終わりなき帰還   作:赤銀

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このまま信じてもいいのか

 

世界樹の根元。

 

魔女の王国へつながる階段を駆ける。

 

吹き上がる地下からの風は湿っている。

 

やがて空が見えなくなる。

 

オーロラの緑も赤も。

 

此処には何もない。

 

あるのは虫の光だけだ。

 

根が、ここまで伸びている。

 

地上から見ていた世界樹は、

地下では別の顔を持っていた。

 

どこかで、空気が変わる。

 

陰鬱な空気。

 

ここからが、ベリティエンだ。

 

私は広場の中央へたどり着く。

 

発光虫の明かりが軒を連ねている。

 

まるで地上の現象が、

地の底に沈んだようだった。

 

私は何度も装置を確認する。

 

『Jump Function: Disabled』

 

その表示のまま、電源が切れたかのように動かない。

 

次元を渡れない。

 

つまり――

 

逃げ道がない。

 

辺りに教主の姿はない。

 

王宮へ向かうしかない。

 

何度ループしてもここの道だけは慣れない。

 

王宮へ向かう道は迷路のようだ。

 

私は駆け出す。

 

だが——

 

袋小路だった。

 

その時、またあの声が聞こえる。

 

【こんなことになるのも】

 

【お前が何度も世界を渡るのも】

 

【すべて世界樹のせいだ】

 

「……どういう意味?」

 

【考えてみろ】

 

【お前はなぜ】

 

【毎回、崩壊する世界へ辿り着く?】

 

...意味が分からない。

 

【世界樹は】

 

【次元を越えて影響する】

 

【お前はその力を使っている】

 

【なら】

 

【世界樹が干渉している可能性は?】

 

ないとは言えない。

 

【崩壊する世界を選ばされている】

 

【...そうは思わないか?】

 

私は首を振る。

 

「違う」

 

「今はそんなことを考えている場合じゃない」

 

その時、背後から声が聞こえた。

 

「――探し物か」

 

振り向く。

 

茨の魔女であるフリックル。

 

彼女は息を整えながら言う。

 

「教主はどこだ? 外来種。」

 

「……それを私が聞きたいのですよ」

 

「空を見ましたか」

 

茨の魔女は動かない。

 

「おそらく、世界樹に異常が起きています!」

 

「次元移動も不能です」

 

「教主様に——」

 

「ふうん」

 

一音。それだけ。

 

「それで、エルフの手を借りてほしいと」

 

「……違います、ただ教主様に——」

 

「世界樹に異常が起きたと言ったわね」

 

フリックルは静かに続ける。

 

「世界樹の力を使って来た外来種が」

 

「この世界に干渉し続けている」

 

一拍。

 

「怪しいのは誰かしら」

 

「……私じゃない」

 

「そう言える根拠は?」

 

沈黙。

 

「ないわよね」

 

魔女の茨が伸びる。

 

速い。

 

私は一歩引くが——間に合わない。

 

冷たい拘束の感覚。

 

「魔女議会で尋問よ」

 

「それまでは——」

 

蔦を鞭のように構える。

 

「ここを一歩も通さないわ」

 

「……今は争っている場合じゃない」

 

「フリックルさん」

 

「どいてください」

 

「黙って通すと思う?」

 

一拍。

 

「なら」

 

「力ずくでも通りますよ」

 

フリックルは、かすかに口元を動かす。

 

「力ずく。」

 

静かに繰り返す。

 

「面白いわね、外来種」

 

「五千年後から来たとか言う割に」

 

「ずいぶん、短気じゃない」

 

封じていた力を解く。

 

そして、瞬時に茨の拘束を解く。

 

「ちっ」

 

舌打ち。

 

すぐさま次の棘の蔓が、空気を裂く。

 

速い。

 

だが。

 

私はもう——見切っている。

 

このループより前から、知っている。

 

一歩。

 

身体が、先に動いていた。

 

蔓が空を切る。

 

私は時を——ほんの一瞬だけ、止める。

 

長くは使えない。

 

世界樹に異常がある今はなおさら。

 

世界が、静止する。

 

音だけが、遅れて消える。

 

発光虫の光が固まる。

 

フリックルの表情が、止まる。

 

力は使いたくない。

 

でも——今は、一秒も無駄にできない。

 

私は静止した空間を抜けて、

相手の背後に回る。

 

時が、戻る。

 

「え——」

 

振り返る前に。

 

首筋に、手を当てる。

 

最小限の力で、意識だけを刈り取る。

 

音もなく。

 

茨の魔女が崩れ落ちる。

 

私は静かに抱きとめる。

 

地下の石床に、そっと横たえる。

 

薄れていく視界の中。

 

フリックルはかすかに口を動かした。

 

「……笑わせる」

 

「外来種が」

 

「五千年も、何をして……」

 

「来るたびに——世界を……」

 

「……壊して。」

 

それきり。

 

瞼が、落ちる。

 

私は立ち上がる。

 

胸の奥が、鈍く痛む。

 

否定できなかった。

 

その言葉の半分は、

私自身も思っていた。

 

「……ごめんなさい」

 

誰にも届かない声で言う。

 

私は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―少し前

 

世界樹の根は、魔女の王国の天井を覆っていた。

 

巨大な根の影が、王宮の広間に落ちている。

 

ベリータはその下に立っていた。

 

「世界樹教団」

 

静かな声だった。

 

「我ら魔女王国は、すでに脱退した身だ」

 

「それを今さら戻れと言うのか」

 

私は首を振る。

 

「脱退したつもりでも」

 

「世界樹が崩れれば、魔女も妖精も関係ない」

 

「みんな終わる」

 

ベリータの瞳がわずかに細くなる。

 

「……終わる、か」

 

沈黙が落ちる。

 

地下の空気は冷たい。

 

どこか湿っている。

 

ベリータが言う。

 

「世界樹を調査してわかったことがある」

 

彼女は静かに続けた。

 

「世界樹は、壊れているのではない」

 

私は眉をひそめる。

 

「……どういう意味だ」

 

「時間の流れが乱れているのだ」

 

一拍。

 

「時間?」

 

ベリータはうなずく。

 

「世界樹の内部で」

 

「時間の層が、裂けている」

 

私は言葉を失う。

 

「だから」

 

彼女は続ける。

 

「凍結の魔導書が効く」

 

「凍結の魔導書?」

 

ベリータがゆっくり歩き出す。

 

根の影を踏みながら。

 

「魔女の秘宝だ」

 

「物理的な凍結ではない」

 

「存在そのものを、保存する魔法」

 

私は黙って聞いている。

 

「問題のある部分だけを凍結する」

 

「時間の流れを止めるのだ」

 

「そうすれば」

 

「世界樹は延命できる」

 

私は腕を組む。

 

「そんなことが可能なのか」

 

ベリータは少しだけ視線を落とす。

 

「完全な成功は、まだない」

 

「だが」

 

「部分的な成功例はある」

 

彼女は静かに言った。

 

「砂時計だ」

 

「……砂時計?」

 

「魔法の発動は、ごくわずかだった」

 

「だが」

 

「落ちていた砂が」

 

「空中で止まった」

 

「そのまま」

 

「今も動いていない」

 

私は思わず息を止める。

 

「……時間が止まったのか」

 

「そうだ」

 

ベリータは続ける。

 

「さらに、この魔導書の著者は」

 

「魔法には指向性があると書いている」

 

「つまり」

 

「狙った場所だけを凍結できる」

 

世界樹の根を見上げる。

 

巨大な影。

 

その奥で、何かが脈打っている。

 

「ただし」

 

ベリータが言う。

 

「発動には大きな魔力が必要だ」

 

「私を含め」

 

「数十人の魔女が必要になる」

 

沈黙。

 

私は言う。

 

「それなら」

 

「協力すればいい」

 

「エルフも魔女も」

 

ベリータは首を振る。

 

「断る」

 

きっぱりと言った。

 

「エルフの機械で延命された世界樹」

 

「そんな不安定なものに」

 

「我々の魔法を重ねるつもりはない」

 

彼女の瞳は揺れない。

 

「我々だけで」

 

「この問題を解決してみせる」

 

そのときだった。

 

ベリータが何か言いかける。

 

「ブルミ?」

 

目の前にブルミが現れる。

 

「教主!」

 

「変だよ!」

 

焦った声だった。

 

私は立ち上がっていた。

 

胸の奥がざわつく。

 

この感覚は知っている。

 

世界が壊れる前の――

 

あの気配だ。

 

「親分...いや、世界樹が――」

 

一瞬の沈黙。

 

「何か起きてる!」

 

「……教主?」

 

「誰の名前だ...?」

 

ベリータが眉をひそめる。

 

私は走り出していた。

 

「待て」

 

ベリータの声が背中に飛ぶ。

 

だが止まらない。

 

胸の奥のざわつきが、

 

どんどん強くなっていく。

 

嫌な予感がした。

 

とても。

 

嫌な予感が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は走り出す。

 

肺が焼ける。

 

発光虫の光が、後ろへ流れる。

 

王宮の回廊。

 

広い。

 

長い。

 

(教主様——)

 

扉が見える。

 

大広間。

 

私は押し開ける。

 

そこに。

 

女王ベリータがいた。

 

一人で。

 

立っていた。

 

「エルフか...。」

 

ベリータの声は静かだ。

 

驚きも怒りも、ない。

 

「教主様はどこですか」

 

息を整える暇もなく聞く。

 

ベリータはゆっくり根の影を見上げる。

 

「わからない……急に走り出して、どこかへ行ってしまった」

 

「そのあとをフリックルが追ってはいるが...」

 

私は奥歯を噛む。

 

すれ違った。

 

「……地上の状況を知っていますか」

 

ベリータの視線が戻る。

 

「なにかあったのか?」

 

「空が揺れています」

 

「オーロラが出ています」

 

「世界樹の延命装置におそらくなにか問題が―」

 

言い終わる前に。

 

ベリータの表情が、わずかに変わる。

 

沈黙。

 

ベリータはゆっくり息を吐く。

 

「……やはり来たか」

 

静かに言う。

 

「ならば」

 

彼女は振り返る。

 

大広間の奥へ。

 

「魔女を集める」

 

「凍結の魔導書を使う時が来た」

 

一拍。

 

「我々だけで」

 

私は何も言えない。

 

「行け、エルフ」

 

ベリータは私を見ない。

 

「教主を追え」

 

「それがお前の仕事だろう」

 

私は一秒だけ立ち止まる。

 

それから。

 

走る。

 

 

 

---

 

来た道を戻る。

 

回廊。

 

広場。

 

薄暗いトンネル。

 

フリックルがまだ倒れている場所を通り過ぎる。

 

ごめんなさいは——あとで。

 

今は。

 

階段が見えた。

 

地上へつながる、あの長い階段。

 

そこに。

 

人影があった。

 

階段の途中で立ち止まっている。

 

「——教主様」

 

声が出た。

 

思ったより、大きな声だった。

 

人影が止まる。

 

振り返る。

 

教主だった。

 

「リニュア?」

 

「……どうしてここに」

 

「追ってきました」

 

息が乱れている。

 

走り続けていた。

 

教主の表情が少しだけ変わる。

 

「地上で何かが起きています」

 

「わかってる」

 

教主は言う。

 

「ブルミが——」

 

教主は言いかけて、止まる。

 

「いや……」

 

「勘が告げている」

 

「私も感じています」

 

私は通信機を出す。

 

「これを——」

 

画面が暗い。

 

表示が消えたままだ。

 

「エレナ様と連絡を取ろうとしましたが」

 

通信機を操作する。

 

応答なし。

 

「…繋がらないか…」

 

「地下だからだと思います」

 

地上に出れば繋がるはず。

 

何かが、ひっかかる。

 

だがわからない。

 

「……急ぎましょう」

 

教主はうなずく。

 

「ああ」

 

二人で。

 

階段を駆け上がる。

 

一段、また一段。

 

空気が変わっていく。

 

湿った地下の空気から。

 

夜の風へ。

 

根の影が薄くなる。

 

出口の光が、見えてくる。

 

地上に出れば——

 

何かがわかるはずだ。

 

そう思いたかった。

 

二人の足音が。

 

階段に響く。

 

その画面は、まだ暗いままだった。

 

 

 

 

 

 

 

―地上の空気が。

 

顔に触れた。

 

夜だった。

 

静かだった。

 

いつもなら——

妖精王国の灯りが並んでいるはずの通りが。

 

暗い。

 

全部、消えている。

 

灯りが。

 

全部。

 

空だけが、光っていた。

 

オーロラ。

 

見たことがない角度から、

 

見たことがない速度で、

 

光が波打っている。

 

誰かが、立っていた。

 

妖精が。

 

魔女が。

 

一人、また一人。

 

全員が、空を見ていた。

 

声一つ、ない。

 

気づけば、私も空を見ていた。

 

教主様も顔を上げたまま動かない。

 

まるで、何かを聞いているみたいに。

 

「エレナ様に連絡を」

 

通信機を操作する。

 

反応がない。

 

雑音すらない。

 

完全な沈黙だった。

 

「教主!」

 

声が飛ぶ。

 

振り向く。

 

女王エルフィンと司祭長のネルさんだった。

 

いつもの軽い顔じゃない。

 

「街の灯りが全部落ちてる!」

 

「魔力が流れてないの!」

 

「世界樹が変なのよ!」

 

そういって視線を落とす。

 

「司祭たちが調べています」

 

隣に控える司祭長が言う。

 

「世界樹の魔力が、

地上ではなく地下に流れています」

 

私は揺らぎの装置を見る。

 

画面は、まだ暗いままだ。

 

朝焼けは——まだ遠い。

 

 

 

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