落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第二章-3「悪戯の神、再び」

 数年を男と共にして、知ったことがある。男が無口なりに、仲間を大事にしていること。無愛想なわりに、同僚に好かれ、部下に慕われていること。厳しそうな顔立ちだが、笑った顔は存外優しそうであること。

 そして――ある女に、恋をしていること。

 女は男より、軍人としても、家柄としても高い地位にあった。見目がよく、軍人という肩書が似合わぬほど、男が腕をひねれば折れてしまいそうなほど、儚げであった。

 男がその想いを顔に出すことはついぞ無かったが、女と話す時、いつも感情の波が大きく揺れていたことを知っているのは、相棒だった俺だけである。

「思いを告げる気などはない。ただ、見ていられるだけで……いや、出来ることならば、彼女が戦地になど出ぬように出来れば良いのだがな」

 ある日、貰ってきたという酒を珍しく飲んだ男が、俺相手に冗舌にそう語った。

 男が戦場で、敵に特攻を掛け死んだのは、その翌日のことだった。

 

 ◇

 

 アスガルドでの研究に没頭し数週間。遂にラシューカ星ヘ向かうその日、私たちは謁見の間にてオーディンとフリッガに挨拶をしていた。

「仰っている意味がよく分かりません」

 そんな中で、私はオーディンが放った言葉に対して思わずそう答えてしまった。

 言葉を吐いて一瞬も経たずに何を言ってしまっているんだ私、と思ったが、時すでにお寿司。一度放ってしまった言葉は、もうどうにもすることは出来ないのだ。タイムストーンでもあれば別だが。

「ロキを、そなた達の旅に連れて行ってほしい」

 オーディンは厳かな声で繰り返し言った。どうやら機嫌を損ねてはいないようだった。

 そりゃ相手はおそらく、少なくとも千年は生きて一国を治め、九つの世界を守っている名君だ。四半世紀も生きていない赤ん坊が言葉を解さず首を傾げたところで、怒りはしないだろう。

「……アスガルドにはロキが複数人いらっしゃる?」

「いいや。アスガルドのロキは、我が息子ただ一人」

 絶対にありえないとは知りつつも尋ねれば、予想通りの答えが返ってきた。ですよね、と私は頷く。

「ロキからは魔法の力を奪う。そなた達を害することは出来なかろう」

 魔法の力奪ったところで、ロキって普通の地球人よりパワーあるでそ? 私シロがいないとルーン魔術ちょっと使えるだけの一般人なんやが。普通に害せると思うんやが。殴り合いしたら十秒でロキが返り血浴びることになると思うよ?

 それに、そもそもの話。

「なぜ私たちに?」

「そなたたちの話は、フリッガからよく聞いておる。そして、我が息子の一人ソーは、ミッドガルドに行き学びを得た。ミッドガルドの者であるそなたと共に行くことで、ロキも何か学べるやもと思ったのだ」

 オーディンは静かな声でそう答えた。

 言わんとしていることは分かる。いや、フリッガからどんなことを聞いたんだと聞きたい気もするが。私たちの何を見込んだのだろうという思いもある。

「どうしたのですか、父上。このように罪人である私を呼びたてるなど。ティータイムにお招きいただけるのかな?」

 そうこうしている間に、両手を錠で繋がれたロキが連れて来られた。相変わらずの減らず口である。

 そうして自然と謁見の間にいる人たちを見回したロキは、私とシロを見て眉をひそめた。何故ここにいるのかと問うような視線だ。

「地球人がここで何をしている」

「学者として、ラシューカ語の研究に訪れたのですよ。彼女は客人です」

 ロキの問いに、フリッガが代わって答える。ロキはその言葉に、「学者?」と半笑いで首を傾げた。

「ユーリはラシューカの言葉に、ここの誰よりも詳しい。その証拠がこれだ」

 オーディンは傍らに置いてあった本を指し示す。

 私が知識を分け、アスガルドの学者たちが編纂した、ラシューカ語の書物の翻訳本だ。今日からこの王宮の図書館に、あの本が加わる。

 黙って聞いていたロキは兵士に促されて私の隣に並んだ。オーディンは軽く咳払いをする。

「ロキ、そなたに新たな罰を命ずる」

 響く深い声。続いてオーディンは、手にしていた大ぶりの杖(槍? グングニルかな?)で床を叩いた。ドン、と謁見の間に重厚な音が反響する。

「これは……一体何を……!」

 ロキが目を見開く。

 その反応を見るに、先程オーディンが言っていた通り、ロキから魔法を奪ったようだ。同時に、その両手を繋いでいた錠が外れる。

「お前の魔法を封じる。そして、ミッドガルドのユーリとイマジェンのシロと共に行け。学ぶのだ、お前の兄のように」

「私の兄じゃない」

「その兄の両親を父上母上って呼んでんのに?」

「貴様は黙っていろ、小娘」

 思わず口を挟んでしまえば睨まれた。でも全然怖くないんだよな……ロキちゃん……。

「ユーリ、シロ、我が息子を頼む」

「え、あ、はぁ……」

 なんでこんなところまで〝断れない日本人〟出ちゃうかなぁ!

 でも他国のとはいえ王様に逆らうとかそんな度胸ないんで、勘弁してほしい。いずれワカンダの王様とお話するかもしれないってこと考えると手に変な汗かいてくるね。

 ロキとオーディンはまだ何か話があるようで見つめ合っている。

「……では、私たちは、これで……お先に、失礼しますです……」

「また会いましょうね、ユーリ、シロ」

「失礼致します、王様、王妃様」

 手を振るフリッガに、シロはしっかりとした口調で答え、私は引きつり気味の笑みで応える。ぺこりと頭を下げ、踵を返す。

 その場に留まったままオーディンを見ているロキを一度見上げ、声は掛けずに謁見の間を後にした。

 まさか本気じゃないよな。

 

 ◇

 

 王宮の外の柵に腰掛け、フリッガからいただいた腕輪にルーンを刻んでいれば、ロキが追いついた。ロキは私の前に立ち、上の方から見下ろす。

「話終わった?」

「ああ、そこにいたのか。小さくて見えなかった」

 ストレートに悪口を言ってくるロキを、ハイハイ、と軽く流して、私は立ち上がった。どうやらオーディンは本気らしかった。魔法が使えなければただの人間――とまではいかないけど、そこまでの脅威は無い。彼の使う魔術の中で一番厄介であろう幻術は使えないのだろうし。

 しかし、もしもロキが逃げ出したら、私が責任問われるのだろうか。それは嫌だなぁ。

 周りはざわざわと、突然現れた罪人のロキ王子を見ている。やっぱりこいつがいると目立つ。

「とにかく行こう。ここは目立つし」

 ため息交じりに言って、私は歩き出した。

「随分と簡単に背を向けるじゃあないか。私がしたことを忘れたわけではあるまい」

 ロキはわざとらしく大きな声で言った。私は足を止め、ロキを振り向く。

「あの男の背中を刺したのは私だぞ。死んだらしいな。なんと言ったか、確か……コールソンだったか? 間抜けにも私に銃を向けた男だ。黙っていれば死ななかったものを」

 ロキの顔に浮かぶのは嘲笑だ。私を怒らせたいのだろう。怒らせて、自身を置いて行かせたいってところだろうか。

「……家を離れたくないならそう言いなよ、ロキ。自分の足で牢屋に戻れば良い。王命に従わなかったくらいの罪状が増えたところで、今更痛くも痒くも無いでしょ」

 私がそう投げかけると、ロキはピクッと片眉を動かした。

「誰が家を離れたくないだと、小娘! 私をなんだと思っている!」

「精神年齢は私より下っぽそう」

「どうやら殺されたいようだな……!」

 私の正直な返答に、ロキは不満そうである。あ~もう、わたしのバカバカ! 印象サイアクだよ~(棒)

「そうやって不満タラタラって顔してるけどねェ、こっちだって正直訳分からんのだぜ? なんで君と一緒に行かなきゃならんのよ」

「そう思うなら父上の頼みを断れば良い話だろう!」

 簡単に言ってくれるなこいつ。

 ひくりと頬を動かした私の視界の端に大きなリスが入る。ロキの後ろでロキの真似をして、こちらに指を差している。なんだあいつ。小型犬くらいの大きさあるぞ。まあいい。

「うるせえ、こっちは小市民なんだよ! 王様の命令に逆らえるわけないだろ、いい加減にしろ!」

 王様に頼むとか言われたら断れないじゃんって話よ。こっちは図書室に入れて貰って貴重な資料読ませて貰った恩もあるわけですし。

 大きなリスは私の横を通り、後ろへ行く。ロキもそれに気が付いたのか、視線が一度下に向いた。

「何が小市民だ! 出来ないなら出来ないと言え! 父上は、そんな狭量ではない!」

「父上大好きかよ、このツンデレ! お前なんて日本に来たらただの萌えキャラ扱いだからな!」

「ツン……モエ……訳の分からぬ言葉で喋るな! ……ッなんなんだ、お前はっ!」

 私たちの言い合いに合わせて、あっちへ行ったりこっちへ来たりとしていた大リスは、ロキの言葉にぴたりと足を止め、こちらを見て小首を傾げた。

「何故ラタトスクがこんなところにいる」

「ラタトスクって、ユグドラシルのリス?」

 大リスを見て不機嫌そうにこれでもかと眉間にしわを寄せたロキ。私はロキの呟いた言葉に首を傾げた。

 北欧神話で、ユグドラシルには梢に鷲が住み、根元には蛇(もしくは竜)が住み、ラタトスクは彼らの喧嘩の中継をして喧嘩を煽り立てているらしい。

 まあ、北欧神話に出てくる者たちがここアスガルドのそれらと同じバックボーンを持っているかは謎だが。ロキも神話の方じゃソーの兄弟ではないし。

「ミッドガルドにどう伝わっているかは知らんが、こいつらは森に住んでいる。王都の中心地まで出てくることは無い」

「では迷い込んだか」

 静かに状況を傍観していたシロが言う。リスはこちらの言葉に構わず、手で頭をかいて毛繕いに励んでいた。

 リスのその様子を見ていると、なんだかロキとの言い合いも馬鹿らしくなってきて、思わずため息が出る。

「もういい、行こうシロさん。ロキも、ほんとに嫌なら牢屋に戻りなよ。オーディン様も分かってくれるさ」

 シロを促し、私は今度こそイマジェンの能力で作った宇宙船が停めてある広場に足を向ける。背中から舌打ちの音が聞こえて、足音も続いてくる。

 意外と素直に命令を聞くらしい。元々従うつもりだったけど、八つ当たりがしたかっただけだろうか。そういうのは勘弁してくれないかな。

 

 ◇

 

 ……で、宇宙船に乗ってアスガルドを発った私たちなのだけど。

「ついて来てしまったようだな」

 少し困ったような声音で、シロが言った。その視線の先にいるのは先程のリスだ。悪戯成功、とでも笑うようにリスはシシッと鳴いた。いつの間に入り込んでいたのだろう。

「どうするんだ、小娘」

「どうするったって、ここから放り出すわけにもいかないでしょ。だからと言って戻るのも面倒だし……」

 自動操縦に切り替えた私はリスの前にしゃがみ込む。人慣れはしているのか、手を伸ばせば触らせてくれた。

「機材に悪戯するのは止めてね。君も死ぬことになるよ。しょうがないから一緒に行こう」

 眉を八の字に、そう投げかければ、リスは鳥の声に似た鳴き声で返事した。

 

 

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