落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
「ロキは面白い奴だね」
バナーが嫌味を言う。ケダモノなどと言われた程度で、緑になったりはしない。
「時間稼ぎだ。つまり……ソー、どう思う?」
ロジャースはソーへと水を向ける。
「ロキは軍隊を待っているんだ。チタウリという異世界の軍だ。そいつらを率いて戦争を起こし、地球を手に入れ、見返りにキューブをくれてやるんだろう」
「異世界から軍隊を呼ぶのか」
ソーの答えに、ロジャースは意見を求めるように皆の顔を見る。
「だから通路が必要なんだな。そのためにセルヴィグ博士をさらったんだ」
「セルヴィグ?」
バナーの言葉をソーが聞き返す。バナーは頷いた。
「ああ、宇宙物理学者の」
「友人だ」
「ロキの魔法で操られているのよ。S.H.I.E.L.D.の仲間も」
どうして、とでも言うように困惑の表情を見せるソーに、ロマノフが説明を挟む。
「しかし、ロキはなぜみすみす囚われの身になったんだ? ユーリはどう思う?」
ロジャースがまさか、こっちへ話題を向けると思わなくて、私は丁度咀嚼を終えていたドーナツを飲み込み、口を開く。
「ただの時間稼ぎなら、あそこで捕まったりしない。何か……私たちに近付かなければ出来ないことがある?」
「ロキに惑わされないほうが良い。どうかしているんだ。かなりクレイジーで……まともじゃない」
「言葉に気をつけろ。ロキはアスガルドの者、我が弟だ」
バナーの言葉に、ソーの声が低くなる。
「二日間で八十人も殺したわ」
「養子だ」
ロマノフの言葉にソーは素早い手のひら返しを見せた。笑える。
「敵の計画から考えよう。イリジウムだ。なぜイリジウムを狙ったのか」
「安定剤だよ。イリジウムは通路の安定剤になる。それだけじゃない。通路の幅を広げ、持続時間も好きなだけ伸ばせる」
コールソンと共にやってきたスタークは、そんな説明のあとに、今度はソーに話しかけた。良い腕だ、なんて言ってあの素敵な上腕二頭筋にさりげなく触る。スターク、そこ代われ。
「あと必要なものと言えば動力源だな。高密度エネルギーで、キューブを活性化させる」
「クーロン障壁を破るにはキューブを一億二千万ケルビンまで加熱しないと」
「セルヴィグが量子トンネル効果を安定されるなら別だが……」
「それが可能なら、重イオン核融合を簡単に起こすことが出来る」
スタークとバナーはこちらを置いてけぼりにして、握手をしたり、ブラックジョークを言ったりしていた。仲良さそうで何より。
「バナー博士はキューブを追跡するためにお呼びしたんだ。君も協力してくれ」
「ロキの杖を調べたらどうだ? 魔法のようだが、ヒドラの武器とよく似ている」
ロジャースが言うと、フューリーも頷いた。
「そこまでは分からんが、あれはキューブから動力を得ている。なぜ我々の優秀な仲間二人が、ロキの従順な空飛ぶサルになったかも謎だ」
「サル? どういうことだ?」
フューリーの地球人ジョークに、ソーが首を傾げる。
「分かった。オズの魔法使いだろ!」
「……行こうか、博士」
無邪気な回答をするロジャースに、スタークは呆れた顔をして、バナーを連れて研究所へと向かっていった。
◇
「ソーさん」
「うん? ああ、ユーリか。ソーでいい。どうした」
今一瞬、向く方向間違えたな? 下の方に向き直したな? しかもあからさまに視線を合わせてくる。多分かなり子供だと思われている。
まあいいや、背が高いから首が痛くなるのは事実だし。
「ソー、イマジェンって知ってる?」
「イマジェン? なんだそれは?」
ソーは私の質問に首を傾げた。その様子は嘘や誤魔化しをしているようには見えない。
何か知っていて隠している……ということはなさそうだ。
「シロさんは、イマジェンって名前の、ええと、ラシューカ星って星で作られた生命体らしいの。だけどシロさん自身、自分の過去をよく覚えていないらしくて」
ソーに説明しながらちらりとシロを見るが、シロは深く考え込んだ様子でうつむきがちにしている。
「……それで、ロキが彼のことを、〝ラシューカの兵器〟って呼んでいたんだ。……同じアスガルドから来たソーなら何か、知らないかなって」
ソーはロキの言葉を聞いて眉をひそめる。
「ラシューカなら知っている。俺が子供の頃に、ラシューカの民がアスガルドを訪れていたことがあった」
「ソーが子供の頃って……」
「あー……ざっと千年ほど前のことか」
せんねん、と私は声もなくつぶやく。
そう言えばこの人神様だった。日本は平安時代頃だろう。私が生まれるどころの話じゃない。
「去年、アスガルドの
ソーは言いながら、考え込むように腕を組んだ。
そう言えば、ソーがクインジェットからロキをさらって崖の上で話をするシーンで、宇宙で何を見せられた、とソーが問い詰めていたっけ。その〝宇宙で見せられた何か〟の中で、ラシューカ星やイマジェンのことも知ったのかもしれなかった。
「ロキは他になんと?」
「イマジェンは……強大な力を秘めながら、他者に支配されることを良しとするって」
ロキのことだからわざと悪しざまに言っているようにも聞こえるけれど。
その時、私の腕に抱っこされていたシロが床に飛び降りた。
「シロさん」
「すまない。少し一人にさせてくれ、マスター」
しょんぼりとした小さな背中が、とぼとぼと去っていった。安易な言葉を掛けるのは気が引けて、私は黙ってその背中を見送る。
「……ラシューカの民は魔法使いだった。今のユーリがそのようにな。俺が知っているのはそれくらいだ」
「そっか……あ、ソー、もう一つ。この文字、知ってる?」
気を取り直して、私はメモ帳をポーチから取り出して、ソーに見せた。
中に書かれているのは、シロが見せてくれたいくつかのデータにあった文字だ。シロが多少言葉を知っていたということもあり、文字の解読はかなり進んでいた。
「これは確か、ラシューカ星の言語――つまり、ラシューカ語だ。どこでこれを?」
「シロさんが記録していた図鑑から。シロさんもそんなに詳しくないって言っていて、二人で解読を。でも、もし読める人がいるなら、答え合わせも兼ねて教えてもらいたくて」
ソーはよれたページの多いメモ帳を、関心したようにめくって、それから私に視線を戻す。
「今この言葉を知る者は、少なくともアスガルドにはいない。……だが、先程言ったように、俺が子供の時アスガルドを訪れたラシューカの民が、書物を残していったはずだ。それらを読み解けばあるいは……。もし君たちが望むなら、客人として招待しよう。その書物も読めるはずだ」
「それは……とても魅力的な誘いだな。この任務が片付いた後になるだろうけど。いろいろ教えてくれてありがとう、ソー。そろそろ行かなきゃ」
映画で見たあの美しい神々の国を実際にこの目で見る、それはきっと貴重な体験となるだろう。しかしこのくらいで話は終わりだ。シロのところに行かなくては。
ソーは「ああ」と短く頷いた。
「ユーリ。一つ聞いてもいいか」
シロの向かった出口へと歩を進める私を、ソーが呼び止める。私は振り向いて首を傾げた。
「君にとって、イマジェンとはなんだ?」
真剣な瞳が私に尋ねた。その問いへの答えは、すぐに私の心に浮かび上がる。
「イマジェンは分からないけど、シロさんは、私の友達だよ」
私の答えにソーは満足げに頷き、改めて口を開いた。
「ロキの言葉に惑わされるな。俺はイマジェンやラシューカ星のことをよく知らないが、お前たちは互いに深く信頼しあっているように見える。それが真実だということを忘れるな」
「――うん」
ソーの助言に私は強く頷き、シロの元へと踵を返して歩き出した。
◇
シロは廊下にいた。開けることはもちろん出来ないけれど、そこには出窓みたいな形で窓がついていて、シロはその窓から空を見ていた。
広めに作られている出窓に、私もシロのように乗ろうとして手を掛ける。イメージではさっと上れる予定だったけど、思いのほか高くて思ったより足が上がらなかった。
がっ、と音を立てて、転びはしなかったけれど無様に床に着地する。
「……大丈夫か、マスター」
驚いたようにシロは振り向いて、何と言ったら良いか分からないからとりあえず心配しておく、みたいな声を掛けてきた。
「そこは見なかったことにするかいっそ笑え」
「すまない」
微かに熱を帯びた頬を誤魔化すように咳払いを一つ。今度はちゃんと上って、シロの隣に座る。外は暗くて、窓に自分の姿が反射していた。
「ソー王子は、他に何か言っていたか?」
「この文字、ラシューカ語だって。イマジェンのことも、ラシューカのことも、アスガルドに行けば、何か分かるかもしれない」
メモ帳を見せながら私は答える。シロは黙ってこちらを見ていたけれど、再び窓へと目を向けてしまった。
「知っても良いのだろうか」
長く思えた沈黙を破り、ぽつりとシロは呟いた。
「よく考えてみたら、俺の記憶には穴がある。ひと繋ぎになるはずの記憶の中に、整合性の取れない記憶が欠片みたいに散らばっている。知りたいと思うが、知りたくない。忘れるべきだったから忘れているのかもしれない。もし、俺は俺の思っているような〝モノ〟でないなら、俺は……君の傍にいるべきではないだろう……」
シロから、そんなはっきりとした弱音を聞いたのは、初めてだった。私はその背に手を伸ばす。一瞬ためらって、それでもその背に触れた。
「あのね、シロさん。こんなこと言って、多分不謹慎だと思うし、怒られても仕方ないって思うんだけど」
この気持ちは、もしかしたら隠すべきなのかもしれない。でも、これで終わりなら、ここで終わらせるべきだとも思う。
「私実は、わくわくしてる。遠く宇宙の星の兵器とか、宇宙で使われていた言葉とか、そんな言葉に、ロマン感じちゃってる」
友達が悩んでいる横で申し訳ないが、私はこういう性分だった。キューブとかロキとか問題事がないなら、今すぐにでもアスガルドに連れて行って欲しいくらいだ。
「……そんなことは、知っている。君がそういうことを好むことくらい、知っている」
シロが泣きそうになってるって、分かった。熊のような姿で、人間とは違う顔をしていても、手に取るようだ。でも気付かないフリをした。
「しかし、俺は……」
「君が何者だろうと、私にとって君は友達に変わりないよ。それに、全部二人で持つって言ったでしょ。私の荷物を君が半分持つように、君の荷物も半分持たせてよ。だから行こう、シロさん。この任務が終わったら、一緒に、アスガルドに行こう。君のためだけじゃない。私のためにも行くんだ。いいでしょ」
私はシロの言葉を遮って、そう言った。
シロはしばらく私の顔を見つめ、そうしてふっと、空気を和らげる笑みのような短い息を吐いた。
「マスター、そういうのを死亡フラグって言うんじゃないか」
シロがそう言って、私たちは二人、ちょっと笑った。