落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について   作:緑茶山

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第二章幕間-3「至高の魔術師」

 高校最後の一年をそれなりに忙しく過ごしている私がその日、シロと共にやってきたのは、ニューヨーク市マンハッタン区ダウンタウンである。

 グリニッジ・ヴィレッジはブリーカー通り177Aに位置する建物を私は振り仰ぐ。屋根に象徴的な窓をそなえたニューヨークのサンクタムは、〝私〟が映画で画面越しに見たのと同じ姿でそこにあった。

 ここに来るか迷った末に、しかし結局私はここを訪れた。記憶の中の〝私〟たちはそれぞれ様々に理由を抱えてここを訪れているが、共通しているのはいつでも、このドアを叩くときは緊張しているという事だ。

 ドアノッカーを叩くとやや遅れて返事が聞こえ、ゆっくりとドアが開かれた。

 ドアを開いた人物は私を見ると一瞬目を瞬いた後、その薄い唇に淡い笑みを浮かべた。

「あら。お待たせしましたが……私もお待ちしていましたよ、レディ&テディ」

 僧侶らしいスキンヘッドであるというのに中性的な美しさはひと欠片も損なわれていないとんでもない美人は、静かな声でそう言った。

「なるほど、予定調和の方だったようだな」

 中性的な美女――エンシェント・ワンの言葉を聞いて、シロがつぶやいた。

 

 ◇

 

 『インフィニティ・ウォー』では落ちてきたハルクにぶち抜かれることとなる階段を上り、まだ浮遊マントが保管されているガラスケースを横切り(浮遊マントちゃんは手を振ったら振り返してくれた。可愛い)、私たちは奥の部屋に通された。

 どうぞと指し示された椅子に座れば、エンシェント・ワンはお茶の入った湯呑を差し出した。礼を言って受け取り、一口いただく。ほんのり甘いのは、『ドクター・ストレンジ』の時のようにはちみつが入っているからだろうか。

「――私たちが来ることは、分かっていたのですか?」

「ええ。これは私の未来として見たことですから」

 エンシェント・ワンのその言い回しに、私は首を傾げる。彼女はそんな私に小さく微笑んだ。

「貴女たち自身の未来は、私にもよく見えません。見ようと思わなければ見えないのです」

「見ようと思わなければ、見えない……」

 私はエンシェント・ワンの言葉を復唱する。

「つまり、私が何もしようとしなければ、未来は私が知るように動くという事……。いえ、決まったタイムラインに沿って動く、というか……」

「私が見たもの、貴女が見たもの、それを本流としましょうか」

 エンシェント・ワンは私の言葉を受けて、すっとその指を空中に滑らせた。彼女の指先が光の川を生み出す。『エンド・ゲーム』でバナー博士へと見せたように。

「私が見た未来――2012年に現れるアベンジャーズの中に、貴女たちはいない。貴女が見た〝もの〟の中でも、それは同じでしょう」

 私は頷く。MCUの映画に、当たり前だが私たちはいなかった。いや、そもそも原作コミックスの中にも、レディ&テディと呼ばれるヒーローはいなかったはずだ。

「でも、私が実際に経験した2012年のニューヨークでのチタウリとの戦い――アベンジャーズには、私たちがいた。つまりそれは、本流から外れたところにある?」

「本流が少し曲がるだけであったら?」

 私が指を伸ばして支流を作ると、エンシェント・ワンは流れをなぞって、真っ直ぐだった本流の流れを支流を巻き込むように歪めて見せた。結果、歪みはしているものの、流れは一本となる。私は眉をひそめる。

「結局は正しい歴史であると?」

「私たちに出来ることは、正しい歴史を歩むことではなく、より良い未来を歩むこと。違いますか?」

 首を傾げるエンシェント・ワン。それは問いの答えではなかったが、私はぐうの音も出ず黙り込む。

「……ソーサラー・スプリーム、エンシェント・ワン。それでは、2012年のアベンジャーズに俺たちがいた場合の未来は、貴女には見えないのか?」

 それまで黙って聞いていたシロが口を開く。エンシェント・ワンは、喋る子熊の姿に驚くことも無く、頷いて答える。

「先程言った通りです。見ようと思わなければ見えない。未来は、いつも本流に向かって流れる」

 いっそ冷たく感じるほどの声。どこかで見た彼女の、無慈悲で寛容という解説文を思い出す。

「私が何をしても、変わらないと?」

 やっとのことで出した声は、自分でも分かるほどに震えていた。

 私が思い出した記憶の中で、何人もの〝(だれか)〟がエンシェント・ワンを訪れている。ある人(だれか)は未来について尋ね、ある人(だれか)は魔術の教えを請うた。けれどその中で、こんな話を聞かされた(だれか)はいなかった。

 エンシェント・ワンの言葉は、結局、何をやっても変わりはないから諦めろと言われているように思えてしまう。

「起こることは変わらないのかもしれません。しかし、結果は変えられる。同じ勝利でも、その勝利の犠牲の数は変えられる。貴女と未来の因果を、私はそう解釈しています」

 何もしなければ、何もしないまま、起こるべくして全ての事象は流れて行き。けれど力を尽くせばあるいは。

 私は川辺で石を持っているのだ。その流れを変えるほどの石を。それを投げるのも、置くのも、何もしないのさえ、自由なのだ。川は川のまま、流れていく。

「未来を知ると言っても、私はドクター・ストレンジの目覚めた後のことは見えません。だから、貴女がたがその先歩む未来も知りようがない。その先の未来は、貴女の知る未来とは異なるかもしれません。歪んだ流れも、後からあらためて見てみれば真っ直ぐかもしれません」

 エンシェント・ワンは空中の線を指でなぞる。真っ直ぐだった線はいくつも歪みを作り、最終的には明後日の方向へと進んでいく。そしてそれをもう一度彼女がなぞると、真っ直ぐの線へと戻った。

「未来など、結局は誰にも分からないのですよ」

 エンシェント・ワンは、投げやりにも思える言葉を言いながらも、どこか少し嬉しげであった。

 

 ◇

 

 帰り際、私はエンシェント・ワンから複雑で不思議な紋様の入った棒に穴が二つ付いた道具――スリングリングを渡された。

「使い方は分かっているでしょう、〝   〟」

 私ははっと目を瞠る。彼女の囁いた言葉は、いつかの記憶で呼ばれていた、(だれか)の名前だった。魔術を習得するためにエンシェント・ワンを師事した(だれか)。エンシェント・ワンの死を阻止しようとして、結局救うことは叶わず、自らも命を落とした。

「すべてを救うことはきっと叶わない。ですがそれを、罪と思うことは無いのです。己が無力に近いことを自覚しなさい。それでも出来ることがあることに、希望を持ちなさい」

 その言葉は、教えであった。高村優李である私への最初で最後の教えであり、理想のために死んだ(だれか)への、最後の教え。私はその教えに、スリングリングを握り締め、強く頷いた。

 微笑むエンシェント・ワンに、私はためらいがちに口を開いた。

「……貴女は、ドクター・ストレンジが〝目覚めた〟後は――」

「私はもう十分すぎるほどに生きました。貴女たちの歩む、より良き未来を見られないのは確かに少し惜しいですが――それでも、未来は〝あなたがた〟の物です。それに――雪を見ているのも、少し飽きました」

 彼女の微笑みはあまりにうつくしくて、寂しげで、私の心臓をきゅぅっと締め付けた。

「……うそつき」

 飽きたなどと嘯く彼女に、私はやっと口を開いて小さくつぶやく。その言葉に、彼女はただ、笑みを浮かべるだけだったから。その笑みが、あまりにきれいだったから。

 私はそれ以上、何も言えなくなってしまったのだ。

 

 

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