終わりなき帰還   作:赤銀

6 / 26

エルフィン回です。

テンポよく書くのが難しい。


半分以下の半分こ

 

光が途切れる。

 

胸の痛みは、まだ消えていない。

 

ぐしゃ。

 

いつもより、少しだけ理解が遅れた。

 

「……え?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

「…今度は、どこ…」

 

「ちょっと!?女王のパンを踏みつけるってどういうことよ!」

 

「パン?」

 

足をどかす。

 

ぺったんこになったパン。

 

「そうよ!ネルに見つからないように隠しておいたのに!」

 

「えっと...柔らかかったです...」

 

「感想を聞いてるんじゃないの!」

 

「あんた、急に現れて何者なの!?」

 

「答えないとパン泥棒罪で一生パン焼き係よ!?」

 

「女王様!一体何事ですか?」

 

「ネル!こいつが私のパンを奪ったのよ!」

 

「パン?」

 

「えっと私はリニュア。通りすがりのエルフです。」

 

「通りすがりでパンを踏むの!?」

 

司祭長のネルさんはため息をついた。

 

「事情はよく分かりませんが…」

 

視線がエルフィン女王と私に交互に刺さる。

 

「女王様が私に隠していたパンを食べているところに、エルフのスパイが居合わせた。そういう理解で?」

 

「違います!私はスパイじゃありません!」

 

「なら、どういう用件で忍び込んだか白状していただけますか?」

 

「私は教主様を探して、ここに来ました。」

 

司祭長の視線が止まる。

 

「...教主様、ですか」

 

沈黙。

 

エルフィン女王の羽が、わずかに震える。

 

「...遅いわよ」

 

司祭長が一歩前に出る。

 

「教主様は、もうおりません」

 

「いないって、どういうことですか?」

 

「そのままの意味です」

 

「説明は不要でしょう」

 

一拍。

 

「スパイにしては、随分と情報が遅いようですね」

 

司祭長は目を細めて私を見る。

 

「...そう、ですか」

 

私は服の裾をつかむ。

 

「...今回も、間に合わなかったのですね」

 

「ねぇ、リニュアとか言ったわよね?」

 

「どうして、いまになって教主を探しに来たの?」

 

「それは---」

 

言葉が、喉の奥で止まる。

 

服の裾を握りなおす。

 

「私は、教主様を何度も見送っているから--ー」

 

エルフィン女王が、司祭長に目配せする。

 

司祭長はなにも言わない。

 

「何度もって、どういう意味?」

 

「...最近は会えてすらいません」

 

女王はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 

「...話しなさい」

 

それだけだった。

 

湯気の消えた紅茶は、すでに空になっていた。

 

女王は、しばらくなにも言わなかった。

 

「...ねぇ」

 

女王は、窓の外へ視線を逃がす。

 

「教主は——」

 

「どんな風に、いなくなったの?」

 

「え...?」

 

「教えて」

 

女王は、私を見る。

 

「わたしが知ってる教主は——」

 

「最後まで笑ってたわ...」

 

「『泣くな、笑え』って、言いながら」

 

「あんたが見た教主は——」

 

「どうだった?」

 

私は、息を呑む。

 

「……最後まで、守ろうとしていました」

 

「……そっか」

 

女王様は小さく息を吐く。

 

「教主は、どこでも——」

 

「同じなのね」

 

気づけば吐き出していた。

 

「どうして...」

 

「え?」

 

「どうして、そんな穏やかなのですか?」

 

その横顔は、どこまでも静かだった。

 

さきほどまでパンを巡って騒いでいた女王とは、別人のようだった。

 

女王様は、少しだけ笑った。

 

「穏やか?」

 

「わたしが?」

 

女王様は、カップを握りしめる。

 

「...違うわよ」

 

「毎日、叫びたくなるもの」

 

「え...」

 

「朝起きて——」

 

女王様の声が、震える。

 

「教主がいないって、気づくたびに——」

 

「叫びたくなるし、全部投げ出したくなる」

 

女王様は、カップをテーブルに置く。

 

「でも——」

 

「それじゃ、だめなのよ」

 

「なぜ...」

 

「だって——」

 

女王様は、目を伏せた。

 

「わたしが泣いたら——」

 

「みんなも、泣いちゃうから」

 

女王様は顔を上げる。

 

涙が光っていた。

 

「笑うしか、ないのよ」

 

「女王様は強いですね」

 

「ううん、全然」

 

「昔から、バカだって言われてきたの。何にもできないって」

 

「でも、そんなわたしの前で、いつも手本を見せてくれる人がいた」

 

「それが、教主」

 

「その痛みが、まだわたしの中にいる証拠なの」

 

「だから、立ち止まらないの」

 

「進むたびに、教主を思い出せるから」

 

「わたしがちゃんとやれてるかどうか、きっとあの人が見てるから」

 

女王様は、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「……ま、でも」

 

「難しい話はよくわかんないから、とりあえず甘いもの食べるわよ!」

 

隣から差し出されたケーキの箱が少し湿っていた。

 

「え?」

 

見れば、司祭長の目元が真っ赤だった。

 

「ほら、ネル。泣かないで」

 

「女王様~!」

 

そうして、ちらりと私に視線を向ける。

 

「だからね、リニュア」

 

「あなたの進んだ先が正解になるの」

 

ケーキの甘い匂いが、ふわりと広がる。

 

窓の外では、夕暮れの市が穏やかににぎわっていた。

 

空は、ひび割れていない。

 

私は静かに息を吐いた。

 

こんな世界が、まだある。

 

少しして、

 

「ほら、リニュアも食べていいわよ」

 

女王様からケーキの箱を受け取る。

 

なぜか、やけに軽い。

 

「...」

 

ケーキの箱の中身はーーー

 

ほぼ空。

 

端っこに小さな三角のかけらがちょこんと残っている。

 

司祭長が、すっと顔を上げた。

 

「これはいったいどういうことですか?女王様?」

 

女王様が目を逸らす。

 

「…途中でおなかが空いちゃって」

 

「あなたって人は!!」

 

「でも!残しておいたわよ?ほら」

 

「ご自分が同じことをされたときに許せますか!?」

 

「……平和ですね」

 

ケーキを巡って本気で怒れる声が、部屋に響いている。

 

こんなふうに笑える世界を、壊させたくないーーー。

 

私は、そっとケーキに手を伸ばす。

 

「じゃあ、せっかくなので――」

 

「待って!」

 

女王様が身を乗り出した。

 

「半分こにしない?」

 

「……このかけらをですか?」

 

「私にとっては大事なの!」

 

「女王様、それは『分ける』とは言いません」

 

司祭長が額を抑えた。

 

「あの...残りは全部食べてください」

 

「いいの?」

 

「その代わりにこの国を案内していただけますか?」

 

私がそう答えたときには、最後のかけらは消えていた。

 

 

 





半分にも満たない物語ですが、誰かと分け合えたならうれしいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。