落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
第一章-1「落ちて来た地球外高度知的生命体とヒーローやる事になった件について」
アメリカ合衆国西部、モハーヴェ砂漠のどこかにある、NASAとS.H.I.E.L.D.共同の研究施設。
荒野の小高い丘を越えると姿を現すその施設は、巧妙に一般人からは見つからない、目立たない場所に位置しているようだった。遠目でちらっと見た施設の看板には、『
フューリーがうちに来てすぐに、クインジェットに乗せられた私とシロは、そんな場所に連れて来られていた。
二人そろって連れて来られたものの、私はただのおまけである。S.H.I.E.L.D.的には、シロの方に用がある。
「ユーリ、シロ。よく来てくれた。こっちへ。博士がお待ちだ」
クインジェットの着陸地点に待っていたコールソンが、挨拶もそこそこに私たちを建物の中へと促した。
クインジェットの中から見えた研究所の全景には既視感があった。
ここは、映画『アベンジャーズ』の冒頭のシーンで出てきた施設。四次元キューブの研究をしていた場所であり、初っ端から爆発し崩壊する施設だ。
日の暮れかけた夕方、施設に着いた私たちはコールソンに連れられて、慌ただしく行き来する研究者たちの合間を縫って進んでいく。
「何か忙しそうですけど、何かあったんです? それともこれがいつも通り?」
「いや、キューブの機嫌が悪くてね」
歩きながら尋ねれば、苦笑とともにおどけた答えが返ってくる。
私は心内で「やっぱりか」と顔をしかめる。
アベンジャーズの集結からニューヨーク決戦までの出来事は五月一日から五日辺りの出来事とされる。スマホの画面が示す今日の日付は丁度、五月一日。キューブの状態が安定していない現在、いつロキが現れてもおかしくない状況と言える。
「ユーリ?」
先に立つコールソンがこちらを振り向き、ポケットから少し出したスマホを見ている私に首を傾げる。私は顔を上げて、なんでもないと首を振った。
コールソンは再び背を向けて、螺旋の階段を降りていく。
地下深くへ行った先に、その研究室はあった。薄暗い広い空間の真ん中に、用途のよく分からない装置が置かれている。
「博士」
「ああ、エージェント・コールソン」
装置周辺から発せられる青い光の光源を見ている中年太りの男は、コールソンの呼びかけに顔を上げた。ネルシャツにスラックスのあの男は、恐らくセルヴィグ博士だろう。
「ユーリ、シロ、彼はエリック・セルヴィグ博士。キューブの研究をしている」
コールソンの紹介に、セルヴィグが私たちを見る。私は会釈をした。
「はじめまして、セルヴィグ博士。ユーリ・タカムラです」
「シロです、博士。私に意見を聞きたいと伺いました」
「本当に熊が喋るんだな」
私たちの自己紹介に、セルヴィグが片眉を上げてシロを見た。
驚いてはいるのだろうけれど、薄い反応だ。いや、アスガルド人には会っているのだから、今更喋る熊が現れても驚きはしないのかもしれない。
「早速こっちに来て、キューブを見てくれ」
善は急げとばかりに、セルヴィグは私たちをキューブの設置された装置の前へと手招きする。
セルヴィグの隣から、私たちはキューブを見た。映画で見た通り、水色の光る立方体だ。凹凸のあるガラスの向こうにライトを置いたような物体である。
「マスター、近付いて貰ってもいいか」
「ん、私は良いよ。……博士、構いませんか?」
「ああ、近付くだけなら平気だろう。素手で触るのはおすすめしないが」
抱き上げた私の腕からキューブをまじまじと観察するシロに頼まれて、私はセルヴィグに許可を貰った後、キューブに近付いた。キューブはその光を時折強めたり、弱めたりしている。
シロは触れないギリギリのところまでキューブに近付いてキューブを眺めている。
「マスター、視覚を変えて見てみると良い」
シロが言う。
私は言われた通りに意識を巡らせ、自身の視界をサーモグラフィーのように変化した視界に変える。
船の中でシロにやられた透視能力のような視界の変化は、練習して私の意思で自在に出来るようになっていた。この能力はシロにもともと組み込まれた魔法の術式の一つらしい。こういうのが他にもいくつかあるが、それは後で説明しよう。
「何が見えるんだ?」
セルヴィグが興味深げに尋ねる。
「キューブの中が輝いてます」
「……まあ、中心部から輝きが発しているからな」
そんなのは見れば分かる、と言いたげな言葉が返される。私は共有していた視覚を切って、セルヴィグを見た。
「いえ、キューブはただの入れ物で、力の正体はその中にあるものだってことです」
「中にあるもの? 何が入っているんだ?」
セルヴィグの問いに、私はシロを見る。シロはその視線を受けてキューブへと向けていた顔をこちらへと向けた。
「石です、博士。指でつまめるほどの小さな石。けれど大きな力を持っている。これは
「
シロは冷静な声音で答える。首を傾げたコールソンに、シロは頷いた。これが門であることはセルヴィグも分かっていたのか、セルヴィグは確認をするように頷いていた。
「これは、こことどこかを繋ぐ門です。普段は閉じられたその扉が今、向こう側から叩かれている」
「一体何者が?」
尋ねたのはコールソンだった。シロは首を振る。
「分かりません。つまり、何が起きても、どんな者が現れても、おかしくはないと言うことです。何かが起こる前に、皆を避難させたほうが良いかもしれません」
「そうか。ユーリ、私は少し外すよ。出歩いてもいいが、迷子にはならないように」
コールソンの行動は素早い。手の空いていそうなエージェントに声を掛けて、足早に研究室を後にする。
「他に何か分かることは?」
「いえ、これ以上は何も」
「そうか。貴重な意見をどうもありがとう。君たちはこれから――まあ、好きに見学でもしてくれ。一応、心配はないだろうが言っておくと、不用意に何かに触ったりしないように」
それだけ言うと、セルヴィグは他の研究員たちと話し始めて、私たちの出る幕ではない、という雰囲気になってしまった。
私はちらとシロを見る。シロは少しの間キューブを見ていたが、やがてこちらを見る。
「どうする、マスター。やることは終わったようだが」
「うーん、とりあえず……邪魔にならないところへ移動しようか」
私たちは人を避けて壁際に行く。
「エージェント・コールソンが戻るまでは待機か。施設内を見て回っても良さそうだが」
「この状況でふらふら歩き回るのは迷惑でしょ」
「確かにそうだな」
すぐに避難命令が出されそうだが、なおさらここにいたほうが安心だろう。この施設の構造に明るくないのに歩き回って、施設の崩壊に逃げ遅れても嫌だ。
ふと顔を上げて研究室の中を見回せば、天井近く、壁際の通路にクリント・バートン――ホークアイの姿を見つけた。こちらからだと暗がりで、人がいる程度にしか分からないが。
「暇だね……」
「そうだな」
忙しなく動き回る研究者たちを眺めて、私は壁にもたれた。
◇
その後すぐに退避命令がアナウンスされた。この研究室にある研究対象が原因なので、この部屋の避難は最後になる。
やがて研究室にフューリーが現れた。セルヴィグと話したフューリーは、バートンの方を見て、それから私たちの方へも視線を寄越した。
「〔バートン、ユーリ、シロ、来い〕」
こちらへ来るときにコールソンから着けるように渡された小型の無線から、フューリーの声が届く。
私たちもですか、と内心思いながら、私はもたれていた壁から背を離した。
フューリーのところに向かう途中で、追い付いたバートンに「どうも」と簡単な挨拶をされた。私たちも簡単に、「どうも」と返事する。
「異常の原因は分かるか?」
キューブの周りに集まった私たちとバートンに、フューリーが尋ねる。
「不審人物の出入りはなし。セルヴィグ博士は
「こちら側は原因ではありません、長官」
バートンとシロが順に答える。シロの言葉に、フューリーが訝しげな表情をした。
「〝こちら側〟?」
「これは宇宙の〝あちら側〟へ続く
セルヴィグにも話したことを、シロはもう一度フューリーに話す。
その時、キューブが脈打つように音を立て、波動のようなものを発する。キューブの周囲に青い光の炎のような揺らめきが起こる。建物全体に広がり、地震のように揺らす。
それをきっかけにしたように、キューブの力が揺れ動き、膨らむのを感じた。力が渦巻き、中心へと集中していく。
「何かが来る」
シロがつぶやくように言った。
キューブに集まった力が、真っ直ぐに射出され、その先の空間にワームホールを生み出した。青色の空間の歪み。その先には宇宙空間らしき景色が見える。そこで力が膨張していく様子が感じ取れた。
「マスター!」
シロの声に、私は両手をかざして、その場に見えない壁を作った。
空間の歪みの中心が爆発を起こすように爆ぜて、爆風のような青い波動が、天井までに張り巡らされたその透明な壁にぶつかる。その力の大きさに、ビリビリとした衝撃が私の腕にまで伝わってきた。
やがてその場に起こっていた力が研究室の天井付近に集まり蠢く。先程までワームホールのあった場所に人影が現れた。
フューリーが私をちらりと見た。私は頷き、手を下ろして見えない壁を消す。
武装したエージェントが銃を構え、ゆっくりとその人影へと近付いていった。人影はゆっくりと顔を上げる。黒髪をオールバックにした、背の高い男――ロキ。
「おい、君。その武器を置いてくれないか」
フューリーが声を掛ける。ロキはそれに対して驚いたような表情をして、一度手に持った武器――
先ほどと同じように、けれど範囲は小さく、私は壁を展開する。ロキが放った力はそれにぶつかり、その衝撃で私は軽く吹き飛び、何かの装置に背中を打ち付けて、床に倒れ伏す。
治りかけの肩の銃創が痛む。傷が開いたかもしれない。いたい。
ロキはと言えば、その場から飛び、銃を放つエージェントへと襲いかかった。
一人を仕留めると、他の銃を持つエージェントへとナイフを投げて倒す。ハンドガンで応戦するバートンたちエージェントに杖の力を放ち、戦闘不能へと追い込んだ。
半身を起こした私は、キューブの近くにいるフューリーを見る。アタッシュケースにキューブを入れようとしている。
ロキはバートンに、至近距離で杖を向けているところだった。杖に操られたバートンは、持っていたハンドガンをホルスターに収めてしまう。
私は伏せて、ロキにバレないように倒れたフリをしつつ、状況をうかがった。キューブをアタッシュケースに入れて去ろうとするフューリーを、ロキが呼び止める。
以降の展開は映画で観た通りである。
フューリーとロキの問答。ロキは真の自由を地球人にもたらすのだと嘯き、フューリーは時間稼ぎを図る。しかしバートンにその目論見がバレて、フューリーは撃たれ、キューブはロキたちに奪われる。
私はロキたちが去ってから立ち上がり、フューリーに駆け寄った。
「長官!」
倒れたフューリーを起こし、怪我を見る。防弾チョッキは着ていたらしい。銃弾がチョッキにめり込んでいる。
「っ、奴らは?」
「逃げた」
「クソ、付け焼刃でも君にエージェントの勉強をさせておくべきだった」
「私、S.H.I.E.L.D.に就職する気ないです」
「だろうな!」
悪態を吐きながら苦しげに起き上がったフューリーは、無線機を押さえて副長官のヒルに指示を出す。私はその間に倒れている人たちの介抱に向かう。
シロがスキャンすれば、生体反応も探れる。かろうじて生きている人を浮かせて自身の周りに集め、危うそうな人にはその場で応急処置をする。
「飛べるか?」
「どこの地点なら安全だと思います?」
「とりあえず建物の外に出られればいいだろう」
フューリーの言葉に頷き、私は意識を集中する。自分も含めてこの場の全員を、この建物の外へ。
ここに来た時、クインジェットの中から見えた一帯の景色の中から、開けた芝生の広場を思い浮かべる。
ぎゅるりと世界が歪み、パイプに詰め込まれるような感覚の後に私たちは地下の研究室から芝生の上、夜空の下に移動していた。はー疲れる。
フューリーはすぐに周囲を見回す。地下へ繋がるトンネルから、軍用車が現れた。荷台にロキの姿を見とめると、フューリーはハンドガンを構えて撃つ。
「ユーリ! お前も何かやれ!」
「えっ、はい」
フューリーに怒られたので、私は空中に剣を数本生み出し射出するが、ロキの杖の力で弾かれた。遠目で分かりにくいが、確かにこちらを見ていたのが分かる。目を付けられた気がするぞ。
軍用ヘリが飛んできてロキたちの乗った車を攻撃するが、それもまた落とされる。パイロットを能力を使って助け、墜落するヘリも軟着陸させる。
映画通り、ロキたちはそのまま逃げおおせた。
「レベル
「〔どうします?〕」
無線の向こうから、コールソンが尋ねる。その問いに、フューリーは静かに、しかし強い決意をその隻眼に宿した。
◇
「君たちに任務だ、レディ&テディ」
「レディ&テディ?」
あの計画を始動する、そう宣言したフューリーは、やがてこちらを振り向き言った。聞き慣れない名前に、私たちは首を傾げる。
「君たちのコードネームだ。君たちに
フューリーはそう言って、ニヒルに口角を持ち上げた。
前世かどこかで、聞いた覚えがある。〝通り名というものは、本人と結び付いてはいけない。見た目と逆がいい〟って。
……つまり私は
シロも、普通のシロクマの子供だ。可愛らしいが野生動物感は消せない。テディベアのようなギューッと抱きしめて感は少し薄れる。
私は一度シロと顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
「確かにそうかも」
どうやら私は今日から、落ちて来た地球外高度知的生命体とヒーローをやる事になったらしい。