落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
次に俺の相棒となったのは、前の相棒とは正反対の性格。明るく陽気な男だった。
男のことは俺もよく知っていた。前の相棒が補佐をしていた、
俺の前の相棒が死んだとき、男は体中の水分を流してしまうのではないかと思うほど、泣いていた。男にとって俺の前の相棒は、尊敬する先達であり、頼れる補佐官であったようだ。
その補佐官が使っていたイマジェンが自分に、となって、男はまた泣いていた。俺を抱き締めて泣くものだから、男の流した涙が俺を濡らした。
涙は、かつて戦場で、かつての相棒と共に打たれた雨より熱く、浴びた血潮より冷たかった。その温もりがくすぐったく、けれど悪くはない、そう思った。
男はよく笑い、よく泣いて、よく憤った。感情の波はいつも揺れ動いて、忙しなかった。
イマジェンに自分の感情を読まれていると知ったときには、羞恥と怒りで顔を真っ赤にした。妻と娘のいる男が、小娘のような反応をしていた。初めて喧嘩というものをして、初めて仲直りをした。
俺が、それぞれの感情の意味を本当の意味で知れたのは、もしかしたらこの男とともにいたからなのかもしれない。
◇
アスガルドを出て、ラシューカ星へ。
私たちはジャンプポイントを二つ飛んで、特にハプニングもなくラシューカ星へと辿り着いた。
ラシューカ星には、地球と同じように大気が存在していた。近くの恒星は太陽よりサイズが小さいようだが、その分星からの距離が近く、地表を過不足なく暖めるには丁度いい大きさのようだ。
ミルファン人の姿どころか、人っ子一人見えない。疑問に思いながらも、私たちは地上に広がる大きな都市の跡地に小型艇を降ろし、外に出た。
小型艇から降ろした足が、柔らかな草を踏んだ。地面はつるつるとした金属のような材質のもので舗装されていたようだが、ひび割れから草花が生い茂っていた。
中にはシロが記録していた植物図鑑に載っていた植物も見受けられる。道端を流れる水路の周辺には苔が生えており、流れる水は山奥の源流を思わせるほど澄んでいた。
この地上に広がる都市が、シロの語るラシューカ人の都市だろう。普通に地上に太陽の光が届き、きっとアルビノの人が暮らすには大変なはずだ。
のんきに水路を覗き込んでいたら、隣から小さな影が飛び出して、私が反応するより早く水飛沫が上がった。飛沫がこっちまで飛んで、私は反射的に顔を腕でかばう。
「うわっ! ちょっ、タット!」
「タット?」
私の叫んだ名前に、背後でロキが首を傾げる。
水に飛び込んだ影――大きなリス、タットことラタトスクは、呼んだ? とでも言うように両手に抱えた魚を長細い歯で抑え込みながら、こちらに顔を向けた。
ビチビチと活きの良さを見せていた魚だが、やがて力を失っていき、タットはその動きが止まるか止まらないかという頃に魚を丸呑みにして食べた。コイツ肉食かよ、こわ……。
「タットとはまさか、これの名前か?」
ロキは水路から出たタットを見下ろして言う。タットは水滴のついた体をぶるるっと震わせて水を飛ばす。ロキが嫌そうにその水滴を避けた。
「ラタトスクのタット。名前あったほうが呼びやすいでしょ?」
「道理で兵器にまで名を付けるわけだ」
ロキは鼻で笑う。
嫌味を言うのは彼のデフォルトであるのはなんとなく理解してきたので、もはや気にしない。私は無視して歩き出す。星の写真を撮っておこうとスマホを構えた。
「自然とは強いものだな」
いつも通りショルダーバッグから顔を出したシロは、辺りを見回してつぶやいた。
近未来的な湾曲したデザインの建物は崩れて、その壁には緑の蔦が這っていたり、苔が覆っている。見たことのない虫や鳥が行き交い、物陰を小動物が駆ける姿を垣間見る。壁の窪みには鳥が巣を作っていて、雛が親鳥を呼ぶ鳴き声が響いていた。
話を聞いた限りでは、シロが星を離れたのはミルファン星との戦いに破れてすぐのことのようだった。
物語の中に入ったかのような、幻想的でどこか物悲しい景色。人の手が入らなくなった、文明の残骸。
私はそれらを見て思わずため息を吐く。いつか、人類が滅亡した後の地球も、こんな風になるのだろうか。
「アテはあるのか、小娘」
「うーん……」
ロキに尋ねられるが、私にはなんとも言えない。
シロとアスガルド人の語るラシューカ人の特徴はそれぞれ異なる。私は周囲に目を配らせて、その中に看板のようなものの残骸を見つけた。
それに駆け寄って、その表面を覆う砂や蔦を手で払う。そこにはなんとなく規則性を感じる模様が書かれていた。
「……俺の知るラシューカ語だ」
シロがつぶやく。
「どういうことだ?」
ロキが首を傾げた。私は一つ考え込み、ずっと脳裏にはあった仮説を口にすることとした。
「……ラシューカ人は、二種類いるのかもしれない」
私の言葉に、シロとロキの視線がこちらに向く。
「地下に暮らしていたラシューカ人が、アスガルド人とも交流のあったラシューカ人。この地上に暮らしていたのが、シロさんの知るラシューカ人。アスガルドとの交流があったのは千年くらい前のことで、シロさんが軍で過ごしたのは……」
「二十年前ほどのことだ。その頃、地下に暮らすラシューカ人を見たことはない」
私が視線を向ければ、シロは聞かずとも答えてくれた。私はその答えにうなずく。
「千年前から、二十年前の間のどこかで、地下に暮らしていたラシューカ人はいなくなって、地上に暮らすラシューカ人が現れた。その原因が何かは、わからないけれど」
私の仮説を、シロとロキは口を挟まずに聞いた。
「さっき、上空からこのあたりをスキャンしてみた」
そう言って、能力を使ってその場にホログラムの地形図を出す。私はその一点を指し示した。石を使って出来た象徴的な建物。
「近未来的な建物の中で、ここだけ建物のデザインが浮いてる。ここに行ってみよう」
◇
地球では見ない材料を使った近未来的なデザインの建物の中に、異彩を放つのは崩れかけた石の建造物だ。
都市の中で自然と触れ合える憩いの場だったらしい、公園のように開けた場所。シロ曰く、戦時中には激しい戦場になったそうで、あちこちに塹壕の跡とおぼしき穴や、有刺鉄線を巻いた柵などがそのまま残っていた。そのままと言っても、それらにもまた、蔦が這っていたり苔がむしていたりする。
崩れかけの石のアーチは、古代ローマを思わせるデザインだ。そのアーチの下には地下へと進む階段がある。少し下りるとそこにはレンガのような石積みの壁があって、行き止まりだ。私はその壁を注意深く見る。
「ここに何か文字があるが」
ロキが言った。見上げれば、ちょうどロキの目線の高さの石に、ラシューカの文字が刻まれていた。それだ、と私はつぶやく。
「なんと書かれている?」
「読みは分かんない。けど、物事の始まりなんかを意味するのに使われてる言葉だよ。ここが入り口ってことかも。その石、何か仕掛けとか無い?」
ロキは私の言葉に、石を押してみる。すると、その石はロキが押し込んだところより更に奥へと下がっていく。それを合図に、ズズズ、と石を引きずる音がし始めた。
壁だった石はその全てが奥へと下がり、ちょうど階段の幅の中央で割れて、両端の壁へと吸い込まれていった。壁が無くなった先には、更に下へと進む階段が繋がっている。
「すごい……」
ほう、と熱い息を吐く。空に浮かぶ玉座を追い求めた
客人を迎えるように、ぽうっと手前の明かりが光を灯した。超文明のセンサー式ライトだ。
期待と緊張を抑えるように私は小さく深呼吸をして、階段を下り始めた。
下へと下りるごとに、先の明かりが点灯していく。三つ目の明かりが点いたところで、背後から石の動く音が響き、入り口が閉まった。
「閉じ込められたようだな」
「ここまで来て、今更戻る気もないよ」
ロキには地上で待ってもらった方が良かっただろうか、とちらりと思ったが、こちらの言う事を聞くタイプでもなさそうなのでやめた。そもそも私は、別について来いとも言ってはいなかった。
「ねえ、ロキはイマジェンについて、何か知ってたの? 兵器ってことの、詳しいこととか」
「話に聞いた程度だ。ラシューカ人が発掘したものだとか」
ダメ元で聞いてみれば、すんなりと答えが返ってきて内心驚く。そしてその答えは、私がシロに聞いた話とは違っていた。
「発掘? 俺は、ラシューカ人が俺たちを生み出したと聞いている」
案の定、シロが訝し気に声を上げた。
「では、何か隠そうとしていたのかもしれないな。イマジェンに知られてはまずい何かを。もしくは、私の聞いた話が嘘だったか」
「……地下に暮らしていたラシューカ人がイマジェンを作って、地上に暮らしていたラシューカ人が、それを奪ったとか?」
「さあな」
奪った上で地下ラシューカ人を地上ラシューカ人が滅ぼしたなら。それらの事実をすべてイマジェンには隠していた理由にも見当がつく。イマジェンには感情がある。自分の親のような存在を奪われたと考えて反抗されても困るのだろう。
考えを巡らせながら、黙々と足を動かす。石の階段を叩く靴の音。
しばらく進むと、それとは別の何かの音が鼓膜を微かに震わせた。私は思わずぴたりと足を止める。
「何だ」
「ごめん、少し静かに」
人差し指を唇に当てて、耳を澄ます。目を閉じてより聴覚に集中すれば、音の正体がおぼろに見えた。
「水の音……?」
「の、ようだな」
ロキも同じく耳を澄ましていたらしい。私の言葉に頷いた。再び私たちは歩を進める。まさか全部水浸しというわけじゃないよな。
下りるごとにだんだんと、はっきり音が聞こえてくる。滝の音に近いだろうか。絶え間なくざあざあと、水が落ちる音。
やがてずっと下り続けていた階段が終わる。階段の終わりはアーチ状になっていて、白い石の床には淡い青色が反射していた。
「わぁ……」
階段を下りきって視線を上げれば、地下とは思えない大空間が広がっていた。
そこにあったのは、地底湖に浮かぶ水の街。
地底湖の中心部に、白い立派な城を中心に白い壁で統一された家々が、山の裾野に沿うような形で建てられている。地底湖の天井には穴が開いており、そこから街へと光のきざはしが掛かっていた。湖の青色を反射した光が、白い石を薄青に染めていて、その光景は一枚の絵画のようだ。
地上からの階段を下りてすぐのところは桟橋のようになっているが、肝心の船は無い。どうしたものか、仕方がないから魔法を使おうか、と考えたところで、ロキが声を上げた。
「誰か来るぞ」
ロキが地底湖を指差す。
その指先を目で追えば、確かに、舟に乗って誰かがこちらに近付いていた。