落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第二章-8「一時の休息」

 それは、その夢は、ただの恋の話だった。

 人の手によって生み出された生命体が、感情を学び、やがて恋をする。そんな、ありふれたただの恋の話だった。ただ、強いて言うならば、主人公となる男には、少しばかり障害が多かった。

 暮らす星は戦争の只中、恋に現を抜かしていられる状況ではなかった。そして男は、あまりに相手と姿が異なっていた。見た目は関係ないと、あるいは誰かが言うかもしれないが、熊のようなその姿で人間に愛を囁くのは、あまりに滑稽に見えてしまった。何より男自身が、それを滑稽だと思ってしまった。

 そして男が恋をした相手は、恋情など捨てて、戦地に立つ女だった。男の想いを受け止めるほど、心に空きがなかった。

 それでも男は良かった。隣に立てるだけで充分だった。恋人になれずとも、相棒でいられるならばそれで良かった。

 だが戦争は、男のそんなささやかな願いまで、簡単に奪っていった。

 その星の首都で始まった決戦とも言える戦いは、あまりにあっけなく終わった。男の持つ能力は何らかの力に封じられ、軍は、都は、敵によって蹂躙された。

 敵は片っ端から、男と同じ生命体たちを捕らえていった。それ以外の人間たちは、容赦なく殺していった。

「頼む、俺を連れていくなら、彼女は生かしてくれ。そうでなければ俺はお前たちに協力しない。彼女を救ってくれるなら、俺は何でもしよう。何でも……!」

 男は敵にすがりついた。男が許さなければ力は使えない。敵もそれを知っていたのか、女に向けていた銃を下ろした。ああこれで、彼女だけは助けられる。男は安堵した。

 しかし、女は違った。武器を下ろした敵相手に、隠し持っていたナイフを突き刺した。

 女はすぐさま別の敵兵に撃たれて、地面に崩折れる。

「どうして」

 呆然と、男は尋ねた。

「これが私の望みよ」

 女は答えた。笑った顔に飛び散った赤色が、花弁に見えた。死に際すらうつくしい女だった。

 女に止めを刺す銃声が響き、そうして、男の願いも死んだ。

 涙を流せない男の視界で、白い花が揺れていた。女がかつて、宿営地の傍に咲いていたと、話していた花だった。

 それは、ただの恋の話だった。

 自分しか知らない表情にちょっとした優越感を覚えて。ちょっとした会話を大事に拾って大切に仕舞って。それでも自分のことはどうでも良くて。相手が幸せになってくれれば良くて。ただただ、それだけを願って相手を助けようとして、けれどその願いは――自分の思う相手の幸せは、相手の願いと食い違っていて。独り善がりで、身勝手で、不器用な恋。

 それは――ただの、初恋の話だった。

 

 ◇

 

 他人の恋を覗き見ることの、なんと気恥ずかしいことか。

 気付けば現実世界へと戻っていた視界はひどく歪んでいて、頬は濡れていた。いつの間にか泣いていたらしい。ここ最近、シロの記憶であろう夢を見る。でも、これが最後であろうという気もする。

「怖い夢でも見たか?」

 隣の操縦席に座ったロキが、ちらりとこちらを見て揶揄うように言った。「ううん」と首を振りながら、服の袖で涙を拭う。

 膝の上にはラシューカ星で見つけたあの手帳があった。これを読んでいる内に眠ってしまっていたらしい。狭い操縦席で寝て、体が凝っている感覚がする。座ったまま何とか上手いこと体を伸ばしながら、私は口を開いた。

「レザンは……」

 古い手帳は、ラシューカ人の研究者の手記だった。ここに書いてあることは真実だろう。

「レザンは、ラシューカ人がルベラ人から守るためにイマジェン――魔法核を隠したと言っていたけど、実際はその前にすでに、隠していたみたい」

「ほう?」

 私の言葉に、ロキが興味深そうに相槌を打つ。肩越しに寄越される視線は、どうやら続きを促しているようだ。

「ラシューカ人は争いを好まない種族だったってレザンは言ってたけど、まあ、実際は悪いことを考える人もいたんだね。墓に埋めた魔法核を盗ったり、弟子や子供同士で争ったり……それを危険視した人たちが等しく隠すことに決めたんだって、これには書いてある」

「なるほどな。レザンも、所詮はルベラ人と同類と言うわけか」

 棘のある言葉を吐いて、ロキは鼻で笑った。レザンに小さい神だとかなんだとか言われたの、結構気にしているのかもしれない。

 すべてを読み終えてはいないが、手記には、マンドルの魔法核――シロの事が詳しく書いてあった。

 マンドルは魔法核の研究をしていたラシューカ人で、この手記によれば、魔法核に精神を移し、魔法核そのものになることで永遠の命を得ようとしていたらしい。自分が亡くなる際に起動する術式を体に組み込み、そして死んだ。術式が起動し、魔法核は意思を持ったが、精神……主に記憶の引き継ぎが上手くいかなかった。そうして魔法核にマンドルの魂が宿ることはなく、代わりに生まれたのが、シロだった。

 シロが生まれた後、魔法核を生命体へ移換する、つまりマンドルの遺志を継ごうと研究が進められるが、シロの中からマンドルの知識は記憶と共に失われていた。以後、シロ以外に同様な魔法核が遺されることはなかった。

 手記の最後は、魔法核研究を継ぎ、この手記を書いた人物――マンドルの弟子の言葉で締めくくられていた。

 ――魔法核が、正しき道のために使われるときが来ることを祈る。

 正しき道。一言で言い切ってしまえる、けれど酷く難しい言葉だ。

 だけどこの祈りには、先人への敬意と、次に続く者たちへの愛情のようなものを感じられる気がした。遺されたものが正しい道を行くように。正しき人と歩めるように。

 私が、その正しき道を歩めているのか。そう在りたいと思ってはいるけれど、実際にそうするのはやはり難しくて。けれど。脈々と受け継がれてきた知恵や力を使って、人を支配するだとか。そういうのは、やはり違うんじゃないかと思う。

「……お前に、一つ聞きたいことがあった」

 考えにふける私に対して、ロキが口を開いた。まさかそんなこと予想もしていなかったから、私は反射的に顔を上げた。「何?」と私は先を促す。

「お前は何のために戦う?」

 ロキが口にしたのは私にとっては意外な質問だった。

「私が知るのはバートンの記憶やS.H.I.E.L.D.の情報から推測したものだが……他の者たちに見える戦う理由が、お前には見えなかった。偶然力を手に入れ、理不尽に監視され。何故お前は、戦おうと決めた?」

 ロキの言葉を聞きながら、そういうことに興味あったんだな、と私はちょっとだけ感心した。まあ、〝帳簿の赤〟のことでナターシャを挑発していたし、仲間割れを誘発するためにそのあたりの情報収集はしていたということか。

「私はただ、マシな人間でいたいだけだよ」

「……マシ?」

「自分に出来ることをしないよりは、するほうがマシ。自分の正しいと思う方についたほうがマシ。そうやってマシだと思う方を選んだ結果が、アベンジャーズだったってだけ」

 最初からそうだった。シロを受け入れたときも、S.H.I.E.L.D.に保護されると決めたときも。

「……多分私は、ヒーローとしてはとても不真面目で……きっと不合格のタイプだと思うよ」

 誰かのために生きたいとか、何かの役に立ちたいとか、そういう高尚な理由はない。きっとこれは、この先ヒーローを続けるとしても変わらないと思う。

「救わないより、救うほうがマシ。私の理由の主語はいつだって自分だ。今もそう。私が悔しいからレザンのところに行く。私が、シロさんと一緒にいたいから、助けに行くんだ。それが、私にとっての〝正しいこと〟だから」

 ついでに人を救って、世界を救っているだけの話だ。

「マシ、マシか……」

 何か心の琴線に触れるものがあったのか、ロキは繰り返しつぶやく。

「そんなふうに考えたことはなかったな」

「ふふ、マシかどうか程度で人類を支配とか言われても、ちょっと嫌なんだけど」

 しみじみつぶやくロキに、私は思わず笑って答えた。ロキも、それに対して微かに笑い声を上げる。それは悪役にあるような哄笑や嘲笑ではなく、とても自然で穏やかな笑いだった。

「それもそうだな」

 語調柔らかにロキは頷いた。こんなふうに喋ることも出来るのかと少し感心したが、ドラマの『ロキ』でシルヴィと喋る時、こんなだった気もする。

「ロキはどうして王様になろうとしたの?」

「……私は――」

 私が問いかけると、ややあってロキは口を開く。

「私こそが王にふさわしいと、知らしめたかった」

 ロキは答えるというより、独白に近い様子でそう言った。

「……それは、地球の人たちに? それとも……オーディン様や、ソーに?」

「それは――」

 ためらいがちに、私は問いかけた。ロキは答えかけたが、その言葉は途中で切れた。ロキですら、その本当の理由を分からずにいるのかもしれなかった。

「ごめん、変なこと聞いたね。お腹すいてない? これ食べる?」

 ポーチから出した抹茶味のキット○ットを差し出せば、ロキは意外にも文句を言わずに受け取った。これはamaz○n購入品ではなく、夏休み前にスーパーで買ったものだ。残り少ない。

「お腹すいてると悪いことばかり考えちゃったりするよね」

「それはお前が、脳と腹が直結した単純な人間だからだろう」

「えー、そういうこと言う?」

 気を取り直したのか、いつも通りの減らず口を言うロキに、私は笑いながら答えた。キット○ットの包装を破るロキに、半分に割ってからのほうが食べやすいよ、と助言しつつ、私もキット○ットを口にする。私のは抹茶味じゃなくてノーマルのやつだ。期間限定のとか変わり種を色々食べてきたが、やっぱり一番はこれである。ちなみに抹茶味はシロの好物である。

「……ミッドガルドの物にしては、悪くない」

「へへ、日本のグルメは世界的にも評価されてるからね」

 どうやら抹茶味のキット○ットはロキ王子の舌にも満足いただけたらしい。

「もう一つくらい食べてやってもいいぞ」

「欲しいなら欲しいって言えよ」

 上から目線に手を出すロキに、私はツッコミを入れながらその手にまた別の、今度はイチゴ味を置く。ピンク色ってロキのガラじゃねえなとしみじみ思った。ロキはこれも悪くないと言って、満足そうに食べていた。

 そうして小腹を満たした私は、ふと思いついた疑問に、「あ」と思わず声を上げた。

「一個質問、いい?」

「なんだ」

 嫌味などを言うことなく、ロキは続きを促した。だから私は、迷いなくその問いを口にする。

「雌馬に化けて馬とヤッて、馬の子供を生んだって本当?」

 首を傾げた私に、ロキは物凄い勢いでこちらを振り向いた。その表情は、なにか信じられない物を見たとでも言いたげだ。

「そんなおぞましい話、一体どこで誰が……!」

「北欧神話に書いてあるよ。ミッドガルドに伝わってる話って、誰が伝えたんだろね」

 『エージェント・オブ・シールド』に元石工のアスガルド人が出てきてたけど、ああいう人達が伝えたのだろうか。そうならだいぶ悪意あるけど。ロキはその疑問に答える……と言うかそもそも聞く余裕すら無さそうで、握った拳をぶるぶると震わせていた。

「ミッドガルド人はやはり滅ぼすべきだ!」

 叫んだ声は今までになく怒りに満ちていた。今世紀最大とも言えるような怒りだ。その様子に、私は一瞬瞠目したあと、思わず噴き出して、声を上げて笑ってしまう。

「冗談などではないからな!」

「ははは! 分かってる分かってる。でも今はレザンね」

「くそッ!」

「あはははは!」

 しばらく笑っていたら、笑い過ぎだと怒られた。けどキット○ットをあげたら機嫌を直していたので、やっぱりロキはちょろいと思う。

 

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