エレナの、あの皮肉げな笑いが好きです。
その言葉に辿り着くまでの三日間を書きました。
目が覚めたとき、街はもう動き始めていた。
窓の外から、機械音が聞こえる。重機の唸り、金属がぶつかる音、誰かの怒鳴り声。
私は急いで服を着て、外へ出た。
街の空気が、昨日とは違っていた。
張りつめている。
人々の表情が固い。足音が速い。誰もが、何かに追われているように見える。
中央広場へ向かう。
大型の電光掲示板が、数字を映し出していた。
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【モナティアム市 次元脱出計画】
『進捗率:81%』
『残り時間:47時間23分』
『市長エレナより:「判断は私が下す。市民は私に従え」』
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81%。
昨日は73%だった。
急ピッチで進んでいる。
だが——残り時間は、あと2日しかない。
広場には、大勢の研究員が集まっていた。
白衣を着たエルフ、妖精、獣人。それぞれが端末を手に、何かを確認している。
その中心に、エレナ様がいた。
白衣を羽織り、手にタブレット端末を持ち、周囲に指示を出している。
その表情は——真剣だった。
疲労の色が濃い。目の下にうっすらと隈ができている。だが、その目には強い決意が宿っていた。
「霊視フィールドの拡張は完了したか!」
エレナ様の声が響く。
研究員の一人が答える。
「はい、市長! 街の主要地点32か所に霊視カメラを設置しました! 幽霊の座標も90%以上カバーできます!」
霊視カメラ。
私は聞き耳を立てる。
「竜族の転送フィールドは?」
別の研究員が答える。
「拡張フィールドの試験は成功しました! ただし、世界樹のエネルギー負荷が予想以上です。残り時間が12時間短縮される可能性があります」
エレナ様は一瞬、眉をひそめた。
だがすぐに頷いた。
「構わない。竜族を見捨てることはできない。全員を救う。それが私の責任だ」
その言葉に、研究員たちは敬礼するように頷き、再び作業に戻った。
私はその様子を遠くから見ていた。
エレナ様は、本当に全員を救おうとしている。
昨日の冷たい視線、あの計算された言葉遣い。それは、何かを隠しているからではなく、市長としての重責を背負っているからなのかもしれない。
だが、それでも——
心のどこかに、小さな疑念が残っていた。
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しばらくして、エレナ様が再び声を上げた。
「転送容量の最終確認!」
一人の研究員が、大きなモニターを操作する。
画面に、数字が表示される。
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『転送装置 最大出力』
『同時転送可能人数:94%』
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94%。
私は息を呑む。
残り——6%。
エレナ様は即座に言った。
「ならば優先順位を上げる!」
「まずは中枢管理区画!」
「エルフを優先的に配置しろ!他種族は後回しでいい!」
胸が、冷える。
やっぱり。
文明を残す。
そのための選別。
それが、この人のやり方。
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エレナ様の隣に、一人の女性が立っていた。
アメリアさん。
昨日、市長室で会った秘書だ。
金髪を後ろで結び、黒いスーツを着ている。その目は、エレナ様だけを見つめていた。
「市長様、休んでください」
アメリアさんが静かに言う。
「昨夜から一睡もしていないでしょう」
エレナ様は首を振る。
「休んでいる暇はない」
「全員を救うまで、私は止まらない」
アメリアさんは、一瞬だけ表情を崩した。
悲しげな、それでいて誇らしげな顔。
「……市長様は、強すぎます」
「だから、私が支えます」
エレナ様は微笑んだ。
「ありがとう、アメリア」
その笑顔は——柔らかかった。
アメリアさんは、エレナ様に水の入ったボトルを差し出す。
一口飲んだ。
「さあ、続けよう」
エレナ様は再び、前を向く。
アメリアさんも、その隣に立つ。
二人の姿は——
まるで、運命を共にする者のようだった。
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私は、エレナ様に近づいた。
「エレナ様」
エレナ様は振り返る。
その目は、疲れていた。だが、鋭さは失われていない。
「何だ?」
「……本当に、全員を救えるんですか?」
エレナ様は数秒、私を見た。
そして、静かに答えた。
「ああ」
「それが私の仕事だ」
「だが、順番は必要だ」
「制御系が崩壊すれば、転送装置は動かない」
「ならば、制御できる者を最後まで残す」
「それが、論理的な判断だ」
私は何も言えなかった。
エレナ様は続ける。
「私は感情で動かない」
「だが、結果は出す」
「全員を救う。それは約束する」
その言葉は、強かった。
だが——
どこか、悲しげだった。
エレナ様は再び作業に戻る。
私は、その背中を見つめていた。
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午後。
私は街を歩いた。
妖精地区へ向かう。
ここは、昨日と変わらず賑やかだった。子どもたちが笑い、大人たちが話している。
だが、時々——不安そうな顔をする者がいる。
私は立ち止まる。
疑念は、私だけではない。
街全体が、薄々感づいている。
だが、誰も声を上げない。
なぜなら——
エレナ様以外に、頼れる者がいないから。
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夕方。
世界樹の近くへ行った。
根には、無数のパイプが刺さっている。
機械が唸りを上げ、魔力を吸い上げている。
世界樹の幹は、黒ずんでいる。
葉は、半分が枯れている。
だが——
幹が、微かに脈打っていた。
青白い光が、一瞬だけ走る。
まるで、何かを訴えているかのように。
私は手を伸ばす。
幹に触れる。
冷たい。
だが——
かすかに、温もりがある。
「まだ、生きている……」
呟く。
「でも、もう限界なんだ」
世界樹は、答えない。
ただ、静かに脈打つだけ。
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夜。
宿に戻った。
エレナ様が手配してくれた部屋。
窓の外では、まだ作業が続いている。
街は、一晩中動いている。
私は装置を取り出す。
ホログラムを起動する。
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『Current Dimension: R-89』
『Status: Unstable』
『World Tree Remaining Time: 41h 12m』
『Next Jump: Available』
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世界樹の残り時間が、表示されている。
41時間。
あと、2日もない。
私は窓の外を見る。
エレナ様の姿が、遠くに見える。
まだ、現場にいる。
眠っていないのかもしれない。
「本当に……」
呟く。
「全員を、救えるんですか?」
風が、窓を叩く。
誰も、答えない。
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深夜。
建物が、微かに震えた。
私は飛び起きる。
窓の外を見る。
世界樹が——脈打っている。
青白い光が、幹全体を走る。
まるで、心臓のように。
鼓動が、速くなっている。
「これは……」
不吉な予感がする。
R-537と同じ。
世界樹が、限界に近づいている。
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翌朝。
電光掲示板の数字が変わっていた。
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『進捗率:94%』
『残り時間:18時間57分』
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94%。
あと、6%。
街は、さらに慌ただしくなっていた。
人々が荷物を持ち、集合場所へ向かっている。
転送の準備が、始まっている。
私は、制御室へ向かうことを決めた。
今日——
全てが決まる。
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3日目の朝。
空が、赤く染まっていた。
世界樹の光が、空全体に広がっている。
街は、静かだった。
誰もが、息を潜めている。
全市にアナウンスが流れた。
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『本日、次元転送を実施する』
『全市民は指定された場所へ移動すべし』
『転送開始時刻:10時00分』
『救済対象: 全登録市民』
『市長エレナより:「救われるかどうかは私が決める」』
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歓声が上がる。
妖精が抱き合う。
獣人が涙を流す。
魔女が笑う。
誰も疑っていない。
皆、信じている。
エレナ様を。
だが——
私の胸には、まだ疑念が残っていた。
私は走った。
制御室へ。
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市庁舎の最上階。
巨大なガラス張りの部屋。
そこが、制御室だった。
扉を開ける。
制御室の中央に、エレナ様とアメリアさんが立っていた。
周りの研究員たちは、最終確認に追われている。
私は、二人の会話を聞いた。
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「アメリア」
エレナ様が、静かに呼びかける。
「はい、市長様」
「お前も、転送される」
アメリアさんは、首を振った。
「いいえ」
「私は、市長様の傍にいます」
エレナ様は眉をひそめる。
「これは命令だ」
「お前は生きろ」
アメリアさんは、一歩前に出た。
その目には、涙が浮かんでいた。
「市長様」
「私は、あなたの秘書です」
「あなたが最後まで残るなら、私も残ります」
「それが、私の役目です」
エレナ様は、数秒沈黙した。
そして——
優しく、アメリアさんの頭に手を置いた。
「……馬鹿だな、お前は」
その声は、震えていた。
「だが、それがお前の良いところだ」
アメリアさんは、エレナ様の手を握る。
「市長様」
「私は、あなたを尊敬しています」
「あなたは、誰よりも強く、優しい」
「だから——」
「最後まで、一緒にいさせてください」
エレナ様は、目を閉じた。
そして——
頷いた。
「……分かった」
「お前も、残れ」
アメリアさんは、微笑んだ。
涙を流しながら。
「ありがとうございます、エレナ様」
二人は、並んで立つ。
研究員が叫ぶ。
「転送開始まで、120秒!」
エレナ様は、前を向く。
アメリアさんも、その隣で前を向く。
私は、その背中を見ていた。
二人は——
覚悟を決めていた。
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カウントダウンが、始まっていた。
その目は——揺るがなかった。
研究員が叫ぶ。
「出力99%! 安定限界です!」
「世界樹の鼓動が異常に速くなっています!」
「予測残存時間、12分!」
12分。
転送が終わる前に、世界樹が崩壊する。
エレナ様は、声を上げた。
「持たせろ!」
「今日で終わらせる!」
「全員を、救う!」
その声は、強かった。
だが——
ほんの一瞬だけ、指先が震えていた。
それでも——
エレナ様は、立っていた。
私は叫んだ。
「エレナ様! 本当に全員ですか!?」
エレナ様は振り返る。
その目は、冷たかった。
だが——
どこか、温かかった。
「当然だ!」
「だが順番は私が決める!」
「私は市長だ!」
「私が、最後まで責任を持つ!」
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カウントダウンが、ゼロになる。
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【転送開始】
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部屋全体が、白く光る。
世界樹が、悲鳴を上げる。
モニターに、次々と表示が流れる。
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『妖精地区 転送開始』
『座標確認中……』
『転送成功』
『妖精地区 転送完了』
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私は目を見開く。
妖精が——最初?
研究員が叫ぶ。
「妖精地区、全員転送成功!」
エレナ様は頷く。
「次!」
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『獣人地区 転送開始』
『座標確認中……』
『転送成功』
『獣人地区 転送完了』
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「獣人地区、全員転送成功!」
エレナ様は動じない。
「次!」
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『魔女区 転送開始』
『座標確認中……』
『転送成功』
『魔女区 転送完了』
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「魔女区、全員転送成功!」
私は、息を呑む。
違う。
エルフが、優先じゃない。
妖精が最初。
獣人が次。
魔女が次。
そして——
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『精霊・幽霊 転送開始』
『霊視フィールド展開』
『座標確認中……』
『転送成功』
『精霊・幽霊 転送完了』
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「精霊・幽霊、全員転送成功!」
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『竜族 転送開始』
『拡張フィールド展開』
『座標確認中……』
『転送成功』
『竜族 転送完了』
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「竜族、全員転送成功!」
エレナ様は、まだ動かない。
「次!」
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『研究区画 転送開始』
『座標確認中……』
『転送成功』
『研究区画 転送完了』
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「研究区画、全員転送成功!」
研究員たちが、次々と光に包まれる。
消えていく。
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『転送進捗:99%』
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世界樹が、悲鳴を上げた。
幹が裂ける。
根が崩れる。
空間が歪む。
制御室の床が、揺れる。
「市長!」
研究員の一人が叫ぶ。
「もう限界です! 逃げてください!」
エレナ様は動かない。
ただ、モニターを睨みつける。
その隣で——
アメリアさんが、端末を操作していた。
「市長様、座標を入力します!」
「あなたも転送できます!」
エレナ様は首を振る。
「だめだ」
「転送装置の維持には誰かが必要だ」
「それに私は市長だ。取り残される者がいないかを確認する義務がある」
アメリアさんは、顔を歪ませた。
「なら、私が残ります!」
「私の座標を削除して、エレナ様を転送してください!」
エレナ様は、アメリアさんを見た。
その目は——優しかった。
「それはできない」
「お前は、生きるんだ」
アメリアさんは叫んだ。
「嫌です!」
「エレナ様がいない世界なんて、意味がない!」
エレナ様は、アメリアさんの肩を掴んだ。
強く。
「アメリア」
「お前は、生きろ」
「そして——」
「皆を、導け」
「それが、お前の役目だ」
エレナ様の目は——あの時と同じだった。
あの冷たい目は、他人を切る目じゃなかった。
自分を、切る目だった。
アメリアさんは、涙を流した。
「エレナ様……」
エレナ様は、微笑んだ。
「ありがとう、アメリア」
「お前がいてくれて、良かった」
その瞬間——
モニターが表示を変えた。
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転送進捗:100%
全住民 転送完了
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一瞬の静寂。
そして——
光が、アメリアさんを包んだ。
「え……?」
アメリアさんは目を見開く。
「エレナ様!?」
エレナ様は、端末を操作していた。
アメリアさんの座標を——強制転送している。
「エレナ様、何を!?」
アメリアさんは手を伸ばす。
だが、光が強くなる。
「行け、アメリア」
エレナ様の声が、響く。
「お前は、生きるんだ」
「皆を、頼む」
アメリアさんは叫んだ。
「嫌です! エレナ様!」
「置いていかないでください!」
エレナ様は、笑った。
強く。
いつもの顔で。
「ふん!命令だ!」
「秘書なら、従え!」
光が、アメリアさんを完全に包む。
「エレナ様——!!」
アメリアさんの叫びが、響く。
そして——
彼女は、消えた。
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光が消える。
私は我に返った。
「エレナ様!」
胸元の装置を掴む。
「これを使ってください!」
装置を差し出す。
「私が次に跳べばいい! あなたがここを離れれば――!」
エレナ様は、私を見た。
その目は、驚くほど冷静だった。
「……それは私が作った理論だろう?」
「え……?」
「世界樹の位相共鳴を使った転移装置。」
「ならば当然、お前しか起動できないよう細工してあるはずだ。」
私は、言葉を失う。エレナ様はこの装置も私専用だ、と言葉を続ける。
「お前、まさか鍵もかけずに渡るつもりだったのか?」
「甘いな。」
「私はエルフだぞ?」
「エルフはな」
エレナ様が、わずかに笑う。
「裏切りに用心深い。」
一瞬だけ、チラリとこちらを見て肩をすくめる。
「そして、最後まで勝つ。」
「どうだ、エルフは最高の種族だろ?」
世界が、軋む。
天井に亀裂が走る。
「お前は跳べ。」
「私は、ここでいい。」
「そんな――!」
私は叫ぶ。
だが、エレナ様は一歩下がった。
崩れる床の縁へ。
「市長は最後まで残るものだ。」
「覚えておけ、リニュア。」
空間が裂ける。
光があふれる。
「泣くな。」
「――次の私がいる。」
「だから、お前は次へ進め。」
その声が——
最後だった。
________________________________________
私は、光に包まれる。
視界が、真っ白になる。
意識が、遠のく。
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人々が、次々と目を覚ます。
歓声が上がる。
だが——
一人だけ、動かない者がいた。
アメリアさん。
彼女は、草原に膝をついていた。
顔を両手で覆い、動かない。
私は、近づいた。
「アメリアさん……?」
アメリアさんは、顔を上げた。
その目は——真っ赤だった。
涙が、止まらない。
「エレナ様が……」
声が、震えている。
「エレナ様が、いない……」
私は、何も言えなかった。
アメリアさんは、空を見上げた。
「私は……」
「最後まで、一緒にいるって約束したのに……」
「なのに……」
「エレナ様は、私を騙した……」
アメリアさんは、涙を拭った。
そして——
立ち上がった。
「……市長様の遺志を、無駄にはしません」
アメリアさんは、空を見上げた。
「エレナ様」
「私は、あなたの秘書として——」
「最後まで、役目を果たします」
風が、また吹いた。
強く。
まるで、励ますように。
________________________________________
しばらく、静寂が続いた。
悲しみと、希望が混ざり合う沈黙。
だが——
その時。
誰かが、空を指差した。
「あれ……何だ……?」
私は、空を見上げる。
青い空。
白い雲。
だが——
空に、ひびが入っていた。
細く。
黒く。
まるで、ガラスが割れたかのように。
「空が……」
呟く。
「割れている……?」
ひびは、ゆっくりと広がっていく。
人々が、ざわめく。
私は装置を取り出す。
ホログラムを起動する。
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『Current Dimension: Unknown』
『Status: Unstable』
『Warning: Dimensional Integrity Critical』
『Estimated Collapse: Unknown』
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アメリアさんが、空を見上げている。
その目には、絶望が浮かんでいた。
「エレナ様……」
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私は、装置を握りしめる。
「エレナ様……」
呟く。
空の亀裂が広がる。
風が荒れる。
人々のざわめきが揺れる。
私は、装置を握る。
ホログラムが震える。
『Dimensional Integrity: Critical』
「……まだ、間に合うかもしれない」
私は、アメリアさんの方へ歩み寄った。
「元の次元の世界樹の力を借りて、次元を安定化させることができるかもしれません。」
「私は理論は知りません。でも、魔力の流れなら読めます」
「少しでも支えられるかもしれない」
「……私は」
残りたい。
そう思った。
一緒に崩れれば、楽だ。
エレナ様の選択も、
アメリアさんの悲しみも、
全部、終われる。
アメリアさんは、こちらを見た。
その目は、赤い。
泣き腫らしている。
だが——声は、冷たかった。
「やめてください」
「これは、市長様が選んだ結果です」
「あなたが手を出すことではありません」
私は、言葉を失う。
「でも、このままだと——」
「それでもです」
アメリアさんの声が、わずかに震える。
「市長様は、この住民達を救いました」
「あなたが介入して、何かが狂えば」
「……市長様の決断が、無意味になります」
違う。
本心じゃない。
本当は——
怖いだけだ。
また、失うのが。
「私は……」
アメリアさんは、拳を握りしめる。
「私は、市長様の遺志を守ります」
「だから——」
一瞬だけ、声が途切れる。
「……行ってください」
目が、逸れる。
「あなたは、旅人でしょう?」
「ここに縛られる人ではない」
その言葉は、
拒絶であり、
赦しでもあった。
私は、息を吸う。
胸が痛い。
助けたい。
でも。
私は、世界を渡る者だ。
エレナ様は、この世界を選んだ。
アメリアさんは、振り向かない。
それでも、立っている。
空のヒビが、さらに広がる。
私は、装置を握る。
いっそ装置を壊してやろうとも思った。
だけど、
——泣くな。
——次へ進め。
エレナ様の声が、よみがえる。
歯を食いしばる。
指が震える。
「……卑怯ですよ」
誰に向けた言葉か分からない。
私は、無理やりボタンに親指を押しつけた。
光が、包む。
最後に見えたのは、
空を見上げるアメリアさんの横顔だった。
次の世界へ。
R-89が、消える。
そして——
私は、また一人になる。
長文、最後までお付き合いいただきありがとうございます。
物語はまだ続きます。