落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第二章-7「危機」

「逃げてしまえばいい」

 俺はそう言った。

「逃げていないからここにいるの」

 女はそう答えた。

 

 ◇

 

 てっきり地上へ戻ると思っていた追跡紙は、地下のさらに奥へと飛んで行った。嫌な予感しかしないその動きに、内心焦りを感じる。シロが自ら地下へ行ったのか、それとも、レザンに連れて行かれたのか。どちらにせよ、散歩に出ると言った彼をあっさりと見送った自分にほぞを噛む。

 かなり奥まで来たと思う。長い廊下を進み、小部屋を抜けて、辿り着いたのは大きな空間だ。格納庫とでも呼ぶべきだろうか。壁には照明以外に、何となく既視感のある、オーラのような光が揺らめいていた。

 エイのような形の宇宙船らしき乗り物があり、その前に、レザンが立っていた。彼の手にはシロが掴まれている。

「シロさん!」

「マスター!」

 呼びかければ答えが返ってくる。シロはレザンから逃れようと暴れるが、体格差が体格差だ。レザンはびくともしない。

「……レザンさん、シロさんを離して」

 私の言葉に、背中を向けていたレザンの視線がこちらに向く。無感情な冷たい目。大人しく言われた通り、シロを離すとは到底思えない。

「貴様の目的は何だ、レザン」

 ロキが問う。レザンは氷のような視線をロキに向けて、ふっとその顔を歪ませた。目は弧を描いて細まり、口角は心底愉快そうに持ち上がる。

「貴公には分からないであろうな、アスガルドのロキ王子」

「どういう意味だ」

 不快そうにロキが眉根を寄せた。

「言葉通りさ。なあ、貴公は何故、チタウリをテラ星に向かわせたのだ?」

「支配するために決まっているだろう」

「そう。支配。支配だ。テラ……いや、君たちの言葉ではミッドガルドか。それが終われば、アスガルド、そして九つの世界を……と言ったところかな?」

 どうだ、合っているだろうと言わんばかりに、レザンは首を傾げた。

「ふっ……ははっ、ははははは! たった九つで、貴公は全てを支配した気になるのだろうな、きっと」

「何が言いたい。あいにくと、お喋りは嫌いなんでね」

 明らかな嘲笑。その言葉に、ロキは苛立ったように答える。

「小さい、と言いたいのさ。九つのちょっとした土地だけで、宇宙が完結しているとでも? 小さな世界の小さな神様。だからテラ星すら自分のものに出来ず終わって……罪人になり力を奪われ、小娘のお守りだ」

「なら、あなたはどうするって言うの?」

 結局、ロキを揶揄するだけして、レザンは質問に答えていなかった。私の問いにレザンはこちらを見る。

「……復讐するのさ」

 狂気じみた凄惨な笑みでレザンは答える。

「私の同胞たちを殺したルベラ人を、ルベラ人がそうしたように殺し尽くしたかった。だからミルファン人を使った。やつらは戦争が好きで、短絡的だ。私の都合のいい駒になってくれたよ。だが、そこがゴールではない」

 シロが経験したあの戦争ですら、レザンの思惑だったという事か。

「戦争はもう終わった。ルベラ人は皆死んだ。もうお前に俺は必要ないだろう!」

「いいや、ある。私は君をずっと待っていたのだから」

 シロの言葉に、レザンはシロの体を吊るすように持ち上げ、目線を合わせて答えた。そしてその目を、私へと向ける。

「ユーリ・タカムラ。君に彼の本当の価値は分かるまい」

「本当の価値?」

 首を傾げる私に、レザンは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「魔法使いマンドルの魔法核。君だけが、他の魔法核には無いものを持っている」

「感情か?」

「それは結果の一つでしかない」

 ロキの言葉に、レザンは考えが浅いとでも言いたげに笑う。研究室で見つけたイマジェンは機械的にしか答えなかったのを私は思い出す。

「学ぶのだ。人を、能力を。学習し、更なる力を身に着ける。本当はね、私は君だけで良かったんだよ。ルベラの馬鹿どもは気付きもしなかったが、君こそ最高の魔法核。ラシューカ人の叡智の最高峰……だと言うのに!」

 レザンは唐突に語調を荒げると、私へと憎々しげな視線を寄越した。

「ミルファン人、あの役立たず共! あろうことかこの魔法核を逃すとは! 挙句の果てに、テラ星人などという田舎者が相棒だと!? ……いや、まあいい。こうして戻ってきたのだから。その点では、君には感謝せねばならないな、ユーリ・タカムラ。こうして〝成長〟した魔法核をわざわざここまで連れてきてくれたのだから」

 随分と感情の転調が激しい男だ。

「シロさんの力を得て、どうする気?」

「……ラシューカ人の築いた文明を見ただろう、ユーリ・タカムラ。美しいこの地底湖の街を。古き芸術美と、新しき実用美、その融合。そして、魔法核というラシューカの叡智の結晶。これこそが、ラシューカ人が優れていた証。そして世界は、宇宙は、優れた者にこそ治められるべきなのだ」

 美しいかんばせは今、傲慢に醜く歪んでいた。

「私は魔法核の力を得て、この全宇宙を支配する! そうして、私はこの宇宙に復讐するのだ」

「最近見たな、こんなやつ」

「誰のことだろうな」

 ばっと手を広げ高らかに宣言するレザンだが、聞いているこっちの気分は冷え冷えだ。規模が違うだけで、言っていることはロキと同じだった。

「あんたの野望は分かった! どうでもいいからさっさとシロさんを返せ! 私の友達に、嫌がることをさせるな!」

「だったら奪い返してみせるがいい。いや、そうか。大好きな〝シロさん〟がいなければ、何も出来ないか」

「どうかな」

 私は空中にルーンを刻む。一瞬でレザンの背後に移動した。シロに近付けさえすれば、能力は使えるのだ。能力をイメージをして、左手をかざす。しかし、シロに近付けば形を戻すはずの令呪もどきが、未だアザのようにぼやけたままだった。

「え……っ!」

 鈍い音が頭の内側から響くように聞こえた。体が一瞬の浮遊感を感じ、すぐに全身に、息も詰まるような衝撃。目の前にはチカチカと星が瞬いて、もしかしたら少しの間、気を失ってたかも。どうやら吹き飛ばされたようだった。

 顔を上げると、ロキも吹っ飛ばされて、こっちに飛んでくるところだった。受け止めるなんで出来ないので、反射的に転がって避けた。私より頑丈だから平気なはずだろう。その証拠に、壁にぶつかって床に倒れたロキはすぐに顔を上げた。私は何とか体を起こすので精一杯である。

 レザンは這いつくばる私たちを嘲笑し、背を向けた。隙だらけの背中。だが私たちには手も足も出ない。レザンはそのまま宇宙船へと乗り込んだ。

「〔さらばだ、ユーリ・タカムラ、ロキ王子。ラシューカの美しい都市と共に、安らかに眠ってくれ〕」

 スピーカー越しにレザンは言って、宇宙船は浮き上がる。ハッチが開き、宇宙船はそこから繋がる通路へと飛び去っていった。

「安らかに眠れって、どういう……」

 私がつぶやいた瞬間、天井の格子付きの大きな穴から、大量の水が流れ込んだ。

 またたく間に、私たちは水に飲み込まれる。とっさに息を止めたが、水流でもみくちゃにされて、思わず開いた口から空気が漏れた。

 最悪だ。私は今、ルーン魔術をちょっと使える程度のただ人間だ。ロキもまた、魔術を封じられているため、ちょっと力が強くてちょっと頑丈な、ほぼ人間だ。シロがいるなら瞬間移動でもすればいいが、ルーン魔術にそこまで便利な文字はない。あるのかもしれないが、私はそこまでの使い手じゃない。

 どうしようも、ない。

 そんな言葉が頭の片隅に浮かんだとき、腕を掴まれて、強い力で引っ張られた。ぐんぐんと体が水面に引っ張り上げられるのが分かった。すぐに息が出来るようになって、私は咳き込みながら目を開ける。

 ロキだ。

「生きているようだな、小娘」

「げほ、げほ、ろ、ロキ……」

「情けない声を上げるな。私はそんな弱い人間に負けたつもりはない」

 不機嫌そうにロキは言う。私はうん、と頷いた。顔の水を拭うフリをして、瞳に膜を張った涙を払う。

 冷静になった私は周りを見た。

 水に呑まれたときこそその勢いに負けたが、今は水の流れ込むちょっと荒々しいプールの状態だ。入ってきた扉は閉じており、水の流れ込む水路にはしっかり格子が付いている。外すために近付くには水が溜まるのを待たなくてはいけない。リスキーすぎる。

 ならばと水に顔を付け、下の方を見て、あるものを見つける。アレなら、あるいは。

「ロキ、手を出して」

 私が言えば、ロキは何だと言いつつ素直に手を出す。意外と親密度上がっているのかもしれないと思いながら、油性ペンを取り出した。ロキはそれを見て訝しげに眉を寄せる。

「何をする気だ」

「ルーンを刻む。水中呼吸出来るように」

 説明しながら私は自身の手にいくつかのルーンを書いた。そして再び水に顔を付ける。よし。呼吸は出来る。顔を上げて、ロキを見た。

「こんな状況で落書きする馬鹿じゃない」

 真っ直ぐ見つめて言って、手を出すように促す。ロキは舌打ちを一つ。手を出した。

 ロキとともに水中に潜る。私が見つけたのは通気口だ。前世、スパイダーマンのゲームでよく侵入した場所である。『メ○ルギアソ○ッド』でもそんなことをした。まあ、それはどうでもいい。ダクトの格子を外して、中に滑り込む。ロキは私より体格が大きいが、通るには問題ないようだった。

 どこに繋がっているかは分からないが、通気口なら地上へ繋がっているはずだ。

 しばらく泳いでいけば少し広めの部屋に出る。まだ水没はしきっておらず、私たちは一度水面から顔を出した。衝撃か何かで外れて水面を泳いでいる機械が流れてきた。水に浸かっているものの、まだ動いている。

「お誂え向きだな、ダクトの地図のようだ」

 機械のモニター部分に浮かんだホログラムを見て、ロキが言った。そしてそれをじっと見つめ、水面に顔をつけ、周囲を見る。

「小娘、物を爆破させるルーンは刻めるか」

「規模は?」

「その辺りの壁を壊せる程度だ」

「余裕」

 私がしかと頷けば、ロキは壁に、数秒後に爆発するルーンを刻むように指示を出した。私はロキから指示された壁に、持っていたナイフでルーンを刻む。アスガルド製のナイフ。ルーン魔術を習った時に、アルヴィスから貰った物だ。丈夫で錆びない。

 私がルーンを刻んでいる間に、ロキは剥がれてどこからか流れてきた板を持ってきた。あと一画で書き終わる、という時に、ちらりとロキを見れば、準備は出来ているというように頷き返された。私はそれに頷き返し、最後の一画を刻む。

 刻まれたルーンが魔力を帯びたことを示すようにぼうっと淡い光を帯びた。私は床を蹴ってロキの元へ泳ぐ。手を引かれ、ロキの持っていた板の裏側に押し込まれた。目の前にはダクト。

 爆発によって生まれた水流が、私たちの乗った板を勢いよく押し上げた。遠い先に光。板にしがみつきながら、私はその光の眩しさを見つめた。

 やがて、世界に音が戻った。ざぱん、と水の音。私たちは空中に投げ出された。着地のことなど何も考えてなかった。腕で頭を守り、衝撃に備える。ふっと、何かが私の視界に影を作る。

 ドッ、と地面に落ちる音が一つ。ゴロゴロと転がる。確かに衝撃はあったが、思っていた程ではなかった。むしろ何か、弾力が……?

「ロキ?」

 目を開けて飛び込んできたのは、アスガルドの第二王子その人。

「無事か」

「あ、うん、平気。ありがとう……」

 短く尋ねるロキに、私は頷く。庇ってくれるとは思ってもいなくて、何となく気恥ずかしさや居心地悪さを感じながら礼を言った。ロキはすぐに立ち上がって、水に濡れた服を払い、髪をかき上げる。私はそれを見るともなしに見ながら、上体を起こして胡坐をかく。

 一時はダメかと思ったけれど、何とか生きている。悪役にありがちな自分でとどめは刺さないお約束展開のお陰で。ついでに言うとピッコロベジータの法則で味方っぽくなったロキのお陰で。生きている。なら、友達を助けに行かなくちゃ。

「それで、どうする?」

 ロキは上から私を見下ろし、尋ねた。私は座ったまま、それを見上げる。

「私にとどめを刺さなかったことを後悔させる」

 ロキはその答えに、満足そうに口角を上げた。

「初めて意見が合ったな。だが、一つ訂正だ」

 何を? と私は首を傾げる。

「私たち、だ」

 差し出された大きな手。私もまた、ロキと同じように口の端を持ち上げて、その手を取った。

 

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