落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第二章-2「本の虫とシロクマと王子」

 よろしく頼む、と、男はぴくりとも動かない表情のまま、機械のような口調で喋った。

 背の低いこちらに合わせてしゃがみこんで挨拶をしているところを見るに、気遣いの姿勢はあるのだろうか。しかしいかんせん、表情はピタリと、感情のひと欠片も失ってしまったように見えた。

 男は、ラシューカ軍の二等下士官(軍曹)だった。他のイマジェン達は士官以上の軍人に任されているのに対して、俺は下士官であるこの男に渡された。

 男は少し――かなり無口で無愛想なきらいがあったが有能な軍人で、しかし身分が低くて出世が出来ず。対して俺は、出来ることが判然としない、他のイマジェンに比べて出来損ないだった。上層部からすれば、厄介払いと優秀な手駒に恩を売ることの両方をいっぺんに出来る、良い機会だったのだろう。

 出来損ないといえども、イマジェンを賜ることは軍人の名誉だった。

 男と俺の間に会話はほとんど無かった。

 ……いや、言い方を変えよう。プライベートの会話は無かった。あったのは事務的なものだけだった。

 男は元来無口な性質(たち)であったようだし、俺は彼が最初の相棒で、その相棒の気質に強く影響されて、会話というものが苦手になった。

 俺は男と、数年間戦場を共にした。辛い戦いもあったが、まだそこまで戦況は悪化していなかった。だから俺は、数年という長い年月を最初の相棒と共に出来たのだ。

 

 ◇

 

 アスガルドの図書館は最高の場所だ。天国というか、夢の国と言うか――まあ、神々の国であることはある意味で確かだけど。つまりは、神話からのイメージ通りの場所ということだ。

 大量に保管された書物の中で、ラシューカ語で書かれた本はたった一冊。失われつつある言語だから、たった一冊しかなくても致し方ない。むしろその砂漠の中の砂粒一つの状態を、司書のアルヴィスが覚えていたことに感謝すべきだろう。

 内容は、ざっくりと説明するならば、ラシューカ人の生活についてであった。どのような物を食べ、どのような家に暮らし、どのような服を着ていたか。それを通して、ミルファン星に滅ぼされる以前のラシューカ星の姿が見えてくる。食べ物一つ取ってみても、そこから星の地理、漁業や農業などのあり方が分かる。どんな家に住むか、どんな服を着るかで、星の気候や植生も窺える。

 正直なところ、私は本来の目的であるイマジェンについて調べることをすっかり忘れて、アスガルドの書物の虜になった。

 アスガルドには一部の言語(ラシューカ語のような)を除いてだが、書物の文章を翻訳して見られる魔法道具があり、アスガルド語で書かれた文章も簡単に英語や日本語に直して読むことが出来た。

 その翻訳機のおかげで、私はラシューカ語の翻訳に疲れたらアスガルド語で書かれた書物を読むという、まさしく〝本の虫〟と呼ばれるにふさわしい息抜きの仕方をやりながら、書物の読解を進めていた。

 ルーン魔術の本は特に面白い。地球にあったルーン文字の資料とはまた違っていて、実用的なのだ。

 試しにシロが近くにいないとき、ルーンを刻んでみたのだが、私は一応シロがいなくとも魔力と呼ばれる類のものを持っているタイプの人間だったらしく、ちょっとしたルーン魔術なら一人でも扱えるようになった。

 教えてくれたアルヴィスやフリッガに感謝。圧倒的感謝。

 そんな風にしていれば、周りのものが見えなくなることや、音が聞こえなくなるなんてことは当たり前になっていて。

 ぽん、と肩へ置かれた重みに、私はびくりと肩を揺らした。

「そんなに驚かなくとも良いだろう、ユーリ」

 振り向けば、白い歯を覗かせて笑うソーの姿がそこにあった。

 ソーは、初日に謁見の間で別れたあと、一度様子を見に来た。その時に、オーディンからの命でしばらく宮を空けると話していたが、どうやら帰ってきたらしい。これが一時帰宅なのか、事がすべて済んだのかは分からないが。

 ……多分一時帰宅だ。オーディンの命はきっと、ロキによって騒がしくなった九つの世界の平定であり――『ダーク・ワールド』の冒頭で描かれていたあの辺りの関係だろうから。

 オーディンの命で出陣しているとはいえ、終わるまで帰ってくるなとはオーディンも言わないだろうし。それに、惑星直列関連の書物はこの間読んだ。

 アルヴィスから聞いたが、惑星直列の影響で世界に歪みが生まれるまで、もう少し時間がある。のんびりは出来ないが、急ぐ必要はない。

「ごめん、つい没頭しちゃって。おかえり、ソー。用事は終わった?」

「まだ残ってはいるが、皆を休めるために一度戻った。研究の方は進んでいるようだな」

 開いてあったいくつかの書物を見ながら、ソーは隣の椅子に座った。

 なんというか、〝皆〟のことを話すその姿が、とても様になっている。これが、王……。

 『マイティー・ソー』の一作目で描かれていた〝学び〟がなければ、ソーはこうして戻ることなく戦い続けていたのだろうか。そう考えると、こんなちょっとした言動でも少し感慨深いものがある。

「資料を読み進めるって意味では進んでいるけど、目的の情報はまだ」

「そうか。シロも同じようなことを言っていた」

 ソーの言葉に、私は少し離れた場所で書物の情報を記録する作業を行うシロを見た。どうやら先にシロと話したようだ。

 私は集中すると外部からの情報をセルフシャットアウトしちゃうからね、仕方ないね。

「あ、でもね」

「うん?」

 ふと声を上げて資料を引き寄せた私に、ソーは少し身を乗り出した。

 その姿はなんというか、子供の話を聞こうとする親のようだった。これがお兄ちゃん力だろうか。もしかしてソーは、長男だから我慢出来る系の人だろうか。

「ここの記述にね、ラシューカ星の王宮にはここみたいな資料庫があって、中は充実していたって。まあ……それがそのまま残っているとは思えないけど、ラシューカ星に行けば、なにか残っているかもしれない……」

 記述の部分を指でなぞりながら、私はまだ見ぬラシューカ星へ思いを馳せる。

 ラシューカ人の街は地底にあったらしい。本の記述やラシューカ人を見たアスガルドの人々の証言から、彼らはいわゆるアルビノが多く生まれる種族で、日差しを避けて地下で暮らしていたようだ。

 地球人ともアスガルド人とも違った特徴や文化を持つ人々の星。例えミルファン人に滅ぼされているとしても、行ってみたかった。今現在どういう状況なのかは分からないが……。

 ……ただ気になるのは、本の記述やアスガルド人の証言と、シロの語るラシューカ人やラシューカ星の姿が異なることだった。

 前者は先程言った通りアルビノに見られる白い肌と白い髪、そして赤い瞳。しかしシロが言うには、肌の色も髪や目の色も、アスガルド人や地球人とそう変わらないと言うのだ。

 そして、シロの語るラシューカ星の都市は地下にあらず、地上にあったという。

 この違いは一体なんなのか。それも含めて、知るためにラシューカ星へ行きたい。

「だが、宇宙船がないだろう。ラシューカ星には虹の橋(ビフレスト)は架けられないし、アスガルドに宇宙船はない」

「そこは問題ないよ」

 自信満々に笑みを浮かべて答えた私に、ソーは首を傾げる。そんなソーの前に、別の本を見せた。

「この本にね、宇宙船の設計図があったんだ。これをそのままイマジェンの魔法でトレースすれば、なんとかなる、はず!」

 本には大型のものやら小型のものやら、いくつか種類があった。多分だけど、この本に乗っている宇宙船は最新鋭のものではないのだろう。しかし宇宙に出られさえすればいいのだ。無茶な動きはいっそ魔法でなんとか出来る。

 ソーは私の掲げる本を見て、なるほどと一つ頷いた。

「そう簡単にうまくいくものだろうか」

 その否定の言葉はソーではなく、シロから発せられた。いつの間にか近くに来ていたらしい。少し驚いた。

 テーブルの上に広げられた資料の傍に座ったシロは、ホログラムで映された宇宙の地図を眺めている。

 ラシューカ星はアスガルドからそう遠くはない。ジャンプポイントを二回飛べばよく、その道中にも危険な場所は無い。処女航海にはもってこいの道中だと思われる。

 でもシロの暗い表情は、そこが原因じゃ無いのだろう。

「やってみなきゃ分からないよ。やる前から諦めるのは嫌だし」

 シロはそれを聞いて、黙り込んでしまった。

 全くの乗り気でないというわけではないと思う。ただ……心の準備や整理が出来ていないのだろう。それに、私のこともあるのだと思う。〝俺は君の傍にいるべきではないかもしれない〟というシロの言葉は、私の中にもまだ消えず、残ったままだ。

 一緒に荷物を分け合う、全部受け止める、口ではなんとでも言える。それを証明するためにも、やっぱり行かなきゃいけないのだと思う。

「……そうだな、日取りが決まったら教えてくれ」

 そう言うと、シロは重い足取りで元の場所に戻っていく。私とソーは、しばらくその背を眺めていた。

「俺は、お前たちを連れてこない方が良かったか?」

 眉尻を落とすソーに、私は首を振る。

「これは、ちゃんとケリを付けなきゃいけないことだから。むしろきっかけになって貰って、感謝してる」

 ちゃんと笑顔を作れているかは分からないけど、私は口角を持ち上げた。ソーは私の、そんな内心に気付いていただろうけれど、ただ笑みを返すだけだった。そうして、ぽんと私の肩を叩き、また後で、と声を掛けて立ち去った。

 ソーの背を見送りながら、私は小さく息を吐いた。

 あの日――ドイツの帰り、私とシロのいる穏やかな水面に、ロキという悪戯の神が石を投げ入れた。水面は揺れ、その上に立っていた私たちもまた揺れた。水面には、いつも霧がかかっていた。それは互いに意図的なものであったり、そうでなかったりした。

 水面が揺れ、遠くの嵐が風を連れてくる。

 きっと私たちは今、転換点にいる。バディ物によくある、最初よりはいい感じになっていた二人の仲が再びギクシャクする頃だ。

 霧を晴らし、水を抜き、全てを晒せばまた笑い合えるだろうか。

 そう考えると、私も少し、不安になった。

 

 

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