落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第八章-7「エンドゲーム」

 

 水面から顔を出すように、意識は浮上した。その意識と同期するように上半身が起き上がり、私は目を覚ます。

 水音が鼓膜を打ち、水滴の落ちる感覚が頬を伝う。私は文字通り、水の中から出て覚醒したらしい。辺りを見回す。薄暗い荒野。地平線の向こうに、金環日食のような恒星が見える。ヴォーミアだ。

 おそらくここは2014年だろう。私が飛び降りてから、そう時間は経っていない……と思われる。スマホは未来に置いてきてしまったし……いや、持ってきていたとしても2018年の日時が表示されていただけだろう。

 帰りの分のピム粒子はスーツにセットしてある。私は立ち上がって、腕を持ち上げた。タイムトラベル装置であるブレスレットは、死ぬ前のまま、ちゃんと手首に巻いてあった。

 日時をセットしようとして――既にセットされていることに気が付いた。時刻も、場所も。

 ――そこがあなたの行くべき場所であると、〝あなたがた〟は言っておられました。

 脳内で響いた声に、私は顔を上げた。

「J.A.R.V.I.S.?」

 ――はい。私です、ユーリ様。言っていたでしょう、ご案内すると。

「……うん。そうだね。心強いよ」

 頭の中に聞こえてくる、J.A.R.V.I.S.の無機質で、でも相反するような柔らかさを持った声に、私は微笑んだ。

 私は、自分の役割を知る。ナターシャとクリントが消えて、私とシロが残ったことも。〝私〟たちが私の背を押して送り出した理由も。

 すべてはきっと、このときのため。

「私は行くよ、J.A.R.V.I.S.」

 ――ええ。私の案内はここまでです。お気をつけて、ユーリ様。

 時間も、場所も、セットしてある。後は起動するだけ。そのスイッチに指を置いて、私は口を開いた。

「じゃあ、またね、J.A.R.V.I.S.」

 ――ええ、遠いいつかに、また。

 J.A.R.V.I.S.の返事を聞きながら、私は装置のスイッチへ置いた指を押し込んだ。

 

 ◇

 

「ます、たー」

 2018年、襲撃を受け戦場と化したアベンジャーズ基地の瓦礫の上。過去から帰還した私が最初に聞いたのは、相棒のそんな声だった。

 私が現れたのは、サノスから攻撃を受けて動けなくなっていたのであろうシロの後方。

 シロは私を見つけて声を掛けたわけではない。まるで神様にでも祈るように呟かれた、そんな声だった。その声に、私は今こそ、応えるべきなんだろう。

 ヒーローは、助けを求める誰かの声に応えるものなのだから。

 戦場のど真ん中でサノスは、六つの石が揃ったガントレットを嵌めて、今にも指パッチンをしようとしていた。

 一度死んで生き返った後でも、シロとの契約は続いており、その繋がりは私の左手に証となって戻っている。魔法術式と魔力が繋がったのを感じる。右手を動かす。

 地面に転がっていたサノスの大剣は、私の魔法によって宙を鋭く切り裂いて飛んでいき、持ち主であるサノスの右腕を切り落とした。

 私はシロの横を通り越して、地面に膝を付いたサノスの前に出る。トニーが元々大きい目を更に見開いて私を見つめていた。

「待たせたね、シロさん」

 呆然と見上げているであろう背後の相棒に、私は肩越しに言った。

「――マスターか? ……マスターなのか? 本当の……本当に?」

「うん。未練があって戻ってきちゃった」

 シロの問いにおどけて答えながら、私は失くなった右腕の切り口を左手で押さえ、苦悶の声を上げるサノスを見つめる。

 切り落とされて転がったガントレット付きの腕は、比較的近くにいたワンダヴィジョンの元へ飛ばした。あの二人なら、ガントレットを守る戦力として充分過ぎるほどだろう。

 サノスは苦痛に顔を歪めながら、私を睨みつけた。

「そんなに睨むなよ。あんたは負ける運命だった、それだけの話だ」

「負ける運命だと?」

 私の言葉に、サノスは鼻で笑うような笑みとともに返す。

「そうだよ」

 私は頷く。

「見てたんだ、私、ずっと。生死の狭間みたいなとこでさ。あんた言ってただろ。〝この星を始末するにあたっては、楽しませてもらう〟って。宇宙の半分を消した〝サノス〟は、最後の最後まで大義を持って戦ったのに……あんたはあの時、その大義を捨てたんだ」

 私は何度となく繰り返した前世の中で、何度も指パッチン前のサノスへ挑みに行っていた。そのたびに殺されていた。あの理由は、何も私の力量不足ってだけではないと思う。

 『インフィニティ・ウォー』のサノスには、大義があった。曲がりなりにも、正義の側だった。アベンジャーズとの戦いは、正義と正義のぶつかり合いだった。サノスの大義は、主人公補正が付くに値した。

 だから、アベンジャーズは他の要因も重なって敗けた。

 だから、私は絶対に、指パッチン前のサノスを倒す事ができなかった。

 〝私〟のわがままは、大義を倒すに値しなかった。

「大義を捨てたあんたは、ただの侵略者で、ただの悪党だ。悪党に、私たち正義の味方(アベンジャーズ)が、負けるはずがない」

 私は人差し指を、サノスにひたと向ける。

「なぜなら、正義は勝つからね」

 ……ちょっとクサかったかもしれない。

 ガラにもないなと苦笑を漏らし、私は手を下ろした。

「一応聞いておくけど、すべてを諦めて刑務所に行く気はある?」

「貴様らが、石を手に入れる方法を生み出したのだ……私は必ず、私の目的を果たす。生きている限り、何があろうとも」

 挑発的にサノスは笑った。

「私は絶対なのだ」

「……そう」

 想定通りのサノスの言葉に、私は魔法を展開する。

「なら私は――アベンジャーズだ」

 私は魔法の見えざる手で、サノスの大剣を引き寄せた。先ほどサノスの腕を切り落とした大剣が再び飛んでくる。

 その大剣は、あまりにあっさりとサノスの首を切り落とした。ごろりと地面に落ち、サノスの胴体が倒れる。

 ……まあこれで、私の中から消えてしまった前世の〝私〟たちへの、餞にはなっただろう。仇は討ったぜってやつだ。

「マスター……こうなることを、君は最初から分かっていたのか?」

 駆け寄ってきたシロの問いに、私はそちらを振り向き、目を瞬く。そして笑った。

「まさか」

 私はそれから、周囲を見回した。指パッチンで倒したわけじゃないから、未だにサノス軍との戦いは続いている。

「それより、感動に浸ってる場合じゃないぜ、シロさん。サノスは死んだけど、まだ部下が残ってる。まだ戦える?」

「ああ……ああ!」

 力強く頷いたシロに、私は頷き返す。それから、ずっと驚いた表情で私を見つめるトニーを振り向いた。

「スーツ、ボロボロだね」

「ああ……君の遅刻のせいでな。こういうのはもっと早くやってくれ」

「みんなに出番を譲ってあげたんだよ」

 手を差し出せば、トニーは迷いなくそれを取って、立ち上がった。そうしてトニーは私を見下ろして、確かめるように何度か肩を叩いた。ついでにハグもした。

 

 ◇

 

 総大将であるサノスを失ったサノス軍は、あっという間に瓦解した。

 幹部だったのであろう女のヤツや大男のヤツ、魔術師のヤツとか……あと女のヤツの恋人っぽいヤツも残っていたが、やっと到来したアベンジの機会を前に、士気が高まったアベンジャーズの敵ではなかった。

 私はスティーブやソーから熱烈なハグを受け、ハルクとハイタッチ(かなり手加減されたソフトタッチのやつ)をし、ついでにさっくりと事情を聞いたらしいナターシャとクリントによってサンドイッチされた。

 まあ、なにはともあれ、私たちは勝利したのだ。

 映画で最後を飾っていた葬式は、戦勝パーティーに代わった。アベンジャーズ本部の庭はパーティーなんてできる状況じゃないので、ティ・チャラ陛下がワカンダの庭先を貸してくれた。

 驚いたことに、パーティーにはガモーラが二人いた。

 指パッチン前にサノスによってヴォーミアで殺されたはず彼女と、2014年からやって来てこちら側に寝返った彼女である。これはこの世界線でガーディアンズ・オブ・ギャラクシーに加入している、レディ&テディの元敵、レザンの仕業だ。

 ガーディアンズと旅をしながら魔法の研究もしていた彼は、私の手記にあったという人型人形を作る魔法を改造して、サノスやソウル・ストーンをも騙すようなガモーラ人形を作り出し、ヴォーミアへと送ったらしい。

 本物のガモーラはレザンが魔法で魔法空間に隠していたらしく、レザンの予定ではサノスを倒して本物のガモーラを戻すつもりだった。それが指パッチンによってレザンも消えてしまったことで叶わず、ガモーラは魔法によって隠されたまま、ずっとコールドスリープの状態だったそう。

 まあ流石に、レザンはガモーラにめっちゃ怒られたらしいが。

 ……予想外過ぎるが、いろんな奇跡が重なって、私はどうやらインフィニティ・ウォーからエンドゲームにおけるヒーロー側の犠牲を阻止できたということになる。正直、自分が生き返ったことよりもガモーラの件のほうが一番の驚きだ。そんなのアリ?

 パーティーでは、みんなと勝利を分かち合った。勝利を喜び合い、消えていた者たちの帰還を祝った。

 ソーはヒゲを涙で濡らしながら、私のことを抱き締めてはヴァルキリーやバナーに回収されていく、というのを三回くらい繰り返した。

 ロキに対してもそんな感じのことをしているらしく、最終的にロキは幻術で自分を作り、ソーに追いかけさせていた。

 そんなこんなであらかたの参加者とおしゃべりした私は、輪を抜けて会場の端から、みんなを眺めていた。

 そこへやって来たのはドクター・ストレンジ。そう言えば、話していなかったな。

「君には驚かされる」

 隣に立ったストレンジは、シャンパンを片手にそう言った。

「1400万の可能性の内に、この未来はなかった」

 ストレンジはそこで一度言葉を切り、私に体を向けた。

「君は結局、何者なんだ? 別次元で私と会ったようなことを言っていたが……それにしても説明のつかないことが多すぎる」

 問いかけてくるストレンジに、私はどう答えればいいか考えあぐねる。

 こんな時某小学生名探偵なら名前を名乗って「探偵さ……」とか言えば済むんだろうけど。……いや、まあ、そう難しく考えることもないのか。ストレンジなら何を言っても、きっといい感じに解釈してくれる。

「私は、諦めの悪いただのヒーローオタクだよ」

 その答えに、ストレンジは片眉を上げた。それを横目に、私はパーティー会場の方へ視線を向ける。視線の先で、みんなが笑って、平和を享受していた。

「……随分と、満足そうだ」

 ストレンジが呟く。私はまだ知りたいことがありそうな彼を見上げて笑った。

「この景色が、〝私〟の望みだったからね。失い続けた〝私〟の救いが、ここにある」

 本音を語り、更にストレンジを困惑させた上で、私はにっこりと笑ってみせた。

「私が何者か、推理してみたまえよ、ホームズ君。……いや、ドクターだからワトソン君かな」

 役者的にはホームズなんだけどね。

「君から語る気がないなら、そうさせて貰うよ」

 ストレンジは観念したように苦笑をもらした。

 私はパーティ会場を見回す。これぞまさしく、問答無用のハッピーエンド。

「めでたしめでたし、だね」

 ワカンダの乾いた風も、今はどこか柔らかく感じた。

 

 

 

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