落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

30 / 101
第二章-9「絶望が繋ぐもの」

 少女はある日、夢を見た。

 愛する人たちを救おうと躍起になる夢だった。繰り返し、繰り返し見るその夢の、結果はいくつにも分かれた。

 その小さな二つの手で、掬い上げたかった人たちの、幾人かが零れ落ちたり、あるいは少女を含めてそのすべてを失ったり。

 一つ言えることは、何千と繰り返されたその夢の一度として、少女は救いたいすべてを救うことは出来なかった。

 それは、夢と言うより記憶だった。

 誰かの記憶。少女に似た思いを持ち、その衝動に突き動かされた誰かの記憶。その誰かは少女であり、少女もまた、誰かの内の一人だった。

 駆けても間に合わない。手を広げても受け止められない。足は縺れて、踏ん張りもきかず。腕はもげて、祈りの形を作ることすら出来なくなった。

 ただ、幸せになって欲しい、それだけなのに。死んで欲しくない、だけなのに。

 独り善がりで、身勝手で、不器用な願い。

 抱いた理想がことごとく砕かれていく様は、少女が抱いた祈りを、絶望に塗り潰す。擦り切れた手は隙間だらけで、自分のことすら守るにはままならない。

 だから少女は、諦めようとした。抱いた祈りはただの祈りとして、仕舞っておこうとした。

 あの、つよくうつくしい人々がもたらす救いに感謝して、あのやさしい人々が、少しでもより良い未来を歩めるように。そんな祈りを遠い地から願う、ただそれだけにしようとした。

 だって、どれだけ頑張ろうと、少女一人では荷が重すぎた。こんな重い荷物を抱えてしまったら、速く走ることも、それ以上の重さを受け止めることも、出来やしなかった。

 そうして、すべてを諦めて日々を過ごしていた彼女の元に、光が落ちてきた。どの記憶にもなかった、絶望に差した、一条の光が。

 最初はその光を拒んだ。これは、そんな素敵なものではないのだと言い聞かせて。ただ、使うからにはより良き人でなくてはならないから。あの愛しい人々のように、正しくあらねばならないから。自分に出来る最低限のことだけ、しようと思った。

 そんな少女に、少女がかつて見た、うつくしい記憶だけが詰まったカバンに、誰かがひょいと温かいものを投げ入れた。

 それは愛しい人々がくれた、新しい記憶だった。

〝かつて〟では持ちようのない、泣きそうなくらい尊い記憶。諦めたという事実を覆すほどの強い理由。

 冷え切った心が、再び熱を灯すのに、必要なだけの温もり。

 光は言った。少女の持つ荷物を半分、自分も持とうと。そうすれば、もっと速く走れるだろうと。何かを受け止めることも出来るだろうと。

 独り善がりでいい、身勝手でいい、不器用でいい。

 そうして、少女は望んだ。今ひとたび、願いが、叶う事を。ずっと遠い昔、空を流れる星に、両手を組んで祈ったように。

 

 ◇

 

 シロはこれまで四人の相棒と契約をしたが、相棒の記憶を共有するのは初めてだった。自分にそんなシステムが組み込まれていることも当然ながら知らなかった。

 ただの地球人の少女。最初はただ、まともそうだから、くらいの意識で相棒になることを望んだ。

 それがどうだろう、まだ一年ほどしか共にいないのに、何年も連れ添ったような気さえする。ただの道具であった自分に名を与えて、友だと言い切ったあの少女は、文字通り自分の〝相棒〟であるとシロは思っていた。

 少女――優李に何か大きな隠し事があることを、シロはなんとなく勘付いていた。しかし、それを暴こうとは思っていなかった。

 人には暴かれたくない心の裡があるのだと言うことは、二人目の相棒が強く主張したことだった。

 だがしかし、こうして蓋を開ければなんとも、特殊な状況下にある少女だったことか。時折妙に大人びたことを言ったり、年齢不相応な表情を見せていたのはこのためだったのかと腑に落ちた。

 ともすれば発狂してもおかしくはない記憶の奔流をその身に受けて、なおもああして正気でいるのは、ひとえに彼ら――あのヒーローたちのおかげなのだろう。彼らのように正しく強く在りたいと思うその心こそが、優李の正気を保っている。

 その一助に自分がなれていないことを悔しく思うのは、なんとも不思議な気がするし、それでいてその悔しさが心地よくもあった。いずれ自分もその一助になりたいとさえ思う。

 ……こうしてレザンに囚われた今、それは少し難しい願いかもしれないが。

 優李がシロを追ってここ――ミルファン星へと来るのは時間の問題だろう。

 相棒同士は互いの場所を認識し合える。イマジェンの力が使えないかもしれないという状況にあってもなお、優李がその足を止めることはないだろう。

 その程度には、シロは優李の中で自分の存在が大きいことを自負していた。それが嬉しくもあり、申し訳なくもある。

 今更ながら、ただの少女としての生き方を選びかけていた彼女を、苦難の多い道に引き戻してしまったことを後悔していると言ったら、彼女は何と言うだろうか。

「――お前は随分とあの娘に執心のようだ」

 目を閉じて思考に没頭していたシロは、レザンの声に、ゆっくりと瞼を開けた。シロの熊に似た体にはいくつものコードが繋がれて、思考や記憶はもちろん、夢の内容までもレザンに見られていた。

「こんな紛い物が存在するとはな、宇宙は広いものだ」

 紛い物、と優李のことを言われ、シロの機嫌はやや下降する。

 この世界の人間に、別の世界の人間の魂が入り、記憶が入り混じった紛い物。例えその通りでも、何も知らない者にそう言われる筋合いはなかった。

「そう怒らないでくれ。君を怒らせたいわけじゃない。私の支配する世界で、君の意思を残し、ユーリ・タカムラを近くに置いても良い。例え意見の異なる者でも、私は生かそう」

 ことさら優しい表情と声で、レザンは言ってみせた。シロはその主張を黙って聞く。

「分からないか。もう悲しみなど必要ないのだ。一人の統治者により統治された世界に、争いは無い。もう二度と、私のように、そして君のように、大切な人々を亡くして悲しむ者はいなくなる」

「俺のマスターに言わせれば、争いの無い世界というのは意思の存在しない世界なのだそうだ。悲しみがないなら喜びもない。そんな世界、俺はごめんだ」

 シロはきっぱりと言い放つ。

 シロは確かに相棒たちを失った。同じように優李を失うことになればどんなに悲しいだろうと思うが、それでも、悲しみ全てこの世から無くなればいいとは思わない。

 あの悲しみがあったから、今があるのだ。失う明日があるかもしれないから、今を大事に出来るのだ。

「そもそも、未来に無くなったとして、過去にあった事実が変わるわけではない。お前の家族も、俺の相棒たちも、戻ってくるわけではない」

「説得しようとしているのか。だが、私もそのくらい理解しているさ。父も、母も、兄弟姉妹も、友も。誰一人帰っては来ない。ルベラ人を皆殺しにしても、魔法核を使っても。だからこそだ。あの犠牲を無駄にしないため、私はこうして立ち上がるのだ。万民の平和な世のために」

「誰が説得なぞするものか。お前の目がキマっているように、腹も決まっているのだろう。だったら俺は――俺たちは、俺たちなりの手段でお前を止めるだけだ」

 シロは、この言葉が優李の言いそうな言葉であることを理解していた。

 魔法核は契約相手の影響を受ける。けれど優李との関係は、そのシステム以上のものである気がする。そうであればいいとも思う。

 レザンはシロの言葉に、すっと表情をなくした。それは失望とも取れたし、子供が玩具に興味をなくしたときのようでもあった。

「残念だ。相容れぬならば、その力だけいただこう」

 レザンはそう言って、制御盤を操作する。二人の声だけが響いていた部屋に、機械の駆動音が響き始める。ランプが点灯し、シロの体に痛みが走る。

「うっ……ぐぅっ!」

 苦悶の声を上げるシロを見下ろして、レザンは酷薄な笑みを浮かべた。

「お前たちなりの手段とやらで、私を止めてみるが良い」

 レザンはそう言い残すと、苦しむシロを尻目に部屋を出て行った。

 シロは扉を出て行くレザンを睨み、体の痛みに耐えながらどうしたものかと思考を巡らせた。

 啖呵を切ったは良いものの、この状況を抜け出す方策はなかった。レザンがどんな手を使ったのか知らないが、体が思うように動かない。体さえ動くなら、すぐにでも繋がっているコードを振り払うと言うのに。

 能力だけいただくと言っていたが、能力をなくしたシロがどうなるのかは分からない。能力のないただの意思する白熊となるのか、それとも死ぬのか。それは嫌だ。

「もう、奪われて、なるものか……奪われてなるものか!」

 記憶を奪われ、相棒を奪われ、やっとシロは居場所を手に入れたのだ。もう二度と、記憶も、相棒も、奪わせはしない。

 その時、カシャン、と明らかに機械の音とは違う音がした。金網を揺らしたような音だ。その音の出どころを探すことは出来ないが、たしかに音はして、そして続いて何度も同じような音が響く。

「な、何だ?」

 シロが声を上げると、鳥のような鳴き声が、上の方から返ってきた。聞き覚えのある声だ。

「まさか、タットか?」

 声を掛けたその時、一際大きな金属音が響いた。金属の床に、金網が落ちたようだ。続いて軽い足音。大きなリスは、シロの前に姿を現した。タットの姿に、シロは目を見開く。

「一体、どうやってここに……いや、頼む、タット。俺の体に繋がっている紐を、外してほしい」

 タットはシロの頼みに両手の平を上に向け広げるような仕草をしてみせた。やれやれ仕方がないな、と言わんばかりだ。

 そうしてシロの後ろに姿を消し、ブチブチと音を響かせてシロの体に繋がるコードを引き千切った。晴れて自由の身となったシロは、ほっと息を吐く。

「ありがとう、タット。君は命の恩人……いや、恩リスだな」

 シロが礼を言うと、タットは得意そうに胸を張った。

 そうしてシロの乗せられていた台の上を飛び降り、シロを見上げる。さっさと来い、行くんだろう、とでも言うようだ。

「ああ。早く戻ろう!」

 シロは台から飛び降りた。戻らなくては。自分の在るべき場所に。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。