いろいろ直したいところはあるけれど、とりあえず投稿。
ひとまず、最後までプロットは大まかに済んでいるので、
書ききってから、修正することを目指します。
甘い香りで目を覚ました。
舌の裏に、キャンディーのかけらがまだ残っている。
変な姿勢で身じろぎする。
固い感触。
けれど、温かい。
土ではない。石でもない。
息を吸うと、青い匂いがする。
どこにいるのか。
身体を起こそうとした瞬間、
大きな葉が顔を覆った。
「これは...」
見覚えのある葉脈。
指先でなぞる。
葉の裏から、柔らかな光が差し込む。
世界樹に、朝が来ている。
私はうろを抜け出した。
外へ出た瞬間、風が触れた。
高い。
空が、やけに近い。
枝がまるで大地のように広がっている。
世界樹の内部にいたらしい。
胸元の装置が、かすかに振動する。
―61%
息をのむ。
前の世界よりもやけに数字が大きい。
しかし、安定している。
動かない。
61%
風がやむ。
遠くで鳥が鳴いた。
世界は、穏やかだった。
私は、揺らぎの装置にそっと指をかけた。
ぱちり、と小さな音。
蓋が開く。
針を伴った円盤が回りだす。
やがて。
ある方向へ向く。
「精霊の山?」
私は装置を胸元に戻し、枝の縁に立った。
風が服の裾を引く。
一歩、踏み出す。
身体が、ゆっくりと浮き上がる。
世界樹の枝々が、眼下に広がっていく。
葉の海が、波のように揺れている。
飛ぶのはいつも、少しだけ怖い。
落ちる感覚ではなく——
置いていかれる感覚が、する。
精霊の山は、遠くない。
地平の向こうに、青白く霞んでいる。
雲海の端に頂を見据える。
あの山になにかある。
装置はそう言っている。
私は風に乗りながら、ゆっくりと高度を上げた。
思い出すのは、いつも飛んでいるときだ。
地に足がついていないと、記憶が浮かび上がってくる。
過去のループのこと。
いくつもの世界で、私は教主に会ってきた。
たいてい、教主は誰かを好きになる。
それ自体は、悪いことではない。
けれど——
笑っていた顔が、ある日を境に変わる。
目の奥が、落ちていく。
それによって引き起こされる崩壊の調べ。
もっとも多い崩壊の理由。
いままで、ずっと会えていない。
それが、引っかかっている。
いつものループなら、もう顔を合わせている頃だ。
エルフィン女王の世界でも、
教主の影はあった。
けれど本人とは、まだ一度も。
精霊の山が、近づいてくる。
青白い霞が、輪郭を持ち始める。
岩肌に、緑が這っている。
風が変わった。
冷たく、湿っている。
山特有の匂いがする。
草と、石と、水の混ざったもの。
私は高度を落とし始めた。
装置が、かすかに震えている。
61%。
変わっていない。
世界は、まだ穏やかだ。
着地する直前、
風が一瞬だけ止まった。
葉も、枝も、揺れなかった。
世界が息を止めたような、
その静けさの中で——
立っていた。
私は、あの人を見つけた。
精霊の山は静かだった。
アヤの家を出たのは朝早い時間だ。
見送りはいらないと言ったのに、
扉の前で傘をさしながら手を振っていた。
私は苦笑しながら、山道を歩いていた。
岩の端に腰を下ろし、
眼下の景色を見ていた。
妖精王国と世界樹が雲間に沈んでいる。
山特有の澄んだ空気。
朝露のきらめき。
遠くの川が朝焼けに照らされている。
悪くない眺めだ。
帰る前に、少し休もうと思った。
その時だった。
空から、何かが降りてきた。
いや―誰かが。
着地の瞬間、
葉が舞い上がった。
細い耳。
整った顔立ち。
「エルフ?」
声に出てしまっていた。
その子は顔を上げた。
目が合う。
そして―
「...教主様」
名前を呼んだ。
やっと会えた、とその顔が言っていた。
まるで長い旅の終わりを見つけたようだった。
しかし、知り合いだっただろうか。
記憶を探る。
出てこない。
「私のことを知っているの?」
まっすぐな問い。
「噂で。精霊の山に教主様がいると」
そう答えながら――
心は、別の言葉を抱えていた。
やっと、会えた。
何度も、失った。
今度こそ、間に合うと信じたかった。
―その重さに、わずかに息が詰まる。
……今のは。
私は彼女を見た。
言葉は落ち着いている。
けれど、その奥に、長い時間の匂いがした。
「えっと、君の名前は?」
なるべく軽く聞く。
「私は、リニュアといいます」
その名を聞いた瞬間――
胸の奥で、何かが小さく揺れた。
「私は、世界樹教団で一応教主をしているよ」
いつも教主と名乗るのは少し恥ずかしい。
自分で言うと、どうも締まらない。
「教主なんて大げさなものじゃないんだけどね」
リニュアは私を見つめて何も言わなかった。
だけど瞳の奥ではその言葉を否定しているように感じた。
「それで、どうしたの。なにか困ったことでもあった?」
「えっと、ただ...教主の人柄を見に来たでは、ダメでしょうか...」
そういって、なんとなく並んで座った。
二人で景色を眺める。
風が、草を撫でる。
私は横目で彼女を見る。
緊張している。
けれど、それだけではない。
何かを決意している目だ。
「人柄って……」
私は苦笑する。
「そんなに立派なものはないよ」
リニュアは、少し間を置いてから言う。
「立派かどうかは、これから決まるのだと思います」
その言葉に、なぜか胸が引っかかる。
“これから”。
まるで、私が何かを選ぶことを知っているような言い方だ。
「試されてるのかな、私は」
冗談めかして言う。
リニュアは、ほんの少しだけ笑う。
でもその笑みは、安心というより、
祈りに近い。
「教主様は……」
彼女は空を見上げる。
「もし、世界が壊れそうになったら、どうしますか?」
唐突な問い。
私は少し考える。
「壊れ方にもよるかな」
「守れるなら守る」
「守れないなら…?」
そんな未来を想像するのは、あまり気分がよくない。
「守れないなら……」
言葉を探す。
「せめて、後悔しない方を選ぶ」
リニュアの肩が、わずかに揺れる。
その瞬間、また胸の奥に重い波が触れる。
――何度も、失った。
さっき感じた残響。
この子は、何を背負っている。
「君は?」
私は聞き返す。
「君ならどうする」
リニュアは答えない。
少しだけ視線を落とす。
心の奥が、ざわりと揺れる。
“もう失いたくない”
強い。
あまりに強い。
けれど口から出た言葉は違う。
「私は……教主様の選択を信じます」
その答えは、軽い。
でも、心は重い。
私はふと、思う。
初めて会ったはずなのに。
どうしてだろう。
この子を、一人で帰らせたくないと感じるのは。
「リニュア」
名を呼ぶ。
彼女は、すぐに顔を上げる。
その反応が、早すぎる。
まるで、何度も呼ばれてきたかのように。
「もし本当に、困ったことがあるなら」
私は視線を景色に戻す。
「一人で抱えなくていい」
風が止まる。
リニュアの呼吸が、わずかに乱れる。
“言えない”
その感情が、はっきりと伝わる。
でも私は、それ以上踏み込まない。
代わりに、立ち上がる。
「さて」
軽く伸びをする。
「山は静かすぎる」
「少し下りるかい?」
リニュアが立ち上がる。
その足取りは、ほんのわずかに迷いがある。
けれど、私の隣に並ぶ。
距離は、近い。
言葉はない。
ただ、同じ方向を見ている。
山の静けさが、やけに長く続いた。
ふと、空の色が変わっていることに気づいた。
じわりと、赤みが差してきている。
夕焼けに似ている。
けれど、朝だ。
「教主様!」
リニュアの声が、いつもより鋭い。
私は空を見上げたまま答える。
「どうしたの?」
赤い。
じわり、と滲むように。
朝の光を押しのけるように。
綺麗すぎる色だ。
胸の奥が、わずかにざわつく。
けれど、理由はわからない。
そのとき――
頭の奥に、かすかな震え。
“そんな!また終わるの?”
……終わる?
私は、ゆっくりとリニュアを見る。
彼女は空を睨んでいる。
顔が、青い。
まるで。
この色を知っているかのように。
「終わるって?」
静かに聞く。
リニュアがはっとする。
一瞬、目が泳ぐ。
「いえ……」
声が揺れる。
「ただ、嫌な予感がして」
嘘だ。
心が違う。
“早すぎる"
“今回は違うと思ったのに”
胸が、重くなる。
私は空をもう一度見る。
赤は広がっている。
雲の縁が、燃えるように染まる。
けれど音はない。
風も、止まっている。
世界が、息を詰めているようだ。
「落ち着いて」
私はできるだけ穏やかに言う。
「まだ何も起きていない」
そう。
まだ、だ。
リニュアの拳が、白くなるほど握られている。
何かを言いたい。
でも、飲み込んでいる。
私は思う。
この子は、何を知っている。
そして、なぜ。
私に隠している。
「……リニュア」
名を呼ぶ。
今度は、少し低く。
「私に手伝えることはある?」
そう聞いた瞬間。
リニュアの呼吸が、わずかに止まった。
言葉を探している。
いや。
言葉を、飲み込んでいる。
“巻き込みたくない”
“これ以上、背負わせたくない”
その感情が、はっきりと伝わる。
私は何も言わず、待つ。
急かさない。
風が、ひとすじだけ吹いた。
彼女の髪が揺れる。
そして。
「……教主様」
かすれた声。
「もし」
小さく、息を吸う。
「もし世界樹に、異変が起きているとしたら」
そこで止まる。
でも。
その奥にある本音は、隠せていない。
“手伝ってほしい”
“ひとりで決めたくない”
私は、胸の奥が少しだけ緩むのを感じた。
なるほど。
そういうことか。
「確かめに行こう」
迷わず言う。
彼女が顔を上げる。
驚きと、わずかな安堵。
「一人で抱えるより、二人で間違えた方がいい」
自分でも、少し変な言い方だと思う。
でも本音だ。
世界が赤く染まっている。
終わるのかもしれない。
それでも。
「私はね」
空を見る。
「何も知らないまま終わるのは、嫌なんだ」
リニュアの目が、揺れる。
まだ何か隠している。
それでもいい。
全部知らなくても。
隣に立つ理由には、十分だった。
「行こう」
一歩、踏み出す。
赤い空の下。
まだ、壊れていない世界を歩く。
私たちは山を下りる。
途中、風が妙に重い。
鳥の声が減っている。
赤は薄れない。
むしろ、空の奥に沈殿している。
世界樹が近づくにつれ、
空気が変わる。
甘い匂い。
樹液のような、濃い気配。
妖精王国の門が見えたとき、
すでにざわめきは始まっていた。
妖精たちが空を見上げている。
囁き。
不安。
恐れ。
「教主様!」
誰かが私に気づく。
その瞬間――
門の奥から、強い気配が二つ。
一つは、冷たい。
静かに研ぎ澄まされた刃のような。
もう一つは、鋭い。
刺々しく、隠す気もない棘の気配。
足音が、石畳を打つ。
白銀の髪を揺らす女王が、ゆっくりと歩み出る。
その背後に、腕を組んだまま不機嫌そうな魔女。
「遅いぞ、教主」
冷たい声。
「一大事なのに、どこで何をやっていたわけ?」
棘のある声音。
私は二人を見た。
魔女の王国を治める者――ベリータ。
その補佐役、茨の魔女フリックル。
赤は、さらに濃くなっている。
私は、ゆっくりと息を吸う。
「二人とも」
「話を聞かせてくれる?」
そう言って、王国の中心へ歩き出す。
赤い空の下で。
次から展開が動いていく予定です