落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について 作:緑茶山
エンシェント・ワンから思わぬ土産を貰った私は、早速練習を始めた。記憶の中の〝私〟のお陰で使い方は分かっている。しかしこの体では初めてのことなので、練習は必要だ。
どこか場所を強く思い描き、空中で円を描く。指先からオレンジ色の火花が散り、丸く軌跡を描く。
最初はリビングから寝室程度の距離。それからサンクタムの廊下や日本にある実家の自室など、段々と遠いところに場所を繋げた。
そうして最終的に、惑星間の移動も可能になった。
先程までトリスケリオン近郊のアパートメントにいた私たちは、緑の覆った文明の残骸都市――ラシューカ星に立っていた。
「まさかこんなにすぐに、再びここへ来ることになるとはな……」
シロが辺りを見回して感慨深げにつぶやいた。前にこの星へ来た時から、まだ一年も経っていないのに、随分前の出来事のように感じた。
今日ここに来たのは、スリング・リングの練習のためだけではない。と言うかそれ以上に理由がある。
それは、この星の調査だ。前回訪れたときはゆっくりと見て回ることは出来なかった。地下は水没してしまっているかもしれないが、地上だけでも見て回りたいと思っていた。
私はこのラシューカ星についても、イマジェンについても、気になっている部分がまだまだあるのだ。未来を知る者としてやりたいことも、〝高村優李〟としてのやりたいことも、諦めたくはない。
シロの能力を使って来ることも考えたが、姿現しは距離が増えるほど車酔いに似た感覚がひどくなる。術式の構築も難しく、完成していないため魔力の消費も大きい。惑星間移動に使った場合どうなるのか、試したい気もしたが行きに使うのは少し怖くて、断念していたのだ。
地上の様子は前に来たときと変わってはいない。ひと気も無かった。
「ねえ、シロさん。シロさんの所属していた軍の基地ってどこにあるの?」
前にもやったように解析した周辺の地図をホログラムで出した私は、シロに尋ねる。ショルダーバッグから顔を出していたシロは、地下都市への入り口があった公園より北側にある大きな建物を示した。
「地上はミルファン星の者の手が入っただろう。何か残っているといいが」
「そうだねぇ」
シロが思った以上に乗り気だ。前に来たときは、あまりこの星に来たいと思っていなかったみたいだが。
「……俺は平気だ、マスター。この先君が何を知ろうとも、俺も知らない秘密が暴かれようとも。怖くはない」
私の気持ちに気がついたらしいシロは静かな声でそう言い切った。つまりそれは、あの時のシロは、私がシロの隠された秘密を知ることで私がどう感じるか、それが怖かったというわけで……。
相手の気持ちが分かると、自分の気持ちも嫌でも認識してしまう。私が、そんなことで友達を忌避するなんてありえないのに、って。
そうと分かると、なんだか嬉しくもあり、気恥ずかしさもある。思わず、ほんの少し持ち上がってしまう口角。
「……今のって、兵器と平気を掛けたの?」
照れ隠しにおどけて言うと、少し硬めの肉球が私の腕を叩いた。手加減されていたその攻撃に、私はしかし思わず「イテッ」と声を上げる。
「人が真面目に言ったというに!」
「ごめんごめん。はは、ちょっ、ほんとに痛い、ごめんて」
プリプリと怒るシロはバシバシと私の腕への攻撃を続ける。地味に痛い。
◇
軍の基地は文字通り廃墟だった。崩れた壁や割れた窓、銃弾による焦げやおそらく血痕であろう染みも見受けられる。
「シロさんは、この基地には長くいたの?」
尋ねた私に、シロは首を振る。
「いや。相棒が死んで何度か戻ることはあったが、基本的には前線にいたからな。ここに滞在していたのは、それらすべて足しても、地球の一年にも満たないかもしれない」
ふうん、と相槌を打った私は、はたと疑問に思い首を傾げた。
「宇宙から来る相手に前線……?」
「まだ文明があった頃は、星の周りを覆う障壁があったのだ。この都市から少し離れた街に、この星唯一の、宇宙へと出入りするゲートがあった」
「あ、なるほど」
そう言えばここ、地球より遥かに優れた超科学が存在する星だった。そういう描写は『スター・トレック』とかでも見た覚えがある気もする。
障壁の存在する空。割れた窓ガラスの向こうの青空を眺めて想像するが、上手く想像付かなかった。そもそも常時見えているものなのかも知らないが。
基地にいた期間は短かったものの、基地の内部構造は覚えているらしいシロに案内を受けながら、私は基地内の奥へと進んでいった。
シロに案内されて辿り着いたのは、基地の研究所のような場所だった。レザンがイマジェンたちに使っていたような機械や、SF作品で見かけるガラスのポッドが並んでいる。大体割れていたり、コードが千切れていて、スクラップと化しているが。
壁は黒板のようなものらしく、何かの計算式のような文字の羅列や図式のようなものが所狭しと書かれていた。今の所理解出来そうな気はしないが、一応写真に収めておいた。
部屋のデスクや棚の引き出しを開けて、何か情報のありそうなものを探していく。手記のようなものは残っていない。
「超科学の文明での資料って、どういう形で保管してたの?」
「少なくとも、紙媒体ではなかったな」
失われた文明下でも閲覧できる資料の類を期待して尋ねるが、返ってきたのは無慈悲な答えだった。未知のエネルギーで動いていたなら私では詰みである。そもそもデータが破損している可能性も大いにある。
「データが残っているとすれば、アレだろう」
シロが示したのは無骨な四角い機械だ。表面には回路のようなものが見える。パソコンのようなものだろうか。
シロは使い方を知っているらしく、近づけば電源のようなところを押してくれた。起動はしないが。
「動かないか」
「データを保管しているディスクを取り出して持ち帰ろう。どうにかなるかもしれない」
「地球には天才もいるし?」
「ああ、そういうことだ」
シロは頷いて、機械のバラし方の指示を出す。ネジのような金具は工具など持っていないので能力で外して、数十分後、私は機械の中から黒い手のひらくらいの大きさの記憶媒体を取り出した。安易に持ち歩くと壊しそうなので、魔術で地球と繋げて、自室の机の上に置いた。
「……これって窃盗?」
「もう持ち主はいない」
火花に似た魔術の残り火を眺めながらふと私はつぶやく。淡々としたシロの答えに、確かにと頷いた。
そう言えば、とシロはつぶやく。
「俺の二人目のマスター……三等士官の男だが」
「ん、うん。訓練で亡くなった……」
「ああ、記憶ではそのようになっている」
まさかシロの方から前の相棒についての話を振ってくるとは思わなくて、私はほんの少しだけ戸惑った。だが本人がそれほど気にしていない様子なら、こちらが気にしすぎても仕方がないだろう。話したくないことや聞かれたくないことは、本人が言うだろうし。
「今になってよく考えると、あの男との最後の記憶に、整合性が取れているように思えない」
シロの言葉で、私は私が見たシロの記憶を思い出す。彼の二人目の相棒は、シロと共に古い資料室に入り、そこからの記憶は飛んで、すぐに彼が亡くなった後になっていた。
シロの記憶は、ルベラ人に発掘される以前のものも消されている。つまり……。
「あの人は、知ってはいけないことを知って殺された? それで、シロさんはそれに関連する記憶を消された?」
「……その可能性は否定できない」
私が思わず口にした言葉に対して、シロは硬い口調で答えた。
「……まだ残ってるかな、その資料室」
「分からない。だが行ってみる価値はあるだろう」
◇
ホコリまみれで薄暗い、湿った冷たい空気の部屋。シロの記憶の中にもあったその場所は、基地の地下にあった。階段から一番遠い、廊下の突き当たりの扉の先。
カビ臭さに鼻を擦りながら、私は並んだ本棚から適当に一冊引き出した。表紙をめくって見えたタイトルは、ラシューカ星の地上で見たものと同じだ。
「シロさんの知ってるラシューカ語……だよね」
「ああ。ルベラ語、と呼ぶのが正しいのかもしれない」
「うん。じゃあ暫定的に? ルベラ語って呼ぼうか」
ラシューカ星の地上に住んでいたのは、ルベラ人。彼らが使っていたから、ルベラ語。よし。
シロと一部知識を共有させれば、ルベラ語の意味が脳に入ってきた。タイトルに『ルベラ史』と書かれているのが分かる。ざっと見てみたが、どうやらルベラ人がラシューカ星に来る前までの歴史を記したものらしかった。
なるほど。どうして他星を侵略し乗っ取ったのか、理由が分かるかもしれない。私は脇に抱える。
「一冊一冊見ていくのはキリがないからなぁ……目録とかあればいいんだけど」
私はつぶやく。シロは知らないそうだ。一度入ったきりらしいから仕方ないだろう。
背の高い本棚がいくつも並んでいるせいで狭く見えるが、それなりの広さがあるように見受けられる部屋を私たちは見て回る。
「……ん?」
その最中に、部屋の奥まったところに来た時、シロが何かに気がついた様子で声を上げた。どうかしたのかと、私は首を傾げる。
「空気の流れが違う。この本棚の向こう、何かがある」
「えっ、隠し通路とか?」
「……嬉しそうだな、マスター」
真剣な声で言うシロに対して、私の声は思わず弾んでしまう。シロはそんな私に呆れた様子だが、隠し通路説自体を否定はしない。
シロの示した本棚に触れて、その解析をする。どうやら下から二段目の左から三冊目、その本を抜き取った奥に、本棚を動かすスイッチがあるらしい。
隠し通路やら秘密基地やら、そういったものが大好きな私は、どきどきしながら該当の本を抜き出し、そこを覗き込んだ。スイッチらしいスイッチは無く、一見ただの本棚の背板に見えるそこを、本と本の隙間に手を突っ込んで押した。
私の込めた力に従って、背板に見えたそこは押し込まれた。カチッと音が響き、ズルズルと音を立てて本棚が一つ、奥へと下がっていく。ある程度奥まで行くと、それは左側の本棚の後ろへと仕舞われていった。後に残ったのは、更に下へと続く暗い階段だった。
「おぉぉ……」
私は思わず感嘆の声を上げる。本棚の奥の隠し通路、その先に続く地下へと降りる階段。ロマンである。
私は立ち上がり、手にしていた『ルベラ史』の本を地球に送る。それから、『ス〇イリム』に出てきた魔法の一つ、灯火の呪文を使った時のような光の玉を出した。暗い階段が、明るく照らし出される。
「降りてみよう、シロさん」
「ああ」