ここまで読んでいただきありがとうございました。
余韻がうまく作れていたら幸いです。
宴会場。
カウンター席に並んでいるのは。
四人と一匹。
教主。
リニュア。
ギデオン。
そして。
教主に勝手についてきたエルフィン女王。
「勝手についてきたんじゃないわ」
エルフィンは胸を張る。
「お腹が空いたから、行く先がたまたま一緒だっただけよ」
教主は少しだけ目を細めた。
「それを勝手についてきたって言うんだよ」
「いいから早く出してくれない?つまらないことを話してる時間がもったいないと思わないわけ?」
「こいつ…」
その時。
テーブルの下で。
白い影が動いた。
リニュアが目を向ける。
「あ、白いの」
白い犬が。
口に何かを咥えている。
二通。
小さな便箋だった。
白い犬はリニュアの足元まで来ると。
それを、ぽとりと置いた。
「……これ」
リニュアが一通目を拾う。
封の端に。
見覚えのある署名。
「エレナ様……」
もう一通。
そちらを見て。
少しだけ目を丸くする。
「……アメリア様も」
二通の便箋を。
しばらく見つめる。
教主も。
ギデオンも。
エルフィンも。
何も聞かなかった。
リニュアは静かに封を開いた。
2通とも文字を追った後。
少しして。
リニュアは便箋を畳んだ。
リニュアが便箋を読んでいる間に。
教主はいつの間にか。
それぞれの前へ飲み物を置いていた。
エルフィンの前には、甘い香りのする飲み物。
ギデオンの前には、小さなグラス。
リニュアの前には。
レモンアイスティー。
グラスの中では。
大きな氷が。
ときどき、澄んだ音を立てていた。
教主が椅子を引いた。
「じゃあ、みんな何食べる?」
少しだけ袖をまくる。
リニュアも腰を浮かせる。
「手伝いましょうか?」
教主は振り返る。
「いや、いい」
少しだけ。
「そこにいて」
リニュアは一瞬。
何も言わなかった。
それから。
「……はい」
教主は厨房の方へ向かう。
「エルフィンはどうせケーキだろ」
「どうせって何よ!」
「違うのか?」
「……いちごケーキとモンブランとチョコアイス」
「ほらな」
「当てたからって偉そうにしないで!」
教主はため息をつく。
「ギデオンは?」
ギデオンは少し考える。
「……ぼく、今日は硬いやつがいいかも」
教主の手が止まる。
「食べ物の注文で初めて聞いたな、それ」
「リニュアは?」
「……なんでもいいですよ」
「一番困るやつだな」
教主は少し考えて。
棚の奥へ手を伸ばした。
小さな器を取り出す。
中には。
ナッツ。
「硬いやつって、こういうのでいいのか?」
ギデオンが目を向ける。
少しだけ。
顔が明るくなる。
「……うん」
教主は笑った。
「ずいぶん渋い注文だな」
器をギデオンの前へ置く。
「ありがとう」
「どういたしまして」
リニュアの前には。
ハーブチキンのサンドイッチ。
レモンアイスティーの隣へ。
教主は何も言わずに置いた。
「……ありがとうございます」
その横で。
エルフィンが自分の飲み物を持ち上げる。
一口。
飲む。
少し間。
「……甘くない」
教主が振り返る。
「十分甘いだろ」
「わたし基準では甘くないの」
教主は眉をひそめる。
エルフィンはもう一口飲む。
また顔をしかめる。
「あと、ちょっと薄い」
「……」
「それに、なんか量も少なくない?」
教主のこめかみがぴくりと動く。
「女王用ならもっと――」
ゴツン。
「うぎゃ!」
エルフィンは頭を押さえる。
「文句ばっかり言うな」
「なにも殴ることないじゃない!」
「軽くしかやってないだろ」
「軽くても殴ったことには変わらないの!」
「はいはい」
「はいはいじゃない!」
エルフィンがむっとしながら。
テーブルの上に置いてあった飴玉の袋へ手を伸ばす。
「もういいわ。甘いものは自分で補給するから」
袋を開く。
その拍子に。
飴玉がひとつ。
ころころ。
リニュアの横を通り。
ギデオンは。
目の前で止まった飴玉を見る。
少しだけ。
首を傾げる。
次の瞬間。
ズドン。
拳が落ちた。
飴玉が砕ける。
細かな欠片が。
ぱっと。
四方へ飛び散った。
「……あ」
ギデオンの手が止まる。
その瞬間。
世界から音が消えた。
飛び散った飴の欠片が。
空中で止まる。
リニュアが立ち上がる。
ひとつ。
またひとつ。
律儀に拾っていく。
テーブルの上。
床に落ちそうな破片。
ギデオンの袖に引っかかりかけていた小さな欠片まで。
全部。
小皿の上へ戻す。
時間が動き出す。
「……ごめん」
ギデオンの手が止まる。
「なにしてるのよ!」
エルフィンが勢いよく立ち上がる。
ギデオンがびくっと肩を揺らした。
「ご、ごめん……」
ギデオンはまだ縮こまっている。
リニュアが小皿をエルフィンの前へ置いた。
「大丈夫ですよ」
エルフィンが見る。
「こちらに回収しておきました」
「……」
砕けた飴。
ひとつ残らず。
皿の上にある。
エルフィンはしばらくそれを見て。
次に。
ギデオンの前のナッツを見る。
それから。
なぜか満足そうに頷いた。
「じゃあ」
ギデオンが顔を上げる。
「……?」
「あんたの分も、わたしがもらっていいわよね?」
「え」
ギデオンがナッツを見る。
「……うん」
素直にナッツの器を差し出した。
少し間。
「いらないわ」
「そんなつまらないもの、いらないの」
「……あ」
「…そっか」
ギデオンは器を戻す。
エルフィンはすぐに教主の方を向いた。
「教主~!」
「今度はなんだよ」
「追加でシフォンケーキもお願いね?」
「増えてるじゃないか」
「飴が壊された分よ」
リニュアはエルフィンを呼び止める。
「まぁまぁ、女王様。形も直しますから…」
エルフィンの目が輝く。
「直せるの!?」
「時間を少し戻せば、たぶん」
「リニュア」
教主が口を挟んだ。
「そこまでしなくていい」
リニュアが振り向く。
「でも」
「いいんだよ」
教主は。
砕けた飴を見る。
それから。
まだ怒っているエルフィンを見る。
少しだけ。
ため息をついた。
ギデオンは。
ナッツを一粒取る。
指先でつまんで。
ぱき。
小さく割った。
そのまま。
何事もなかったように口へ運ぶ。
リニュアが隣から見る。
少しして。
「……それ」
ギデオンが顔を上げる。
「うん?」
「少しだけ、食べてみてもいいですか?」
ギデオンが瞬きをする。
「……これ?」
「はい」
リニュアは自分の皿を見る。
ハーブチキンのサンドイッチ。
「あ」
少し考えて。
「私のサンドイッチも、少しどうですか?」
ギデオンの顔が。
ぱぁっと明るくなった。
「……いいの?」
「はい」
「食べる」
少しだけ返事が早かった。
リニュアはサンドイッチを半分に分ける。
ギデオンの皿へ。
ギデオンも。
ナッツの器を。
リニュアの方へ少し押した。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
教主は鶏肉を切り分ける。
そのうち一切れだけ。
味をつける前に、小さな皿へ。
「ほら。これはお前の」
白い犬の耳がピクリと動いた。
エルフィンの声が。
厨房の方へ飛ぶ。
「教主~!」
「今度はなんだよ」
「追加のケーキ、まだ来ないわよ?」
教主の手が止まる。
「そんなすぐ作れるか!」
「遅いわよ!」
「今頼んだばっかりだろ!」
「女王を待たせるなんてどういうつもり?」
教主はため息をつく。
それから。
ふと。
リニュアを見る。
目が合う。
「……楽しめてるか?」
リニュアは少しだけ微笑んだ。
それから。
曖昧に。
小さく頷く。
「はい……」
教主は何も言わなかった。
ほんの少しだけ。
口元を緩める。
リニュアも。
なんとなく。
隣を見る。
ギデオンと目が合った。
ギデオンは。
しばらくリニュアを見て。
少しだけ微笑む。
「……うん」
「大丈夫だよ。」
リニュアは何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ。
表情を緩めた。
リニュアの前を、風が撫でる。
窓の外は。
ちょっとずつ、暗くなっていた。
テーブルの上に、四つの影がゆるく重なっている。
足元では。
食べ終えた白い犬が、丸くなって眠っている。
向こうでは。
まだ誰かが話している。
笑い声。
食器の音。
それらが。
少しずつ遠くなる。
リニュアは。
グラスへ視線を落とした。
外側を。
一筋の雫が伝っている。
氷が。
ゆっくりと傾いた。
カラン。