落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
第一章幕間「カラの墓に誓う」
ワシントンD.C.のとある墓地に、その墓は建てられた。
墓石に刻まれた名は、フィリップ・J・コールソン。花がいくつか手向けられたその石の前に、私は小さな花束を置く。
ニューヨークでの戦いは終わりを迎え、私たちは日本へ帰国する前に、コールソンのお墓参りに訪れていた。
「キリスト教ってお墓の前で手を合わせたりしないよね。手を組むのは神様に向けてだし、お祈りだし」
「こういうのは気持ちが大事というもの。あまり気にせずともいいだろう」
悩む私に、隣に四本脚で立ったシロが答える。その言葉に、確かにそうか、と私は頷いた。
私はしゃがみこみ、墓石の名を繰り返し、繰り返し、なぞるように読んだ。おそらくは、この墓の下には誰もいない。この世界にコールソンは多分まだ存在していて、秘密裏に活動を再開するのだろうけれど、少なくとも私の生きる世界から、彼はいなくなってしまった。
風が草木を撫でる音、鳥の鳴く声、暖かな太陽の光。静かだけど、花の香りが絶えない、いい墓地だった。
今もどこかで生きるコールソンは別として。私の世界のコールソンは、死んでしまったから。この墓は、私が見殺しにしてしまった彼の墓だ。
私はコールソンの墓を眺めながら、コールソンのことを思い出した。
私が日本でそのまま暮らせるように、上に掛け合ってくれたのは、おそらくコールソンなのだろう。怒りで暴走しかけた私を止めてくれて、そしてその事実を知ってなお、私をインデックスとして収容しないよう図ってくれた。
上海の研究所にいる時は、頻繁に私たちのところを訪れて、雑談に付き合ってくれたり、勉強で分からないところを教えてくれることもあった。
全部過去形で、もう更新されることはない。
たったひと月足らずの関わり合い。それは一生の中にある出会いと別れの中ではきっと短い部類のものだ。いつかこまごまとした記憶は忘れてしまうのかもしれないけれど、絶対に忘れないと思うものも確かにある。
あの日、警戒はしていても、私に銃を向けなかったこと。あの数秒で、私のことを信じてくれたこと。
もし銃を向けられていたら、もし信じて貰えなかったら。
きっと私は、ここにいなかった。ミルファン星の宇宙船を止めるまでの手助けはしても、シロを連れてその場を立ち去り、母をも捨てて、S.H.I.E.L.D.から逃げ続ける日々を送っていただろう。
選んだ道が良かったかどうかは分からない。あの時逃げていれば、母も死ななかったかもしれないと、今でもちょっとだけ、思ってしまう。それに、
……それでも私は、自分で正しいと思える道にいると、そう思う。母がそう言っていたように。
「マスター」
「うん?」
シロがふと私に呼び掛けた。返事をして、彼を見下ろす。彼はじっと、コールソンの墓を見つめていた。
「マスターは、死んでくれるなよ」
シロの前の相棒を、私は知らない。どちらかが死ぬか、イマジェンが切ろうとしない限り、〝相棒〟の契約は切れないそうだ。軍属で戦場にいたシロが、相棒を失う理由は、想像に難くない。シロのかつての相棒のことも、何故彼が私に死ぬななどと言うのかも、その理由は正直、聞くまでもなかった。
「約束は出来ない。けど、努力はするよ」
人はいずれ死ぬものだから。死なないとは断言出来ないけれど。それまでの時を伸ばす努力なら、きっと出来るはずだ。
私はアベンジャーズとして戦った。その事実は確かだ。それはつまり、この先起こる戦いに巻き込まれていくという事だった。それを決めたのは、私自身だ。危険に身を投じると、私が決めた。私はそれでも、私を想ってくれる人のために、長生きしなきゃならない。
「ああ、絶対などないからな。そうしてくれ」
私の答えに、シロは頷いてくれた。
「そろそろ帰ろうか」
「ああ。ところで腹が減らないか。日本へ帰る前に、腹ごしらえをさせてもらおう。せっかく遠い異国に来たのだ。〝らしい〟ものを食べたいな」
「うん。そうだね。そうしよう」
体を小さくしたシロを持ち上げて、肩の上に乗せながら、私は立ち上がる。そうして最後に、ただ沈黙を保つコールソンの墓を見下ろした。
謝ることは出来ないのだ、と思った。許されるつもりもない。彼に罪悪感を抱いても、心のどこかで私は、あの判断が絶対の間違いだったとは思っていない。コールソンの死が無ければ、アベンジャーズは結束できたか分からない。彼の死が必要な死であったと、心の隅で確かに思ってしまう。
だけど、罪は罪だ。コールソンが今もどこかで生きているとしても、私はあの時、彼を助けないという判断を下した。その過去が変わることはない。私の判断で、〝
罪を背負う覚悟はある。
それでも、もうこんな気分はこりごりだとも思う。
映画通りに世界が進んでいくならば、私は再び友人を亡くすことになる。私はそうなることを知りながら、それを容認することになる。
それは、やっぱり嫌だった。彼らはスクリーンの向こうの人たちではなく、この世界に生きる〝人〟なのだから。憧れのヒーローではない。私の友人なのだ。
諦めていた思いが、捨てたはずの思いが、気付けばすぐそこにあった。心の中で私が囁く。まだ遅くはない、と。だから。
「コールソン、私、頑張るから」
コールソンの思うヒーローと、形は違うかもしれないけど。私は、私のなりたい姿のヒーローになりたい。〝みんな〟を救う、ヒーローに。
かつて冷ました心に再び、熱が灯った。