落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
男と共に過ごしたのは、数ヶ月だった。
陽気な男は、俺に名前こそ付けなかったが、友人のように過ごしたと思う。
休日の家族と出かける際にも連れて行かれたり、男の娘の相手をさせられることもあった。尻尾を握るのは止めて欲しかったが、結局あの娘がその頼みを聞くことは最後までなかった。
男には、探検と称して古い資料庫に連れて行かれたこともあっただろうか。ホコリまみれで薄暗い、湿った冷たい空気の部屋。男はカビ臭い本を手にして、その中身を、中身を、中身を――。
男は、訓練中の事故で死んだ。
男の妻は、その知らせに崩れ落ちた。
男の娘は、何も分かっていない様子で、首を傾げた。
男は、訓練中の事故で死んだ。訓練で死んだ。訓練で。……訓練。
――いつの、訓練だ。
◇
地底湖の街の方から舟でやってきたのは、一人の男だった。
「これは、これは。入り口が起動したと思って来てみれば。珍しい客人だ」
お互いの顔が分かる程度の距離に来て、男はそう言って微笑んだ。
線の細い男だった。肌の色は地球人やアスガルド人にも見られるような、白人系――よりも白い、薄っすらと血管の透ける肌。
髪はうねりのない滑らかな白い髪を長く伸ばし、片方の肩から流すように束ねていた。眇めた瞳の色は、鮮血のような赤色。ゆったりとした長いローブから覗くのは、ほっそりとした手指。
正直に言うと、一瞬女性に見間違えた。それほどに、美しい男だった。
「あなたは……?」
「私はラシューカの民。名をレザンという。君たちは何者だろうか?」
自ら名乗ることなく首を傾げた私に気分を害する様子もなく、男――レザンは答えた。舟は岸に辿り着き、彼はローブの裾を持ち上げながら舟から岸に上がった。
ラシューカの民。アルビノのような姿。おそらく、地下に暮らしていたラシューカ人だろう。
まさか、生き残りが? 私はちらとシロを見、ロキを見た。
シロは驚いた様子でじっとレザンを見つめ、ロキは飄々とした表情でレザンを見ていた。
私はややあって口を開く。
「私は地球……テラ星出身の、ユーリ・タカムラです。イマジェンについて調べるために、ここに来ました」
「イマジェンのシロ。彼女は俺の相棒です」
「アスガルドのロキだ」
「あ、あと、この子はタット。アスガルドに住むラタトスクと呼ばれる生き物です」
改めて名乗ると、なんとも妙な取り合わせである。
地球の一般人もどきと、子熊の姿をした推定兵器、アスガルドの罪人王子に、大きなリス。控えめに言って何故一緒にいるのか意味が分からない。
レザンは私たちの名乗りを聞くと、興味深そうに私たちを見回した。
「珍しい組み合わせの客人たちだね。歓迎しよう、ラシューカの星へようこそ」
レザンは白いまつ毛に縁どられた瞼を細め、私たちを湖上の街に向かう舟へと促した。
「レザンさんは、ここに一人で住んでいるんですか?」
「ああ。ずいぶん昔に、私以外の古きラシューカの民はいなくなってしまったから」
私の問いに、彼は目を伏せて答えた。その悲しそうな表情に「ごめんなさい」と謝れば、「良いんだ」と彼は微笑んだ。
レザンが漕ぐでもなく、私たちを乗せた舟は湖上を進んでいく。これもラシューカの文明の一つなのだろうか。
「ユーリ・タカムラは、イマジェンについて調べるために来たと言っていたね。どんなことを知りたいんだい?」
湖上の街へと進む舟の上で、レザンはそう尋ねた。ええと、と私はシロを見る。こちらを見上げたシロは、ここは任せてくれと視線で訴えた。
「俺は、ミルファン星人からラシューカ星を守るためにラシューカ人によって作られたと聞いて、ラシューカ星のため、ラシューカ人のため、戦ってきました。しかし、アスガルドの――銀河の事情を知る者たちは、俺をラシューカの兵器だと。俺は、その真実を知りたいのです」
シロの言葉を、レザンは口を挟むことなく黙って聞いていた。その見目好い顔は、どこか不自然に思えるほど動かず、無という表情だけを現していた。
「……そうか。なるほど。よろしい。真実を教えよう。だがまずは、岸に着かねば始まらない」
無を体現していた唇に、再び笑みが戻る。美人が怒ると怖いと言うが、無表情になるだけでも迫力があるのだと、なぜかこんな時にしみじみ思ってしまった。
◇
舟が街の桟橋に辿り着き、街の通りに入れば、白い壁と白い石畳でその街が出来ているのがよく分かった。アスガルドで読んだ文献には、都市の近くにこの白い石のよく採れる採石場があったと書いてあった。
港から城まで、うねった上り坂が続いた。裾野の方は小さな家が多く、どこか雑然とした様子で、坂を登るほど大きな家が増え、しっかりと区画が整理されているように見受けられた。おそらく、城に近いところから貴族、平民、貧民と住んでいる人の階級が分かれていたのだろう。
レザンは私たちを、頂上に位置する城へと案内した。
玄関ホールの高い天井に、そこから二階へと昇っていく幅の広い階段。太い柱が等間隔に並べられ、ファンタジーの中に出てきたヨーロッパ風のお城っぽい。
床に敷かれた青いカーペット、壁に掲げられた青い旗。しかしそのどれも、裾がボロボロになっていたり、穴が開いていたり、汚れていたりと――どこかホラーじみている。
レザンが最終的に私たちを連れてきたのは、城の図書室だった。この城の図書室もアスガルドのそれと負けず劣らずの広さを誇っていた。
時間が許すのならば、すべての本に目を通したいくらいであるが、おそらくそれは難しいだろう。少なくとも、一生分の時間は必要そうだ。
レザンは図書室の円卓にあった椅子を私たちに勧めた。ロキはためらいなく座り、私はお茶を淹れてくると言って出ていったレザンを見送ってから腰掛けた。
「俺の知るラシューカ人の特徴とは違う」
「私の記憶にあるラシューカ人は
シロのつぶやきに、ロキが答える。
「白髪に赤目?」
私が尋ねると、ロキは頷いた。
「ああ。身体的な性差が少ない種族だった。男も子供を産む、などと噂されていたな。真偽は知らないが」
力強い戦士が尊ばれるアスガルドからしたら、レザンのような男性は女のような男なのかもしれない。私からしたら十分ガタイの良いロキがなよっちい呼ばわりされる国だ。
それにしてもなんというか……こんな時に抱く感想としてはふさわしくないだろうけど……薄い本が厚くなりそうな特徴を持つ種族である。
地下のラシューカ人も、地上のラシューカ人も、今はいない。なぜ二種類のラシューカ人がいるのか、それを知るのはおそらく、レザンだけだろう。
「お待たせしたね」
少しして、レザンがトレイを手に戻ってきた。
風鈴を逆さにして取っ手を付けたような形のカップに、六角形の柱をねじったような胴体部分に口や取っ手を付けたポット。ちょっと不思議な形に見えるが、ティーセットには変わりないようだった。
レザンがカップにお茶を注ぐと、注がれた薄桃色の液体から花のような甘い香りが漂う。嗅いだことのない香りだ。
レザンがお茶を配り、私はいただきます、と口をつけようとしたが、ロキによって阻まれる。
「なに?」
「タリナの花茶はミッドガルドの者には強すぎる。良くて酔っ払うだけだが、悪くて……とにかくやめておけ」
「悪くて何なの? こわ……えと、ごめんなさい、レザンさん。せっかく用意してもらったけど、私はやめておきます」
「おや……すまない、テラの民のことをよく知らなくてね。他の物を用意しよう」
「ああ、いえ、飲み物なら持っているので」
一度椅子に下ろした腰を再び持ち上げようとするレザンを引き止めて、バッグの中の水筒を取り出す。このままでは一向に話が進まなそうだった。飲み物より、早く話を聞きたい。
レザンは一口お茶を飲んで息を吐くと、その柘榴色の双眸をこちらに向けた。
「さて……イマジェンにまつわる真実だったね。どこから話そうか……」
そうして口火を切ったレザンは、滔々とラシューカ星の歴史、そしてイマジェンの歴史を語り始めた。
かつて、この星にはラシューカの民――つまり地下ラシューカ人だけが暮らしていた。争いを好まないラシューカ人は、この小さな星で他の生き物たちと共生しながら穏やかに暮らしていたそうだ。
ラシューカ人は不老不死に近く、魔法を使える種族だった。彼らの大きな特徴として、自らが死ぬ時、それまで学んだ魔術の知識や技術を
魔法核はラシューカ星の伝統に則って大地へ還されたり、弟子や子供に受け継がれたりしていたという。魔法核はラシューカ人の次の世代へ多くの知識や技術を伝えた。
それに目を付けたのが、当時自分たちの星の資源を枯渇させ、他星へと移住するため宇宙を彷徨っていたルベラ星の民だった。
「この上に築かれた都市の名前もルベラと言う。……話を続けよう」
ラシューカ人は、ルベラ人を好意的に迎え入れた。元々争いを好まなかったためでもあるし、ルベラ人の思惑など知らなかったからだ。
ルベラ人は、恩を仇で返した。
魔法核は他星人にも魔法を扱える力を授ける。ルベラ人はラシューカ人から魔法核を騙し取り、研究した。そして彼らは元々持っていた武器や、ラシューカ人の持つ技術を応用し、またたく間にラシューカ星を侵略、征服したのだ。
ラシューカ人は、その中でなんとか魔法核を隠した。魔法核をルベラ人から悪用されないように。そうして、ラシューカ人はルベラ人の侵略によって滅びの一途を辿る。ただ一人、星から逃されたレザンを除いて。
ルベラ人は新たなラシューカ人を名乗り、ラシューカ星を乗っ取った。やがて、地下に広がるラシューカ人の遺跡から、魔法核を発掘したのだ。
魔法核の名をイマジェンと変え、イマジェンはラシューカ人が作り出した武器であると喧伝した。おそらくシロは、その際に記憶をいじられたのだろうとレザンは言った。
そうして、ルベラ人はイマジェンをミルファン星との戦いに駆り出し――結局、ミルファン星に敗れて滅んだ。
「まあ、その顛末に関しては、君も知っているだろうけれど。私が知っているのはこのくらいだ」
レザンはシロを見ながらそう言って、話を締めくくった。