アレスの天秤〜伊那国雷門なんていなかった〜   作:風邪ひきたくない

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オリキャラ回
オリキャラなんて使った事ないからブレブレかも


勝ったはずなのに

雷門に戻ったのは夜だった。

 

勝った日だろうと、負けた日だろうと、身体は勝手に“次”へ向かう。

トーナメントは、負けたら終わりだから。

 

「解散!」と雷電先輩が乱暴に言って、みんなが「うっす」と返す。

そのまま散っていく――はずなのに、今日は誰もすぐ帰らない。

 

寮組は固まって歩き出す。

地元組は「また明日」と笑って手を振る。

 

その境目が、いつもよりはっきり見えた。

 

相馬ナオキが小さく言う。

 

「寮、いいっすね」

「みんなで帰るの、なんか……」

 

「じゃあ今度来いよ」

小暮が即答する。軽口みたいに。

「枕投げは禁止だけど」

 

「禁止なんすか」

「禁止だよ。雷電先輩が――」

 

「圧で死ぬ」

 

また笑いが起きる。

その笑いに紛れて、僕は“遅れて歩く”背中を見つける。

 

相良だ。

 

GKの相良が、誰にも混ざらないまま校舎の奥へ向かっていく。

歩き方が静かすぎる。

勝った直後の歩き方じゃない。

 

(……動く)

 

根拠はない。

ただ、そういう人間の匂いを僕は知っている。

 

僕は足を止めた。

迷う時間は、誰かを一人にする。

 

「相良」

 

短く呼ぶ。

相良は振り返った。驚きはない。見つかる前提の顔だ。

 

「……要」

 

呼び方が同じ距離だ。

 

「帰らないの」

「帰る」

「じゃあ、なんでまだいる」

 

相良は一瞬だけ黙って、タオルを握り直した。

 

「……ちょっとだけ」

 

“ちょっとだけ”が一番長いことを、僕は知っている。

 

 

校舎の裏。体育倉庫のさらに奥。

錆びたフェンスの向こうに、地味な扉がある。

 

鍵がかかっているように見えるのに、開く。

開くことを知っている人間だけが開ける。

 

――イナビカリ修練場。

 

扉を開けた瞬間、機械油の匂いが鼻に刺さった。

それに混じって、焼けたゴムみたいな匂いもする。

 

吊られたタイヤ。

トレーニング器具。

無茶な角度の斜面と、壁。

ボール射出機が、まるで生き物みたいに鎮座している。

 

そして――

 

(……またやってる)

 

射出機の横に、工具箱が開きっぱなしで置いてある。

ネジが数本、雑に並べられている。

配線がテープで補強され、パネルの端に小さく「※ここ触るな!!」と走り書きがある。

 

床の隅に、見覚えのある小さな紙片が落ちていた。

 

『射出角:+0.8°』

『回転:安定』

『次:反応速度テスト』

 

目金の字だ。

勝手に、でも本気で“良くして”くれている字。

 

射出機が低い唸りを上げる。

一拍置いて、ボールが飛ぶ――以前より、明らかに滑らかだ。

 

僕は壁にもたれて、ぼそっと心の中で礼を言った。

 

(……助かる)

 

こんな場所を“使える状態”で維持するのは、優しさだけじゃできない。

誰かの執念と、手間がいる。

目金のそれは、たぶんロマンだ。

 

ロマンが、今日みたいな勝ちに繋がることもある。

 

 

相良は迷いなく中へ入った。

スイッチを入れる。射出機が目を覚ます。

 

ボールが飛ぶ。

相良が受ける。抱える。返す。

 

同じ角度。

同じリズム。

 

勝った直後の動きじゃない。

 

「……相良」

 

相良は止まらないまま、短く返す。

 

「なに」

 

「勝ったのに、ここ来るんだな」

 

「勝ったから来た」

 

即答だった。言い訳がない。

 

ボールがまた飛ぶ。

相良が受けて、息を吐く。

 

「……俺、できねぇんだよ」

 

「何が」

 

「必殺技」

 

たった二文字で空気が沈む。

 

「普通に止められる」

「でも、必殺技だけ……出ねぇ」

「だから、勝っても勝った気がしない」

 

悔しさを隠すみたいに、相良は次の球を強く抱えた。

 

僕は視線を落とす。

 

「……付属の頃、こんな顔してたな」

 

相良が一瞬だけ笑いかけて、笑い切れなかった。

 

「……あの頃は、止まったら終わりだった」

 

言い終えてから、相良は口を噤んだ。

言い過ぎた、という沈黙。

 

僕も、それ以上は繋がない。

繋いだ瞬間、輪の外に出てしまう気がした。

 

僕はタオルを握り直して、いつもの微笑みを作る。

 

「一人でやるな」

 

相良が、射出機のスイッチに手を伸ばしかけて止めた。

 

「……要」

 

呼び方が短い。距離が近い。

 

「付き合え」

 

命令みたいな口調。

でも、旧知の頼り方だ。

 

僕は小さく頷く。

 

「うん」

「時間は区切る。明日がある」

 

相良が、ほんの少しだけ口角を上げた。

 

「分かってる」

 

分かってない顔で言う。

でも今日は、それで十分だった。

 

ボールが飛ぶ。

受ける。抱える。返す。

 

その音の合間、相良が小さく、ほとんど息だけで呟いた。

 

「……塾の名前は、出すなよ」

 

僕は返事をしなかった。

頷くだけで十分だった。

 

匂わせは、これでいい。

雷門の中で、それが“利用”に見えた瞬間、全部が壊れる。

 

僕は心の中で糸を結び直す。

 

(次も、全員で)

 

射出機が低く唸る。

相良が受け止める。普通のキャッチ。普通の音。

 

でも、その普通を崩さないために、僕はここにいる。

 

次は美濃堂三中。

トーナメントは、負けたら終わり。

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