考えている物語の最後の余韻に早くいきたい...
光が消える。
転移の浮遊感が消えた瞬間、柔らかいベッドの感触が体を包んだ。
「はぁ…、はぁ…」
息が、荒い。
胸が、締め付けられる。
マリーさんの涙。
燃え続ける妖精たちの叫び。
世界樹の崩壊。
すべてが脳裏に焼き付いて離れない。
「…大丈夫」
つぶやく。
自分に言い聞かせる。
「まだ、2回目だから」
「次こそ、違う」
「次こそ---。」
ゆっくりと顔を上げる。
「…えっ?」
目の前に広がるのは白い天井。
清潔な壁。
かすかな消毒された薬品のにおい。
近代的な照明。
「ここは…?」
ゆっくりと体を起こす。白いシーツが滑らかに肌を滑る。
部屋を見渡す。私は、ベッドの上にいた。
医療機器。モニター。点滴スタンド。
病院だろうか…。
窓の隙間からは穏やかな日の光が差し込んでいる。
胸元の装置を確認する。
『Current Dimension: R-89』
「R-89…」
ため息が漏れる。
窓に近づく。
外を見た瞬間——息を呑んだ。
整備された街路。
空中を走る、乗り物のような何か。
「これが…エーリアス?」
信じられない光景。
妖精たちがタブレットのようなものをもって歩いている。
獣人がスーツを着て街を行き交っている。
胸が、高鳴る。
ここは、まだ崩壊していない。
ここは、まだ救える。
そして——もしかしたら。
「教主様も…」
期待が、胸に灯る。
ふと、遠くに見える世界樹。
「!」
世界樹が、近い。
モナティアムで見る景色よりも、ずっと近くに見える。
ということは——。
「ここは、妖精王国…?」
でも、妖精王国がこんな都市に?
よく見ると、世界樹に無数のパイプや機械が取り付けられている。
まるで巨大な発電所のよう。
そして——。
「葉が…枯れている」
世界樹の一部が、茶色く変色している。
嫌な予感が、胸をよぎる。
ドアが開いた。
「目覚めましたか」
振り返ると、ハイネックブラウスと黒いサロペットを着たメガネのエルフ。
見覚えのある顔。
「ヒルデ…さん?」
ヒルデさんが少し驚いた表情を見せる。
「私の名前をご存知なんですか?」
「あ…研修医の…」
「はい、私はエルフ医療研修生です。でも、初対面ですよね?」
そうか、ここも別の次元だから…。
また、慣れていかないと…。
「…そうでした。すみません。夢で見たのかもしれません」
ヒルデさんは首を傾げたが、深くは追求しなかった。
「あなたは郊外で倒れているところを保護されました」
「倒れて…?」
「怪我はありませんが、念のため一晩休んでいただきました」
「ありがとうございます」
「では、異常がなければ退院の手続きをして来ます。少し待っていてくださいね?」
ヒルデさんが部屋を出て行く。
私は、もう一度窓の外を見た。
世界樹が、脈打っているような気がした。
退院の手続きを済ませ、街へ出た。
外に出ると、清潔な空気が肺を満たす。
灰のにおいも、煙のにおいもない。
ただ、少しだけー機械の匂い。
街を歩く。
かつて妖精王国だった場所は、完全に都市化していた。
高層ビルが並ぶ都市。
けれど、その装飾の奥に、かつての妖精王国の面影が沈んでいる。
曲線的な装飾。花のモチーフ。
それらが、無機質なビルの中に埋もれている。
街を歩く人々——妖精、獣人やエルフは、みんな忙しそうだ。
でも、誰も苦しそうではない。
R-537のような、燃え続ける地獄ではない。
R-1のような、死んだ世界でもない。
ここは——。
「救われた、世界…?」
街の中心部へ向かう。
高層ビルの間を抜け、広場のような場所に出る。
そこには、大きな電光掲示板があった。
『モナティアム市---次元脱出計画 進捗率73%』
『エネルギー供給安定---世界樹エネルギー研究所』
『市長エレナ様からのメッセージ: 進捗率73%!あと一歩だ!迷うな!私に続け!』
「モナティアム…」
かつては妖精の国、だけど今はエルフの街。
そして、エレナ様が市長?
「エレナ様がいる!」
胸が、高鳴る。
エレナ様いるなら---。
教主様も、いるかもしれない。
高速交通システムに乗る。
「モナティアム行き」
わずか数分で到着した。
本来なら、何日もかかる距離。
「こんなに速く…」
モナティアムは、さらに洗練されていた。
白い大理石の建物。
幾何学的な美しさ。
エルフの都市らしい、完璧な秩序。
でも、どこか——冷たい。
中央の大きな建物に向かう。
「エレナ市長」の表示。
受付で名前を告げる。
「リニュア、と申しますが…」
受付のエルフが、にっこりと笑った。
「ああ、お待ちしておりました」
「え…?」
「どうぞ、こちらへ」
案内されるまま、エレベーターに乗る。
静かな上昇音。
最上階。
ドアが開くと——。
広いオフィス。
窓の外に世界樹が見える。枯れている部分が、ここからよく見える。
デスクに座る、白衣を着たエレナ様。
隣に立つ、秘書のアメリアさん。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。たしか…リニュアといったかな?」
エレナ様が、立ち上がる。
「え…?」
なぜ。
なぜ、私の名前を?
「どうして…私のことを?」
そばに立つアメリアさんが、微笑む。
「この都市は、すべて監視されています。異物はすぐに検出されるのです。」
「次元を渡る旅人。世界樹の力で転移する者といったところかな?」
息が詰まる。
「どうして、そのことを!?」
「ふむ、どうやら自分のことには無頓着のようだな。」
「妖精王国周辺で特異的な魔力が検出されたから監視していたのさ。」
「なんの目的でここに来たかはわからないが…」
「唐突に現れたデータベースにないエルフなんてそうとしか考えられないからな」
「エレナ様…、なんてすばらしい高説なのでしょうか!」
「モナティアムAIコアの分析と一致しております。細部を除けばですが…」
「うるさいぞ。アメリア!私の考えを勝手にAIがマネしただけなんだ!」
よかった。いつものエレナ様だ。
「それで---何の用だ?」
「あの、教主様はどこにいらっしゃいますか?」
「教主?」
エレナ様が、眉をひそめる。
「教主って何だ?」
「え…?」
「聞いたことのない役職だが」
「いえ、人間の指導者の…」
「人間だって!?」
エレナ様の声が震える。隣のアメリアさんも驚いているように見える。
「どこでその名を知ったんだ!」
だが、一瞬のうち考えると冷静に返した。
「---いや、そうか…別の次元では人間がいることもありえなくはないか…」
「え…あの…」
「リニュアと言いましたか?余計な不安をあおって、エレナ様を混乱させないでください。」
アメリアさんの叱責が飛ぶ。
「この世界には人間という種族は確認されていません。」
「現在のところこのエーリアスの監視区域内での存在は確認されていません。」
そして、冷静にそう告げられた。
「…そんな」
涙が、こぼれそうになる。
でも、堪える。
「わかり、ました」
立ち上がろうとする。
「待て」
エレナ様が、私を止める。
「お前、次元移動者なんだろう?」
「…はい」
「なら、さっさとここから出たほうがいい」
「え…?」
「この次元は、もうすぐ崩壊する」
「!?」
エレナ様が、窓の外を指す。
遠くに見える世界樹。
機械に覆われた、枯れかけた世界樹。
「あと三日だ」
「持たなければ——終わる」
エレナ様が、私を見る。
「次元崩壊だ」
「この世界は、消滅する」
「消滅…」
「ああ。全てが、無に還る」
アメリアさんが、補足する。
「世界樹は、この次元の核です」
「それが停止すれば、次元そのものが維持できなくなります」
「だから、私たちは脱出するんです」
「脱出…?」
「ああ」
エレナ様が、デスクの上の資料を見せる。
そこには、複雑な図面と計算式。
「準備は進んでいる」
「崩壊の直前に、動かす」
エレナ様が、私を見る。
「お前も次元移動装置を持っているんだろう?なら、今すぐ別の次元へ行け」
「ここに留まる理由は、ない」
「でも——」
「でも、何だ?」
「…みんなは?」
「みんな?」
エレナ様が、眉をひそめる。
「妖精や、獣人や、魔女は——」
「ああ、彼らか」
エレナ様が、椅子に座り直す。
「---彼らも、一緒に連れて行く」
「…本当ですか?」
「ああ」
エレナ様が、頷く。
でも、その目は——冷たかった。
まるで、すでに何かを捨てている人の目だった。
「みんなを救う」
「それが、市長としての責任だ」
「…わかりました」
何か、引っかかる。
でも、追求するのはやめた。
「では、失礼します」
「ああ。気をつけろ」
「3日後には、この世界は消える」
「それまでに、出て行け」
市長室を出る。
エレベーターに乗る。
1階に降りる。
建物を出る。
街を見る。
妖精たちが、笑っている。
獣人たちが、働いている。
みんな、知らないんだ。
3日後に、この世界が消えることを。
「…本当に、全員救われるのかな」
不安が、胸をよぎる。
エレナ様の、あの目。
あの、冷たい目。 何かを、隠しているような——。
「…わからない」
【ならば、確かめればいい】
「どうやって?」
【3日間、この世界を見ていろ】
【真実は、そこにある】
「…そうだね」
私は、街を歩き始めた。
3日間。 この世界の、最後の3日間。
何が起こるのか——。 見届けよう。