落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
――トレース、オン。
その言葉を心の中で呟くと同時に、私の体に青白い光が浮かぶ。それは電気回路のように肌の表面に広がっていった。その異変に気が付いたのか、メカが足を止める。
――体は、剣で出来ている。
私の頭上に稲妻のような光が走る。その光が形を持ち、一振りの剣に姿を変えた。
――フリーズアウト。
私の言葉を受けて、剣はメカ目掛けて真っ直ぐに飛んで行った。メカを貫き、そのままその背後で黒スーツさんを襲っていた別のメカたちも巻き込んで、メカたちを地面へ串刺しにする。
緊張で上がった息を吐きながら、黒スーツさんの視線がこちらに向くのを察して、そばの窓を開けてそこを越えて外に出た。身バレは困る。
構内の林に入って身を隠す。ここからは校庭がよく見える。そしてそこに居座った大きな宇宙船も。
「凄いな、マスター。驚いた。あのようなイメージを具現したのは初めてだ!」
クールなイマジェンが珍しく興奮気味に声を上げた。何やら、今までの相棒たちは皆自分の身体能力を上げるだけだったとか、そんな感じの事を言っている。
つまりあれか、イマジェンの相棒に選ばれてきた軍の精鋭たちは、サブカルに興味のない脳筋たちだったということか。魔法とかファンタジーとか信じてないし、その類の創作物にも興味なかったのか。新聞紙で自作した杖を持って毛布をマント代わりに、「エクスペクトパトローナム!」とか叫んだこと無いんだろうな。黒歴史だ、忘れよう。
そもそも今はそれどころじゃない。
今もなお学校にはメカたちが徘徊しているし、黒スーツさんたちがなんとかそれを抑え込んでいる状態だ。数的にも、戦力的にもこちらが不利だ。黒スーツさんたちが何人いるのか知らないが、こちらには千人ほどの生徒や先生たちという名の非戦闘員がいる。
日本にアイアンマンが来られるわけない。トニー・スタークが来日しているならまだしも、おそらく彼は今頃ニューヨークのスターク・ビルだ。来られたとしても時間がかかる。
私たちがどうにかしなきゃならない。
「それで? これからどうする、マスター」
「あいつらの弱点とかは?」
こうなったら最後までやるっきゃない。ブレザーの下に着ていたパーカーのフードを被りながら、イマジェンに尋ねる。
「奴らは指示されて動いている機械だ。動かしている本体はあの小型船の中だろう。命令している奴がいなくなれば、動きは止まる」
「じゃ、あの宇宙船の中にいるあいつらの親玉を倒せば、とりあえずあいつらは止まるってこと?」
「ああ」
宇宙船ごとぶっ潰すのが簡単そう。宇宙船に潜入とか浪漫あるけど、今は浪漫追い求めてる場合じゃない。そんな勇気や無謀さは持ち合わせちゃいない。
立ち上がった私の視線の先で、宇宙船が緩慢な動きで動き出した。
アーモンド形をした宇宙船に四本の蜘蛛の足のようなものが生えて持ち上がり、片方の突起部分が花弁のように開いていく。その中には雌しべだか雄しべだかは知らないが、アンテナのような、先にボールが付いたような形の棒が立っていた。
その棒に、花弁のそれぞれの先端から発せられた電気のような光が集まっていく。棒が向いている先は、生徒や先生たちのいる校舎だ。
「こういうシーン『インデペ〇デンス・デイ』で見た」
「いん……?」
首を傾げるイマジェンに答えず、私は駆け出した。
私の予想が正しければ、エネルギー光線によって校舎は爆発四散する。学校嫌いで爆発しろとSNSに呟いている人だって、さすがに自分まで巻き込まれたくはないだろう。
黒スーツさんたちは私と同じことを考えたのだろう、急いで生徒たちを避難させようとしているが、エネルギーの集まる方が速い。
エネルギー光線が放たれた丁度その時、私は校舎を背に光線の射線に入った。
――
両手を前に突き出せば、薄紅色の七枚の花弁が展開する。熾天覆う七つの円環――いわゆるアイアスの盾。
トロイア戦争の大英雄・アイアスが所持していた盾で、ヘクトールとの戦いではヘクトールによる投石攻撃も槍勝負での槍撃も、最後の投槍さえも防いだという堅牢さを誇る。『Fate』世界では、投擲武器や飛び道具に対して無敵という設定だった。
エネルギー光線は盾にぶつかる。その衝撃の強さに、片足が持ち上がった。慌てて地面に足を着けて踏ん張る。
盾はエネルギー光線を受けてもびくともしないが、使用者が問題だ。エネルギー光線がいつまで続くのかは知らないが、この状態をどれだけの間保てるだろうか。
クー・フーリンによるゲイボルグの投擲を片手で防いでいたアーチャーやギルガメッシュによる数々の武器の投擲に耐えた衛宮士郎の凄さを知った。
いや、アーチャーはサーヴァントで人間に比べたら断然強いのは当たり前なんだけど、衛宮くん、君なんなの? 男女の力の差とか主人公補正にも限度あるでしょ。
強く噛み締めた奥歯が軋んだ音を立てる。
――
脳内にその景色を描写すると同時に、心の中には自然と詠唱の言葉が浮かんできた。アーチャーの使う、心象風景を具現化する魔術。固有結界。
――
エネルギー光線によって、花弁の一枚にヒビが入る。
――
ヒビが瞬く間に広がって、一枚目が音を立てて割れていった。しかし、詠唱はあとひとフレーズで終わる。そして花弁はまだ六枚残っている。空気を揺らめかせ、電流のような光が周囲に舞う。
――
その言葉が頭の中で紡がれると同時に、周囲の景色が瞬きの間に変わった。エネルギー光線もまたエネルギー切れになったらしく、長い攻撃に終止符が打たれる。手を下ろせば、六枚残った花弁の盾は消える。
世界の終わりを思わせる荒れ果てた荒野と、悲しいほど美しい斜陽に染められた空。空の果てには錆びついた巨大な歯車。そして地面に刺さった無数の剣。剣の墓場――そんな表現が似合う場所に、私たちはいた。
「なんだ、これは……」
呆然とイマジェンが呟く中、私は右手をゆっくりと掲げる。それに応じるように、地面に刺さっていた剣がひとりでに浮かび、その切っ先を宇宙船へと向けた。
私は沈黙したまま、ただ手を振り下ろした。無数の剣が宇宙船目掛けて飛んでいき、その船体に深々と突き刺さっていく。
――
仕上げにと口の中でつぶやいた言葉によって、宇宙船に刺さった剣はことごとくが爆発を起こし、宇宙船もろとも四散していく。
これが映画なら私は爆発に背を向けて立ち去るべきなんだろうな、と思いながら、爆発する様を眺めていた。
◇
その後、私は黒スーツさんがこちらに接触を図ってくる前にその場から離れた。そして体育館に避難していたクラスメイトたちにこっそりと合流。何事も無かったかのように怯えたフリをした。
当たり前だがその日は半日で学校が終わり、翌日は臨時休校となった。
家に帰れば、テレビのニュース速報を見ていた母が私を抱きしめた。私を抱きしめる母の腕は少し震えていて、目は赤く充血していて、今にも泣きそうに見えたから、少し戸惑ってしまった。
「それ、どうしたの? 怪我?」
「え?」
「左手、なんか赤くなってる」
落ち着いた母がコーヒーでも入れる、とキッチンに立って、そこから私の手を見て言った。見れば、主に前世で見覚えのある赤い刺青のような紋様が浮かんでいた。
『Fate』シリーズに出てきた令呪に似ている。サーヴァントに対する三回までの命令権。キャラクターそれぞれの形は違っているのと同じように、私のそれのデザインも初めて見る形だ。
中心に杖のような棒があり、それを守るように熊が寄り添っているようなデザインだ。
まさかこの街で聖杯戦争が起こってるわけじゃあるまい。というかサーヴァントを召還した覚えもない。
「大丈夫?」
「あ、うん。避難する時、どっかにぶつけたみたい」
とりあえずの嘘をつく。心配そうな母に大丈夫だよと笑って、私は救急箱から大きな絆創膏を取り出した。
「荷物置いてくるね」
母に一声かけて、絆創膏を片手に、小腹がすいたのでお菓子を摘まみながら部屋に行く。机に荷物を下ろしてバッグを開ければ、待っていたようにイマジェンが顔を出した。
「やっと気が付いたか」
「これ何?」
若干のドヤ顔を見せるイマジェンに、左手の甲に現れた令呪もどきを見せて尋ねる。
「契約を交わした相棒との間には、こういった契約の証が体のどこかに浮かぶのだ」
「契約の証?」
契約などをした覚えはない。訝しげに首を傾げる私に対して、イマジェンはしきりに頷いている。
「しかし、渡りに船だった。これで本契約も完了、マスターは正式に俺の相棒だ」
「……本契約?」
聞いた覚えのない説明に、私は首を傾げる。イマジェンはその問いに得意そうな笑みを浮かべた。
「ああ。相棒を持たないイマジェンと接触することが仮契約、イマジェンの力を使うことが本契約になる」
イマジェンのその言葉に、私は言葉を失った。ぱくぱくと口を開いたり閉じたりする様は、さぞ滑稽だろう。
なんで先にそれを言わないんだと言いたいところだが、聞いていたところであの時力を使わなかったかと言えば、答えはいいえだ。
使わなければ多分私は死んでいたし、イマジェンがいなかった場合も死んでいた。なるべくしてなったのだ。だから怒るに怒れない。でもちょっと詐欺だろって思うのは仕方がないよね。
問題は、これからどうするかだ。
恐らくあの黒スーツのMIB集団は、遅かれ早かれ私の――私たちの存在に勘付くだろう。私は制服を着ていたし、顔を隠していたってそれ以外はほとんど晒していた。
うちの制服はネクタイが学年ごとに色が違うため、学年は一目瞭然だ。その上スカートを履いていたから、女子生徒と言うことも分かる。うちの学校の男女比は大体五分五分だ。この時点で全校生徒の中の六分の一に絞れる。
恐らく生徒の何人かは私たちの姿を写真や動画に撮ってネットに上げていることだろう。その映像から人物を割り出しMIB――S.H.I.E.L.D.が私たちに接触を図ってくるのは時間の問題だ。
S.H.I.E.L.D.の長官であるニック・フューリーが悪人ではない事を私は知っている。世界の平和と安全を第一に考えていることも。
その下についている部下たちも、信頼出来る人物が多数いることも知っている。このまま普段通りに過ごしてS.H.I.E.L.D.に保護される少し先の未来を待つのも手だろう。
けれど、ここがマーベルの中でもMCUの世界ならば(というか、確実にそうだ)、話が変わってくる。今はMCUならばフェーズ・ワンにあたる時系列で、S.H.I.E.L.D.内には恐らくヒドラが潜伏している時期だ。
ヒドラ――第二次大戦中、ヨーロッパを恐怖に落とし込んだヒトラー率いるナチスを源流にする組織。基本的にキャプテン・アメリカの敵として描かれる事が多く、MCUでもキャプテンの二作目単独映画でS.H.I.E.L.D.内のヒドラが決起していた。
私がS.H.I.E.L.D.に保護(もしくは拘束)された場合、間違いなく研究所に送られる事だろう。身体検査やら力の調査やらが行われる筈だ。
研究所から出られない状態になるのはまだいい。S.H.I.E.L.D.なら高校や大学の通信教育くらいさせてくれるだろうし、ある程度の娯楽も提供してくれる筈だ。
しかし、もし研究所の人間がヒドラだったら? 全員がそうじゃないだろうが、全員がヒドラではないとは絶対に言い切れない。
というかあり得ない。そう言い切れるほどに、ヒドラはS.H.I.E.L.D.に深く深く、根を張っていた。
自分でも知らないうちに、ヒドラに何か仕込まれていたら? 洗脳を受けたら?
イマジェンと言う知的生命体の力で能力を得ただけで、私自身はただの人間だ。こういうのはどうせ、イマジェンと離れたら能力を使えないとかそういう制約つきだろう。私個人の力でどうにか抵抗出来るなんて気はさらさらしない。
そんな私の考えを嘲笑うかのように、家のチャイムが鳴り響いた。