落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
――力が欲しいか?
いつも通り、私の目蓋はその声によってぱっと持ち上がる。今日の朝日も七時の朝日。学生は学生らしく、平日は学校に行かねばならんのだ。
とりあえず、同じ問いを繰り返し続けるスマホを止めて、重い体を持ち上げる。
「なんだ、マスター。力が欲しいのか? ならば運が良い。俺が与えてやろう」
近くで聞こえた声に、思わずその原因を掴んで投げたら壁にぶつかって、カエルが潰れたような声を上げた。熊もどきだけど。
昨夜夕食と風呂の後再び押し問答を再開して、もう全て忘れて眠りたくなった私が休戦を持ちかけて就寝した。寝て起きたらいなくなってるんじゃないかと思ったのにこれだよ。
下で寝ろって言ってクッションと膝掛けも使わせてやったってのに、ロフトベッドの上にまで上って来やがるとは。
酷い……と被害者ヅラで抗議するイマジェンを放って、パジャマから制服に着替える。と言うかいつから私がマスターに?
ともかく、いつも通り朝食をとって、学校にいく支度をする。
「何だマスター、どこかへ出かけるのか?」
「今日も学校だから。着いて来るなよ。あと、マスターじゃない」
押し問答の末とうとう外れた敬語を、イマジェンは気にする様子もない。返答はないがそれを肯定と受け取って、私は時間を見て家を出た。
階段下から自転車を引き出して、いつもの道のりに自転車を漕ぎ出す。
途中、昨日イマジェンと出会った本屋に差し掛かると、黒スーツの外国人がちらほら見かけられた。まるで映画で見たメン・イン・ブラックみたいだ。いや、地球外生命体は今私の家にいるから世界観が世界観ならここに来ていてもおかしくないのだけど。
いや、この世界マーベルシリーズの世界なのだから、彼らは戦略国土……ちょっと正式名称思い出せないけど、S.H.I.E.L.D.なのだろうか。特殊なエネルギー波を感知して調査に……とか、普通に考えられる。
触らぬ神に祟りなし、だ。何も見なかったことにしよう。
◇
学校に着き、教室に入れば、いつも通り人はいない。この静かな空間が好きだし、早い時間の方が自転車置き場も空いているのだ。
空気の入れ替えに窓を開けて、自分の席に荷物を置く。昨日読めなかった漫画を読もうと思ってバッグを開けたら、熊が入っていた。
「ここが学校という場所か」
「なっ、お、おま、着いて来んなって……!」
バッグの縁に手を掛けて顔を出すイマジェン。驚いて言葉のまとまらない私を見て、イマジェンはふっと笑みを浮かべる。
「確かにマスターは着いて来るなと言ったが、別に俺は着いていかないとは言っていないからな」
「着いてこられたところでバッグに入っていて貰うしか無いんですが?」
小熊とは言え動物を机の上に置いておく訳にはいかない。イヌ型亜目とは言え、クマはクマ科で、何処をどう見てもクマである。
「……着いて来ちゃったもんは仕方ないけど、バッグの中から出ないでよ?」
「分かっている」
自信たっぷりな様子で口角を上げるイマジェンに、一抹の不安がよぎるが信用することにした。バッグから弁当とイマジェン以外の物は出してリュックの方に入れ直しておこう。
なんやかんやと話しかけて来るイマジェンを適当にあしらいながらそうこうしていれば、教室の引き戸が開いた。
入って来たのはいつも私の次に早く来るクラスメイトの男子だった。おはようと挨拶する彼に、私はバッグの口を閉じながらおはようと答える。
「さっき誰かと話してた?」
「あっ、ちょっと電話を」
少し訝しげにしていたものの、納得した様子でふーんと頷いた彼に乾いた笑いを返して、今日一日に不安を抱きながら私は席についた。
◇
やっと昼である。時折思い出したようにごそりと動くバッグに戦々恐々としながら、四時間を過ごした私は昼には疲れ果てていた。
私は久々に学食であんパンと牛乳を買って本棟の校舎裏に行く。あんパンと牛乳、なんだか既視感のある組み合わせだ。銀……山崎……あんぱん……いや、何でもない。
とにかく校舎裏へ。ほとんど使われていない特別教室のある別棟の外階段は、私が入学以来使っている穴場である。その一番下の段に腰掛けて、バッグを開く。
「……はっ⁉ どうしたマスター、学校は終わったのか?」
「お昼休みだよ。そう言えば君、昨夜何も食べなかったけど、お腹空いてるでしょ」
バッグから這い出して来たイマジェンの前に、先程買ったあんパンと牛乳パックを並べる。イマジェンはそれを見て、目を瞬いた。
「? どうしたの……あ、手がないから袋開けられない? それとも熊が食べるような果物とかの方が良かった? そうなるとちょっと私じゃすぐに用意できないんだけど」
あんパンの袋を開けて牛乳パックにはストローを刺してやる。そうしてから、私は自分の弁当を取り出して、いただきます、と小さく言って食べ始めた。
「い、良いのか、食べても……」
「そのために買ったんじゃん」
何言ってんだこいつ、と見下ろせば、なんかちょっと気持ち悪いくらい期待に目を輝かせたイマジェンがいた。
小熊と言えどしっかり爪が生えていて、その爪で袋を破いたりしないように、イマジェンは器用にあんパンを持っていた。
お互い無言で昼食を終えて、弁当やゴミを片付けたら、授業まではのんびりと過ごそうと投げ出すように足を伸ばす。
「マスター、友人と一緒でなくても良かったのか?」
「まあ、別に……」
そう答えた時、地面を揺らすような轟音が響いた。遠く、校舎の方からは悲鳴が聞こえる。
地震にしては揺れていない。周りを見回しても異変と言う異変は見当たらない。一体何事だ。
「なに……⁉」
「まさか、もう奴らが……!」
肩を竦めて身を縮こませる私に、イマジェンは焦った声で言った。
「奴ら?」
「話しただろう、俺の星を滅ぼし、俺を連れ去った奴ら……ミルファン星の奴らだ! 俺のことを追って来た!」
んな馬鹿な、と思っていれば、急に視界に影が差す。見上げれば金属のような外殻に覆われたエイリアンが飛びかかって来ていた。
目を見開いて、ただそのエイリアンが襲ってくる様を見つめていた。
頭は真っ白で、避ける余裕はおろか考える余裕も無かった。そんな私の目の前で、エイリアンは横から放たれた何かによって衝撃を受けて、その刃のような腕を私へと届かせる前に倒れた。
私は呆然とその倒れたエイリアン――推定ミルファン星人を見る。バチバチと火花を散らしていて、その様は生物というより機械だ。
「Are you OK?」
冷静な声が掛けられ、肩に手を置かれる。こちらを見ているのは黒いスーツの白人の男性だ。手には拳銃が握られているところを見るに、エイリアンを倒したのはこの人だろう。
「あ、あーゆー……あっ、はい、イエス、OK」
「It’s not safe. Get away.」
大丈夫かと聞かれたのであろうと頷けば、黒スーツさんはさらにまくし立てて私の腕を引く。パニック映画とかアクション映画とかでよく聞くセリフ。ここは危ないから逃げろ的なことを言っている。
い、一応弁解しておくけれど、私はそれなりに英語は出来る。前世の自分は英語が苦手だったから、今世ではもう少し頑張ったし、小学生に上がる前から母に頼んで英語の教室に通わせて貰っていた。
さっきはびっくりして頭真っ白になっていたから戸惑っただけだ。リスニングやライティング、トーキングも、日常会話程度なら困らない。
いつの間にか隠れるようにバッグに入っていたイマジェンを抱えて、黒スーツさんに背中を押されるまま駆け出す。
途中、再びエイリアンが襲って来て、黒スーツさんはそっちの対応に追われてしまう。「Go, go, go!」と叫ばれて背中を押されて、私は一人校舎の方へと駆けた。
「あ、あれがミルファン星人?」
「いや、ミルファン星人の生み出した戦闘メカだ。あの黒服の男が助けてくれて助かったな」
周りに人がいないことを確認しつつ腕の中のイマジェンに話しかければ、イマジェンはにゅっと顔を出して答えた。
外からはまだ戦闘の音が響いている。怒号と悲鳴は校舎内のあちこちで上がっていて、平和な日本にあるまじき戦場の音がする。
「どうする、マスター」
「どうって……逃げなきゃ」
この辺りに人はいない。特別教室が集まっている棟に繋がっている渡り廊下の近くだから当たり前だ。
昼休みにわざわざこんな教室から離れたところに来るのは、学校でもイチャつきたいカップルか、友達がいなくて教室にいるのが気不味いボッチくらいだ。
教室の方に戻れば、人がいるはずだ。駆け出そうとして、視界の隅、窓の外にエイリアン――戦闘メカが歩いているのを見て咄嗟にしゃがみ込む。
「戦えばいい、マスター」
「はあ⁉ 冗談も休み休み言ってよ。私はただの女子高生。なんのスーパーパワーも無ければ、アーマーもない。この状況でアイツら倒せる作戦を練れるような天才でもないの」
「だが、俺の相棒だ」
そう言い切ったイマジェンの顔は、いつになく真剣だった。
「相棒って言ったって……」
イマジェンの話では、精鋭部隊の人間ですら扱いきれなかったのだ。それを何処にでもいる小娘が扱えるとは思えない。
その時、ほんの近くで悲鳴が上がった。渡り廊下に出る出口の方を見れば、外ではさっき私を助けてくれたのとは別の黒スーツの男の人がエイリアンの攻撃に吹き飛ばされていた。
メカたちは黒スーツさんに寄って行き、その内の一体が私に気付く。しゃがみ込んだ足はそのまま、立とうにも上手く力が入らない。尻餅を付いたような体勢で、私は後退りする。
「想像するんだ、マスター! 自分が戦う姿を! 奴らを倒すのを! 俺はそのイメージに呼応する!」
腕の中でイマジェンが叫ぶ。こちらに来ているメカは、肩の突起が扉に当たって立ち往生している。これが漫画とかなら笑えるシーンなのに、私にはそれどころじゃない。
戦うのを、想像?
拳で殴る? いや、私腕力ゴミだし、そんな技術もない。なら拳銃? FPSと現実は違う。剣、剣はどうだ? 剣道すらした事ないのに?
そうじゃない、もっと、力とか技術とか要らないような、そんな。
自分のゴミみたいな平凡なステータスが関係しない、そんな力――想像するだけならいくつも浮かぶ。だって私、前世でも今世もオタクだもん。自分がこんな能力持ってたら、なんて想像、何億回もしてる。
「ほんとに、想像すればどんな力でも扱えるの?」
「ああ。その通りだ」
力強く頷くイマジェンに、私は震える足を叱咤して立ち上がる。もしも出来ないなら、死ぬだけだ。そう考えると、ひくっと口角が上がった。
想像するのは、前世で見た『Fate/stay night』の主人公、衛宮士郎。危なっかしいほどの自己犠牲の精神と、正義の味方を目指す真っ直ぐな心を持った彼の使う技――魔術。
私に彼のような正義感はない。魔術回路も、魔術特性もない。けれど、想像する。
体に彼と同じような光の回路が走る様を。手の中に、空中に、無数の武器を生み出す様を。そしてその武器が、敵を刺し貫き、屠る様を。
――トレース、オン。
メカが扉を壊して中に入ってくるのと、私が彼と同じように〝魔術を起動させた〟のはほぼ同時だった。