ありきたり過ぎてこんなの書いてて意味あるのかって思いながら書く。
2026/02/17 12:08 一部修正
冷たい。
最初に感じたのは、背中を這い上がる冷気だった。
石のような硬さ。ざらついた感触。指先を動かすと、細かな砂が爪の間に入り込む。
目が覚めた。
視界が滲む。何度か瞬きを繰り返すと、ぼやけていた輪郭が少しずつはっきりしてくる。
最初に思ったのは——「なぜ、生きているのか」だった。
ここが週末農場なのか?
いや、そんなはずはない。
エーリアスにはない概念である「死」ー---
それを経験したはずだ。
教主様の目の前で、大蛇の牙に貫かれて。
でも、今。
私は灰色の地面に寝転がっている。
傷はない。
痛みもない。
血も、ない。
ただ、静寂だけがあった。
完全な、静寂。
風も、音も、命の気配すらない——灰色の世界。
「ここは、どこ…?」
立ち上がる。
視界に広がるのは、崩壊した街。
かつては建物だったであろう瓦礫の山。
崩れ落ちた壁。
ひび割れた石畳。
妖精王国の、廃墟だ。
でも、何かが違う。
色が、ない。
空も、建物も、地面も。
全てが灰色に染まっている。
足音が、やけに響く。
自分の呼吸音が、耳につく。
生命の気配が、ない。
「教主様…?」
小さく、呟く。
返事は、ない。
「教主様!」
叫ぶ。
でも、声は虚空に吸い込まれていく。
走る。
建物の影を確認する。
瓦礫の山を越える。
「マヨさん! エレナ様! マリーさん!」
誰も、いない。
ここには、私しかいない。
膝から崩れ落ちる。
涙が、こぼれた。
どれくらい、そうしていただろう。
涙が枯れるまで泣いた後、私はゆっくりと顔を上げた。
泣いていても、何も変わらない。
ここがどこなのか。
なぜ私が生きているのか。
みんなはどこにいるのか。
それを知らなければ、前に進めない。
——その時、頭上で何かが飛ぶ音がした。
見上げると、小型のドローンが私の周りを旋回している。
いくつもの次元を一緒に旅してきた私のドローンだ。
「あなたも…無事だったんだ」
胸が、少し温かくなった。
ドローンが降下し、銀色に光る何かを私の前に差し出す。
手のひらに収まるほどの、小さな機械。
表面には、見慣れない文字が刻まれている。
『Dimension Shifter』
次元、移動装置?
私が5000年後の未来から使っていた装置に似ている。
でも、あれよりもはるかに小型だ。
こんな小さな装置で、次元を移動できるの?
装置に触れた瞬間、それが起動した。
青白い光が強くなり、装置の上空に小さなホログラムが浮かび上がる。
『Current Dimension: R-1』
『Status: Stable』
『Next Jump: Available』
——次元、R-1。
私は、別の次元にいる?
いや、待って。
R-1ということは——これは最初に崩壊した世界?
それとも、番号はランダム?
わからない。
でも、確かなのは——。
ここは、私がいた世界ではない。
【ああ、またこれか】
心の奥底で、冷たい声が囁いた。
——またあなたか。
いつからいるのか、なぜ聞こえるのか、わからない。
でも、この声はいつも正しい。
【何度目だ? もう覚えてもいないのか?】
——うるさい。
頭を振る。
違う。
これは初めてだ。
初めて、こんな場所で目覚めた。
初めて、こんなに一人になった。
でも——。
この灰色の空を見上げていると、嫌な予感がする。
まるで、何度も見た悪夢のように。
まるで、ずっと繰り返してきた終わりのように。
「…まさか」
ループ。
また、同じことを繰り返すの?
132回、世界を旅してきた。
132回、世界の終わりを見てきた。
でも——まさか、それが終わらないなんて。
——その時、足元で何かが光った。
地面に転がっている、小型のレコーダー。
装置と同じように、うっすらと光っている。
拾い上げる。
表面には、見慣れた手書きの文字。
「リニュアへ」
エレナ様の、字だ。
手が、震えた。
なぜ、エレナ様のレコーダーがここに?
あの後、何が起こったの?
再生ボタンを押す。
ノイズ混じりの音。
そして——。
「おい! どういうことだ!」
エレナ様の声だった。
でも、いつもの冷静な声ではない。
怒りと、焦りと、何か別の感情が混ざった——叫び。
「どうして、あの時言うことを聞かなかった!? 私はお前を作った創造主と同じエレナだぞ? まあいい、これは私が秘密裏に開発していたお前を強制的に別の次元に移すための装置だ」
別の声が重なる。
「さすが、市長様。あのものが反旗を翻したときの保険を備えておくとは…」
アメリアさん?
「うるさい! 静かにしろ!」
エレナ様の怒鳴り声。
「ふん…、まぁそういうことだ。はなはだ遺憾だがこの装置にはお前を助けるためにしぶしぶ活用させてもらった。ほんとにしぶしぶだがな...」
少しの沈黙。
「この装置の機能としてはーー」
エレナ様の声が、少しだけ落ち着く。
「お前が死にかけた時、自動的に起動して別の次元へ転送する。正確には、『次元の隙間』を利用した緊急退避システムだ。本来は反逆者の追放用に開発したんだが、まさかお前を救うために使うことになるとはな」
ため息。
「次元R-1。お前が今いる場所は、私たちがいた世界と『ほぼ同じ』だが『少しだけ違う』次元だ。時間軸は少しズレてる。多分、私たちが戦った後の世界だろう。そこで体制を立て直して、次の行動を考えろ」
また、少しの間。
「装置の使い方は簡単だ。中央のボタンを押せば次の次元へジャンプできる。ただし、一度ジャンプしたら戻れない。それと——」
声のトーンが、変わった。
少し、優しくなった。
「…リニュア。お前は私が作った中で、最も優秀な個体だ。だから、死ぬな。絶対に、死ぬな。お前が死んだら、私が…その、困るからな」
少し、声が震えている。
「それと、教主とやらを守りたいんだろう? なら、生き延びろ。何度でも立ち上がれ。お前なら、できる」
ノイズが大きくなる。
「時間がない。もう行け。そして——生きて、帰ってこい」
プツッ。
音が、途切れた。
私は、レコーダーを握りしめたまま動けなかった。
——待って。
エレナ様は、私を別の次元に送った。
ということは——。
「教主様は…?」
声が、震える。
「みんなは、どうなったの…?」
エレナ様のメッセージには、その後のことが何も書かれていない。
私が死にかけた時、装置が起動した。
でも、その後——。
教主様は、無事だったの?
マヨさんは?
エレナ様は?
大蛇は、倒せたの?
世界は——。
エデンは、救えたの?
「わからない…」
胸が、締め付けられる。
ここは、R-1。
戦った後の世界。
ということは——。
「あの世界も、終わったの…?」
膝から、力が抜ける。
また、か。
また、世界を救えなかった。
また、大切な人たちを——。
「なんで…」
涙が、こぼれた。
「なんで、生き返らせたの…」
私は、休みたかった。
もう、戦いたくなかった。
もう、誰かを失いたくなかった。
なのに、なぜ——。
「私を、放っておいてくれればよかったのに…」
涙が、またこぼれた。
でも。
でも、同時に。
少しだけ、笑ってしまった。
「やっぱり、エレナ様だ」
ツンデレで。
不器用で。
でも、誰よりも優しい。
私を作った創造主のエレナ様も。
エデンの世界のエレナ様も。
きっと、同じなんだ。
「ありがとう、エレナ様」
小さく、呟く。
レコーダーをもう一度再生する。
今度は、最初から最後まで、ゆっくりと聞いた。
装置の詳しい説明。
次元ジャンプの方法。
注意事項。
そして、最後のメッセージ。
全てを聞き終えた後、私はゆっくりと立ち上がった。
周囲を見渡す。
やはり、ここには何もない。
救える世界では、ない。
でも、それでいい。
ここは通過点だ。
次の世界へ進むための、最初の一歩。
レコーダーを服のポケットにしまう。
装置を手に持つ。
「行こう」
廃墟を歩く。
妖精王国だった場所を、ゆっくりと。
かつて、ここには笑い声があったのだろう。
妖精たちが飛び交い、魔法の光が街を照らしていたのだろう。
でも、今は何もない。
ただ、灰色の静寂だけが広がっている。
広場の中央に立つ。
空を見上げる。
相変わらず、灰色の空。
太陽も、星も、月も見えない。
ただ、薄暗い光だけが世界を照らしている。
「ここは、救えない」
呟く。
これは、もう終わった世界だ。
私が何をしても、変えられない。
でも——。
次の世界なら。
次の次元なら。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
教主様の顔を思い出す。
優しい笑顔。
温かい手。
「もう一度、会いたい」
心から、そう思った。
もし叶うのなら。
もう一度、あなたの笑顔を見たい。
もう一度、あなたの声を聞きたい。
もう一度——。
装置を、握りしめる。
青白い光が強くなる。
『Next Jump: Ready』
ホログラムが表示される。
『Destination: R-537』
『Warning: Irreversible』
R-537?
なぜ、この番号?
装置は、何を基準に次元を選んでいるの?
でも、今は考えている暇はない。
ここには、もう何もないから。
中央のボタンに、指を置く。
「次の世界へ」
押す。
瞬間——。
世界が、歪んだ。
視界が白く染まる。
重力がなくなる。
体が浮き上がる。
音が消える。
感覚が消える。
全てが——。
【また、始まるのか】
心の声が、囁く。
【何度繰り返しても、同じだというのに】
——うるさい。
【もう、何度目だ?】
——知らない。
【お前は、まだ知らないのか】
——何を?
【この旅に、終わりはないということを】
光が、強くなる。
意識が、遠のく。
最後に聞こえたのは——。
教主様の、声のような気がした。
「リニュア——」
そして——。
熱い。
灰色だった世界が、赤く染まる。
煙の匂い。
焦げた木の匂い。
遠くで、何かが燃えている——。