っていた人物達である。それが何故医務室に居るのかは分からなかったが、藤井は先ほどまでの厳しい顔から幾分緩んだ表情で江藤へと声を掛けた。
「…久しぶりだな、江藤。元気にしていたか?」
智子に落とされ気絶した綾香を運びつつ、偶然近くを通った兵士に医務室の場所を聞き何とか辿り着いた一同。突然の事に困惑している軍属医師に状況を説明し、何とか綾香をベットに寝かせる事に成功した。
状況も一段落し、すぐさま藤井の元へ挨拶をと考えたのが…そこで新たな問題が発生した。何時の間にか医務室の外では彼女達に興味を持った男達でごった返していたのだ。
流石にこの状況で外に出るのは騒ぎが大きくなる為此処から出る事もできずどうしたものかと頭を悩ます一同。するとそこへ、まるで地を割らんばかりの怒声が当たり一面に響き渡った。
「なっ…何今の!?えっ…ええっ!?」
「あわわわ…っ!?」
「っ…誰かの叫び声!?それにしたって…」
「大分耳にくるわね…これ」
突然の事に何が起こったのか分からずパニックに陥る智子、晶、武子、圭子の4人。
「やれやれ…どうやらあちらに足を運ばせてしまったようだな」
そんな4人とは対照的に何処か懐かしそうな表情を浮かべる江藤。少しすると外の先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返り、一人の男…藤井が医務室へと入ってきた。
「…久しぶりだな、江藤。元気にしていたか?」
「はい、隊長もお変わり無いようですね」
「ああ、しかしお前が部隊の隊長か……時が経つのは早いな。そして……」
江藤と親しげに話しつつ、藤井は次に晶の下へと歩いてくる。
「あっ…ごっ…ご無沙汰しています藤井大佐!えっと…」
「貴様も相変わらずだな、杉山少尉!もっとしっかりせんか!」
「えっ…あっ…そのっ…すっ…すいま…ひゃぁっ!?」
藤井の言葉にあたふたする晶。何とか言葉を紡ごうとした次の瞬間、藤井の大きな掌が晶の頭をクシャクシャと撫で回す。不意の一撃に声が裏返る晶であったが、藤井はその事に気を止める様子も無い。
「フッ…機会があれば一度鍛え直してやりたい所だが、あまりちょっかいを出しすぎると荒木の奴に何を言われるか分からんからな!しかし精進を忘れるなよ?」
「わっ…分かりました!分かりましたから~っ!!」
「おっと…すまんすまん。で、彼女達がお前の部下という訳か………所で何故1人倒れているんだ?」
ようやく晶を開放した藤井は、次に智子達を見て当然の疑問を口にした。それに江藤は気まずそうにここに来て今まであったことを掻い摘んで説明する。すると今まで比較的穏やかだった藤井の表情が一転険しくなる。
「なるほど、なっとらんな江藤。部下の統制は上官の務め、つまり貴様の責任だぞ」
腕を組みキッと江藤を睨み付ける藤井。その所作だけで江藤はまるで上官に目を付けられた新兵の様に固まり、表情は完全に青ざめる。
「もっ…申し訳ありません隊長!以後この様な事が無いよう一層精進する次第であります!」
「当然だ。戦場ではそう言った油断、気の緩みが死に直結する…部隊を指揮する立場なら尚更だ!……それと、もう隊長は止せ江藤。藤井で良い」
「はっ……はい……」
「分かれば良い。さて、次は……」
何時もの江藤では絶対ありえないような従順な態度。それに智子達は完全に動揺していた。そしてあの江藤をそんな状態するこの藤井と言う男は何者なのかと3人の心には興味と恐怖が植えつけられる。すると藤井の目は3人へと向けられる。
「未だお前達の名前を聞いていなかったな。オレはこの基地に駐屯する扶桑陸軍飛行独立第十戦隊隊長、藤井始大佐だ。一人ずつ名前を聞こう」
「はい!私は扶桑陸軍飛行第一戦隊所属、穴拭智子です!」
藤井の言葉にまず最初に応えたのは智子であった。
「同じく加東圭子少尉です」
「同じく加藤武子少尉です。そしてベットにいる子が黒江綾香少尉です」
「なるほど、江藤が鍛えているだけあって良い目をしてるな」
3人の自己紹介を聞き僅かだが表情を緩める藤井、それを見た3人から安堵の吐息が漏れた。しかしその後、再び険しくなった藤井の顔を見てすぐさま表情を引き締める。
「お前達も江藤から聞いていると思うが、お前達には明日からしばらくオレの訓練を受けてもらう事になる。ウィッチであるお前達なら訓練にも付いてこれるだろうが…オレの訓練は身体を鍛える為だけの物ではない。その精神もしっかり鍛えてやるから覚悟しておけ」
『はい!!よろしくお願いします』
3人の返答に満足したのか頷く藤井。
「よしではお前達に割り振られた部屋に案内しよう、今日はゆっくり休め。杉山はこの後格納庫の方で整備班と合流してくれ、オレも後で向かう」
「分かりました!ではボクは一足先に失礼しますね、皆さんまた後で」
ペコリとお辞儀をし部屋を出て行く晶。
その後、藤井に連れられ智子達は自分達に割り振られた部屋へと移動した。部屋には二段ベット2つと簡易的な机が置いてあり、どうやらここに智子、武子、圭子、綾香の4人が過ごす事になるようだ。
部屋とこの基地、食堂などについて軽く説明すると藤井はすぐさま格納庫へと向かい、江藤は綾香が目覚めた後事情を説明する為医務室へと戻った。残った智子達は自分達+綾香の荷物を整理し、やっと一息つくことが出来た。
「ふぅ~……疲れた」
「あ、ここの布団意外にフカフカね♪」
すぐさま布団へとダイブする智子と圭子。その様子をやれやれと言った表情で見つつ、武子も自分に割り振られたベットへと腰を下ろした。
「それにしても藤井大佐…凄い迫力だったわね、隊長があんなになっちゃうなんて……」
「そうね、達磨の鬼教官……その噂に違わぬ迫力だったわ」
「ん…何それ?達磨~??」
「なんでも藤井大佐のあだ名らしいわよ」
「ああ…それあだ名決めた人相当センスがあるわね」
「ともあれ隊長以上に厳しい人が明日から訓練教官になるんだから…智子、貴女気をつけなさいよ?」
「っ!?なっ…なんで私だけなのよ??」
武子の言葉に納得いかないと頬を膨らます智子。その様子につい笑みの零れる圭子と武子。
そんなこんなで彼女達の最初の一日は過ぎていく。明日から行われるであろう訓練…それに対する期待とちょっぴりの不安を残して……