落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
私たちを乗せたクインジェットは、海に浮かぶ巨大な空母へ着陸した。
空母の上にはクインジェット――戦闘機や何かの装置のようなものだったりが並んでいたり、エージェントとも兵士とも取れる人々が並んで走っていたりと、普通の女子高生である私には慣れない雰囲気だ。
私はこの空母――ヘリキャリアに、フューリーと一緒に来たのだが、
「案外風が強いな……」
「遮るものがないからかな。船首に行ってみよ。『タイタニック』ごっこしようよ」
「縁起が悪くないか?」
私の誘いに、シロは難色を示す。ちなみに『タイタニック』はこの間、シロの地球文化の勉強のために見た。
タイタニックは沈んだから、確かに縁起が悪いかもしれないが、ヘリキャリアもこの後似たようなことが起きるので問題ないだろう。
問題なのは、私がジャックでシロがローズをやるとして、見た目が『タイタニック』ではなく『ライオン・キング』になることだ。
「空母の船首は、クルーズ船のような船首になっているのか? あの、角のような感じに……」
「さあ……滑走路の代わりになるからフラットになってるかも……わっ」
「おっと、すまない」
「こちらこそ、ごめんなさい」
話をしながら歩いていたら、人にぶつかってしまった。謝罪しつつ顔を上げると、ヘリキャリアへ来る前に渡された資料写真の中にあった顔がそこにあった。
くたびれたスーツを纏った、ちょっと野暮ったいが知性を感じさせる男性。ブルース・バナー。
「あ、」
「君は……?」
バナーは私を見て、明らかに場違いな子供がいる、とでも言うような表情を浮かべた。
「バナー博士」
私が何か言う前に、第三者の声が掛かる。バナーがそちらを向くのに、釣られるようにそちらを見れば、また資料写真にあった人物が二人。スティーブ・ロジャースとナターシャ・ロマノフだ。
ロマノフは私たちを見て、怪訝そうに片方の眉を持ち上げた。
「あなた達、長官と来たって聞いてたけど。一緒じゃないの?」
「自由に歩いていいって言われたので」
握手を交わし合う男性陣の横で、私はロマノフの問いに答える。
「それで、君は……」
バナーがこちらを見る。バナーはどうやらほとんど聞いていないらしい。逆にロジャースは聞き及んでいるみたいで、何やら少し硬い表情だった。
「私はユーリ・タカムラです。それでこっちが……」
「シロだ。ラシューカ星から来た、イマジェンと呼ばれる地球外生命体だ」
「地球外生命体?」
シロの名乗りに、バナーが食いつきを見せる。
興味深げに片膝をついて、シロをまじまじと見つめながらぶつぶつと何やらつぶやいている。そうしてややあってから、バナーは私を見上げた。
「君もラシューカ星から?」
斜め上の質問に、私は思わず目を瞬く。
どうやらバナーは、宇宙由来の生命体を連れる私も宇宙人だと思ったようだ。私は一拍間を置いて、吹き出すように笑ってしまった。
「あはは、いえ、私はただの地球人です。日本生まれの日本育ち。空から落ちてきた彼をたまたま拾っただけですよ」
「そ、そうか。失礼、なるほど……」
バナーは私の言葉に、照れたように髪を整える仕草をした。
「三人とも、そろそろ中に入った方が良いわよ。呼吸が辛くなるだろうから」
そのやり取りを黙ってみていたロマノフが言うと、ロジャースとバナーが辺りを見回す。私は海の方を見た。
「〔デッキの安全を確保せよ〕」
放送が響き、人々が慌ただしく動き回り、艦内へと駆けていく。私は空母の端の方へと近付いた。下部に取り付けられたファンが回り、水飛沫を上げ、渦を巻き起こしている。
「これは潜水艦か?」
「なるほど、僕を金属コンテナに入れて海に沈めようって?」
バナーのブラックジョークは正直笑って良いのか悩む。
二人の会話に否定を示すように、空母が重く響く音を立てた。私たちの体に、ぐ、と重力が掛かる。
あの映画で見て感動したシーンが今現実として目の前で起こると考えると、ぞく、と肌が粟立った。ゆっくりと海面を割り、空母は下方へと向ける風を起こし、浮き上がっていく。
圧巻、の一言だった。
「うわぁぁぁ……見て見て、凄いよ、シロさん。アニメみたい! 空飛ぶ戦艦だぁ」
「うわっ、マスター、あまりはしゃいで端に行くな! 落ちるぞ! 早く中に戻ろう!」
「うん。中も探検しよー」
◇
私たちはロジャースたちと共に艦橋へと戻った。
艦橋のフロントは大きなガラス張りで、その先には青空が広がっている。コンピューターが何台も並ぶ広大なフロアでは、大勢の乗組員が忙しそうに働いていた。
「博士、よくいらしてくれた」
「ご丁寧なお誘いをどうも」
艦橋で指示を出していたフューリーがこちらに気付き、バナーに握手を求めた。……その前にロジャースがこっそり何かを渡していた。アレは賭けの十ドルだろう。
バナーは皮肉交じり、しかし笑顔で握手に応じたが、警戒を解いている様子は見えない。
「で、僕はいつ帰れるのかな?」
「キューブが我々の手に戻ればすぐに」
「現状は?」
艦橋の中を見て回るロジャースをなんとなく眺めながら、私はバナーたちの会話に耳を傾ける。この辺の会話、博士がなんか難しそうな会話しているな、と思ってたくらいで、覚えていない。
「地球上のあらゆるカメラの映像をチェックしているところです。携帯電話、ラップトップ、衛星経由で繋がるものならすべて見ることが出来ます」
「そんな探し方じゃ遅いわ」
バナーの質問を答えたコールソンに、ロマノフが口を挟む。
「範囲を狭めよう。使えるスペクトロメーターの数は?」
スペクトロメーター、つまり分光計だ。簡単に言えば、電磁波の波長や強度を測定する光学機器。ガンマ線が強く発せられてるところを重点的に探すのだな。キューブはガンマ線を発してるから。
「あらゆる研究室に連絡を取って、スペクトロメーターを屋上に設置させるんだ。アルゴリズムは僕が作る。ある程度は場所が絞り込めるだろう。どこで作業すればいい?」
指示を出すバナーにフューリーはすぐ動くようコールソンに目配せする。
「ロマノフ、バナー博士を研究室へお連れしろ」
「了解。行きましょう、博士。楽しいおもちゃがたくさんあるわよ」
ロマノフの案内で、バナーは艦橋を出ていった。
◇
「君たちも作戦に参加すると聞いた。まだ十七歳だとか」
艦橋を見学していたら、ロジャースがやってきてそう言った。その言葉で納得する。ああ、先程挨拶をした時、硬い表情をしていたのはこう言う事だったのか、と。
「……あなたは反対ですか、キャプテン? 私が子供だから?」
「――ああ。任務では何が起こるか分からない」
首を傾げた私に、ロジャースは頷いた。
まあ、正直子供だろうと大人だろうと、一般人が巻き込まれるような事態ではないのは知っている。成人済みだった前世の私がここにいたとしても、ロジャースは難色を示していたんじゃないだろうか。
「それに関しては俺もキャプテンに同感だ」
シロがロジャースに同調した。
二人とも、場所は大きく違えども戦争経験者だ。未成年の一般人を巻き込むことに抵抗があるのだろう。その気持ちは分かるし、私も迷いがなかったわけではない。でも、もう腹は決めてある。
「――キャプテン、私は、力を持つからには責任があると思ってます」
私の言葉に、キャプテン・アメリカは口を挟むことなく、じっと私の瞳を見て、私の言葉の続きを待った。
「責任の取り方はそれぞれだけど……あのまま日本に引きこもって、誰にも危害を加えず、加えられることなく過ごすか。外に出て戦うか。……シロさんと別れて、力を捨てて〝普通の人〟に戻るか。私はフューリー長官に与えられた三つの選択肢の中で、一番〝まとも〟そうで〝マシ〟なのを選んだだけ」
「……今は戦時中じゃない。君は子供だ。戦わない選択肢だって許される。戦うことがまともだとは思えない」
キャプテンの言葉は正しかった。だから頷いた。
「世間的にはそうでしょうね。でも、私自身は許せない。戦える力があるのに、布団に丸まって隠れてました、なんて、そっちの方がまともじゃない。自分に反吐が出る。だからって私は、ヒーローになりたい訳じゃない。ただ……」
一度言葉を切った。キャプテンは、私の言葉をやっぱり静かに待っていてくれた。
相手が子供だって知っていて、それでもちゃんと話を聞いてくれる。私の好きなキャプテン・アメリカだと思った。そんなキャプテン・アメリカが存在する世界に、私も生きていて、能力を得たからこそ。
「私は、少しでも〝まともでマシな能力者〟ってやつでありたい。あなたが、ヒーローであろうとするように。……それが、少なくとも今の私にとって〝正しいこと〟だから」
キャプテンは、私の言葉に微かに目を見開いた。
彼の掲げる星は、かつてはアメリカの、そしてきっとこれからは、人類の星となる。彼は、それにふさわしい人――ヒーローであろうとするだろう。
そんな生き方は、私には出来ない。それでも私は、少なくとも正しくありたい。正しさが何か分からずとも、考えて考えて考えた先にある、自分の考える正しさで、正しくありたい。
母の言っていた正しさとは、きっとそういうことだと思う。そしてその正しさは、今、戦うべきだと私に言っている。
「私は確かに未成年で、確かに子供です。けど、自分で物を考えられないわけじゃないし、遊びじゃないってことを理解できる頭も付いてる。誰に強要されたわけでも、強制されたわけでもない。私は、私の意思でここにいる。だから、キャプテンやシロさんが何と言おうと、降りることは出来ません」
つまり何が言いたいかって言うと、〝どくのはあなたよ〟ってことだ。例えキャプテン・アメリカが相手だろうと。
キャプテンはその青い瞳で、じっと私の瞳を見つめた後、ふっと笑みを浮かべた。ちょっと困ったような、それでいて申し訳なさそうな、柔らかな笑みだった。
「……すまない、出過ぎたことを言ったね」
「いえ。心配してくれてるのは分かるので。ありがとうございます。ちゃんと……覚悟はしてるつもりですから、大丈夫、だと思います」
謝るロジャースに、私は首を振った。ロジャースは励ますように、ぽんと私の肩を叩いた。